(3-6)勝てないことはない。その3

その個体は、ダンジョンが生み出したにしては、少し血まみれだった。


その個体は明確な意思を持って、同胞を喰らった。


喰らう。


喰らう。


喰らいつかれた己の腕ごと、喰らった。


血が広がり、数多の肉片がちりばめられたその場所で、己の中で膨れ上がった快感に浸る。失った片腕はいつの間にか屈強なものへと生え変わり、全身は鋭い鱗がびっしりと埋め尽くしていた。小さなトカゲだったその個体は、偶々銃弾が当たって死にかけた。そして偶々隣に同じような理由で転がる同胞。生きるためにその同胞を喰らったのが個体の始まりの記憶。感情の無い怪物として生まれた個体は死への恐怖から自我を確立し、その自我に従って同胞を、その他の異形の輩を、そして人間を喰らった。


ここに地を這う竜が誕生する。


「ひぃぃ!!!」


と、そこで幼い少女が路地裏から飛び出し、竜を見て悲鳴をあげる。

それは仕方ない、個体は自身のことを竜だと名前は知らずともそういうものだという意識はあった。だがしかし、二本足で立ち、数多の生物の身体的特徴が色濃く表れているその姿は、間違っても竜などではなかった。少女はそこに悪魔を見る。今の今まで悪魔だと思っていたものから逃げてきたその先に本物の悪魔がいたのだから悲鳴も上げるだろう。


だがしかし、竜は強い誇りを持つ。そしてその悲鳴を、嫌なものをみたという侮蔑と感じ取った。だからこそ、喰らってやろうと、一歩踏み出す。


そこでバランスを崩す。つい先ほどまで四つ足で動いていた生物が突然二足歩行になれば当然感覚が狂う。さらに足元は血で濡れており、結果片足を滑らせそのまま片膝を突いた。


それをみた少女は、恐怖を必死で抑え込み、早鐘のような心臓の鼓動より早く走り出した。奇しくも竜が竜となったと同じ感情、生への執着が少女の運命を大きく動かした。


制圧があらかた終わった街の一角で小さな逃走劇が始まる。


◇◆◇◆


勝利は疲れをいやす為に周囲の警戒を自衛隊の者に任せて榊原と一緒にどっかりと二台の座席に座っていた。周囲の人間はそれをさぼりととらず、むしろねぎらいの言葉をかける。それもそのはず、直に彼らの戦いを見ていた隊員たちは、尽きぬ体力と剛毅なその力を駆使して最前線を維持し続けた勝利と、圧倒的銃剣捌きで敵を退け続けた榊原に感謝の気持ちしかないのだから。二人が居なければ負傷者の数は増えていただろう。それほどまでに今回の魔物の襲撃は大きく激しかったのだ。彼ら二人の奮闘があったからこそ軽傷者だけで済んだのだから、誰も文句など言わない。


体を労わりながらも戦況を無線越しに聞いていた榊原が安堵の顔を浮かべる。勝利がそれを見て尋ねた。


「もしかしなくても、制圧完了、ですか?」


「ああ、我々の勝利だ。」


榊原の言葉は伝播していき、喜びの感情とそれが乗った声となって返ってきた。

しばらく隊員たちの歓喜の叫びは止まらず、それから榊原が再度指示を出して救出作業へと移ることとなった。街には建物に取り残された人間も多い。魔物が出てきたダンジョンの入り口は比較的近場に集まっていたこともあり、それらの中心地点は避難する暇もなかった。それらを救助するために、車は再度出発した。


勝利を残して。


「さすがに疲れたな。ずっと気を張ってたせいか、さっさと帰って今日は寝よう。」


そう、勝利は救助活動に参加しなかったのだ。もちろん、勝利自身は救助活動まで一緒にするつもりだったのだが、榊原がそれを止めた。曰く、ダンジョンを一般開放しているわけでもないのに、自衛隊と一緒になって魔物と戦っている人間がいるとなれば問題になりかねない、だそうだ。もちろんそれは建前、本音はこれ以上自分たちの仕事を手伝わせるわけにもいかないし、勝利は十分活躍してくれた、今日は帰ってゆっくり休むといい、と榊原が語ったのを受けて勝利は帰路に着くことにした。一応、借り受けた救助用の毛布に装備を包み、騒ぎの中心部とは逆の方向にある自衛隊が設けた仮設の指令部を目指して徒歩で進む。そこからは送迎の車があるのでとりあえず基地に着けばあとはゆっくり休める。その考えを頼りに勝利は進んだ。


だがその歩みはすぐに止まる。


「ああ?」


前方、建物と建物の間から三体の魔物が飛び出てきたのだ。


「まだ残ってやがったのか。ちっ、片づけるか。」


勝利を見つけ次第すぐさま向かってくる魔物。勝利も素早く毛布を剥ぎ取り武装を両手に握る。幸いにも歩いている道は大通り、動きを阻害するものもなく、建物を傷つける心配もないので存分に戦える。そう考えた勝利は早速『剛力』スキルを使用して先頭の一体を斧で真っ二つに叩き割る。全身に宿った大きな力に充足感を覚えつつ、すぐさま地を這うようにして向かってくる大蛇に向けて鯨切を振るう。有り余る力はその剣速おも常人から超人の域へと昇華させる。頭を切られた大蛇は力なく地面を滑り絶命。それを見届ける間もなく飛びかかってきたゴブリンに斧の柄を引き戻した勢いそのままに叩きつけた。


「吹っ飛ばしすぎたか。」


スキルの弊害、力の調整があまり効かないという点で、勝利は難儀していた。敵を叩き割る、または叩き切ることに関してはさほど影響はしないが殴る蹴るなどの動作は本人の予想を超えて力が出すぎてしまい、結果間合いの外まで飛んでいく。そうなれば止めを刺そうにも一々相手の方まで移動しなければならず、二度手間となることが多々あった。今回も例にもれず、痛みにもがくゴブリンの元まで移動してから斧の一撃でとどめを刺すこととなった。スキルの出力に慣れる練習をしなければならないと、改めて心に誓う勝利。


再度足を進めようとしたその時、視界の端を小さな影が駆け抜ける。


「また魔物か?うち漏らしもそりゃあるが、これならもう少し街を回って駆除したほうがいいかもッッッッ!!!!」


咄嗟に背後へと斧を振るう。万全な体勢ではなかったその一撃は、あっさりと力負けする。結果勝利はコンビニのガラスを突き抜け、商品棚を己の体でなぎ倒す羽目になる。痛む体、だがそれを構う余裕はない。


「GURAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!」


およそ人間の上げる声ではない方向が、大通りのど真ん中に立つ人型の影から発せられる。素早く立ち上がった勝利はコンビニの割れた窓から外へと出て、油断なく武器を構えた。


その姿は、異形と形容するにふさわしい。両足は鋭い鉤爪を持ち人間の膝関節とは異なり真逆に折れ曲がったその足は太く逞しかった。さらにその足は見るからに固そうな毛皮で覆われている。そのまま視線を上げれば丁度腰当たりから毛皮が鱗に変わり、上半身を埋め尽くしていた。背中からはそれぞれが異なる翼が生えていた。片方は昆虫が持つ透明感のある羽。もう片方は蝙蝠のそれと同じ薄い膜で構成されていた。両腕も左右で異なり、左腕は人間の肌を持ち、それが有りえないほど肥大していた。逆に右手は獅子のような凶悪な爪に熊のような長く逞しい毛皮に覆われている。頭にはねじれた角、眼球の瞳孔は縦に細長く、生えそろった牙はどんなものでも喰らい千切ると言わんばかりだ。


異形の悪魔が勝利の前に立ちふさがる。


「てめぇ、誰に喧嘩売っちまったのか、あの世で後悔させてやるよ。」


「GAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


突如として始まった戦闘。合図は無く、されど両者同時に動き出す。

先手は勝利、体を引き絞り、遠心力を乗せた斧の一撃を水平に振るう。それに対し異形の魔物は右手を振るい、鉤爪で勝利の一撃を完全に受け止める。だが勢いを殺さずに、更に一歩力強く踏み込んだ勝利が鯨切を逆袈裟で鋭く切り込んだ。


―――甲高い金属音。


勝利の一撃は正しく魔物に当たり、その肉を切ることなく鱗の上を滑った。


「かっっっったいなぁおい!!」


完全に予想外なその固さに驚く勝利に異形の魔物が空いている左腕で殴り掛かる。空気の壁が突き破られる音と共に、人の頭ほどもある拳が勝利の顔面へと迫った。


「―――ッッッ!!!」


間一髪首を大きく傾けたことでそれを避けた勝利だったが、側頭部に拳が掠った。すぐさま距離を空ける。そして片手で掠った個所を触る。掌に広がる生暖かい感触。たかが拳が掠っただけなのに、勝利の頭の皮膚が少し削り取られた。


「GURURURU……」


唸る怪物。少なくとも勝利の存在は警戒せざるを得ないくらいにはでかいようだ。それを見てそう考えた勝利はしかし、油断のない魔物を持て焦る。


(この戦力差、そして油断ない殺意。こりゃ、まずいかもな。)


幾度か感じたことのあるこの視線。死に物狂いの魔物にむけられたこともある。たまたま帰り道でぶちのめした暴漢がやけになって向けてきたこともあった。九通するのは純然たる殺意。障害を排除するというより単純化された感情が生み出す狂気的な殺意を、異形の魔物は宿していた。


(随分と生き急いでんな。それは切羽詰まった生物が浮かべるもんだろうが。何から逃げてる?何がお前に死を感じさせてんだ?)


勝利は魔物から視線を逸らすことなく、相手を分析していた。油断一切なしの格上がさらに本気を出している。この状況を打破するには相手の事情を知り、相手の弱点を探り、一発で逆転するしかない。だからこそ、極限の集中を持って、異形の魔物を観察していた。


だがその行動を悠長に続けられるほど、魔物の知能は低くなかった。


腰を低く落とし為を作る魔物。そこから一気に跳躍し、その勢いの水平に飛ぶ。翼がそれを後押しし勢いはさらに増す。咄嗟に横に飛ぶ勝利の横を弾丸のような速度で地を這うように飛んできた魔物が横切る。そのままコンビニに突っ込むと勝利の時よりも激しい音を響かせて店内、どころかその後ろの建物まで貫通してしまうではないか。魔物の固さはそのまま凶器へと変わるようだ。初動こそ見極められるが、これではこちらが合わせて攻撃するのも難しい。意を決して勝利が魔物が空けた穴に自ら突っ込む。丁度魔物が体勢を整え再度勝利に視線を合わせたところで勝利が常人の数倍の速度で駆け寄り接近戦を再度試みる。距離を取っては先ほどの突進が来るだけ、だからと言って接近戦で勝てるのかと言われれば―――


「ぐッ!!!」


強烈な一撃が勝利の体の内側までその衝撃を伝える。初撃の斧の振り下ろしを右腕で受け、左の拳で勝利の腹を打つ。それだけで勝利には多大なダメージになった。それを見た魔物はこの日初めて余裕の表情を見せる。ダンジョンから出て、知らぬ土地を刻まれた仮初の本能のままに破壊していると、目の前の存在に酷似した生物に小さく硬い何かで死の淵へと追いやられた。だからこそ追っていた矮小な存在を捨て置いてまで戦いを挑んだのだ。だが蓋を開けてみれば己の拳一つで血反吐を吐くような弱い生物だったのだから、余裕を見せるのも納得だろう。


だがそれは、目の前の存在が勝利じゃなければ正しい行動で、現実は変わらず、勝利は勝利だった。


だからこそ―――


「いってぇなぁぁぁあああ!!!!!」


空気を切り裂き、容易く魔物に死の恐怖を思い出させる。たった一回の、それも魔物の持つ反射で避けることが出来たその一振りに、魔物は間合いの外へ距離を


「何笑ってんだ、まだ俺は、倒れちゃいねーぞ?」


不敵に笑う勝利。口から流れる地を手の甲で拭い、再度突撃を仕掛ける。


魔物は己の内なる精神に落ち着けと言い続けるしかできなかった。それほどまでに勝利の放った圧が濃密で、死を連想させたのだ。その間に勝利が距離を詰め終わる。水平に振るわれた斧、引き戻す際の打撃、隙を突いた一閃。時に早く、時に重く、時にその両方を駆使し、華麗なる連撃を繰り出す。剛も柔も、勝利のスタイルはどちらも並行し複合し使われる。何度も何度も繰り出される攻撃に、死が含まれている。


「GAAU⁉」


躱す、掠る。受ける、軋む。己の鱗や外骨格は小さな傷しかついていない。だがそれでも過激な連撃は魔物に反撃を許さない。そして苛烈さの中に緻密さと冷静さを隠し持つのが勝利である。全身に的確に当てる。重なり、重なり、やがて・・・


「だりゃあああああ!!!!!!!」


「――――――――――――――――――――――ッッッ!!!!」


痛烈に響く怪物の叫び。ぶちぶちっと、右の腕、手首と肘の中間あたりが半ばまで食い込み筋繊維を断裂させる斧の一撃。だが、これだけでは終わらずに―――


「『剛力』!!!!!!」


素早く斧を引き抜き、スキルの力を上乗せした鯨切の一閃が斧の切れ目から滑り込む。図太い骨を容易く断裂させ、そのまま内側の柔らかい筋肉を通って反対の皮まで綺麗に切り裂いた。


「GYAAAA!!!!!!!!!!!」


片腕を千切られた怪物は、泣き叫ぶ。竜の矜持はどこへやら、ただただ死の恐怖を恐れる小さなトカゲのように、痛みに振るえた。


「ぶっ飛びやがれ!!!!」


更に追い打ち。足を素早く入れ替えつつ、その場で一回転。すべての力を乗せた斧の一撃が胴へと吸い込まれる。魔物は反射的に左腕を間に差し込むも、衝撃は殺せない。今度は魔物が吹き飛ぶ番だった。


「GYARURU・・・・・・ッ⁉」


その時、小さな小さな偶然が重なった。


壁を突き破って魔物が出たのは大通りと大通りを繋ぐ小さな道路だった。普段は人通りも少なく、だからこそ追手から逃げるには十分な暗さを保っていた。


そして魔物が壁を突き破ったことで、瓦礫が飛散した。奇しくもそれらはその通路を走り抜けようとした若い男女に降り注ぎ、打ちどころ悪く歩行を困難にする。


魔物は、己が己になった理由を知っている。捕食、吸収。それが今の己を形作った方法であった。だからこそ、泣き叫び助けを乞うているようにも見えるか弱き存在を、躊躇なく喰らった。


「あ、へ、あああ?」


勝利は事態を飲み込めなかった。なぜこんなところに一般人が?なぜ怪物を見て逃げないのか?なぜ、なぜこんな偶然が起こった?


その一瞬の戸惑いが、結果として二名の人命を損なうこととなってしまった。怪物の動きに戸惑いがなく、勝利がすぐさま迫撃を仕掛けていたとしても、助かる確率は低かっただろう。その証拠に気絶した女の頭に真っ先にかじりつき、同時に叫ぶ男をつかみ取って女の頭皮が残る牙で男の頭蓋を砕いたのだから。だが、それでもその光景は勝利にとって、衝撃的だった。自身の行動、そして迷いが、結果として無関係の人間に死をもたらしたのだ。さらに、使い慣れないスキルをさも必殺技のように使って、敵を吹っ飛ばして、己はそれに少しばかりの悦を感じていた。この瞬間、勝利の中であった甘い考えは吹き飛ぶ。代わりに疑問がわきだす。己の力を使いこなせば、己の持つ技術でどうにでもなったのではないか?一見して脅威に見えた相手も戦い方が素人のそれで余裕を持ってしまったのではないだろうか?ああ悲しくも、勝利が、人を死なせたのだ。


「・・・ざけんな。ふざけんじゃねぇよ!!!」


後悔に濡れる。どす黒い感情が、勝利を攻め立てる。目の前が暗く、焦点が定まらない。これまでは己一人か、死を覚悟して戦地に挑む者しか隣にいなかった。だが今回は、無力で弱いただの一般人を、己の選択のミスでむごたらしく殺してしまった。


培った自負が、脆く崩れ去ろうとしている。自信で出来た塔が根元から軋み、亀裂を作った。あと少し、あと少しで瓦解する―――


「た、助けてッッッ!!!」


か細く、それでいて必死な声が路地裏に響く。


はっと視線を動かせば、怪物から少し離れたところで、腰を抜かした状態でこちらを見ている少女がいた。


勝利は反射的に動いた。己の足が壊れそうになるぐらいに、地面にヒビを作りながら走り出す。


何故なら、魔物も少女を視界にとらえていたからだ。


動きだす魔物。一歩一歩がやけに遅い。それは勝利の極限の集中が、大量の情報を精査し、必要なものだけ脳に伝えているからであり、その精度は著しく高く魔物の筋肉の動きまで正確にとらえていた。もちろん、それらを意識できるわけではなくただ無意識下での行いなのだがそれでも結果として、ギリギリで間に合った。魔物が振るった左腕の動きが見えていたから、それをただ全力で上から斧を叩き下ろした。


グチャリ。

少女の足先数センチの所で、叩き潰された魔物の掌がつぶれた。


「―――ぁぁあああ亜亜亜!!!」


続けて鯨切を振るう。今はただ、目の前の少女を守りたかった。それは無償の善意の皮を被った、ただの逃避。己の甘さが招いた結果を、少女を守ることで薄めたかった。


怒り狂う。それは正しく今の勝利を捉えていた。

少女の悲痛な助けを呼ぶ声が頭に響く。そのたびに攻撃の鋭さが増す。そして湧き出る想像をかき消す。先ほどの男女は彼女のなんなのか。この非常時に一緒にいるのだから、少なくとも知人以上、ひょっとすれば両親、そのような考えを両腕に持つ得物を振るう度にかき消した。


魔物は焦る。先ほど喰らった生物では量が足りなかった。腕は再生せず、全身に駆け巡るはずだった全能感は小さなもの。それでは目の前の存在が放つ暴力の嵐は消し去れない。だが、捕食者たる己の自負は思い出した。すなわち、竜の矜持を。だからこそ取れる選択肢がある。


あぎとを大きく開き、近距離から、内からあふれ出す炎を吐き出した。


路地裏を埋め尽くす炎はその非情なまでの高温で何もかもを焼き尽くす。コンクリートは溶け出し、室外機は一瞬で塵となった。生物を殺すという点において優れている手段。竜の咆哮がとどろき、爆ぜた。


一瞬の停滞。炎を吐き出す予備動作で魔物は、竜の亜種は見えていなかった。直前に対象が大きく後ろに飛び去ったことなど。その意味はすぐに分かる。すなわち、慣れない強大な力を使うにはそれ相応のリスクがあるのだと。


炎を吐き出し尽くした竜の前に影が舞い降りる。遅れて銀の光が閃いた。

魔物は、勝ちを確信した表情のまま、左右に分かれる。


断ち切ったのは、ほかでもない勝利だった。勝ったのは、勝利だった。


これまで攻撃を受ける時怪物は局所的に力を入れて体の強度を高めていた。だがしかしここにきて緩んだ警戒。加えて万全な体勢でただ一刀にすべてを注がれた一閃は、怪物の強度をぎりぎり上回った。その結果が、薄氷の勝利へとつながったのだ。


「ひくっ、ひくっ。」


「・・・泣くな。・・・頼むから、泣くなよ。」


横抱きに抱えられた少女を地面に下ろすと、ぽすっと勝利に抱き着き、そのまま泣き始まる。静かになった路地で、勝利は罪悪感に苛まれていた。どうして、もっとうまく立ち回れなかったのか、どうしてもっと効率的に戦えなかったのか。その結果が、この少女にどんな悲劇をもたらしたのか。


少女が泣き止むまで、勝利もまた、心で鳴いていた。


◇◆◇◆


程なくして、泣き疲れ眠った少女を抱えて自衛隊の仮設基地へと到着する。

そこで眠る少女を自衛隊員に引き渡し、勝利は割り当てられた一室で仮眠をとることにした。


「もっと、強くなるしかねぇよな。俺一人で完結するくらいに。・・・手が回らない時のために、強い仲間でも作るか。そうすれば、俺一人で全力を出しても被害は小さくできるだろ。」


ずれた感覚のまま、勝利は思考の渦へと落ちていく。

罪悪感はぬぐえない。それでも、勝利は進む道を一人で選び取った。だからこそ、これから無意識に一人を選ぶようになる。ここで、誰でもいい、榊原あたりが勝利の機微に気づいて悩みを、考えを聞いていればまた違う未来があったのだろう。拭いきれない罪悪感はあまりにも大きく本来気づくべきだった甘さを覆い隠した。すなわち、一人で戦えるという甘さ。それに気づかずに一人に固執してしまう。だがこれを見ている現在の勝利は、まだその甘さに気付けていない。いずれ、この代償を払うことになるだろう。


一方、過去の勝利はそのまま深い眠りに落ちていく。疲労は絶頂、意識が遠のくまでそう時間はかからず、逆に目覚めるまでそれなりの時間を要した。


目覚めてすぐに榊原たちからその後の状況を聞いた。死傷者は少なく、結果として自衛隊の対応力を示せたらしい。その辺の話はあまり入ってこなかった。昨日のことが頭をよぎる度に、勝利は思考を加速させる。何がだめだった、何をすればよかったなどなど考えることは山積みで、それらを考えることで勝利は事実から目をそらし始めていた。


すぐに勝利が上の空だと言うことに気が付いた榊原だったが、自身もかなりの疲労を抱えていたので勝利もその疲労に襲われているのだろうと判断し早めに話を終わらせ、勝利を帰す段取りを取りに部屋から出て行く。


すぐに送迎の準備が整い、後は車に乗り込むだけ、という段階になって、小さな少女が勝利めがけて飛び込んできた。


「あの、その、ありがとうございました!!!お礼はいつか!絶対にしますから!名前を、名前を教えてください!」


年の割に礼儀正しい話し方で、必死に言葉を連ねる少女。

それを見て、勝利は己の守ったものがあったことに気が付いた。


(ああ、そうか。俺が守ったのか、そうだよな。この子まで守れなかったものに含むのは、だめだよな。)


勝利の内心はぐちゃくちゃであと一歩で粉々になるところだった。だがしかし、少女の顔を見て、考えが少しだけ変わる。己が強くなれば、もっともっと強くなれば、少なくとも無関係の人間を巻き込むことはなくなるのではないのだろうか、と。事実、少女を救ったのも、己が魔物を倒せるだけの実力があったからだろう。ならば、そう、歩むべき道は一つしかない。それを、いい意味で再確認できた。


「礼は、将来元気な姿を見せてくれればそれでいいぞ。俺の名前は不知火勝利だ、覚えてなくていい、その方が幸せかもしれないからな。」


結局、あの男女二人のことを聞くことはなかった。

それだけは聞けなかった。それは、ぎりぎりの精神が生み出した逃避の作だった。勝利はそれを自覚しつつも、己が未熟なのが悪いとし、それで今の少女を追い込むようなことを言う必要はないという言い訳に利用した。


『ああ、俺ってこのころと対して変わってないんだな。一々大袈裟な決断をしたと思って、その実同じようなところをぐるぐる回ってるだけ。救えない、馬鹿野郎だ。』


『ふふふ、それは違いますよ。あなたのように、真の信念を探し求める人間は少ないのです。未だ答えが出ていないだけ。それもそのうち見えるでしょう、ただ今は、もう少し視野を広げることですね。』


いつの間にか虚空へと戻っていた勝利の精神の塊。その隣には謎の女性が当たり前のように浮かんでいた。眼前には勝利の名前を必死に覚えようとする少女と、それをどこか冷めた目で見つめている過去の勝利がいた。


最後に、周囲の景色が色を失い、勝利を中心として描かれた過去の光景が外周部から徐々に崩れていく。


そして、最後の最後に、未だ色がついたままの少女が、言葉を発した。


「あなたのことを、忘れません。絶対に、絶対に。」


それは静かに、されど痛烈に勝利の目に焼き付いた。

それは付け焼刃の決断という、己でも無意識のうちに気が付いていたものとは違う。確固たる意志が宿る、決意の視線。


(はっ、やっぱいい眼してるぜ。)


己が持っていないものを見せつけられて、勝利は自嘲気味に笑うのだった。


◇◆◇◆


景色はそこで終わった。この後は世間でも大半のものが認知している展開でもある。今回の魔物の襲撃が、どれも自衛隊の管理するダンジョンの入り口から発生したこと。さらに管理するものの中でも初期からずっと手付かずの入口だったこと。それらから政府と自衛隊の上層部、そして有識者たちは結論付けた。ダンジョンは人が入らねば災害になりうると。


そしてほどなくしてダンジョンが一般開放される。多く人間が知恵を出し合い、正常に運営できるルールを作り、ダンジョン管理局が作られた。攻略者たちは支援を受けつつ魔物を狩り、素材が進歩をもたらす。この事件以降、大氾濫と呼ばれるようになった事象は起きていない。推測は確かなものへと変わったのだ。


その裏で、何が動いていたかも知らずに、世界はダンジョンの深みへと、嵌る。

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