(3-5)勝てないことはない。その2

「何をふざけたことを。我々の邪魔をするということは、それ相応の代価が必要だ、それを、そんなバカげた理由で、まったくもって許しがたい。」


「人の気持ちをそのように言うとは、あなたの程度が知れますね。」


謎の集団を率いた男は、目の前の少女に対し怒りの言葉を投げかける。それに対して少女が放った言葉は煽り以外の何物でもなかった。だが男はその煽りを受けても眉一つ動かさない。なぜなら、目の前の少女は男の所属する組織の中でも特に秘匿性が高い装備と同じ種類のものを着用し、さらに高レベルの攻略者を迅速に始末するために揃えた高火力の銃弾すら容易くしのぎ切ったからだ。それはつまり、少女がこの場の誰よりも高性能の機械鎧アーマースーツであることを意味しており、結果として余裕を生んでいることを察したからに他ならない。だが男もそれなりの修羅場をくぐってきた存在、だからあえてお前など簡単に排除できるというような態度を取った。その裏では少女が敵対する本当の理由や、機体の性能などに思考を巡らせ、勝ち筋を模索していた。


「ふむ、それは失礼した。ただこちらの言うことも理解してほしい。我々は崇高な使命を帯びてその男の捕獲、あるいは排除するための行動をとっているのだ、それを邪魔され、引き下がるほど我々の意志は軽くない、そういうことなのだよ。」


「それではこちらの事情も察してほしいですね、ハッキリ言います。この人をどうにかすると言うのであれば、容赦はしませんよ?」


堂々と少女は言う。小柄な体型に合わせたスリムな機械鎧アーマースーツに身を包み、まだ幼さの残る声で、堂々と『お前たちの意図など関係ない。』と宣言してのけた。


男の表情が歪む。交渉の余地すらなく、堂々と敵対の意を表した少女に、怒りに近い感情が湧き出てくる。この数、この戦力で、なお舐められていることに男は憤慨した。だがそれを表情だけに留め、一瞬の沈黙の後、勤めて冷静に言い放つ。


「それであれば仕方ない。やれ。」


その言葉を受けた集団は、一斉に動き出した。遠距離からの銃弾は効かない、であれば接近戦で囲んで袋叩き。実にシンプルで、実に効果的な行動。


だが、彼らは知らない。少女の覚悟を。あの日誓い、今果たされようとしているこの状況で、彼女が退く理由など皆無なのだ。故に―――


「なんなんだよッ!!!」


―――鮮烈に舞うのだ。機械鎧アーマースーツにおけるある種の自負が彼女の強い推進力となる。だから強い。数の差をものともせず、的確に近い敵から始末する。一発で無理なら二発、それでも無理ならその次で。焦らず、それでいて躍動するその姿はまさに流星。だれも触れず、だれも追い付けず。


戦う少女の脳は、目の前の出来事を処理するその裏であの日を鮮明に描いていた。小鳥遊真理亜がまだか弱い一般人であった頃のことを。


◇◆◇◆


真理亜が戦っているその時、勝利は夢を見ていた。

通常の、すぐに忘れてしまうような夢ではなく、酷く鮮明で今でも悔いているあの日のことを夢に見ていた。


その日、勝利はなんとなく別のダンジョンへと向かっていた。もちろん、榊原などの同伴で未調査ダンジョンの探索に同行するという形でだ。よく晴れた日で、現在のようにダンジョンが一般開放される前のこと。異形の敵と戦うためには情報が命で、なんとなくその日は情報収集と実戦経験を積みたいと思い、榊原に連絡をして同行のお願いをしたのだ。今思えば、それがあの日の転換点であり、己の戦いかたを見つめ直すいい機会になったのだろう。だがしかし勝利の心は晴れない。受け入れ、必死に変わろうとしてはいるが、それでも己の至らなさを突き付けられているようで、憂鬱な気持ちになる。


流れる光景を上空から漠然と眺めるようにして宙に浮く勝利の意志。実体はなく、己の意志だけが存在するような不思議な感覚。視線を動かそうにも眼球はなく、だがしかし意志だけで隣に佇む存在知覚した。


『これを俺に見せているのは、お前か?』


『そう警戒しなくても良いのですよ。私はあなたを害す存在ではないのだから。』


『これを見せられるだけでも十分嫌がらせなんだが?』


『ふふ、まだまだ若いですね。だけど、その若さが強さでもある。あれだけの強敵に立ち向けたのは、ひとえに若さあってのものでしょう、あなたの場合はですけれど。』


顔や体はぼやけているのに、そこに存在することは明確にわかってしまう。白いドレスのようなひらひらとした衣服を身に着け、どこか高貴さを感じさせる雰囲気、それらを感じながら勝利はまだ疑いの感情を抱いていた。それほどまでに、この日を思い出すのはつらいのだ。目をそらしたいわけではない。むしろ向き合ってきたからこそ、未だ未熟な自分に嫌気がさしてくる。そしてそれを意図的に見せてくるこの存在は、間違いなく自分を害そうとする存在で間違いなかった。


『まったくもって理解しがたいですね。外面は人当りの良い青年なのに、その中身は複雑で行動原理が謎。強すぎる精神がそうさせているのか、それとも偶然が重なって生まれた蔑みの眼がそうさせたのか。ともかく自身の本当に大事な内側へ極度に人を入れようとしない。いいのですよ、私はあなたの味方ですから。現にこうして見せているではないですか、あなたの足かせとなったこの光景を。』


『・・・・・・』


得体のしれない存在が言葉を連ねる。それが妙に的を得ていて、勝利の心に浸透するように行き渡る。無意識のうちにその存在に親しみを感じ始めているのに気がついて、慌てて気を引き締めていた。謎な存在なことに変わりはないが、ここまで警戒するほどの者とも思えないがそれでも勝利は最大限警戒する。ここは精神世界、本人が望む望まないにかかわらず本性をむき出しにするのだ。普段は無意識化で行われている処理も、今この場では露出してしまう。故に今の勝利は、警戒心をむき出しにした狂う寸前の野良犬のようだった。


『そろそろ私に構わず事実に目を向けなさい。貴方の抱える弱さをもう一度見つめ直すのですよ。そして、いつかきっと―――』


最後は掠れて聞き取れない。それどころか存在自体がかすんで消える。それと同時に現在の勝利の意識はあの日を生きる過去の勝利へと重なり、やがて一つとなった。


「榊原さん、ここの魔物の生態系は大体掴んだのでそろそろペースを上げてもらっても大丈夫です。」


勝利はすでに今いるダンジョンの生態系を把握し、対抗策などを頭にしっかりと思い浮かべていた。この適応力の高さ、判断の正確さが彼の強みなのだがそこらへんを彼が意識できているかは本人にしかわからない。そんなことを考えながら、榊原が返答する。


「そうだね、では少しペースを上げるとしようか。部隊行動に慣れていないと疲労も多いだろうが、そこは勝利君の頑張りに任せよう。ふー、これより信仰ペースを上げる!各自役割を全うし、全員で帰還するぞ!進め!」


景気よく発破をかけ、足を止めていた部隊が速度あげて進んでいく。索敵とマッピングを同時に済ませつつ、最高効率で進んでいく集団。一個の群れとして、十全にその強さを発揮し、現れる魔物を即座に制圧、死体の処理まで速やかに済ませさらにその先へと進んでいく。勝利自身、部隊での行動は経験がないので新鮮味があり、しっかりとその技術などを盗もうと頭をフル稼働させる。もちろん戦闘にも加わり、自衛隊の部隊一個で当たる魔物を一人で蹴散らしていた。勝利がいたからこそこの速度であるのだが、それを榊原が言うことはない。なぜなら部隊全員がそれに気づいており、半ば勝利の戦闘を補助するかのような部隊展開をしているからだ。阿吽の呼吸で連携を取り、勝利が最速で敵を倒すことでこの効率を維持していた。この強さとは時として何にもまして輝く。本人がそれを自覚するのはまだ先の話だろうが。


「前方にルーム!突入後即座に制圧、勝利君、すまなが先頭で手強い敵を抑えてくれ!我々は雑魚から適宜処理していくぞ!」


榊原の指示を聞いて勢いよく飛び出す勝利。このダンジョンは遺跡のような作りで、通路の幅はそれなりに広いところもあれば人が二人並べば手狭と感じるほどの場所もある。出現する魔物は人型のオオカミや、集団で飛び回る巨大な蝙蝠で、地形をうまく利用した戦いをする。個体差もあり、部隊行動の真似事をするものもいるので先んじて勝利が手強い個体を強襲し、榊原たちがその他を殲滅していく作戦だ。なお、水川は新人教育の一環でレベルを得た者の渾身の狙撃を披露しに普段とは別の基地に向かっているため現在は不在だ。通常であれば部隊が先行して敵の群れから強い個体を引き離し、そこを水川が一発で沈めるという流れなのだが、水川の不在を勝利が埋める形となったのでこのダンジョン探索が行われているのは余談だ。


「どっせいぃぃいいい!!!!」


人型のオオカミ、どちらかというと犬に近いそれらはコボルト種に分類される。個体差がはっきりとしていて、見た目も多種多様だが、共通して群れでの行動を好む。その構成は単純で、一番強いものにそれ以下が従うのだ。勝利は周囲と比べて一回り体が大きく屈強な個体目指し、レベル3の身体能力を十全に生かして高く飛んだ。対するボスコボルトはそれを受ける構え。その手には石斧が握られ、ただの人なら一撃で沈められてしまいそうなほどの凶悪さを醸し出していた。


残念ながら、勝利は普通の人間に含まれなかったようで、振り下ろされた惨断の激斧さんだんのげきふが、振り上げられた石斧を粉砕し、そのままボスコボルトの脳天へと突き刺さる。その流れで自衛隊の射線に注意しつつ、蹂躙を繰り広げる。瞬く間に制圧されたルーム内。そこで一時休息を挟むことになった。


これまでの経路に設置してきた通信機を通して地上と連絡をとる榊原。

だがその表情は徐々に曇り、最後には必死さを滲ませて通信を切る。


「各自休憩を取りつつ聞いてくれ。現在手付かずのダンジョンから一斉に魔物が出現した。溢れかえる物量で地上は現在パニック状態のようだ。住民の避難を進めつつ魔物の殲滅を図っているが、進捗は芳しくない。そこで我々も地上に帰還し、近場の魔物の殲滅に加わることになった。幸い魔物の群れは低階層の魔物で構成されており、そこまでの被害は出ていない。だが迅速に自体の収拾を図るため、直ちに帰還する。三分後出発だ、それまでに準備を済ませること、いいな!」


「「「了解!!!」」」


空気が張り詰める。これまでの真剣な表情がより一層気合の入ったものへと変わる。各自が銃弾の補充や、ナイフの確認を済ませ、三分が立ち部隊が再度帰還のために動き出す。勝利もまた、己の全力を出す為に、アナにスキルの構成を確認し、戦闘のイメージを固めていく。より早く、より多くの敵を屠る。そのための精神集中を図り、研ぎ澄まされていく感覚を覚えながら今までの数倍の速度で進む部隊と共にダンジョンの出口へと向かうのだった。


程なくしてダンジョンから帰還した部隊は、地上の様子を見て唖然とする。至るところから煙が上がり、そのうちの幾らかは火の手がはっきりと視認できた。


「予想よりひどいな。本部の指示があった場所へ向かうぞ。魔物の出現したダンジョンはすでに把握済みで、そのうちの一つへ向かう。・・・今日は休む暇などないようだな、行くぞ。」


街の主街道の中心に出現したダンジョンの入り口、そこの外に建設された簡易防壁の内側で移送車に乗り込み、目的地へと向かう。車で塞がれた道を迂回しつつ、現場に急行する一行の前に、一体の魔物がふらりと現れた。


「全員降りろ!ここからは徒歩で目的地まで向かう、くそったれな獣どもを蹴散らすぞ!散開!!!」


全員が一つの意志の元部隊を展開していく。先ほどの一体を即座に死体へと変え、道路を進むにつれ増える魔物共を蹂躙していく。勝利は部隊の中心で体力を温存していた。おそらく溢れかえった敵陣に突入することになる、その時こそ勝利の出番なのだ。それまでは己の闘気を研ぎ澄ます。より鋭利に、より強く。


やがて目的地を部隊の視界が捉える。封鎖された地下街へと通じる階段を中心に魔物が密集し、周囲のものをひたすらに破壊していた。車もガードレールも建物の壁も、そのすべてが無残にも壊されていた。


「勝利君、行くぞ!」


部隊が榊原を先頭とした展開へと変わる。それに合わせて勝利も榊原の横に並び、速度を上げて魔物の集団へと突っ込んでいく。


飛び散る臓物、吹き飛ぶ手足。脳漿がまき散らされ、血肉が地面を濡らした。斧が振るわれればウサギを百倍邪悪にしたような造形の魔物が吹き飛び、刀が振るわれればトカゲのような魔物が縦に割れる。榊原も銃剣を巧みに利用し、急所を的確に突き、狙撃し、静かに躍動していた。暴力の嵐たる勝利と技術の粋を披露する榊原が道をこじ開け、周囲の魔物を手当たり次第に自衛隊員の面々が肉片へと変える。より強力な個体を先頭のふたりが捌き、無限とも思える量の雑魚たちを弾幕が削る。たった10人でこの殲滅力は大したものだ。


だが、それでも魔物は減らない。


削れでも削れども、周囲へと散っていた魔物が舞い戻ってきて全体の数を増やし続ける。かなりの速さがあった突撃もやがて失速を始める。


「ちっ、わらわらと出てきやがって!」


「いや、このままここで戦えば周囲の魔物をここに集めることができる、そうすれば増援が来て一気に殲滅することも可能だろう。それまで耐えればいい。勝利君、弾薬が尽きればそれこそ我々が命綱となる。・・・いけるかい?」


「もちろん。俺は、強いですよ?」


「いうじゃないか。それじゃ、お互いの健闘を祈って。」


戦いながらも言葉を交わす勝利と榊原。

次の瞬間、榊原が新たな支持を出す。


「円陣を組んで敵をここに引きつける!俺と勝利君で敵の円周を押し広げる、お前たちは俺達の手の届かない方向の敵を寄せ付けないよう弾幕を保て!なに、すぐ終わるさ、こんな雑魚どもなんか蹴散らせてかえってうまいビールでも飲もうじゃないか!」


「「「了解!!!!!」」」


榊原の言葉に部隊の指揮が高まる。陣を完成させ、その瞬間勝利と榊原が円の左右へと飛び出す。そのまま時計回りに動き出す。二人の手の届かないところでは弾幕が常に敷かれ、二人の動きと一緒に回りだす。


「『疾駆』、『剛力』!!!」


勝利がスキルを使用する。途端に走る速度が増し、宿る力が強大になった。斧の柄尻付近を持ち、間合いを最大にする。放たれた薙ぎ払いは、増した力を十全に生かし柔い魔物を断ち切り、硬い魔物を粉砕した。休む暇なく繰り出される攻撃が魔物を肉塊に変え、その隙間をこじ開けながらさらに力強く踏み込んでいく。


反対側では、榊原が銃剣を背に背負ってナイフ二本で先ほどよりもさらに鋭い動きで敵を切り裂き駆け抜ける。組み付かれそうになればナイフを宙に放り、体術を駆使して首を折り手足をひしゃげさせる。そうして落ちてきたナイフを華麗にキャッチして再度敵を切り刻む。勝利に負けない速度で敵を屠る榊原もまた、スキルを駆使していた。


先日レベルアップして手に入れたポイントで取得したスキル、『視野拡張』と『思考加速』がこの速度を生んでいる正体だ。いま榊原の視界は人の限界を超えて拡張され、それから得られる情報を加速した思考で処理する。集中状態と相まって、榊原が見ている世界では時間がゆったりとした流れに見えている。だからこそ、的確に精確に、魔物の群れに死をもたらしていた。


10分が経過したところで、援軍が到着する前に周囲の魔物が一層された。その間、一度も止まることなく動き回っていた二人が、地面に膝を突いて荒い呼吸を繰り返す。


「さす、がに、きっつい。」


「がはッ、呼吸が、つらい、ね。これは、きつすぎた。」


魔物が溢れかえるという前代未聞の事態に対し、ペース配分などという余裕はなかった。全力を出し切って10分。接近戦としては十分長時間であり、勝利と榊原、そして自衛隊員の弾幕を駆使してこの時間なのだから余裕を持てといわれても無理というものだ。


しかし、戦場はここだけではない。

比較的体力が余っている隊員の一人が地下にあるダンジョンの入り口の様子を確認し、魔物の出現が収まっていることを確認した後は、再び次の目的地を目指して移動を開始した。一旦移送車へと戻り、弾薬の補充をしながら移動を開始する。


一連の光景を、当時の勝利の視界を共有しながら現在の勝利が眺めていた。


『今日という日は、終わりそうにないな。』

「今日という日は、終わりそうにないな。」


現在の勝利が記憶の中にあるセリフを発し、同時に過去の勝利も言葉を発した。


それはこの現状を正確にとらえており、実際に日が落ちるまでこの戦いは続いたのだ。この後の光景を思い描いた現在の勝利は憂鬱気に。対照的に過去の勝利はこれからの戦闘に気を引き締める意味で言葉を発したのだった。


時は進み、数か所を制圧し、心身共に疲れ果てる頃。


街の一角で、悲劇が、生まれた。


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