(3-4)勝てないことはない。その1

強靭な肉体がスキルによってさらに強化されたことにより常人の何倍もの威力と速度で次々と敵を粉砕していく榊原一行。普段であれば銃火器の音しか響かない戦場に、近接戦において無類の防御力を誇る泰平、俊敏さと持ち前の柔軟な体を生かしたアサシンである砂月、影という特異性を生かしサポートとしても火力としても十分にレベルの高い影光の三人が同伴していることによって戦力がさらに強化されている。未だレベルが高く未踏破状態のダンジョンに挑んでこれだけの速度をだせているのはその影響が大きい。ちなみに速度を落としさえすれば十分自衛隊だけで活動も可能であり、その点においては榊原、水原の戦闘力はそれだけ高いと言える。


「ふう、とりあえずこの階層はあらかた探索し終えましたね。やっぱり高難度ダンジョンとされているだけあって魔物の数も出現タイミングもそれぞれの質も今までのダンジョンとは一段上で、正直疲れました。」


「そうだね。だが泰平君たちがいるおかげでこちらは大分仕事がしやすい。やはり狭い通路などではどうしても銃火器の味を生かすことができないからね。それに私達は近接よりも遠距離主体の人材が多い。そろそろ他の部隊から近接専門の人員を用意した方が良いだろうか。いや、それだと連携が疎かに・・・」


部隊長としての苦悩は想像より大きいようで、榊原がブツブツと思考を漏らしながら考え事に没頭する姿をみて、泰平は勝利も自分たちを見ていた時はこういったことを常に考えていたのだろうかとふと考える。なんとなくだが勝利の場合は自分と対等に戦えるものを育てるとかは考えていなかった気がする、そう泰平は思った。なぜなら戦闘方法の助言はあっても部隊運用や方向性の指示などは一切なかったからだ。一言で表現するならば自主性を重んじていた。自身をボーダーラインとせず、あくまでも各々の目指す地点まで自身で努力するということを念頭に行動していたような気がする。あくまで本人に聞いたわけではないので気がする、というだけではあるが。


そういったこともあり、泰平たちは統一感などないが、それでもとてもまとまりがあるチームに育ったと思う。互いの足りない点を指摘し合い、切磋琢磨してきた一年は無駄ではなかったようだ。もっとも五人合わせても勝利に勝てるビジョンは湧かないことから、まだまだ自分たちは努力が足りないと思ってしまうのだが。


そこで今度は疑問を解消するために、砂月が榊原に声を掛ける。


「あの、自衛隊の皆さんのも身体強化系のスキルを使ったりすると思うんですが、勝利さんはそういったのを使ってるのをみたことないんです。いや、確かに戦えば戦うほど莫大な力を得られるあの称号の効果は何度も目にしてきてるんですが、一時的な強化というか、もっと力を簡単に上げたりできるスキルを使ったりはしないのかなって思ったんですけど、それらを使わない理由とか、知ってたら知りたいです、あの、良ければ教えていただいてもよろしいですか?」


「んー、私も本人にきいたことはないが、推測交じりなら答えられるよ。多分慣れだろうね。少し調べてわかったことなんだが、彼の通っていた道場は聞く人が聞けば結構有名な道場なんだ。そしてそこの免許皆伝とくれば、彼の実力は一般人とはかけ離れているだろう。そこにあの大きな肉体と鍛え抜かれた筋力が合わされば、レベルの上昇による効果だけでも十分なんだろう。だがスキルはその性質もあって、身体能力の一部を上げることしかできない。君たちのように戦いの中でそれらを使う前提の訓練をしていたり、私達のように何かに特化した動きをする上でその要点を手っ取り早く強化して戦うスタイルであればスキルの恩恵を受けやすいが、彼の場合は一人で複数人を相手できるように総合力を求める。だからどこか一部を上げても戦闘に狂いが出るだろう。逆に全体を少々あげる程度の強化であればそれこそさっき言った称号の効果が出るまでひたすら戦いを続ければいい。そういった事情があって彼はスキルをあまり使わないのではないかと、私はそう考えているよ。・・・少々恥ずかしい話だが、彼の強さに関しては私も良く思考を巡らすんだ。彼の戦いは確かに派手だがその裏には相応の実力がある。だから戦いが綺麗に見えるんだ。だからその、憧れてしまうんだよ。君も、冒険者なんて危険の付きまとうような仕事をしているんだ、あのかっこよさには憧れても、仕方ない、と思いたい。」


途中までは真面目にどこか誇らしげに。最後の方は恥ずかしさからか少し尻すぼみになってしまったが、榊原の言葉はすっと砂月の頭に染み込んだ。これだけの推測を立てられるのだ、相当の時間をかけて考えてきたのだろう。それに勝利に対する信頼が厚いこともわかって、砂月は少し表情を崩し、無邪気な笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます。参考になりました。つまり個性を生かした戦い方をすればよくて、無理に私達が勝利さんの真似をしても仕方ないということですよね。わかってはいたんですが、うん。スッキリしました!ありがとうございます!」


普段は無口だが、今日はどうやら機嫌がいいらしい。明るくにこやかに話す砂月に、泰平、影光、そして自衛隊の男たちは一様に顔を赤らめた。それを見た水川は、砂月の男を惑わす素養を垣間見て少し恐ろしくなった、主に自身の婚期に関して。いや、まだ自分は若い。それにレベルが上がってから肌に張りが戻り髪質も向上し、そこらの女性には負けない。だがしかし砂月のような若さを誇るには少々期限が迫ってきていて、大人としての魅力があるかと問われれば怪しい。などなど様々な思考が駆け巡っている水川は耐えられなくなって膝を突いた。そして大丈夫かと声を掛けた同僚の言葉に婚期の心配をされたと勝手に勘違いして危うく一人の尊い命が失われることになった、まったくもってはた迷惑な女である。


ひと悶着あったがそれでも部隊の指揮は高い。再度出発し、調査領域を広げていくのだった。


◇◆◇◆


同時刻、下層へと向かう勝利と業鬼丸も同じような会話をしていた。


「主よ、何故スキルを使わないのですか。」


「ああ、そうえばお前と俺は精神的なつながりがあるんだったか。それでスキルまでわかるんだからちょっと怖いな一体どういう原理なんだか。えーっと、どうしてスキルを使わないかか・・・そうだなぁ、簡単に言うと、必要ないから、かな?」


「・・・確かに主の力量から判断しても必要性を感じないのはわかりますが。しかし戦いを効率的に有利に進めるうえでもスキルの使用は必要かと思うのですが?」


「まぁ、それもそうなんだがな。俺だって使ってた時期はあったんだぜ?だけどなぁ、その時の違和感がぬぐえない。そしてそれで救えなかったこともあった。だから本当に戦闘に支障がないものだけを使うようにしてんだ。使わなきゃいけない時が来たら、おのずと使うんだろうけどな。それまでは俺の技量を高めればいい話だ。あ、だからってお前まで使わない方が良いとは言わないぞ?使用を前提に戦闘方法を構築すれば、それはそれでかなり強いし、実際にそういう例も見てきたからな。」


「そうですか。主の考えを知りたかっただけなので来なさらずに。」


「ああ大丈夫だ。俺はあんまり人の機微に対して敏感なわけではないからな。それより次はお前の番な。さっきよりも戦闘が長引いたらトレーニングの量を考え直すぞ。なにせお前は俺の配下一号で、配下のリーダーになってもらうんだからな。」


「それは、期待に応えねばなりませんね。では。」


鋭く踏み出す業鬼丸。その速さは勝利の配下になる以前と比べてはるかに上昇していた。勝利は知る由もないが、配下に加わった時点で勝利の保有する力の影響を受けている業鬼丸は、そこらの鬼人よりも一歩二歩抜きんでている。その力を持って瞬く間に鬼人の群れを殲滅した業鬼丸は、多少の傷はあるものの、飄々とした表情で主である勝利の元へ戻ってくる。


「はは、張り切りすぎだ。防御を疎かにして傷が増えてんじゃ意味ないだろう。こりゃ期待に応えてくれるまで時間が掛かりそうだな。」


「・・・手厳しい。精進します。」


再度歩みを再開する勝利。後ろを歩く業鬼丸には見えないが、勝利の顔には、先ほどの会話で脳裏によみがえる情景を受けべ懐かしむようなそれでいてどこか悲し気な顔をしていた。


それは現在より半年ほど前のこと。未だダンジョンが一般開放されていない頃のこと。その出来事を受けてダンジョンが解放されたと言っても過言ではない、とある事件のことだった。勝利の頭の中に未だ根深く残るその出来事を振り切るように表情を改めた勝利の後ろ姿は、最近の決意したことも含めて再度覚悟を決めた様にも見えた。


『あなたのことを、忘れません。絶対に、絶対に。』


それでもあの時の言葉を思い出してしまうのは、やはり勝利も人間である証なのだろう。


◇◆◇◆


順調に下へ歩みを進めていく勝利達。ついに六層へと到達した二人は、改めて層全体を見渡し、その異様さをかみしめた。


「なんていうか、ここは殺伐としてんな。全体が灰色で、無数の殺し合いがひしめき合ってて。こんなところに君臨し続けていられるだから、あいつは、強い。」


真っすぐにとある場所へと視線を向ける勝利。その視線の先には、ある意味神聖さすらある、円形の平地があった。すり鉢状の六層の中心地点であり、階層主『デ・ウル・ラオ』が座主その場所。同じくそこへと視線を向ける業鬼丸は、その表情を険しいものへと変えて、主へと向き直り、言葉を連ねる。


「主よ、杞憂とは思いますが、念のため。奴は我ら鬼人の祖に近い存在です。本能が告げています、奴への畏怖を。理性を得た今、奴のことは打倒すべき目標から、超えられない壁のようにも感じています。主が勝てるかすら、正直なところわかりません。そのうえで聞きます。勝算は?」


「そんなもんねーよ。結構今までギリギリでやってきてんだ。あいつの実力は肌で感じる。今までで一番やばいってな。それでも勝たないといけないんだ。じゃなきゃ、俺の目的が達成されない。きっと俺の親友は俺の前に立ちはだかる。その時までに出来るだけ準備をしておきたい。超えるべき壁がある以上、その手前の壁で躓くわけにもいかない。俺の生涯のライバルを超える為、すべてはそれだけに注ぐ。大丈夫さ、俺は負けるのが嫌いで、勝つのが好きなんだ。何がなんでも勝つし、そのための実力はある。俺が戦っている間、邪魔が入らないようにしてくれ。これは俺の戦いだ。」


「戦力としてなら仲間を呼ぶのもありでは?」


「前はそれを前提に動いてたんだがな。どうも、俺の中であいつに勝つのは一人でなさなきゃいけないことに変わったらしい。目標が変わったってのもあるし、あいつらが予想以上に育たなかったってのもまぁほんの少しはある。けど、変わっちまったもんは仕方ない。だから一人で戦う。それじゃダメか?」


「・・・主の意向は私の意向でもあります。武運を。」


頷く勝利。はぐらかしてはいたが、確固たる動機はある。

ラウロを仕留めきれなかったこと、剣心のことを疎かにしてしまったこと。それらがただ純粋に強さを求めるのを楽しむことから、己の意を通すための意地へと変わったのだ。その為には、これくらいのことは一人でやらねばならない、そう考えている。


だが、本人すらも気づいていないが、最善は別にあった。勝利の力は、個で発揮するためのものでなく、本来は軍を率いるものに近い強さ。勝利の力とそれを扱う頭脳があれば、この攻略すらも容易いことだった。それを捨ててまでこのように動くこと、それはまさに意地。時間が許さなかった、状況が許さなかった、理由を探せばいくらでもあるが、勝利はそれを無意識下に抑え込んでいた。これは愚行である。


だが、それでも存外人間の意地は侮れない。それがどのような結果になるのか、それは神のみぞ知ることだった。


疾駆。

業鬼丸が追い付くのがやっとの速度で走り出した勝利は灰色の世界を突き進んでいく。まっすぐに、まっすぐに。道の障害である鬼人や進化した魔物たちは、瞬く間に肉塊と化していく。斧が、刀が、短剣が、翻る度に鮮血をまき散らした。


「待たせたな!てめーをぶっ倒す!!!」


振り上げた斧が応戦する刀とぶつかり合い火花を散らす。


「ふん、人間よ、生き急ぐな・・・死にたいなら別だが、な。」


円形に開けた土地の中央で玉座替わりの巨石の上で胡坐をかく階層主に、瞬く間に接近した勝利の一撃が見舞われる。衝撃だけで巨石にひびが入り、砂埃が舞う。


勝利は目を見張った。

斧を振りかざす直前まで確かに巨石に胡坐をかいていたデ・ウル・ラオ。だが斧が当たる直前で素早く立ち上がりいつの間にやら握られていた骨の刀で容易く受け止められていた。


両者の口角が上がる。片方は待ちわびていた己を打倒する可能性を秘めた存在が姿を現したことに、片方は己の攻撃がまるで通じていないかのような強敵の姿に。勝利の周りを取り巻く環境は本人が想像しているよりも複雑で、そのストレスが勝利の思考にまで偏りを及ぼしていた。


だが、目の前の強敵に対し、それらは些末なこと。


やはり、己はどこまでも戦闘狂なのだ、その事実が勝利の心を軽くした。相手の楽しむような態度もそれを後押しする。至極の戦いの火ぶたが切って落とされた。


◇◆◇◆


戦いは開始の鮮烈さから一点、勝利の慎重なまでの攻撃により存外ゆるりと進んでいた。


両者は数度刃を交え、互いの間合いを感じ取って距離を測る。今もまたそのにらみ合いが始まった。


あらゆるフェイントを駆使し相手の隙を探す勝利。対してデ・ウル・ラオはその動きを気にしつつも、どっしりと構えいつでも応戦できる体勢を維持する。一瞬の静寂の後、動き出すのは勝利。一歩で距離を詰め、胴を薙ぐ一撃を斧で受け止め、その重みを踏み込んだ足で耐え抜き、逆側の腕を振るって相手の武器を持つ腕を狙う。それに対しデ・ウル・ラオは刀を持つ方とは逆の腕を振るう。手刀ともいえる速度と鋭さは、勝利の振るう海割の側面を滑るように振りぬかれ容易くその攻撃の流れを別方向へと向けさせる。剛の刀と柔の手刀、両方を完全に使いこなし勝利の攻撃に対応しきる。だがそれは先ほどまでの戦闘で経験済み。流された刀の軌道に逆らわずに体を移動し更に距離を詰める。そこは手刀の間合い、だがあえて体を滑り込ませ、その危険領域に足を踏み入れる。


途端に襲う暴力の嵐。刀と同じ方向に流した腕を引き戻し真っすぐ斜めに線を描いて勝利の首へと振るわれる手刀。それをほんの少しの隙間だけを残して躱した勝利は、肩を突き出すように体を捻り、その体勢のまま体当たりを繰り出す。直前に踏み込んだ足に力を入れて局所的な力積を増大させ、体重をフルに活用して重たい一撃を繰り出す。


だがそれすらも、デ・ウル・ラオの前では意味をなさなかった。


「なかなか・・・だがまだ温い。」


小さくつぶやかれたその言葉、それが終わるまでに場面は著しく変化した。

まず、後方へとデ・ウル・ラオの体重が流れる。完璧なタイミングで行われたそれは勝利の渾身の体当たりを容易くいなし、更にその体勢を崩した。


次に体当たりの動作によって鍔迫り合いとも呼べる硬直状態から解放された骨刀の、持ち手である部分を素早く勝利の背中のやや右よりにたたきつけ、崩れた体勢をさらに崩し、膨大な運動量の向きを下向きに強引に返る。


そして最後に、あまりのはやさと正確さに逆にゆるりと動いたようにも見える手刀で勝利の肩口を叩き、掴み、そこを起点としぐるりと両者の天地を入れ替え、そのまま膝蹴りを背中に見舞う。


「がはっ!!!!」


空気と共に血反吐が勝利の口から飛び出た。だが回復など待つ暇はない。地面を転がり即座に元居た位置から離脱を試みた勝利。ほんの刹那の時間の後には、勝利の頭があった位置へ、地面にめり込むほどの威力で拳が振るわれていた。


だがその姿勢はデ・ウル・ラオが始めて見せた隙。軋む体を酷使し、片手を軸に低い軌道で蹴りを放つ。狙うは腕の関節、厄介な敵の挙動を片腕だけでもそげれば形成は逆転する。もっともそれは並みの実力を持つものが相手だった場合の話。


デ・ウル・ラオは寸前のところで腕を引き抜く。怪物の真骨頂は、十全な身体能力を生かした極限まで高められた緩急にある。戦闘を眺める業鬼丸は腕を引き抜く動作すらコマ送りのように見えていた。そして次の瞬間には空振りとなった蹴り足へ向けて刀が振るわれる。


研ぎ澄まされた精神と強引な力でもって蹴り足を折りたたんだ勝利は辛くもその刀身を躱すことに成功する。だが無理をした代償に片足の関節に違和感が残る。それを強引に気力で無かった事にし、片腕で跳ね起きた勝利は宙で体を回転させ遠心力を乗せた斧の振り下ろしを敢行。それを一歩下がるだけでひらりと躱したデ・ウル・ラオは流れるように今度は一歩前へと踏みだし、袈裟懸けに刀を振るう。斧を振り抜いたことで一瞬対応が遅れたが、ギリギリのところで海割を刀と自身の間に滑り込ませ一撃を受ける。しかし、怪物の膂力は尋常ではなく、無理な体勢なこともあり勝利は吹き飛ばされてしまう。


2、3度地面を跳ね、その間に体勢を整え、獣のような四つ足の態勢で両足を地面に突き立て無理やり止まる勝利。視線は一度足りとも相手から外してはいない。

その相手は、勝利を吹き飛ばした後追うような動きはせず、面白いものでも見るようにその両目を勝利に向けていた。


「貴様は我に遠く及ばぬ身体能力でありながら、技と反応速度だけでその差を埋めている、よほど強敵と戦い続けてきたようだ。そうでなければそのような動きは決してできないだろう。そして一撃一撃を振るう度に力を増す様もなかなかどうして面白い。我が自由であったならば、貴様を我が弟子として迎え入れたいと思うほどだ。」


「ああ?何言ってんだ、てめーはここで生まれたんじゃねーのか?自由ってなんの話だ?」


「そうか。未だ貴様ら人間は、この場所、この現象の糸口を掴めていないか。それもまた一興よな、だがそんなことは関係ない、か。気にするな若き者よ。その折れぬ闘争心決して忘れるでないぞ。もっとも我に殺されるやもしれんこの状況ではこんな助言も無意味、かもしれんな?」


「いっちょ前に煽るじゃねーか。いいぜ、てめーをぶちのめしてそのあと色々聞いてやる。そんでぶっ殺して俺の糧にしてやんよ。」


「言うではないか。我にそのようなことをいう者も久しい。まるで生前を、くっつ、さすがに話しすぎたか。ここしばらくは知性の無い獣を相手にしていたせいか我の知性も衰えはじめたやもしれん。時間が惜しいな、ほれ、さっさとかかってこい。そして―――」


話の終わりが見えた瞬間駆けだす勝利、鞘に納められたその刀が鯉口を切る。


「剣術特殊開放:第一、発動。『幻想神刀まぼろし断ち切る神の太刀』」


「―――散れ。」


その太刀は幻想すらも断ち切る神速の一撃。勝利が持つ最速の一撃は、しかし、素早く頂点へと掲げられた刀が振り下ろされたことで容易く打ち砕かれた。


「『イットウキワミ』」


見惚れるほどに美しい剣閃。ただまっすぐに振り下ろされた刀は一ミリ以下の狂いもなく、それでいて空気すらも切られたことを気づけないほど速かった。


甲高い音が響く。


銀のきらめきが場を彩る。


輝く刀身が一瞬だけ唖然とする勝利の顔を映した。


「終わりだ。」


刃が地面に突き刺さる。

半ばから折れた海割が、その刀身のみを宙に投げ出し、力なく、地面に突き立つ音を響かせた。


硬直した場の中で唯一動くは怪物のみ。


唖然とする勝利の眼には、不思議と怪物の動きがゆったりとして見えた。振り下ろされた刀身が翻り己に迫る。

応戦しようと右腕の刀を振るおうとする。だが、よくよく意識すれば、己の右腕は肩から先が無かった。咄嗟に動かそうとした腕がないことにそこで初めて気づく。否、そもそも体が動いていない。極限まで高められた精神の残滓が、視界だけを高速の領域の中に残していた。


なるほど、これはもうどうしようもない。出せる技術は出し切った。短い戦闘だがしかしこれほどまでに濃密な技術の応酬は今まで一度もなく、勝利の心に敗北の文字を植え付け―――


『ざっけんな・・・、俺は、絶対、負けねぇんだよッ!!!』


敗北の心を塗り返る信念。

魂の叫びが空中の魔力を通して、もう一つの信念へと直結する。


それは、ゆっくりと自我を確立し始めていた。


それは、漂う思念の中からより強く己に適した情念を取り込み、己の根幹として、一種の疑似人格を形成していた。


度重なる戦闘。死を掛けた戦いによる感情の交差は、さらに強く逞しく仮初の自我を鍛え抜く。


そして、表に出るだけの決定的な瞬間が訪れた。

己の肉体が重大な損傷を受ける。そしてその奥に潜んでいた自我を包みこむ鋼の檻が歪んだ。歪みから急速に力が流れ込む。宙を舞う己の欠片たちが魔力を通して己の肉体へと道を作った。


そして、己の持ち主のひと際強い感情を浴びて、ついに檻が崩壊する。


加速するデ・ウル・ラオの刃が、勝利の直前で激しい火花を上げてその挙動を強制的に止められる。続く悪寒に怪物ははじめ一時的な撤退を、逃げの一手を行った。


「かはっ!!!!」


張り詰めていた精神がつかの間の休息を挟む。同時に無呼吸状態の肺が空気を求めて大きく動いた。


勝利は慌てて体勢を整えようとして己の腕が断ち切られたことを思い出す。だがしかし、右腕はそこにあった。否、本来の腕は地面に横たわっている。己の肩から先を見れば、黒に近い藍色の細い鋼が筋繊維のように束ねられ、それらが本物の腕の筋肉のような配置で腕を形成していた。更にその上を薄い青の鋼が装飾的な鉄格子のように覆っている。美しさすら感じさせる造形はしかし機能を損なうことはなく、また本来の腕のように神経が通っていた。


更にその先、しっかりと握られている刀は、失った刀身を青白いものに変えて復活してた。どうやらデ・ウル・ラオの刀を防いだのはこの刀身だったようだ。


地に落ちてた腕と、薄紅色の折れた刀身はさらさらと塵に変わり、ほどなくして青白い粒子へと変わり蒼き義手と刀に吸い込まれる。最後の粒子が完全に吸収されたとき、勝利の中に、完成したという漠然とした思考が浮かぶ。


『我を覆う怨念と血の呪いは取り払われた。今はしばし会話もできるが、それも残りわずか。いいかよく聴け主よ。』


「な、なんなんだ!?」


狼狽する勝利。突如として頭の中に響く声は、一方的に言葉を紡ぐ。


『我は以前の刀身の中に蓄えられた力の集合体。それが解き放たれた今一時的に主との精神と繋がりこうして話せる。だが完成を迎えた今、本来の事象へ戻す為システム側が必死に修正を行っている。時間がない、思念で我の力を伝える。幸いなことに主の腕を媒介にしてより強固なパイプを繋げた。我の肉体は主の肉体でもある、存分に力を振るえるだろう。』


「くくく、まこと愉快。貴様のその腕、どうやら我の想像をはるかに上回る代物の様。死すらも己の天運で覆して見せる貴様もまた我の想像の埒外の様だ。こい、今一度我と対峙することを許そう。」


「だぁーくそが!訳わけんねー!!!とりあえず、ぶっ倒す!!!!」


熱はそのままに、激情は闘争本能へと変換する。訳が分からない、だからどうしたというように、勝利は己が得た新たな力を受け入れた。


立ち上がり、構える。それに応えるように蒼き腕とその刀身が波打つ。装飾は荒れ狂う波を表していた、放つオーラはまさに大いなる海原のように超常的な力を感じさせる。


「いくぜッ!!!」


「こいッ!!!」


両者が同時に地を蹴る。

デ・ウル・ラオは己の最速最強の技を放つため刀身を掲げ上段の構え。

勝利は体の横に寝かせるように刀身を構える。





「『イットウキワミ天雷アマノイカズチ』!!!!!」




踏み足が地を砕き、あらゆる力をただ一刀に込めた怪物。

先に刀が動き出したのはデ・ウル・ラオだった。先刻の一撃よりもその速度は速く、勝利を真っ二つに切り裂かんと迫る。


だが、空気の流れを見に纏った勝利は、抵抗を置き去りにして刀を真一文字に振り抜いた。その速さは常軌を逸していた。その動きは怪物のそれを軽々と超えた美しさを体現する。





「剣術特殊開放:波の型、『海割神刀大海断ち切る神の太刀』!!!!」





両者はふみ込んだ場所で静止。距離は互いの間合いそのままである。

怪物の一撃は、勝利の左の肩に食い込む形で止まっていた。

対照的に、蒼い刀身は振りぬかれ、やがてデ・ウル・ラオの体に水平な線が浮かび上がる。着ている衣服も、その向こうの体表も、そのさらに奥の骨や筋肉や内臓でさえ、鮮やかな断面を晒し、怪物の上半身が地に落ちた。


「見事だ。」


「・・・なんでだ、なんで刀を止めた?」


「・・・そう声を荒げる、な。貴様の刀は確実に我のものより早くこの身を断ち切った。・・・であれば、我の敗北であろう。敗者の無粋な一刀で、勝者の道を阻む、そのような道理はなかろうて。」


「・・・・・・そうかよ。俺の力じゃあんたを倒せなかった。しけた最後だな。」


「かっかっか!!!抜かせ、貴様のその刀も、それで得た力も、結局は貴様の、力、だろう。敗者にも、花を、持たせるのが、勝者の、務めだ、誇れ!・・ラ王国一の剣豪に、勝てたの・・・・・だか・・・・・・ら・・・。」


最後にそう述べたデ・ウル・ラオは、瞳を閉じて、眠りについた。


「確かに。お前の強さは本物だった。勝てたのは奇跡に近い。短い戦いだったが、今までで一番死を感じた。誇れよ、シュラ王国一の剣豪。」


階層主がここに敗れ、それと同時に契約が成される。


それはあまりにもあっさりと、本人の自覚なしに行われた。


『魔王城建立条件を達成しました。これより魔王城建立の儀に入ります。・・・【鬼神降誕ビクトリア】に名称を決定。魔王システムにより、対象不知火勝利を魔王種への進化させます。強制行使まで残り1分。カウントダウン開始、59、58、……』


「おいおい!一分って短いな!業鬼丸!悪いがしばらく俺を守っ―――」


「主よ、お許しを。囲まれてしまいました。」


突如として始まる魔王化への処理。徐々に徐々に力が抜けていく。新たに得た力でさえよく把握していないのに、状況は勝利に休息を挟むことを許さないらしい。


「不知火君。そこでおとなしくしたまえ。安心してほしい、我々は魔王の体を丁重に扱うことを約束する。どうやって君が魔王だと突き止めたかは守秘義務で話せないが、仲間が裏切ったわけではないということだけは確かだ。もっともその仲間と会えることはないのだがね、君はここで死ぬのだから。先ほども言ったが体は丁重に扱うよ、だから安心して、死ね。」


長々と口上を述べたのは、機械鎧アーマースーツに体を包んだ男。360度、地面に宙にと展開した部隊すべてが、男の赤と金で彩られたものよりは若干地味目な機械鎧アーマースーツを着用していた。全員が銃口を勝利に向ける。


一体いつからこれほどの数に囲まれたのか。そもそもあの機械の鎧は一体全体なんなのか。そもそも殺すと言われても今は抵抗することもできない、まるでこのタイミングを狙ったかのような襲撃。戦闘の疲労と魔王化の脱力によって勝利の頭の中は混乱の極致だった。


「くそったれ。こんなのどうしようも、ねーじゃねーか・・・。」


辛うじて動く腕を必死に動かして、高級な回復薬を口に含む勝利。傷は塞がったがやはり脱力感からは逃れられない。災難とは本当に嫌なタイミングで訪れるから災難なんだなと呑気な思考が頭をよぎる。


「それでは、さようなら。総員!」


銃口にエネルギー光が収束していく、どうやら未知の武器はそうとう殺傷能力が高いらしい。収束していくエネルギーの本流だけでも、今の勝利を容易く打ち抜くだけの威力はありそうだ。水川さんの渾身の一撃をずっとまえに観たことがあるが、それに近い現象なのだろう。自身のあっけない終わりに苦笑いを浮かべる。業鬼丸は、せめて主の盾になろうと必死に構えを取る。だが全方位から放たれるエネルギー弾とも呼べる攻撃を防ぎきることはできないだろう。万事急須。


「3.2.1!打―――」


「させません!!!」


視界すらもぼやけてきた勝利のその視界に流星が流れる。ひと際太く速いそれが勝利の真上で急制止し光り輝く。四方八方からそれへ向けて細い流星が群を成して殺到し、花火のようにきらきらと瞬いた。


意識が急速に遠のく。先ほど聞こえた声が記憶の彼方の言葉と結びつきそうになったところで、完全に意識が途絶えた。


◇◆◇◆


「何者だ!」


当然の疑問を発する男。機械の鎧に着いたスピーカーから大声が響く。

掃射が止めて静まり返った空間に響き渡った声は、その疑問の対象である存在までしっかりと届いた。


青と白を基調とした流線型の機械鎧アーマースーツに身を包み、流れる白銀のマントは淡い光を纏う。その周囲には複数の小型の飛行物体が浮かび、その存在の周囲を旋回していた。勝利の周りは円形に縁取られ、その外は先ほどの掃射を受けてボロボロになっていた。階層主であるデ・ウル・ラオの死体は健在だったが地面は多数の抉れて元の形を成していない。よくよく見れば旋回する物体の円周に勝利の周りは縁取られていた。どうやら青い機体のは勝利を守ったようだ。


唖然と青い機体を見つめる業鬼丸。もはや何がどうなっているのかさっぱりだった。先ほどから自身の体を何かが這いまわる感覚が続いているのだがそれすらも今は意識の外。だが自分は主のしもべ、主君を守るため、謎の存在に向けて、確かめるように言葉を放つ。


「あなたは、味方、で間違いないか?」


それを聞いた彼女は、鋼で包まれたその顔を眼下に向けた。業鬼丸は目の位置にある二か所のガラス面から注がれる視線に、なぜか優しさを感じる。




「味方・・・嬉しい響きね。そうよ、私は彼を助けに来たの。安心して―――」




彼女の声は慈愛に満ちていた。紡ぐ言葉につい安心感を覚えてしまう。

もう大丈夫。安堵が業鬼丸の中に浮かんだ。




「私は不知火勝利の、婚約者・・・予定の女よ!!!!」



蒼い流星、見参。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る