(2ー11)終幕『動』

「父さん、寝てなきゃダメだろ。」


「大丈夫だ、怪我には慣れてる。母さんは、起きないか・・・。」


重い空気が場を支配する。互いに沈痛な面持ち。それも仕方ない、よりにもよって勝利の親友的存在が、よりもよって一番傷つけられたくない存在を切り裂いたのだから。


「後遺症等はないとのことだ。時期目覚める、良かったよ。母さんを失えば、俺はどうなっていたかわからない。」


「なぁ父さん。あいつ、どんな顔してた?」


「何も。無表情を通り越して凍りついてたよ。あれは覚悟を決めた人間の目だ。人の道から逸れることを決意した人間の目だよ。」


「そうか・・・。ごめん父さん。俺が、俺が何かしていれば。」


「・・・そういえば健次郎から聞いたぞ。お前が逃したから、沢山の人が死んだんだってな。」


「・・・わかってるよ。俺の責任だ、仲間を、見捨てることはできなかった。それに、昂ぶってた、自分勝手に、戦いを楽しんでいた。クソ野郎だよ!!!」


ダンっと拳が窓際の縁を叩く。怒りのやり場がないのだ、だから拳が握られる、強く、血が流れるほど。


「ああ、そうだな。お前の失態だ、どう、責任を取る?」


「あ?さっきからなんなんだよ!?あんたに責める道理があるのか!俺が!俺が全部やれば良かったって言いたいのか!どうしてそんな責任があるんだよ!?俺はただ強くなるのが楽しかったんだ!それでこの先の人生で食っていけるってなったら!そりゃ楽しむだろうが!それなのに、どうして俺ばかり責任がのしかかる!全員の命を背負わなきゃいけない!?どうして!」


「それくらいにしておけ。そこに座りなさい。」


激昂する勝利。だが、父の落ち着いた、されど圧のある言葉に気勢が削がれる。示された通りに、病室前の腰掛けに座る勝利。その横にそっと腰掛けた灯夜。震える息子の方へ向かい、言葉を連ねる。


「確かに、お前の言う通りだ。人は自分の身を自分で守らなければいけない。弱いということはそれだけで危ないことなんだ。だがな?強い者には、それなりの責任が発生する。それは自分の身の周りの、大切な存在を守る責任だ。そのために、最善を尽くさなければならない。だから俺はお前に聞いた、どう責任を取ると。だがそれは母さんの事や、剣心が傷つけた者のことではないんだ。あれはお前の手の届かなかったことだ、むしろ父さんが守らなければならなかったことですらある。だから俺は責任を取るよ、なんとしても。」


そこで言葉を区切り、息子の肩へと手を置く。


「お前が取った行動は、最善じゃないが、それでも善行には変わりない。それに楽しむことはいいことだ、それ自体は悪いことじゃない。だがな、その上でお前が取り逃がしたせいで人が死んだ、その事実が残ることが問題なんだ。それはれっきとしたお前の責任だ、強くなったお前が負わなければいけない当然の責務。お前はわかってるんだろう?だからそんなにも自分を責める。どうしてあの時あの決断をしなかったのか、そればかり考えているだろう。だから聞いたんだ、これから、どうするのかと。後ろばかり見つめるのはやめなさい。お前が救った命もまた沢山あるじゃないか。大切なのは、取りこぼした命に償うために、責任を取ることだ。お前は行動しなければならない、そこにお前が背負った何かがあるなら。お前は進まなきゃいけない、こんなところで自分を傷つけてばかりいるんじゃなく。」


一気に話した灯夜は、ふぅーっと息を吐いて天井を見つめる。


「それじゃあ、お前はどうする?誰も責めない、だから自分が責めるんだろ?それならどんな罰で償う?」


「・・・・・・俺は、止めるよ。イかれた野郎も、狂っちまったあの馬鹿も。そんでもって、その上で楽しんでやる。笑ってなにもかもねじ伏せてやる。」


「それでいい。そう答えれるだけで、お前は立派だ。」


そこで灯夜は息子の肩を抱き寄せる。強く、されど痛みは感じない程度に。


「どれ、父として説教を垂れたところだし、今度は慰めてやらないとな。それ以上は抱え込まなくていい。お前は意図せず、辛く重い痛みを背負ったんだ、たまには父さんの肩でもかりて休むといい。」


「あ゛あ゛、そう、ずるよ。」


涙で一杯になる勝利。だがそれは誰にも見えない。父は、息子の痛みを覆い隠すほどに大きいのだから。


「強くなればいい。それがお前が選んだ道だ。次は、次こそは、全部救ってやれ、そんでもって、高笑いすればいい。俺が最強だったな。父さんは、そんなお前が大好きだ。」


鼻をすする音が響く。

そのあとしばらく、父と子の2人だけの時間がゆっくりと流れたのだった。


◆◇◆◇


「なるほどねぇ。別に問題はないんだけれども。別に僕で無くともいいとは思うよ。」


「いえ。貴方の噂は聴きました。僕に足りないのは、個人の力です。今回のことで痛感しました、あの人に、頼り過ぎていて、1人になった時に何もできない自分が悔しいんです。あの人は、どう強くなれるかは教えてくれません。強さとは何かを教えてくれます。だから、僕はそこに向かって自分で考えて強くなりたいんです!」


「それで僕のところまで来たと。ふむぅ、僕は刀で君は剣。切り方も何もかも違うからねぇ、わかったよ、知り合いを紹介しよう。少々変わった人だが、それでも今の君に足りないものを見つけてくれるだろう。」


「貴方には教えて頂けないんですね。」


すっと、何気ない動作で刀を抜いた神楽。喉元に突きつけられるまで、殺気に気づかなかった。空に戦慄が走る。


「勘違いするな。貴様は弱い、選択の余地などない。もらえるものは全て貰っておけ、そうして本当に僕の教えが必要と感じたら、また来ればいい。今の君は、ひどく格好が悪いよ、考えが足りていない。彼があそこまで幅広い技術と類い稀ない身体能力を有しているか。答えは簡単だ、君より長い時間をかけてそこに至っただけのことだよ。それを焦って突っ走ったって得られるものはないさ。1秒1秒を大切に生きなさい。いいね?」


出し掛けた言葉を飲み込み、ただ言われたことを反芻する。そうしてたっぷり3秒間を空けて、空は頷く。


「はい、肝に命じます。」


「よろしい、1日まってくれ、予定を立て次第、また連絡するよ。」


こうして空は新しい一歩を歩む。敗北は糧でしかない。何もかも足りない自分に、充足を与えるまで、止まることはもう、無いだろう。


◆◇◆◇


柳日向は、現在怒りに燃えていた。


「ふっ、魔法理論の元祖だからって緊張していたら、その程度ですか?」


「・・・。」


「言葉も出ないと、まったく拍子抜けです。少しは何かの足しになるかと尋ねてみれば、友達が罪を犯して責任を感じて塞ぎ込んでいるなんて。魔法を使うものとして、そのような邪心に支配されるとは、恥ずかしいですね。」


「あんた、随分口が動くじゃない。魔力保有量は私が見てきた中でもトップクラス、全魔法適正があって、柔軟な対応もできる、と。たしかに貴方は魔法使いとして現在のところ一流かもしれないわね。・・・それで?」


「は?それで??何を言ってるんですか。こうして圧倒されて頭でも可笑しくなっ」


その時、真帆が発動していた魔法が次々と解けていく。人知れず魔力を組み上げ、後は詠唱するだけのものまで悉くが瓦解していく。


「へ?どうして?何が?」


「うるさく動く口で少しでも詠唱してれば、こんなことにはならなかったでしょうね。貴方の敗因は、おごりよ。いくら威力が高くて数も用意できても、決めきれなければ意味はないわ。それに、貴方は終始圧倒していると思っていたみたいだけど、何一つ私に当たってないわよ?ギリギリで躱せているだけとでも思った?違うわ、私は無駄な動きはしないの。」


そう言って、日向は両手の人差し指を立て、日本の指揮棒に見立てて真帆に向けた。


「塞ぎ込んでいたのは事実よ。いつもよりも魔法の精度も良くないし。だけどこの程度の不調で、最近魔法覚えましたなんてクソガキに、負けるわけないじゃない?」


日向が右手を振るう。

途端に真帆の左側からスパークが発生する。小規模ながらも当たれば感電することは明白。回避行動をとるが。


それよりも早く、日向の左手が振るわれる。


「な!?」


先ほどと同じく、スパークが真帆の右側に生じる。左右を塞がれた形になった真帆は当然後ろか前に進むしか無くなる。そして、日向はそれを許しはしない。


「は!?」


またしても真帆から驚きの声が上がる。今度は同時に前後でスパークが生じた。さらにおかしなことは続く。通常雷系統の魔法は発生からすぐに消えてしまうことが多い。留めておくということは、それだけで難しい技術なのだ。だが実際に己の四方で発生しているスパークは絶えずパチパチと音を立ててその場に停滞している。やがてスパーク同士が繋がり合い。


「チェックメイトね。後は一方的に動かない相手に魔法を叩き込めば勝ち。」


「まだ、終わってないわ!」


真帆が先ほどと同じように複数の魔法を組み上げようとする。が、いくら魔力を込めても、ただ自身の周りに外気の魔素が集まるだけ。魔法にならない。何かがおかしい、だがそれがわからない。


「まったく、基礎的なことすら気づいていないのね。貴方も私が書いた本を読んだのでしょうけど、あれから一体何年経ったと思っているのよ?さらに知識をつけ、研鑽を積み、日夜イメージトレーニングをし続けてきた私が、以前の私をトレースするだけの貴方に、負けるわけないじゃない。」


愕然とする。確かに真帆は己の愛読書を信じていた。それを書いたものに会えるとあって多少テンションが上がったのは仕方のないこと。それが期待を裏切り、終始圧倒してしまったのだから落胆するに決まっているだろう。こんなものかと、これならば己の方が上手だと思ってしまった。思わされた。


「いい?よく聞くのよ?魔素は確かに空気中に充満しているわ、けどその流れはさほど速くない。むしろ物理的な要素を受けない分、かなり遅いわね。誰かが魔法として打ち出した分、空いた空間にゆっくりと動く程度。それを貴方は、ひたすら魔法を構築させ、自身の周囲に集めまくった。貴方の周りは今非常に魔素で充満している。そして、それを横から私の魔法が喰い続けているの。貴方がどれだけ魔法を組み上げようと思っても、その端から魔素が奪われ、術式が乱れれば、魔法は発動しないに決まっているじゃない。いい?最初に貴方の魔法が消えた時、一体幾つの魔法が仕掛けられていたと思う?」


パチリと、日向が指を鳴らす。


途端に、ダンジョンのそこそこ広いルーム内、その至る所に、スパークが生じた。


「敢えて発動を控えていただけで、常に待機状態だった魔法たちよ。貴方は無闇矢鱈に魔法を使っていたけれど、こういう戦い方もできる。対魔法使い戦なら、魔法の使い方さえ知っていれば、大きな魔力も必要なく勝てる。・・・気晴らしにあなたに指導してあげる。私の至らなさで起こった事件、解決するには強い人が多く必要だもの。それに私自身、まだまだレベルは足りていないし。明日からダンジョンに潜るわよ、良いわね。」


多数の魔法に囲まれ、動くことすら許されない真帆。顔を盛大に歪め、かと思うと途端に脱力させ、そして。


「わかったわ。私よりレベルの低いあなたに教えを乞うなんて。」


「悔しかったら私を倒すくらいしたら?レベルが追い付いたらもう負けることなんてないと思うけど。それと、師匠って呼びなさい、その方が気分がいいわ。」


苦虫をかみつぶしたような顔になる真帆。ややあって、ぎぎぎっと音が聞こえてきそうな重苦しい開き方で口を動かし、師匠と呼んだ。これにて新たな師弟関係が生まれる。師匠と呼ばせ、師匠と呼ぶこの行為に、ダンジョンが定めたルールが適応されることは、誰も知らぬこと。知らず知らずのうちに、彼女らは正式なステップを踏んでいた。『師弟関係』システムの始めの一歩を。


◇◆◇◆


空、真帆のふたりが新たな道を歩みだしたころ。

その他の三人も、自分達の成長に何が必要か、考え行動していた。


「砂月ちゃん、影光君。何があっても三人で動くこと。いいね?」


「・・・うん。」


「わかってるよ。行こうか。」


落ち着いた三人。だが、纏う覇気は並大抵の攻略者を凌いでいた。


泰平は真っ向から守りを抜かれたこと。

砂月は持ち味を封殺されたこと。

影光は決定打を放てなかったこと。


それぞれが課題を克服するため、またその問題点を集団戦の中できちんと超えていけるようになるため、三人でのダンジョンアタック、それも四階層以降への挑戦を決める。残りのふたりはそれぞれ別の道で強くなってくるだろう。じっとしてなどいられない。


決死の覚悟で歩き始める三人。だがそこで待ったがかかる。


「あら、勝利君の!」


「あ、こんにちは。もう仕事ですか。多変ですね。」


「あはは、それを言うなら君たちもじゃないか。それに私達は仕事が人命を救うことに直結しているんでね、そうそう休むことはできないよ。よければ一緒するかい?」


偶々出会った榊原、水川。ここらで最大系称号保持者達の強さの秘訣を見るのもありかもしれない。三人、特に泰平はそう考え、申し出を受けることにした。


道中早速、泰平が榊原に質問する。


「あの、僕たちに足りないものって、なんでしょうか。」


「んん?そうだなぁ、別段ないんじゃないか?」


「え?」


「僕らからしたらうらやましいよ。その若さでそこまで強く逞しくなれることに。将来が楽しみだ。」


予想外の言葉に、驚き戸惑う泰平。己達の方がレベルは下、なのにうらやましいと言われるなど思いもしなかったのだ。


「何か勘違いしているけど、別にレベルがすべてではないと、僕は思うよ。いや確かに、レベル差は埋めがたい力の差がでるのは確か。だけど、そんなものは若い君たちの方が所謂レベル上げを出来る時間は多い訳だ。そして私と君たちのレベル差はわずか1。だからうらやましい、短期間で僕の足元まで迫ってこれるその成長度合いがね。数年したら、あっという間に僕が追う側だろう。あ、そうか。そういう意味では君たちに『今』足りていないのは強くなる覚悟じゃないかな。この前の戦いでも感じたけど、勝利君を待ってる節がある。そうじゃないだろ?強いってのはさ。ダンジョンに初めて挑んだ時の、やってやるって気持ちを思い出しなさい。勝利君に追い付いてどうする。そのころにはどうせ彼はさらに先だ。だったら、馬鹿みたいに強い自分をイメージしてそれに向かって走るほうが、逆に勝利君に追い付くことになると、僕は思うよ。」


泰平はそう言われてはっとなる。確かに、自分たちは如何に勝利に追い付くか考えていた。勝利は抜かせないものだと考えていたのだ。それは残りのふたりも一緒。それがわかった瞬間、三人は猛烈に恥ずかしくなった。勘違いは指摘されると辛い。返す言葉もなく、地面を見つめ歩く。


「ぼ、僕、頑張ります。何にも負けない、最強の盾になります!」


「うん、その意気だ。よし!総員、戦闘態勢!ここからは最速で下へ降りる!遅れるな!死ぬな!以上!!!進め!!!!!!」


「「「「おう!」」」」


意気揚々と榊原が声を上げ、それに呼応する仲間たち。定期的にダンジョン内を見回り下層の調査と幾つかの研究材料の採取が目的。そこに同伴する形となった泰平たちも、掛け声に倣って声を上げる。


先程までの湿った空気はもうない。瞳には炎が宿っている。轟轟と燃える大炎が。


◇◆◇◆



『――――――システムの見直しによる改善案の実施完了。これより【】及び職業システムの導入を開始。』


『生ける者たちに、祝福あれ。』


◇◆◇◆


・ダンジョン攻略進捗状況

『不知火勝利』

・到達深度  →不知火邸ダンジョン六層攻略途中、その他、複数のダンジョンを平均して4~5層。

・討伐関連  →鬼人、アラクネ、ギガパンドラット複数討伐。

・レベルアップ→なし ※現在Level.6

・スキル   →斧術(特殊開放第三段階)・剣術:タイプ『刀』(特殊開放第二段階)『短剣』(特殊開放第一段階)・暗視・マッピング・体温一定・敵意感知・心眼・疾駆・剛力・戦気

・称号    →セット『討伐者の行進スレイヤーズパレード』・控え『討伐者』系統多数『最速討伐』『不倒不屈』『無慈悲の一撃』『剛力粉砕』『魔王の芽:タイプ【不敬】』


・攻略状況一覧

 日本の首相が胃を傷める。

 自衛隊幹部たちも胃が痛くなる。


・【最*】系保持者情報

 『最速討伐』→不知火勝利しらぬいしょうり

 『最大射程』→水川英理みずかわえり

 『最大威力』→柳日向やなぎひなた

 『最大精度』→榊原健次郎さかきばらけんじろう

 『最多殺人』→神無月かんなづきラウロ

 『最大防御』→黒田泰平くろだたいへい  etc.

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