(3-7)勝てないことはない。another

蒼い鋼が風を受けて心地よい音を弾く。

その色は鋼が持つ本来の色ではなく魔素を薄く纏うがゆえの発光。特殊な配合により鋼に、ダンジョンからとれる蒼霊結晶を含有させることで魔力循環をより効率よくすることに成功した。それだけでなく装甲の下にある機械基盤や配線などにもダンジョン産の素材を多く含んでいる。それは失われた世界の残滓。そういった技術があることを知ったのはごく最近でも、それを使えたのは彼女に下地があったからに他ならない。だからこそ、この技術にたどり着いた他の人間に、負けてやるほど、彼女のプライドは安くない。


年端もいかないか弱き少女は、あの時確かに生まれ変わった。


空を眺めるだけの雛から、想いを馳せて大空を飛翔する成鳥へと。


「実弾に切り替えろ!魔力弾は効果が―――」


「気づくのが遅い!!!」


先程から二か所に斉射を続けていた謎の部隊は、効力の発揮しない現状をすぐさま回避しようと次なる手段に移ろうとした。一か所は眠る勝利へと、もう一か所は宙を駆ける謎の機体へとそれぞれ打ち込んでいた弾丸を切り替えるよう指示を出そうとする。


だがそれよりも早く、彗星は軌道を変えて飛来した。


蒼い機体は頭部を胴体部に半ば埋めるように格納されており、首周りは隙間なくぴっちりと閉じられていた。もとより極端に短い脚部は折りたたまれ、付け根、ひざ、そして足首に着いた三対のスラスターで絶えず姿勢制御を行っている。腕は胴体から30度ほど離れた位置で真っすぐと伸ばされ、薄っすらと纏う魔力の粒子を纏わせつつ、飛翔の軌道に合わせて後方に流していた。


胴体の楕円形の流れに合わせ頭部装甲も前方に向けて尖らせるように変形していた。本来壁となる空気を引き裂き、流して進む様は流星のそれ。飛翔体となった彼女はそのままの勢いで敵部隊の真っただ中に突っ込んだ。


リーダーである男へとまっすぐに。


咄嗟に交差した腕から半透明のシールドが展開される。単一の機械に複雑な機構を搭載してやっと一つの魔法を発動させることが出来る技術、それらが集積することによって機械鎧アーマースーツを作りだされた。今発動したのは空気を瞬時に押し固めて薄い壁を作り出す魔法だ。腕の内側、手首から肘にかけて小型の円筒がずらりと並び、その中の一つ、手首に一番近いものが発光している。


対して突撃を仕掛けた女も、頭部装甲が発した力場フォースフィールドにより衝突時の威力を底上げしている。結果として合金同士がかち合ったかのような轟音を轟かせ、数メートルも後退した場でようやっと拮抗した。


パキンと音がして、シールドにヒビが入る。そしてそれと同時にスラスターが再度うなりを上げて推進力を瞬間的に最大まで引き上げた。脆く崩れ去るシールド。魔法的処理として空気の薄い壁を作り出すのに更に薄い魔力の硬質な壁で覆ていたようだ。圧縮された空気が逃げ場を求めて拡散する。その圧力は幾らか推進力に抗い、一方の男はその爆風に乗って更に後退し、流星の進路から脱する。


「機銃、起動アクティヴェート。」


短く告げる。それに声紋認証による命令式が電子信号となって肩装甲を開き、スライド式の扉が軽い音を響かせたその下から、銃身が極端に短い機銃が現れる。地面を足の裏で削りながら後退を強引に止めた男が、両肩から飛び出る機銃で掃射を仕掛けた。


弾丸は先ほどまで放っていた物とは異なり、魔力の粒子を帯びてはいなかった。それはつまりただの通常弾で、だからこそ流星はその軌道を変えざるを得ない。直角に、巧みな姿勢制御とスラスターの運用で何度も直角に曲がり機銃の的になるのを防いでいる。だがしかし、鉛玉、つまり魔力弾ではなく通常弾であれば避けなければならないということに他ならない。


「はっ!どこまでも我々と同じ技術というわけか!」


「一緒に、しないでもらえますかッ!!!」


謎の機体は己らと同じ技術、であれば弱点もまた一緒と考えた男が口角を釣り上げて高らかに笑う。それを受けた少女はしかし、真っ向からそれを否定した。


「ふんッ!強がりは、これを防いでから言ってもらおう。対魔力運用術マギア・マギアス兵装起動アクティヴェート!」


途端に装甲の一部がパージされ、その下の機構を露にする。先ほどまでの魔力運用を外骨格に集中させる装備ではなく、機械鎧の駆動に全魔力を集中させる、そういった仕掛け。それを少女が見ただけで察するのは、同じ技術で空を駆るのだからあたりまえのこと。少女は用いていないだけで、外装を魔力の持つ性質付与性能で硬さを付与していたのすら気が付いている。質量的には変わらないはずなのに重さが増すという不思議現象が許容できなくて少女は使用しない技術、それを一部放棄するということはつまり―――


「追いついたぞ、お前のに!!!」


少女のアドバンテージである高速起動戦闘の舞台に、男が上がる。


魔力によって、背部に背負ったモーターが限界ギリギリまで出力を引き上げられる。それによって全身に張り巡らされた疑似筋繊維が熱を持ちながらも性能を最大限に発揮。内部で発生した熱は先ほど装甲をパージした胸部、肩甲骨、大腿部から排出する。結果として蒸気を吹き上げる赤熱した機体が宙を舞った。踵、掌底、腰にあるスラスターも高音の熱を吹き上げ、空を駆ける一助となる。


瞬く間に少女の機体に追い付くと、スラスターの噴射を腰と踵のみにし、一瞬だけ姿勢を安定させつつ、噴射をやめた掌底を突き出し少女に当てる。そしてインパクトの瞬間だけスラスターを再度噴射し高熱の一撃を放った。


だが少女はそれに素早く反応。スラスターの噴射の寸前で背面装甲を翼に当たる部分を素早く展開し、空気抵抗を最大限に。それによって強制的に挙動を静止状態に移行させ、結果として男との距離を空ける。だがスラスターの噴射を躱しきることは出来ず、腰当たりの装甲の表面が削り取られ内部構造を露になる。


男の機体は重量面でもスラスターの構造上でも、極端に曲がったり止まったりという行動をとることができない。だがその代わりにトップスピードは部隊内でも最速の物を持ち、さらに流線的機動より速度を落とすことなく旋回が可能である。今回も後方に置き去りにする形となった少女の元へ最小限の半径でもって旋回すると再度スピードを全速力まで上げる。


宙にとどまった少女は相手から一瞬だけ目を離し、想い人へと視線を向けた。そこには未だ倒れ伏す男とそれを守るようにして立つ鬼の姿があった。彼女がこのリーダー格の男と戦闘になることを見越し、その場に展開した対魔素結界アンチマナフィールド。それにより敵部隊の主兵装である魔力兵装が無駄になったことで、鬼一人でも戦える場を作り出した。


その状況を一瞥した後、己に猛然と突撃を仕掛けてくる男へ再度視線を戻し、そして告げる。


「対人兵装、起動アクティヴェート!。」


奇しくも同じ発動句を口にして、少女の蒼い機体に裂け目が生じる。短い脚部が伸び、楕円形だった胴体部が胸部と腰部とで別れて内部の疑似筋繊維が顔をのぞかせる。搭乗者の搭乗体勢故に胸部が盛り上がり、女性的造形を作り出す。胴体部に埋まっていた頭部もせり出し、頭頂部方向にとがっていた装甲が前後に分離しそのまま首へと降りて全体を覆う。関節を固定していた腕も十全に可動域を取り戻し、先ほど開け放った背面部の装甲からは青い粒子を纏った半透明のマントが出現した。


兵装が完全に展開されたちょうどそのタイミングで男がスラスターによる掌底の一撃を放たんしていた。つきこまれた腕を半身になって躱し、逆にその勢いを利用して腕を掴んで旋回、柔らかく、それでいて強かに地面方向へ投げる。先ほどまでの急停止急発進の0と100しかない速度の切り替えではなく、流れる水のようにその速度を緩いものから徐々に上げ最終的に最高速へと達するような動きは、男の力の向きを柔らかく変えた。決死のダイブから地面すれすれで止まった男はすぐさま反転し機銃を展開しようとしたが、その時にはすでに地面に音もなく少女が着地。そのまま背後から片足のみスラスターの出力を最大限まで上げ、脚部をしならせ蹴りを放つ。しなやかに優雅に、されど苛烈。疑似筋繊維の束が連動し唸りをあげて男の背中に激突する。


「がはッ!?」


血反吐をまき散らし、されど半透明のフェイスガードに阻まれ血の跡を広げる。

だが高性能のスーツが窮地を救うべく自動で体勢を制御し、搭乗者の状態を捨て置いて性能の許す限りすばやく動いて距離を取る。多少、いやかなりの負担を強いたが少女から距離を置きにらみ合いにまでこじつけた。この時点で男の中からは完全に侮りが消える。と、同時に再び疑問が浮かび上がる。


「・・・そのスーツ。どこで手に入れた?いや、どこで製法を知ったッ!!?」


己の属する企業が保有する製法、その大本である古びた設計図の束と試作機、さらに廃棄されたと思われる部品などを収集したのは奇遇にもこの男だった。それらをもとに作られた男の着る機械鎧アーマースーツは量産品よりもよほど多くの装備と機能を有する。少女が身に纏う蒼い粒子や戦場の中央で展開されている結界が無ければ、圧倒的装備差で有利を保てたはずだった。


だがその実、少女はそのスーツと遜色ない性能のスーツと、それを操る技術を持っていた。さらには自分たちでさえ使い捨ての魔封じのシールドをほんの数秒展開するだけが関の山なのに、目の前の少女は常時展開さえして見せる。声変わりさえしていないと思われる少女が操っていい技術ではない。故の問いだったのだが。


「そんなの決まってるじゃん。たまたまだよ。もともと機械いじりは得意だったし、環境もあった。そんでしばらくダンジョンに潜っていたら機械がいっぱいあるっているダンジョンの情報を知った。そんでまたしばらく潜って、たまたま手に入れた壊れたスーツを研究、出来上がったのがこれ。あ、装備とかは技術の応用で何とかなった。魔法が絡むと機械が正しい挙動をしないから苦労したけどね。」


なんでもないことのように話す少女。その態度に愕然とした。おかしい、そもそも世間では大企業に数えられる組織が、大金を払って手に入れた素材や技術者をこれでもかと使いつぶして完成したのがこのスーツ。少女はそれを一人でやってのけたのだ。それも壊れたスーツというたった一つのヒントだけで。


「今からでも遅くない。我々に協力する気はないか?潤沢な資金と使い果たせないほどの資材。テスターは腐るほどいて、お前と同じ技術者も大勢。悪い話では―――」


「だからなに?彼を、見殺しろと?冗談きついね、そろそろいい?あっちもそろそも持ちこたえるにはきついだろうし。」


「・・・何がそうさせる?お前は、おかしい。」


男は理解できないことの連続に、とうとうその言葉を発した。


「おかしい、ねぇ。そりゃそうだ、私はおかしいよ。だって、たった一回あった人に、全力で恋して命張ってるんだもん。それがおかしくなくてなんなのさ。」


あっけらかんと言ってのける。男の邪魔にならないよう、遠巻きに眺めるだけの部下たちでさえ、人ひとりを殺すのにあまりに容易い凶器を所持しているのだ。だというのに、堂々と、きっぱりと男の提案を拒絶し、その行動をおかしいと自覚している。


「だけど、それでもいいんだよ。私は私で、私のしたいことは当然私のしたいこと。だったら、それはやるべきことなんだから。」


強く、決して折れない芯がそこにはあった。


強くあろうと誓い、強くあろうと努力し、確かではないがそれでもそれなりの強さを手に入れた。彼のことを知って、そのあまりの実力に唖然としたものの、隣に立つという気持ちだけは変わらなかった。狂った愛、狂った心。あの時感じた死は、確かに少女を狂わせた。


だがダンジョンはそういった人間こそ、歓迎し、より狂わせようと試練を課す。

それを乗り越えてきた人間だからこそ、真に正しい道を進める。そも、正しくないとされる道でさえ、それがあると知らないものは選べないのだ。不思議なものである。何も知らないものは進めない。たまたま正しかった、たまたまダメだった、それはそういう選択肢を知っていたから選べただけ。彼女はあの時、少なくとも強ければ道は選べるのだと知った。他者を救うという選択さえ少女は取れなかったのだから、衝撃はすさまじい。


正しく狂う。猛進、果ての親愛。


「いくよ、終わらせる。」


思い浮かべるのはいつもあの時の彼の姿。


―――眼にもとまらぬ速さで私を救った。

それを求めた結果、誰にも触れられぬほど速く、それでいて精密な動きを得た。

踏み込んだ瞬間、蓄積していた膨大な魔力を、疑似筋繊維の下、魔力伝導線が焼き切れるほど大量に流した。魔力を十全に供給されたスーツは許容限界ぎりぎりの力で疑似県繊維を動かし、外殻の関節部の制限を取り外し、それらが相まって尋常ならざる速度を得た。もとより鎧の下に人間が入っていない特殊機体。それ故に壊れる寸前の動きでさえも即座に可能にする。


―――思い出すのは暖かい彼の体温。

スーツが生み出した力は、本来なら制御機能がなければまともに稼働させることなどできない。だが少女は、技師と操縦士パイロットの称号を手にしていた。さらにそれらは通常の【心得】ではなく【資格】だった。まさしくそれは職業だった。そして最近【職】システムを手に入れ、さらに少女の技術を高めた。それこそ制御機能など必要ないほど。高まった技術を遺憾なく発揮する。魔力が通ったことで熱が発生し、それらを集め、魔動エンジンの回転率を上げるために利用した。そこから生み出される純粋な電力が回路を通じて細かい動きを可能にし、超高速機動で瞬く間に男の前まで移動したのに、その勢いを殺すことなく自然に男の右腕に片手を添える。柔らかく、柔軟に、舞い落ちる羽をそっと抱えるかの如く。


―――苛烈、彼の一撃はその言葉が一番しっくりくる。

添えられた片手を思い切り後ろに引っ張り、男の体勢を崩し、突進の勢いそのまま、捻られた体が最大最高のモーメントを生んだ。それらを集約した右の拳が、男の古フェイスヘルメットに突き刺さる。


一瞬の抵抗、からの決壊。


硝子が砕け、金属がひしゃげ、血が飛び散った。辛うじて原型を最低限保てている頭部。それがつながった胴体が何回転もしながら彼方へと転がっていく。男はすでに意識を飛ばし、眼球が破裂したことすら気が付かない。


「ふぅ、それじゃ―――」


魔力を過剰に運用したことで、鎧の隙間から蒼い火炎を噴く少女。だがその隠された視線はまだ終わりを告げていない。


「―――残りを片付けなきゃ!」


幼さの残る声と、大人を真似したような中途半端な口調。それらと全く釣り合わない、至極の闘気が戦場を支配する。


「て、撤退!後半の番号の者は体調を確保!前半の者は私の指揮に従え!目標は捨て置く!最優先は撤退だ!!」


副隊長の座についていた推定女が凛々しい声で矢継ぎ早に指示を出す。

それにしたがって動き出そうとした、少女にもっとも近い集団に。


音速を超え、衝撃波を生み出しながら少女が迫った。


「そいッ!」


蒼いオーラが燃え盛る蒼炎に変わり、更に速度を増した。到底目で終えたものではない。さらに組織の人間は操縦士の称号にスキル構成を寄せていたものばかり。兵器を運用するのは得意だが、いざ接近されると脆い。


だから、少女が放った一蹴りで三人が鎧を大破させた。やられるまで少女の行動を把握できない。強引に作り出された知覚外である。


「なんだ、量産品なのに耐久性に難があるんだね。素材けっちたらダメだよ、高性能なものを量産するのがセオリーなんだからさ。」


こともなげに告げ、更に二人の鎧をスクラップに変える。

もはや誰も彼女の動きを捉えることはできない。そもそも通常の銃弾では発射してから避けられ、魔力弾は意味をなさない。統率者を失った群れは一瞬にして壊滅、負傷者を抱えて這う這うの体で逃げ出そうとする。しかし彼女はやめない、愛を脅かされたのだからそれ相応の代償は支払ってもらう腹積もりのようだ。


苛烈な迫撃を横目に、勝利に集まっていたコバエを処理する業鬼丸。彼もまた、通常の銃弾では脅かすことのできない存在となっていた。実際のところ、榊原や水川のようなレベルの人間は銃弾にスキルなどの補正が掛かり業鬼丸の体を傷つけることは容易である。今相手にしている者たちもそれなりにスキルは積んでいるらしく、放たれた弾丸は確かに強力だ。だがそれは、放たれた直後の一瞬だけである。


「魔力を散らす結界か、なるほど確かにこれならば主を守ることができる。」


空気中に放たれた弾丸は急激に速度を落とし、ただの鉛の塊と化す。魔力を散らし、スキルの効果を根本から打ち消す結界の中であれば、ただの弾丸など業鬼丸の敵ではない。加えて撤退指示により牽制の射撃しかないのであれば余裕を持って一つ一つの弾丸を切り裂くことができた。そして思考にまで余裕ができたことで、改めてこの窮地を救った存在を眺める。


白銀のボディ、迸る蒼炎。直線的な軌道は手足を縮め弾丸にも似た姿に変形し、近接戦闘時は人間に近い形になり流れるような武術で敵を仕留める。使い分けもさることながら、驚くべきは状況判断能力だろう。一対多の中で、的確に相手の逃げ道を塞ぎ、確実に処理していく。立体起動をこの速度で行われれば、その中心にいる者たちは一切目も首の回転も追い付かないだろう。これほどの人物は、主の記憶の中にも刻まれていなかった。主が気を失った今、支配下である己が見極めなければならない、そう考える業鬼丸は臨戦態勢を解くことなく、しっかりと戦闘の行く末を見守っていた。


◇◆◇◆


ほどなくして、地面に多数のスクラップを作り、戦闘が終了した。

敵方の何人かのスーツは壊せなかったが、あれだけの負傷者を抱えてダンジョンから抜け出すのは至難の業だろう。そこを迫撃してもいいが、主目的である彼を守ることを放棄しては本末転倒だ。少なくとも、もうこれ以上襲ってくることもないだろうということで、改めて彼の方へと体を向けた。そしてじっくりと彼女を観察するように目を向けている業鬼丸と視線が合い、刺激しないように宙をスライドする形でゆっくりと動き、数メートル手前でホバリングを解除。どすっという音と共に地面に着地した。


「・・・貴様はだれだ?」


「私は小鳥遊真理亜。彼に一年前助けられた恩を返しにやってきました。自称婚約者です!不束者ですがよろしくお願いします!!!」


「・・・・・・て、敵ではないということ、だな?」


突如訳が分からないことを言い出した謎の存在に面食らった業鬼丸は少々引いた目で彼女の立場を問うた。


「もちろん。今彼を殺そうとしたらそれこそ助けた意味ないじゃないですか。あ、警戒するなら一旦姿を見せた方が早そうですね!」


何やら思いついたのか、地面に膝と両手を突き、四つん這いの状態になった機体。ほどなくして空中で旋回していたドローン達が降りてきて、そのまま連結。一つの長い帯となって腰に巻き付き、ガチャリと音を響かせ固定される。ふわりと光が消え、続いて密閉が解かれたのか、空気を吸い込みながらプシュっと音を立てて背中側がぱかりと両開きの扉のように開かれた。中からは、粘液にまみれた小柄な人間、らしきものが出てくる。というのも、複数の配線がその存在に繋がり、さらにボディスーツなのか全身を覆うそれは頭までしっかりと包み隠されていて、性別はおろか人相すら碌に把握できない。


自称婚約者というからには女なのだろう、声質は少女のそれだったし、そこまで考えつつ、一段警戒を下げる業鬼丸。なにせ相手は小柄でさらに体の線が細い。おまけに配線を剥がす動作が緩慢であった。これでは業鬼丸はおろかそこらへんの犬でさえ楽に推定彼女を殺すことができるだろう。まだ演技の可能性もあるので警戒は解かないが、それでも業鬼丸から放たれていた殺気は大分薄れていた。


配線を取り終わった小鳥遊真理亜と名乗る存在は、体に纏わりついた粘液を軽く払い落すと頭の後ろに手を持っていき、何かを探るように手を這わせた。カチっという音ともに頭を覆うスーツが撓み、出来の悪い覆面のようになると、それを拭い取るように首元から一気に剥がしただした。現れたの声質の通りの幼い少女で、完全に業鬼丸から殺気が消え去る。同時に浮かんだのはなぜこのような少女がこのような規格外の代物を携えているかという疑問であった。


「ふぅ、これすごい疲れるんですよね。酸素は常に薄いし、おまけにシェイカーにいれられたみたいに動くし。神経接続式じゃなかったら今頃乗り物酔いで吐きまくりですよ。あ、あなたの名前は?というか人間じゃないですよね、魔物、にしては理性的ですし。あ、勝利さんってやっぱり今話題の魔王とかですか!そうですかそうですか、やはり私の見込んだ男はそれくらいじゃなきゃだめです、うんうん。」


勝手に話し出し、最初の問いと違う方向で納得しだした少女。もはや業鬼丸の眼に思考の光は見えなかった。主、はやく起きてください、心の中で彼は唱え続けるのだった。

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