第三幕『乱』

(3-1)変更点

吹き止まない風の音を聞きながら、崖の上から眼下を見下ろす。

多くの人間が行き交うようになったこのダンジョンを管理する立場でもある自分は、ある意味上位者と言って差し支えないだろう。もっとも、誰を基準にして上位者よ言ってよいかわからないので曖昧な心持ちではあるが。


「あー、あそこ、やってんなぁ。」


独り言を呟けば、即座に蠢く無数の影たち。


「誰の城でそんなことしてんだか。まぁ、すぐにけど。」


興味はすぐに消え去り、ひょいっと立ち上がる。

すぐに後ろに控えた仲間たちに合図して、ぞろぞろと歩みを再開する。

と、その時、攻略者の集団が彼らの道をふさぐように広がった。


「見つけたぞ、魔王!」


「これでお宝げっとだぜえ!」


「新しいスキルもな!お前には死んでもらう!」


声を大にして欲望をさらけ出す攻略者たち。それもそのはず。なにせこのダンジョンの5層までこれる実力者たちで構成されたこのメンツは、一様に魔王と呼ばれた男を狙っているのだから。


「はぁ、やめとけ。お前たちじゃ絶対に勝てないから。」


けだるげに、されど威圧を込めた声を発する『魔王』。

その背後では、異形の者たちが待機していた。


肌の色は人間のそれではなく。されど容姿は見目麗しい美男美女。

額に角を生やし、筋肉の鎧で包まれたその様はある種の潜在的恐怖を感じさせる。


「だまれ!人を辞めたやつがうるせーんだよ!!!」


それでも、攻略者たちは立ち向かう。いままで積み上げてきた経験とそれに裏打ちされた自負、そして何より魔物を卑下しようとする生理的嫌悪が、彼らに立ち向かう選択をさせた。


そしてそれは、大きな過ちである。


「殺すなよ。力を与える。」


「御意。」


短くやりとりするのは、先頭の男と、鬼たちの中で一際研ぎ澄まされた殺気を放つ一体。名を業鬼丸ぎょうきまる。このダンジョンの六層で傷つきあと少しで命を落とす間際だった所で『魔王』に命を救われ最初の配下になった、現状でである。


深い森に木霊する絶叫。


此度の不運な攻略者たちは口をそろえてこう言った。


『あれは、あれは本当に魔王だった。』


元不知火邸ダンジョン、現第六特殊指定ダンジョン『鬼人の魔王城』。

その城主、不知火勝利は、今日もまた、無謀な挑戦をした攻略者たちを、ダンジョン一層へと運ぶよう、鬼たちに指示を出したのだった。


◇◆◇◆


時間は遡り、勝利の母が退院して一週間が経った頃。


「やっぱここだよなぁ。」


勝利は自身の家の裏庭にあるダンジョンへ潜り、とあることについて悩んでいた。


「職業もそういえばここで決めたし、一番思い入れがあるのはやっぱここしかない。うん、それじゃアナ、頼めるか?」


『承知。直ちに魔王城契約を開始します。遺伝情報の提供を。』


虚空に話しかける様は少し不気味だが、それを咎める者は現在ここにはいない。そもそもこのダンジョン自体が非公開であるために、人っ子一人いないのだから気にする必要もない。


アナウンスシステムであるアナに言われた通りに、勝利は短剣でさっと指を切り、血を数滴地面にたらす。


地面に落ちた血は、ジワリと染みを作る・・・ことはなく、そのまましずくの状態を保ちながら一か所に集まり、やがて大きな一つの球体となる。

いま行っている儀式は、先日突如としてアナが告げた魔王大戦の為の準備であり、勝利が『魔王』となる決意をした証拠だ。


先日解放された新たな力『職業』と一緒に通告された魔王大戦なる情報。

そのうえで、更に勝利に対してアナが告げたのは、勝利の魔王昇格権限だった。

薄々勝利も気づいてはいた、否、嫌な予感はしていたのだ。ずっとステータス欄に記入されていた魔王の種といういかにもな称号。魔王大戦の名を聞き、アナが魔王になれる旨を伝えてくるその短い間に、まさか、と思ってしまうほどにはいかにもな名前だった。案の定、この称号を持っていた人間がそのまま魔王になるらしく、勝利自身は少しがっかりしていた。なにせ魔王と呼ばれるような悪印象の強い行いをした記憶がないのだ。それなのに突然魔王などと言われてみれば、さすがにいい気はしなかった。


そして勝利がもう一つ、微妙な心境である事柄がある。

それは、タイプ【不敬】という文言だ。突如として、不敬と言われると、さすがに勝利も戸惑わざると得ない。どちらかと言えば、年上には最低限の敬いを忘れたことなどないし、おじいちゃんおばあちゃんにはいつも優しく接している。だから不敬と言われればいい気はしない。


が、それでも勝利は魔王になる決断をした。魔王大戦、大いに結構。力を得られるならば、たとえ人類の敵になったとしてもかまわない。


何かを守りたいなら、何かを捨てて強くなるしかない、その考えに行きついた勝利に、魔王にならないという選択肢は毛頭なかった。


そういった事情を踏まえ、勝利はアナの契約を見守るように一人佇む。

少し時間が経ってから、アナが再び心に直接声を掛けてきた。


『契約が中断されました。現在、勝利の到達階層は六層であり、条件を満たせておりません。従って六層から下りる階段を守護する、個体名『デ・ウル・ラオ』の討伐、並びに原初の配下をお選び下さい。なお、配下についてはその種族によって魔王城の構成が変化する重要なファクターです。十分にお考えください。』


突如として饒舌に話し出したアナは、そういったきり再び沈黙した。向こうから話しかけてくることはほぼない、というか今まで重要なアナウンス以外でそういったことが無かったため、勝利としては話し相手としてもう少し積極的になってほしかった。存外会話能力があるため、意図して無言を貫いているのか、それとも制約があるのだろう。そのうち、アナについて調べる必要がありそうだ。


ともあれ、条件が不明だった魔王城建立の契約もこれで一区切りついた。つまり今までの目標と変わらず、六層の階層であるあの鬼人を倒すのが条件なわけだ。


さっそく向かおう、と言いたいところだが、今は一旦地上に戻る。

地上でも、やることがいくつかあるのだ。その一つが・・・


「さて、魔王様が書類の申請だなんて、お笑いだな。」


職業の申請だった。


◇◆◇◆


『見てください!ダンジョンが次々に森を飲み込んでいきます!』


外に出てスマホでニュースを見ていると、ライブ中継でその災害が取り上げられていた。


「なるほど。魔王城ってそういう感じにもなるのか。場所によって条件とかもことなるってことか?ていうかあんなに地上に露出してて魔物が外に出たりしないよな?」


幾つかの疑問を、隣に座る者に投げかける。


「・・・ア、ガ・・・ワ、カラヌ。」


「お、早速慣れてきたか。ゆっくりでいいぞ、こちらの言っていることがわかるだけでも大分ありがたいからな。意思疎通はしばらく身振り手振りで行こう。」


「なぁ、勝利君。迎えに来てとは言われたが、それがついてくるなんて、一切聞いてないんだが?」


車内には現在、歪な光景が広がっていた。

堂々と座る勝利。少し落ち着かない様子の榊原さん。そして、一枚の大きな布を器用に体に巻いた、青い肌の鬼が外を眺めていた。


「はぁ、魔王になるって聞いた時は胃に穴が開きそうだったが。こうして魔物と一緒にいると、なんだか胃が裏返って全身に胃酸がまき散らされそうだよ。」


「例えが解り辛いのと、魔物って呼ばないでくださいよ。こいつとつながったおかげでわかったんですが、ある程度の進化を遂げたやつらは一様に魔物とは区別されるらしいんですから。」


「いやはや、『鬼人』とはね。魔物の一種だと思っていたが、まさかある意味での人種だったとは。困ったね、どう上に報告すればいいんだか。」


「そこはうまくお願いします。あ、魔王城の方はなるべく地上に被害が及ばないようにするんで、くれぐれも軍事行動はやめてくださいね!」


その言葉を聞いた榊原は遠い目をした。そしてなぜかはわからないが、無意識に三人分のグラスを用意し、飲み物を入れる。もちろん真昼間から酒を飲むわけにはいかないので、コーラというチョイスだ。榊原は出来る男、頭がショートしてしまっても、魔物にすら寛容な姿勢を取れてしまうのだ!


高級リムジンで迎えにきた榊原は、最近になって昇進したばっかりであり、要人を迎えに行くにあたって高級車と運転手を割り当てられるくらいには偉くなった。もちろん、複数人を迎えに行くにあたって手狭な乗用車では話もしづらいということもあり、こうしてリムジンでの送迎となったのだ。


街を進み高級車。もちろんスモークガラスで中は見えないが、それでも多くの視線が刺さるようで榊原は居た堪れない気持ちになる。しかも、なぜか対面には鬼人が乗っているのだ。どうみても違法すれすれ。警察に職質されるだけでひと悶着起こること間違いなし。加えて最近の話題である魔王大戦の中心人物が乗っていて、その男の配下だというのだから、さすがに歴戦の榊原であっても頭を悩ませてしまう。どうか、このままなにも問題など起こらないようにと願うばかりだった。


だが、そういう時にこそ、問題は起こってしまう。例えば、増加した力を持った人間たちが、その一例だ。


急停車するリムジン。何事かと運転席に通じる窓を開けてみれば、困った顔をする運転手とその原因が榊原の眼に入る。


「はぁ、すまない勝利君。さすがにこの車では目立ちすぎたようだ。」


「そうですね、普通の車で十分だったのに。」


「上からの命令でね。なにせ自衛隊が返しても返しきれない要人の息子で、その息子にも大きな恩があるとくれば、雑な扱いはできないというものさ。もっとも、上は君をどう扱えばよいのか決めあぐねているようだけどね。」


「はは、何かあったら榊原さんのせいにして俺は自分のダンジョンにこもりますよ。自慢じゃないですけど、人型系の魔物ばっかりでるんで結構強いんですよあのダンジョン。」


「ああ、それは知っているよ。最近では難易度や、攻略者ランク、その他もろもろを第三者機関が設定しているからね。確かにあのダンジョンは少々難易度が高い。間違いなくAランクと呼ばれるダンジョンだろう。」


「別に俺の所有物ってわけでもないんですけど、なんか嬉しいですね、Aランクって響き。」


「・・・ワ、タシ・・・ツヨ、イ。」


突如として会話に割り込んできた青い鬼は、強い眼差しで勝利を見つめると、またすぐに外へと視線を向けた。ガラスを挟んで向こう側にいるのは、欲にまみれた目を浮かべる人間。しきりに車を叩いては、出てこいだのなんだと叫んでいる。


「そろそろ、放置するのも危ないですかね。俺がでるんで榊原さんは待ってください。」


「・・・ほう、それではめだってしまうんじゃないかい?君は確かそういうのはあまり得意ではなかったと思っていたが?」


「まぁ、この前の一件で思うところがなかったわけではないので。大切なものが傷つけられるのは、これ以上はきついんですよ。それじゃ。」


そういってドアを豪快に開け、外に出て行く勝利。

一瞬の静寂のあと、車を囲んでいた攻略者崩れの人間たちは、全員が口々に勝利を煽り始める。中には露骨に武器を振りかざし、金を置いていけという始末。


「あぁ?」


一言、そういうだけで、本能的恐怖が攻略者崩れを襲う。

大の大人たちが一様に静まり返り、無意識に一歩後退させられた。

勝利はというと、最近更に数を増すこういった輩の対処をどうすべきか考えつつ、とりあえず全員を気絶させることができるだけの実力差を感じ余裕の表情。


趨勢は、喫していた。が、それでも馬鹿は死ななければ治らないらしい。


「やっちまえ!」


誰かが声を大にして叫んだ。それに合わせてこの場にいる全員が思い思いの行動を始める。


そして、掻き消えるように超速で動いた勝利の残像を捉えるよりも早く、数人がひとまとめに薙ぎ払われた。


「ぐえッ!」


次々に悶絶し、蹲り、吹き飛ばされる。程なくして全員が地面に転がり、立ち向かおうとする輩はいなくなった。


「お前ら、全員弱すぎな。力を持ったからって振るっていい場所や時は限られるんだ。そんな中途半端な力で、楽をしようとするな。とりあえず全員塀の中でやり直してこい。」


そう言った勝利は、直後全力の殺気をばら撒く。重力が数倍にもなったかのような重圧に、胃の中のすべてを地面にぶちまける者が続出した。


「それでも治らなかったら、どうなるかわかるよな?」


その一言で、すべてに決着がついた。


「「「「「はいいぃぃぃぃぃ!!!」」」」」


心地いいほど一致した返事を聞いてから、勝利はさっとリムジンに乗り込んだ。即座に出発する一行。余談だが、榊原が呼んだ自衛隊の応援がつくまで、誰一人としてその場から逃げ出さなかった。曰く、一歩でも動けば死ぬと全員が思ったらしい。この一団が後に慈善活動の最前線で戦うようになるのは、また別の話。


◇◆◇◆


「はい。これで大丈夫です。この後のご予定がなければ、ささやかながら食事のご用意がありますが?」


「いえ、その気持ちはうれしいですが、あいにく友人達と食事をする予定でして。申し訳ございません。」


「かしこまりました。ではそのようにお伝えします。お疲れさまでした。」


深々とお辞儀をする職員。この方々こそが、慈善の心と商魂と酔狂で集まった団体、ギルド管理局だ。全国各地のダンジョンを調査、様々な事に対して一定のルールを設け、国から仕事を任されているダンジョン専門の法人なのだ。今まで自衛隊手動だったため動きがどうしても制限されていたが、ダンジョン管理局が設立されてから加速度的に情報整備が施され、今ではギルドランキングなるものまで発表されるようになった。エンターテイメントに振り切れるだけの安全性が保てているのだから、彼らの偉大さはそうとうなものだろう。かくいう勝利も、こうして正式に職業の登録を済ませ、正式な攻略者として登録をしたのだった。


「さて、全員手続きは終わったわね。じゃあ、ぱーっと宴会と行きましょう!」


音頭を取るのはダンジョン関連で随一の工房組合を取り仕切る女傑、鋼鉄好子その人だ。もはや彼女の作る武器は攻略者の憧れとなりつつあり、うなぎのぼりの業績に加え、工房組合に加入したいとういうものが後を絶たないらしい。鍛冶だけでなく、巷に流通し始めた回復薬や、布製品、果ては魔道具の研究団体までどんどんと吸収しているらしい。当然、好子事態が巨額の資産を抱えることとなり、こうして盛大な宴会を開くことになったのだ。


「好子さん、俺は今日はパスで。ちょっとやりたいことが出来たんです。」


「あーはいはい、どうせ止めても聞かないでしょう。ほんと勝利君、そんなんじゃモテないわよ?」


「へいへい、それは婚約者を見つけてから言ってください!」


捨て台詞を吐いてダッシュする勝利。超人的加速にはさしもの好子も太刀打ちできない。勝利の遥か後方で、地団駄を踏む妙齢の美女が一人慟哭を上げていた。


「好子さん、いいから行きましょう。師匠は最近忙しいんですから。」


「そうですよ、影光くんの言う通りです。それより早くご飯にしましょう。この一週間、鍛えに鍛えたせいで食事量がとんでもないことになっちゃったんです。はやくいっぱい食べないと大変なことに!」


やんややんやと騒ぎ立てる面々。道行く人がそれぞれに知っている有名人を上げて行けば、きっとこのうるさい集団の名前がすべて判明するだろう。

勝利の弟子たちや、戦友が集まったこの集団は、傍目にみても異様な気配を漂わせていた。そう、歴戦の戦士の気配を。


だが、誰も知らない。この全員が勝利という人間によって繋げられたことを。誰も知らない。この場にいる誰よりも強い男の名を。


そして、いずれ知ることになるだろう。現代においていける伝説となった、魔王の名を。


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