(3-2)職業開示

皆との集まりを断ってまでしたかったこと。

それは他でもない青鬼人の力を試すことだ。今朝魔王城の建立条件を聞いてすぐに配下にする為の魔物を探した結果、瀕死の状態でみつかったのがこの青い鬼だった。すぐさま組み伏せ、契約の儀を行い配下となった。そして一日連れまわし、肝心の強さについて何も知らないことに先ほど気が付いたのだ。故に、勝利のこれからの目的のため、やらなければならないだろう作業。早々に現状を把握したいがため、勝利はすぐさま送迎用の車にのり、自宅へと帰宅する。


車中は青鬼人と勝利、共に話すこともなく、ただ流れる外の景色を眺めているだけだった。一時間ほどで勝利の家へ着く。そこには、焼け焦げた家の姿が。


「・・・これだけは何度見ても慣れんな。行くぞ、えーっと。」


「あるじ、なまえ、ほしい。」


凄まじいほどの学習速度で言葉を覚えていく青鬼人に勝利は苦笑いを浮かべ、すぐさま青鬼人の要請に答えようと思考を巡らす。


「つってもなぁ、こういうのは得意じゃないんだが。アナ、何か案はあるか?」


「?」


突如第三者に向かって話しかける主を見て、青鬼人は首をかしげる。これが美少女なら絵になっただろうが、あいにく顔立ちからして美少年である。元から顔が整っていることなどには関心のない勝利に、この仕草はあまり響かなかったようだ。とはいえ、所謂色仕掛け的なものをしようとしたわけではないのだが。


程なくして勝利が口を開いた。


「うん、じゃそれで。お前は今日から業鬼丸だ。いいな?」


どう検討したか、業鬼丸と名付けられた青鬼人は知らないが、それでも主から賜った名前はすっと体に染み渡るように己の存在と繋がった。


「主のため、この命、いくらでも捧げましょう。」


突如として饒舌となった業鬼丸。さすがの勝利もこれには驚きを隠せない。すぐさまアナに訪ねる勝利。ようするに、名づけによって互いの存在が密接につながったことが原因らしい。勝利の持つ知識を参照し、言語を学んだというのだ。なるほど確かに、その方が配下にした際に指示系統が混乱せず良いのかもしれない。ただ、そのような仕組みを作った者はやはり何がしたいのだろうか。ダンジョンと言い、魔王大戦といい、目的がはっきりとしない。魔王城を建立するのに今の6層の階層主を倒さなければならないことから、なにやら7層にその秘密が隠されていそうなものだが、現状の勝利をもってしても、階層主を倒すには少々力不足。故に配下を引き連れ、集団戦を挑もうと画策したわけだ。


そのためには、まず。


「よし、んじゃ行くか。三層の広いところでお前の実力を試す。全力でこいよ?じゃなきゃ意味がない。」


その言葉を聞いて、業鬼丸は表情をほんの少しだけ強張らせた。鬼人の性質は、闘争を求める。だからこそ、主とはいえ、見下されたととれる発言は、看過できなかった。


「主は強い。が、私の刃を受けてからその言葉を言っていただきたい。」


「ほう、存在が繋がっても記憶が共有されるわけではないのか。まぁ、俺にお前の記憶が流れてきてないし仕方ないことだな。いいか業鬼丸・・・俺は強いぞ?」


最後の言葉を発した瞬間に、勝利の纏う雰囲気が変わる。空気が、重たい。本能が警鐘を鳴らす。外敵を見つければ無作為に襲い掛かるゴブリンたちの気配が遠ざかっていくのを感じる。これは遭遇してはいけない類の怪物、そう錯覚させるだけの重圧に、業鬼丸は無意識に一歩右足を引いていた。


「くっ!とんだ失礼を!謝罪します主よ!」


己の敗北を感じさせられた業鬼丸はすぐさま跪き、許しを請うた。それに対し勝利はポンと肩を叩くにとどまり、一言。


「ほら行くぞ。」


そう言って歩き始めるだけだった。得物を交えることなく優劣を決められたことに、業鬼丸は敗北感よりも、強き者に対する尊敬と畏怖を感じていた。さっと立ち上がり、主の三歩後ろをついて行く。ここに新たな気持ちが芽生えた、主の右腕となりたいという願望だ。遠くない未来、業鬼丸の名は轟くこととなるだろう。システム上、最初の配下は色濃く主の影響を受け、そして逆に魔王城の特性に色濃くその特性や精神を反映させる。結果として魔王城配下のトップとして君臨することになる。そのため、支配を確かにする必要があり、より強い個体になるよう成長し続けるのだ。勝利は気づくことなく、将来の化け物を生み出したのだった。


それからしばらく歩き、目的の階層、目的の場所に到着した。


互いに対峙し、武器を構える。勝利は海割を両手で握り、斧と短剣は地面に刺した状態で勝負には使わない様子。業鬼丸は鬼人に生まれ変わった際に額の硬い骨が伸びて刀となったものを構えた。余談だが、角はその時の名残だと道中に勝利に語った時、じゃあ俺にもそれ一本くれと言って勝利が強引に角を引っ張り、業鬼丸が説教をする珍事件が発生したそうな。


ともかく、互いに向き合い、あとは戦闘の開始を待つのみとなった。


両者が己の精神を研ぎ澄まし、一瞬の静寂を迎え、同時に動き出す。

先手は業鬼丸だった。ゆるりと動く勝利に瞬く間に接近し、下段から逆袈裟の一撃を繰り出す。鋭い振りに対し勝利は身を少し捩るだけで簡単に躱して見せる。だがそれくらいは予想の範囲内。手首を素早く返し、両者が交差してすぐに身を反転させ、絶対に躱せないであろうタイミングで背後からの振り下ろしを敢行。


「いい手だ。だが甘い。」


鋭い音が平野に響く。業鬼丸の一撃は半身となって掲げられた海割に受け止められていた。それも片手で。地力の差はやはり大きかったようだ。全力で押し込む業鬼丸だったが、どっしりと構えた勝利を動かすことはできなかった。


刀だけでは敵わないと考えた業鬼丸はふっと力を抜き、勝利の押し込む力を利用して刀と共に上半身を後ろに流し、体の勢いを使って頭部を狙った蹴りを放つ。勝利は左の前腕でその蹴りを受け、ついでとばかりに足を掴もうとするがそれは宙返りで後退することで空振りとなる。


「刀にこだわらないその動きはなかなかいいな。人間は道具を持つとそれに頼りがちになるが、ひとまずそんなことにはならないようだな。ただ、鋭い動きの割に重さがない。もう少し手数を増やしたほうがいいかもな。」


一瞬の交差で業鬼丸の持ちうる力を考察した勝利。それを受け、業鬼丸は素直に従うことにした。再び地面を蹴って接近する。今度は勝利が、近づいてくる業鬼丸に対し、切っ先を下に動かして動きのフェイントを交える。あえて取れる動きを制限して相手にこちらの動きを思考させるこの動きは駆け引きの常套手段。業鬼丸はそれに対し迷わず刀を抑える動きをする。自身の刀で勝利の刀の上を取り、片手を話してそのまま手刀の突きを繰り出す。だが、あと少しで届く寸前で、勝利の体がぶれる。あらかじめ後ろに移していた重心をそのままさらに後方へと移動させ、業鬼丸との間に隙間を作ったのだ。それも足の力を最大限に活用した体裁き。故に業鬼丸に対し一瞬にして勝利が動いたように感じさせた。


空振りとなった突き。その手を後ろに下げ、下段に置いていた刀を振り上げ、そのまま連続した動きの流れを作り出そうとする業鬼丸。だがしかし、後ろに動いたはずの勝利が、刀が振り上げられる直前に踏み込みを仕掛け、インファイトの間合いに持ち込まれる。慌てて刀の江尻で体打ちを試みるも、動き出しを片手で押さえられ、結果無防備な体勢をさらけ出してしまう。


「ふんっ!!!」


嫌に時間が引き延ばされるような感覚の中、すっと胸に当てられた刀を持つ腕の前腕。鋭く動いた体は、地面から下半身へ、そして上半身へと力を余すことなく伝え、前腕から途方もない衝撃となって打ち出される。発勁と呼ばれる動きに近いその攻撃は、容易く業鬼丸を吹き飛ばした。


「ふう、このくらいでいいか。俺相手じゃなきゃ十分やれる動きだ。あの地獄みたいな階層にたどり着いただけはあるな。」


倒れ伏す業鬼丸に対し、汗一つかいていない勝利がそう告げる。せき込み、痛烈な痛みに耐える業鬼丸は、己の不甲斐なさを恨むばかりだった。


「武術的なそれはおいおい教えていくとして、脇差は必要だな。適当にぶっ倒して刀を手に入れて短く研げばいけるだろう。よし、ちゃっちゃと調達しに行くぞ。」


差し出される手を取って立ち上がる業鬼丸。己の主はこちらの様子を気にすることもなく、さっと身を翻し歩き出す。弱い己を鼓舞し、痛みに耐えて歩き出す業鬼丸。どうやら主はそうとうなスパルタらしい、少しばかり信念が揺れそうになった業鬼丸であった。


◇◆◇◆


「主はどうしてそのような強さを手に入れたのですか。」


それは純粋な疑問だった。

下層へと向かう道すがら、業鬼丸と交互に魔物を屠っていたのだが、勝利の動きをみて徐々にその疑問が浮かび上がってきたのだ。現在、六層へと降りていく傾斜のついた道で、敵も出ない為発したその問いに、勝利はしばし熟考してから口を開いた。


「そうだな、最近までは鬼人たちともいい勝負だったんだ。だけど、気持ちに整理がついたことがまず大きい要因だろうな。ただ強くなりたいって気持ちから、明確に目的が定まったことで、余裕が出来た。いままで以上に相手の動きが見えるし、思考がクリアになった。あとは、少しばかり癪だが、【職業】の補正もある。」


「補正、ですか?」


「ああ、そうだ。未だに謎だが、職業を選んでから体の動きが冴えるようになった。最適解がわかるというか、次の動きまでのラグが消えたみたいな感じだ。」


言っている意味があまりわからない業鬼丸だったが、それでも主を理解しようと更なる問いを投げかける。


「その、職業とやらは、一体何なのでしょうか?」


鬼人といい勝負、というところからここまでの実力差がつくほどの補正なのだ。職業がどういったものかわからずとも、それがとてつもなくすごいものだろうと予想をたて、それを率直に聞いてみた業鬼丸。その顔には、どんな言葉が飛び出てくるのかという純粋な期待が宿っていた。知性を手に入れたばかりの業鬼丸は、見た目に反して少し幼いようだ。


「別に、特別なものじゃねーよ。俺の職業は―――」


―――言葉を遮って、勝利が海割を構える。どうやら出口付近に数体の魔物がいるようだ。業鬼丸は己の本能に刻まれた記憶を思い起こす。通常、上層に続く通路に侵入することはない魔物だが、一部例外がある。それは日々の闘争に負けた、敗北した個体が上層へと住処を移そうとしたした場合だ。そのような個体に己の主の言葉を遮られたことに、業鬼丸は無性に腹が立った。だから一歩踏み出し、邪魔者を排除しようと動き出す。だが、それを勝利は片手で遮り、会話を続ける。


「ちょうどいい。職業スキルの感じを確かめたかったところだ。説明ついでにやっちまうか。とりあえず見といてくれ。」


そう言ってさっと歩き出す勝利。丁度その時、通路の向こう側に敵の姿が見えた。傷つき、必死の形相で走る鬼人。今の業鬼丸であれば負けることはないだろうが、一歩間違えばああいう姿になっていたかと思うと、己の運の良さを安堵してしまう自分がいた。だがその感情の名前を探す前に、主の言った職業に関する答えを今はしっかりと見なければ、そう考えた業鬼丸は気持ちを切り替えて主の動向を観察する。


向こうから走ってくる鬼人に対し、勝利は斧と刀を構え、口を開いた。


「職業を選ぶとき、選択肢が複数あってな。」


逃げることに必死な鬼人は、勝利のことを見るや否や、ボロボロになった骨の刀で切りかかった。上層には己より弱い敵しかいないはず。この階層では敵わなかった己でも、さすがに上層の存在に負けはしないと考え、襲い掛かる決断をしたのだ。それが、愚行とも知らずに。


「最初は戦士っていうスタンダードな選択にしようと思った。アナの説明によれば、体の基礎的な力が増すみたいだったから、純粋な力を手に入れられると思ってな。」


流れるように一体目の鬼人の刀を同じく刀で受け流し、次の瞬間には力の暴力たる斧の一撃で腰当たりから両断する。その間も離し続ける勝利。


「でも、それだとなんだかしっくりこなかった。俺のスタイルは確かに力が重要だが、別に不足してると思ってはいなかった。だから次に狩人はって考えたんだ。技の切れが増す、的な感じだったから。」


続いて二体目の鬼人に対し、短剣を投擲。空気を切り裂き、鬼人の片目に突き刺さる。のけ反った鬼人の体を斜めに海割で断ち切り、宙に浮いた体の片割れを蹴り飛ばして三体目の鬼人に当てその動きを止めた。どうやら魔物はすべて鬼人だったようだ。同族の嘆かわしい姿を見ても、すでに業鬼丸は何も感じない。今はただ主の、流れるような動きと暴力的なまでの力が噛み合った戦闘に魅了されていた。


「だけど、別に俺はスキルに頼った戦い方はしないからな。あんまり狩人の強みを生かせない。だから、一番特殊なやつを選んでみた。戦場の流れを読み、全体の動きを把握し、個の動きすら読み切る、そんな力。【軍師】、それが俺の職業だ。そんでもって今使ってたスキルが、【先読み】だ。ようするに直感的に相手の動きの少し先を感じるっていう、ちょっと特殊なスキル。これを使うようになってから次の動きまでの時間が大幅に短くなったんだ。あまり頼りすぎないようにしなきゃ感が鈍っちまいそうだが、如何せん便利でな。戦い安いんだわ。」


瞬く間に三体目の鬼人を三つに分断し、武器に着いた血を振り飛ばしながらそう締めくくった勝利は、答えになったかというように業鬼丸を見つめ返した。


「主が強者である理由がわかりました。手に入れた力を最大限に使いこなせるだけの土壌、自身の力を高め続けてきたことが、今に繋がっている、のですね。」


「まぁ、そうだな。少し先のことが解っても、迷わず正しい動きが出来るだけの判断力と力がなきゃゴミ同然のスキルだ。そういう点ではお前の言ってることは正しいのかもな。だけど、俺としてはこのスキルが無くても余裕がだせるだけの実力を付けたいところだ。もっとも、軍師の補正で思考が少し強制されているらしい。効率よく、感情を乱さないようにってな。だけど今はそれがありがたい、目的から目をそらさずにいられるからな。」


業鬼丸は、主の底の深さに驚愕した。だが同時に時折話に挟まる目的がわからなかった。こうまでして得た強さを一体何に使うというのだろうか。そう疑問に思っていたのが顔に出たのか、勝利は言葉を続けた。


「ああ、そういえば目的、目的って肝心の内容を話してなかったな。俺は、とある奴を見つけてぼっこぼこにして地面に頭つけて謝らせたいんだ。そんで塀にぶち込む。塀って言ってもわからんか。まぁ、とにかくそいつを捕まえるために力が必要なんだ。きっとよくないことが重なって、今の俺じゃ解決できないことになりそうな気がしてな。だからまずは力を付ける。そんでもって、あいつが姿を現したときに確実に捕まえられるようにする。ついでにつけた力を使って世間に名前を知らしめる。どこからでもかかってこいって姿見せればそのうち向こうから仕掛けてくるからな。こういった感じだ、だからお前には存分に俺に協力してもらうからな。覚悟しておけ。」


漠然と、己の中にある言葉を語る勝利。明確にだれかに伝える必要はない。己一人で責任をすべて背負うのだ。ならば誰かに伝える必要など皆無。全体像は己が把握している。ならばあとは行動するのみ。その瞳には強い意志の炎が宿っていた。


その姿勢を見た業鬼丸もまた、己に与えられた使命を全うするため、強くなることを改めて決意した。


こうして二人の間に正式な主従関係が結ばれる。

颯爽と歩きだす勝利の背中を見つめ、業鬼丸もまた歩き出したのだった。


◇◆◇◆


・ダンジョン攻略進捗状況


『不知火勝利』


・到達深度  →不知火邸ダンジョン六層攻略途中、その他、複数のダンジョンを平均して4~5層。


・レベルアップ→なし ※現在Level.6


・スキル   →斧術(特殊開放第三段階)・剣術:タイプ『刀』(特殊開放第二段階)『短剣』(特殊開放第一段階)・暗視・マッピング・体温一定・敵意感知・心眼・疾駆・剛力・戦気・先読み


・称号    →セット『討伐者の行進スレイヤーズパレード』・控え『討伐者』系統多数『最速討伐』『不倒不屈』『無慈悲の一撃』『剛力粉砕』


・職業    →軍師(魔王化による上方補正あり。精神に対する影響が発生)


・魔王関連  →条件を満たしていないため、半魔王化で停止。

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