(3-3)十人十色、六人色々

◇◆◇◆


それは、日の光を浴びていた。


◇◆◇◆


鬱蒼とした森の中を攻略者たちが進む。

それぞれが戦闘スタイルを意識した統一感のない装備に身を包む集団は、必死に道を駆け抜けていく。


「右来てる!」


「みりゃわかるってんだ!左に曲がれ!」


額、どころか体中から嫌な汗を噴き出して、男女混合の5人が縦に伸びつつ、何かから逃げていた。最近ようやくギルドとして活動を開始した彼らの胸中は、こんなわけのわからないことで死にたくないという考えで埋め尽くされている。


だが、そもそも彼らを追ってる何かは、逃げ切れるようなものではなかった。


ざわつく森。木々が葉を揺らし、どこからか聞こえてくる獣の呻きは本来であれば恐怖を抱く類のもの。だが真に恐ろしいものを前にした彼らにそれに構ってる時間は無かった。


「ヤス!!!」


「もう助けられないわ!今は走って!!!」


「くそがぁぁああああ!!!!」


最後尾を走っていたヤスと呼ばれていた男が、複数の細いものに絡めとられ即座に視界から消える。否、ヤスがいた場所がに埋め尽くされたのだ。


ヤスが帰らぬ人となってからほんの少し走った後、先頭を走っていた軽装備の女が足を止めた。何事かと後続の三人も足を止め、彼女の見たものを視界に収めた。


「なんなんだよ・・・これ。昨日まで、普通のダンジョンだったはず、だろ?」


戦士風の装備で身を固めた大柄の男が、その体格に似合わない震えた声で、虚空に言葉を放つ。呆然と眼前の現象を眺めていた他の仲間は当然男の言葉に反応しない。彼らは悟る、ここが終着点なのだ、と。彼らの冒険の最後だと。


前方は開けた土地だった。だが、そこは囲まれていた、無数の木々に。それぞれが独立して動き、得物を逃さないために隅々まで隙間を埋めるように動いていた。トレント、そう呼ばれている魔物は、数が少なく、生まれた場所から動かないはず。だが現に彼らの前では無数のトレントがひしめき合っている。


「はは、冗談じゃねーよ、ここまで何のために走ってきたんだっ!!!」


そもそも、彼らをここまで追い立てたのは、まぎれもなくトレント達だった。根を使って移動し、木の枝を器用に動かして彼らを捉えようとし続けていたのだ。彼らはトレントの変異種だと考え、数が少ないという情報を頼りにここまで走ってきた。だがしかし道中で一体が二体に、二体が四体にとその数が増していくという恐怖を抱える羽目になった。そして今の場所まで走ってきてみれば、後ろよりもはるかに多いトレントの群れが出現。絶望感が押し寄せ、一人が力なくその場に座り込んでしまう。


『いやいやいやー、よくぞここまで逃げ切った。君たちの健闘に感銘を受けたからにはそのお礼をしなければならないな。僕の自慢の下僕に勝てたら、逃がしてあげてもいいよ?』


どこからともなく声がした。無数のトレント達がひしめき合い、辺りは静けさとは無縁の状況なのに、その声だけは妙にはっきりと聞こえるではないか。


「・・・てめーは、なんなんだ?」


『ん?僕かい?名乗るほどの名前じゃないが、仕方ない教えてあげよう。』


大柄な男が、当たり前の疑問を投げかける。発言から考えるに、このトレントの一団を操っているのは間違いない。だからこその疑問だったが、当の本人は一切の躊躇もなく、答えを返すつもりのようだ。


『僕はこの森、大森林【】の主!』


トレント達が一斉に枝を揺らし、まるで拍手でもするかのように色めき立つ。


『【】の魔王、名をオベロンである!!!』


ふざけた名乗りに、絶句する攻略者たち。自分たちの命を脅かすものの名が、神話の真似事であることに、ある種の怒りを覚える。さらに言えば楽園だの妖精だのという今の状況とはかけ離れた言葉が彼らの怒りを増幅させる。


『さあ、余興の始まりだ!勝てば生き、負ければ死ぬ!最高の遊戯じゃないか!!!!』


テンションが絶頂に達しているオベロンとやらの声が響き渡り、それと同時に包囲の一角が崩れ、そこから一体の魔物が進み出て来る。


この日、有力な若手の一団がこの世をから姿を消したのだった。


◇◆◇◆


それは、最奥に鎮座していた。


◇◆◇◆


「ちっ、また外れかよ。」


盗賊風の痩せた男が迷宮を一人進む。その足は力が入っているようで、踏み鳴らす音が通路に少しだけ響く。道中の魔物はすべて気配遮断と不意打ちで倒し、勝てないと思った相手はすべてスルーし続けた結果、迷宮の深くまで潜ることに成功した。そしてその途中途中で見つけた宝箱を片っ端から開け、連続で空だったことに対し、男は苛立っているのだ。


その行為は結果として彼の寿命を著しく縮めることとなった。


「―――ッ!!!」


素早く通路に設けられた意匠のくぼみに身を隠し気配遮断のスキルを行使する男。前方から何やら鎧の音が響いてきたのを一瞬で察知し、迅速に行動を移したのだ。その行動だけで彼が並みの攻略者とは違う確かな実力を持つことを感じさせた。


鎧の擦れるような金属音が、徐々に徐々に近づいてくる。念のため短剣を構え、いざとなれば敵の急所を突く用意をする。心臓の鼓動はいつも通りのリズムを刻む。単身でダンジョンに挑むには、いかなる非常事態にも平常心で対応しなければならないと彼は知っている。だからこそ、彼は落ち着いている。


もちろん、そんなことは些細なことなのだ。


ダンジョンの、否、この城の持ち主にとっては。


突如として男が背を付けていた壁が崩れ、金属の腕が男の首を鷲掴みにする。


「ぐ、ばなぜッ!!!!」


咄嗟に短剣を翻し、鎧の隙間である手首の関節を深く切り裂く。


「ッ!?」


驚愕に染まる眼。確かに切り裂いたはずの手首は、血の一滴も噴き出すことはなかったのだ。それどころか、痛みに呻く声すらしない。酸素が完全に足りなくなる前に抜け出すため、男は必死に届く範囲で短剣を振り回す。その間に壁を突き抜けた鎧の腕は壁を崩しながら通路側へと移動する。そしてもがき続ける男の視界にその全身を晒す。


「ぐぐ、うぞ、だろ。」


そこには頭部のない、鎧だけが立っていた。

確かに己の短剣に手ごたえは無かった。が、それはスキルによるものだとばかり思っていたのだ。まさか、鎧が独りでに動き出すとは思いもしない。男の頭にはダンジョンの公開されている大体の知識がインプットされている。それらを精査した結論として、非生物の魔物は未だ存在していないことが解っていた。だからこそ、眼前の、明らかに金属でできた鎧だけのそれが、魔物であるという事実が受け入れられない。


次第にぼやけていく視界。程なくして男は意識を手放す。辛うじて息はある。攻略者の生命力が成せる業だろう、一般人であれば窒息死してもおかしくないほどの握力で首を絞められていた。だが鎧はそれを気にすることもなく、どさりと男を一度地面に落とした後、片足を持って再び歩き出す。


ガシャガシャと、鎧は一心不乱に歩く。すると、とある通路でもう一体の鎧が合流した。その両手には、一人ずつ攻略者の足が握られていた。二体はぞろぞろと遅い足取りで歩いていく。


しばらくして、男が意識を取り戻した。


気づけば鎧の姿はどこにも無く、真っ暗な部屋に寝転んでいることがわかった。

「げほ、げほ。なんなんだここは。」


当然答えるものはなく、周囲の確認をするために体を起こそうとし―――


「つっ!」


天井に頭をぶつけた。

頭をさすろうと腕を動かすが、両側の壁は肩幅ほどしかなく、また天井の高さは体を起こすこともできないほど低かった。


男は体をもぞもぞと動かし、やがて自身の置かれた状況に思い当たり、冷たい汗がじわじわと滲みだしてきた。


人ひとりが、横たわることしかできない空間、それはまさしく棺だった。


「おい!なんなんだよ!出せよ!!!!おい!!!!!!」


体をよじり、精一杯叫ぶ。だがそれでなにかが変わることはない。ひとしきり叫んだあと、情報収集のために、頭を動かし耳を壁に押し当てる。


『た・・て。・れか・・す・・。』


少しして、耳が慣れてくるとくぐもった声が聞こえた。もう少しはっきりと聞きたい彼は、狭い空間で精一杯体をよじり、壁にべったりと耳を付ける。


『だれか!!誰かいないの!!!』


今度ははっきりと聞こえた声。どうやらすぐ隣におそらく女性と思われる人物がいるようだ。自分と同じく狭い空間に閉じ込められているのか、聞こえてくる声はかなり必死だ、まるでさっきまでの自分の声と同じように。


「そうだ、スキルを使えば無理にでもここを、でら、れ、る・・・・・。」


今度こそ男の顔から血の気が消える。気づいてしまったのだ、スキルが、一切使えないことに。


「―――おい!出せ!ふざけんな!!!!ここから出しやがれ!!!」


体中からかき集めるように大きな声で叫ぶ。それはそれは必死に。

そして、同じような行動をしているのは男だけではなかった。無論、隣の女性だけの話ではない。


まず、男の納められている場所は棺ではない。細長い部屋の長辺にあたる壁に設けられた、横穴に男は納められていた。そして分厚い蓋がされ、蓋があるため、壁に少しだけ凹凸が出来上がっている。そしてその凹凸は無数に、規則正しく配置されてた。その一つ一つに、人間が納められている。中でどれだけ叫ぼうと、外に漏れる音はほんの少しだけ。だがこれだけの数があればその音もかなりの騒音となる。


怨嗟の音楽。悲劇の合唱。


それらを聞きながら、ただ一人玉座に座したは、その口角を上げて、一人微笑んだ。


遺跡型ダンジョンの最深部を人知れず拡張させて建立されたこの場所。

超巨大迷宮、名を【九柱神殿へリオポリス】。


「大丈夫、みんな生き返るんだからさ、もっと楽しめばいいんだよ?」


その言葉は、響く声にかき消され、誰かに届くことはなかった。


◇◆◇◆


それらは、互いに激しく衝突していた。


◇◆◇◆


「ええい、小賢しい!!!さっさと俺に殺されろ!」


「はは、君はせっかちだなぁ、もっとこの死闘を楽しまないとそんだよぉ?」


激しくぶつかりあう、二つの魔王。


『沈め!』


筋骨隆々を体現したかのような大男が、通常の言葉とは一線を画す、圧をもった命令を放つ。


途端に飄々と笑っていた男の周りが重圧に耐えかねるように深く亀裂を生じさせて沈み始めた。


「バカの一つ覚え、だねぇぇええ!!!!」


無論、その圧力は中心にいる男にも影響しているはずだが、そんなものは些細な事とばかりに、軽く走り出す。急加速に対し、驚くことなく黄金と紅蓮で彩られた槍を一振りする大男。金属同士がぶつかり合い、激しい火花が舞う。


『唸れ!!!』


またしても圧力を伴う言葉が放たれ、それにより今度は槍が空気を振動させうなりを上げる。そのまま目の前の人物に叩きつければ、ひょろっとした男が持っていた二振りのナイフは粉々に砕け散る。


「そろそろ、うるさいんだけどねぇぇえええ!!!」


叫ばれる度に耳がじんじんすることに苛立ちを見せる痩せ男。鋭く振りぬかれたその手にはいつの間にか短剣が握られていた。槍と同じく黄金と紅蓮に身を包んだ大男の、その鎧の隙間を切り裂いた一撃は、噴き出る血の悉くを吸い尽くす。


「いい味だよ、君は二番目に最高だぁ。」


にやりと笑う痩せ男、神無月ラウロはさらに苛烈に攻め立てる。だがしかし、対する大男の傷は見る見るうちに癒えていく。時折聞こえる『癒せ』の声が、どうやら体の傷を即座に直しているらしい。長時間戦っている今のラウロはかなりの強化が成されている。だがしかし、大男が負ける様子はない。むしろ、巧妙に隠されてはいるが疲労を抱えたラウロが不利な状況ですらあった。


「そろそろ撤退したほうがよさげー。」


「・・・そうですね。じゃあ、俺が合図するのでそれに合わせてラウロさんと撤退してください。」


「あいさー。」


戦いを遠巻きに眺めていた二つの影が言葉を交わし、その内容をすぐさま実行するため動き始める。円形の闘技場に客席にあたる位置に陣取っていた二人の内の一方が、おもむろに飛び上がり闘技場のステージへと踊り出る。


途端に襲い来る重圧。どうやら客席とステージとでは空間を支配するルールが違うようだ。なんとかその圧力に抗いつつ、黒い外套を来た人物が剣を掲げ、一言つぶやく。


「光あれ。」


直後、刀身が眩く光り輝き、光の帯を放つ。一直線に進む光は、大男へと直撃し、男もろとも壁へと突き刺さった。


「ラウロさん、行きますよ。とりあえず城の建立は成立したみたいです。日を改めて挑みましょう。」


「あらら、もうそんな時間?いやぁ、楽しかったよ。こんなに楽しいのは君の友達と殺りあった時以来だ。」


「・・・そうですか、俺には関係ないんで。それよりも、さっさと行きますよ。あんな相手を縫い付けられていられる時間なんてそう長くはないんですから。」


「はいはい、せっかちなんだから。あぁ、それにしてもようやく君の目的も進み始めたって感じだね。そうだろう、【正義】の魔王、天ノ矢剣心くん。」


名前を呼ばれた剣心は、何も返すことなく振り返り、さっと走って行ってしまう。それに続いてラウロも走り出し、闘技場から姿を消す。あとに残ったのはようやく瓦礫から抜け出した大男だけだった。


「ふん!つまらぬ奴らだ。この俺と張り合えるやつはおらんのか!」


偽物の太陽が照らす、乾いた岩で構成された戦場の中心で、男は一人叫ぶ。


猛る王が君臨するは、血沸き肉躍る力の世界。

【常勝無敗フォルテ・バッターリア】で王者は待つ。未だ見ぬ強き者を。


◇◆◇◆


それは、研いでいた。己という刃を。


◇◆◇◆


一歩踏み込み、二歩で懐に、三歩目で相手は事切れる。


「主は、やはりお強い。我は至らぬばかりだ。」


「ま、そう悩むなって。実際お前は結構強くなってるよ。ただ、まだ次の戦いには参加させられないけどな。」


屈強でしなやかな肉体を持つこの男は汗ひとつかくことなく、今しがた切った魔物数匹を纏めていく。それを見た業鬼丸はすぐさま己の力を使い火をつけ、死体を処理する。こうしなければ後々厄介なことになるそうで、それは己の古い記憶に確かに刻まれていたことと一致していた。よって逆らう必要もなく、またそうする気すらない為、命令通りに作業をこなしていく。


「ふう、あらかた片付いたな。身体も温まったし、スキルも万全。体調は最高。よし、行くか。」


一切の気負いなく、踏み出した足が向かう先は闘争の果て。


不知火邸ダンジョン六層、階層主の座すその場所へ、勝利は歩いていく。

決戦、開始。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る