(2-8)巡り、巡って、巡り合う
水晶の光が洞窟内を照らす。噂ではこういった水晶はすべて魔力で灯っているのではと言われており絶賛研究中なのだが、今ここで戦うものにとっては多少視界を明るくしてくれるもの程度の感想しかわかない。
正義を掲げる者たちと、快楽を求める者たちが邂逅すれば、必然的にぶつかり合うだろう。その勝敗を分ける要因は多岐に渡る。戦力、戦略、地形、運などなど、戦いに絶対はない。いくら強固な結束で結ばれていても、簡単にほころびは出てしまう。
「くそ、弾切れだ!」
誰かがそう仲間に叫ぶ。その声自体は銃声に紛れて敵には聞こえないが、しかし時が経てばやがてその事態は伝わる。次々と弾切れの隊員が増えていき、機を窺っていた紅花月の面々はここぞとばかりに進軍を開始する。
神楽、好子率いる第二班、その後方を任されていた自衛隊員各位は白兵戦へと移行した戦場に危機感を抱いていた。
戦力差は紅花月に軍配が上がる。実力、連携の練度は自衛隊が圧倒的。条件的には平等に思われるが、ここはダンジョンであり、天然のギミックをより知るのは紅花月であったのだから、戦線が崩れるのに時間はかからなかった。
最初は隙の無い陣形で敵を通さなかった自衛隊も、水晶を誘爆させる攻撃であっけなく陣形を崩される。未だ誰も死んではいないものの、隙を突いて一対一の形を作った紅花月が隊員の隙間を縫って神楽や好子に襲い掛かる。
「だーーーくそ!神楽さん!ここら一帯ぶち壊していいかい!」
「んー、仕方ないね。いいよ。」
圧倒的不利。それが第二班の置かれた状況。だがしかし、こういった時に趨勢を覆すのはいつだって圧倒的強者、そして圧倒的破壊力。
そもそも、後方と同じ数を一人で受け持っていた好子。誰も彼女には近づけなかったのだ、不用意に近づいてみろ、体が粉微塵に吹き飛ぶだけだ。
大振りに鋼鉄の槌を振るい周囲の水晶を爆散させ、自身は敵集団から距離を取る。しかし、後ろからも敵が迫ってきている、安心できる距離でもない。だが手前には神楽おり、切り結ぶ相手の実力もあって容易にそこを超えることはできない。
つまり、一回程度の深呼吸が出来る余裕はあり、それさえあれば、彼女の力は、膨れ上がる。
「ふーーーーっよし!一、撃、入、魂!!!!」
全身の力を抜き、体に酸素を送り込む。そしてすっと槌を持ち上げる。鋼鉄の塊を持ち上げるその行為自体、女性が出来るとは思えないほどの膂力を感じさせる。それを今まさに間近で見ていた紅花月の面々は、まずいと直感的に悟った。
周りは水晶。かなり強い衝撃または火を伴った小規模の爆発でその身を粉々に爆散させるその性質を利用していた己たちだからこそ、その行為の危険性に気づいた。
それを、全力で振り下ろさせるわけにはいかない。先ほどまでとは格段に込められている力が違う。まずい、マズイ、拙い!!!本能が雄たけびをあげ、咄嗟にショートソードを投擲した者が一人。それは英断だった。体に当たりさえすれば力は削げるし、致命傷を与えるかのせいすらあるのだから。
「スキル『剛力』『一点突破』『腕力上昇』『乾坤一擲』!どっっっせい!!!」
口早に告げられたスキル名、迸る一撃。軌道上の空気を押しつぶし、ソニックブームすら発生させて地面へと吸い込まれる槌。宙を舞うショートソードは明後日の方向に飛んでいった。幸いにも、それを投げた人物は幸いにも自身の攻撃が無意味だったと知る瞬間は先延ばしになった。なぜか、それはダンジョンが爆ぜたからだ。
爆散する水晶。衝撃で周囲の地盤までも粉々にし、その破壊は好子の周りでとどまらず、次々と誘爆を引き起こす。打ち合いを繰り広げていた神楽とウィリアムも、その後方で衝突していた自衛隊と紅花月も全員が衝撃に吹き飛ばされ、土煙に包まれた。
「ふう、いやーすっきりした。これで多少は戦いやすくなったってあれ?みんなー?どこいったのー?」
鬱憤が溜まっていた好子はここぞとばかりに力を込めた。どうせならとスキルもありったけ発動させた。その結果、周囲から人がいなくなったことで冷静さを取り戻した。口調まで普段のものに戻っている。やがて土煙が収まりはじめ、その中からせき込みつつもこちらへと駆け寄ってくる面々が。神楽を始めとする第二班の仲間たち。どうやら好子は仲間殺しを防げたようだ、一安心したのもつかの間。二方向からこちらへと迫ってくる人影。どれも殺気を纏っていて、明らかに好子へと向けられている。
「ごほん、いやはや。まさか生き埋め覚悟でこのようなことをやってのけるとは。なかなかに、狂気。ですが少々服が汚れてしまったようだ。そこのあなたの血で、洗い流さないといけませんねぇ!!!!」
怒り心頭といった様子の集眼卿ことウィリアム。そのあとに続く紅花月の面々も冷静さにかけているようだ。もっとも作戦を潰されたことを怒るウィリアムとは違い、大半は圧倒的破壊力に恐れをなし、恐慌状態となってただ襲い掛かるしかできなくなっただけだが。
「好子さんは少し休んで。自衛隊の方々は密集陣形で対応してください。私はあちらの御仁を、斬ってきます。」
髪をゴムで結び、いつになく本気モードの神楽。ここからが正念場、故にようやく使えるようになったとある技を発動させる。
「剣術特殊開放:第二、発動。『伸縮自在』。」
途端にほのかに発光しだす刀。白銀纏いし相棒を、腰だめの一から一気に振り抜いた。重さを感じさせない速度。もはや、常人で肉眼では捉えることのできない剣速。しかし、間合いはいまだ遠い。空を切っただけの刀を見て紅花月の面々、その中の最前列を走るもの達は笑みを浮かべた。そしてその笑みを張り付けたまま、綺麗に全員が首を地面に落とす。
ただ一人、その行為の危険性に気付いたウィリアムは自身の発動している力で剣の軌道をいち早く読み、上へと退避していた。
「些か反則じみていますね。刀身は伸びないのが常識ですよ。」
怒りは一瞬にして冷め、冷静に戦術を組み立て直すウィリアム。だがしかし、飄々としたその顔には一筋の汗が流れていた。
「はは、眼玉浮かべてる人に言われたくないな。それに、刀身が伸びたと思ってるのは勘違いだ。」
油断なく、されど落ち着いた雰囲気で話す神楽。未だ白銀を纏う刀を納刀し、抜刀の構えに入る。伸びた刀身は見えなかった。だがそれ以上に間合いが伸びたことは想定外。いくら見えていてもこちらの攻撃が当たらないのであれば負けは必然。
「そういえばさ、ちょっと聞きたいんだが、ここから北の方のダンジョンで暴れてたのは君かな?どうも死体の目玉がないものが多かったらしいんだ。どうだい?」
抜刀の構えでのんきに話を始める神楽。うしろでは好子と自衛隊員が一緒に紅花月を相手にしているというのに、何をいまさら話すことがあるというのか。興味をひかれたウィリアムはいつも通りの口調で答える。
「ええ、確かそのような所でも活動しましたね。久々の収集だったので奮発した覚えがありますよ。」
「そうかい。わかってよかったよ。これで、活かして置く理由もなくなったわけだ。」
予備動作なく抜き放たれた刀。先ほどまで万全に見えていた動きも、今回は大まかな予想を立てることしかできなく、咄嗟に横に飛んだまでは良かった。
少なくとも致命傷は避けられた。
命の代わりに、左手の肘から先が宙に舞ったが。
「―――――――――ッ!!!!」
苦痛に歪む顔。声にならない叫びが喉から溢れる。慌てて止血をしようとしたその時、宙に舞う眼球から送られてきた情報によって、再び回避を選択する。
今度は間に合った。そして予測も当たった。だがそれでも、圧倒的に神楽の方が速かった。
「や、やめろ!!!!」
神楽放った三連撃。一発目は腕を断ち切り、二発目は躱されたが地表を深く刻んだ。そして回避後のわずかな隙を狙った三発目はウィリアムの身体を切り裂いた―――わけではなかった。
腕を失った時よりも激しく叫ぶウィリアム。気づくのが遅かった。神楽の狙いは最初からウィリアムではない。その軌道上に偶々いただけ。それだけで腕を切り飛ばされた。それだけでも屈辱的だが、よりにもよってその選択をした神楽に憤怒の感情が湧きあがる。神楽は、たった三回の斬撃で宙に浮かぶ眼球の大半を切り裂いたのだ。
「私の、私のコレクションを傷つけるなぁぁぁあああああ!!!!!」
怒りによって躊躇なく間合いを詰めるウィリアム。それを無表情で向かい受ける神楽。絶対零度と灼熱がぶつかり合う。
焦りからかウィリアムの攻撃は自身の体を傷つけることを厭わない。一瞬の攻防の間に神楽が放つ攻撃は幾重にも渡ってウィリアムの体を切り裂いた。一方、ウィリアムの攻撃自体は熾烈を極める。防御を捨て、相手を観察するすべての眼がいかにして隙をつくかを考える。神楽の体もまた傷がそれ相応に増えていたのだった。
苛烈な死闘の外、ほんの数メートルしか離れていない位置では好子を中心とした陣形が出来上がっていた。好子が攻撃を受ければ自衛隊員の誰かが紅花月を討つ。神楽の方へは近づかないことから好子達にヘイトが集中したが、その悉くを骸に変える戦場がそこにはあった。
戦場に転機が訪れたのは突然だった。
だがその前にこのダンジョンの構成について。全体が脆い地盤と水晶で構成されているこのダンジョンだが、やはり他のダンジョンと一緒で階層というものが存在する。しかし、それとは別に各階層でも細かい層に分かれているのがこの場の特徴だ。
幾重にも別れた道が縦横無尽に交差し重なり複雑な構成を成している為、攻略者はすべての道から最善を選びとって進まなければならない。しかし、好子の一撃によって擬似的なルームが作られた。重なり合う坑道とも呼べる周囲一帯の道を破壊し尽くしたことにより、本来ならば無いはずの広間が出来上がったわけだが、その際に出る爆音もまた、本来ならば起こり得ない。
そして、起こり得ない音が、怪物を呼び寄せた。
最初に気づいたのは、戦闘の為に神経を研ぎ澄ませていた神楽とウィリアムだった。
些細な音。低く、地面に響くようなその音が足の裏から微かに伝わってくる。不規則に連なる音の波は、まるで高速で何かが通路を進んできているかのようだった。まるで迷いのない歩み、未だ全貌が解明されていないこのダンジョンでそのような芸当をできる人間はいない。加えてここまでの足音を響かせているのにその音の正体はただ1つなことが、警戒レベルを大きく引き上げた。
弾かれるように互いに距離を取る神楽とウィリアム。言い知れぬ恐怖が込み上がってくる。
そして低音は次第に地鳴りに変わり、やがてとある一本の坑道から、その影は躍り出た。
「逃げるぞ!今はまずい!」
現れた怪物に、神楽がいの一番に反応した。
この混戦状態で、第3の脅威が介入すれば惨事となる、そう思っての発言。だがしかし、怪物はその勢いのまま、標的に狙いを定め突進した。
その体は歪だった。
細長い体躯は無数の鱗に覆われ、今まで遭遇してきたどの怪物よりも巨大だった。さらにその巨体を支える足が、二本しかないのもまた歪さを増す要因となっていた。強靭な筋肉に覆われたそれは、三本の爪を携えており、そのどれもが鋼鉄すら容易く裂きそうな程に大きく頑強さを感じさせる。
落ち窪んだ眼孔の奥にギロリと覗く黄色の眼球。それが、一番近くにいた紅花月の1人を捉え、瞬く間に喰らう。血しぶきが舞い、そこでようやくこの場の全員がそいつを認識した。
突然の乱入。見るからに階層主級の魔物が、人1人を喰らったという事実が、恐慌状態を引き起こした。
「逃げろ!」
「な、なんなんだぁ!!」
「ぎやぁぁぁぁ!!」
散り散りに逃げ惑う紅花月。統率のなさが招いたこの事態の中で唯一まとまって動いた者達がいた。
「僕に続け!このメンバーであれを倒すのは無理だ!」
その言葉に従い、隊列を維持したまま一直線に通路に向かう集団。神楽率いる第二班であった。
ウィリアムは一瞬の逡巡の後、神楽を追いかけるという選択をした。そしてそれが、偶然というなの厄災を引き起こす。
怪物が、ウィリアムを標的として捉えたのだ。散り散りに逃げる者の中で一番濃く死臭を漂わせる者、他の有象無象に構う暇はない、一刻も早くあれを喰らいたい。生まれたばかりの怪物は、ダンジョンの異物を喰らうという使命を湾曲させた。より美味そうな獲物を喰らうというより恐ろしい選択。
間接的に怪物に追われることとなった神楽達は、でたらめに通路を走り抜ける。なにせ、狂った殺人鬼と怪物がセットで追いかけてくるのだから。
もはや作戦も何もあったものではない。手当たり次第に通路を曲がる。右へ左へ、上へ下へ。無数に進路変更を繰り返すも、その都度離れた距離を一瞬にして詰めてくるウィリアムと怪物。神楽は振り返る度に鬼の形相を浮かべる一人と一体を見て場違いにも「仲良すぎだろ。」と口走ってしまう。余談だが、怪物が通った後は悉くその衝撃にやられ水晶が爆散している。
ともかく、第二班は決死の逃走劇を繰り広げることとなった。一体いつまで続くのか、その焦りが全員の中に渦巻くのだった。
◇◆◇◆
第二班が狂人と怪物に追われている頃。第三班も同じく怪物に追われていた。三班と違う点と言えば、榊原が狂人を担ぎ上げていることだろう。
「わーい、走れ走れー。」
「頼むから黙っててくれないか!!」
ほぼ一直線の道を全速力で駆ける第三班。そのすぐ後ろを二班が遭遇した怪物と同じ外見の個体がぴったりと付けている。追い付かれていない理由は、三班のメンバーがバラバラに横道の穴へと潜ることで怪物に的を絞らせないようにしているからだ。
だからと言って、このままではじり貧。隊員が噛まれそうになるなど、少しずつ危うい場面が増えてきた。榊原、水川は何とかできないものかと思案するが、やはりひた走るしかないと結論づけ、足を止めることは無かった。
そんな状況の中、前方の景色が変わる。
「次階層のルームだ!あそこで迎え撃つ、到着次第散開!」
「「「「了解!!!」」」」
希望が見えた、あと少し、あと少しでルームへと到着する。そうすればこの限られた戦場ではなく、スペースを生かした戦いが出来ると皆が希望を持って足を進めた。
だがしかし、全員が考えもしなかった行動を、怪物はとった。
ひと際大きく歩幅を取り、前足をぐっとかがめ、続けて後ろ足を前足と揃え重心を前へ持ってく。偶々彼我の距離を確認しようと後ろを振り返った隊員の一人が、その行動を見て最悪の想像をする。そして、声を張り上げ、警戒を促した。
「隊長!止まって下さい、あいつ飛びます!!!!」
言い終わった瞬間に、第三班全員が影に包まれた。
スローモーションのように感じられるほど、その行動を見ていた時の体感時間は長くゆるりと進んだ。
巨体が宙を舞い、轟音を立てて地面に着地する。そのまま数メートル程地面を滑り、巨大な鉤爪を大地にしっかりと突き立てながら、怪物が止まった。
天井が高すぎる故に起きてしまった珍事件。前方を完全にふさがれ、あと一歩というところで第三班の希望は打ち砕かれてしまっ―――
「隊長!時間を稼いで下さい!」
「どれくらいだ!」
「10秒!!!!」
頷く榊原。その行動と同時に、烈火の勢いで飛び出した。
―――まだ、希望は潰えていない。
矢のごとく走り抜けるその様は、まさに疾風迅雷。
前方であざ笑うかのように大きな咆哮をかます不遜な輩に、人の、否、榊原という男の矜持を見せてやろうではないか。そう言わんばかりに歯をむき出しにして吠える。
「ァァァァァァアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」
迫る獲物を迎え受けようと、怪物が大きく顎を開いて上から喰らいつこうとする。
榊原は、ぶつかることを恐れず、むしろスピードを上げ、その勢いのまま懐へと潜り込んだ。
驚きに染まる怪物の目。力技により寸前のところで躱された顎が硬く閉ざされ、牙と牙が硬質な音を奏でた。
だがしかし、榊原の猛進は止まらない。巨大な怪物の頭から胸までをたった一歩で走りきり、無防備に晒された胴体へと銃剣を深々と突き刺し、更には自身の体重に勢いを乗じて、銃剣を押し込むように体当たりをかます。
「ギャァァァアアアア――――――――――――ッ!!!!!」
榊原のレベルは5。自衛隊の中では最高水準。決して力を誇るほどの怪力ではないが、それでも十分常識の範囲からは逸脱している。加えて、榊原は今回の作戦参加者の中で、素の状態であれば一番足が速い。更に言えば、決死の覚悟がその速度に拍車をかけた。結果として、怪物の巨体を瞬間的に浮かせるほどの威力を生み出し、明確な痛みと傷を負わせることに成功する。
一方、榊原が行動を開始してから突進を終えるわずか三秒の間。水川は神経と集中させつつ、スキルを行使していた。
「スキル『明鏡止水』」
それは心を落ち着かせる。
「『一極集中』」
それはすべての力をたった一発に込め。
「『
それは願いを加速させ、さらに重なりがそよ風が暴風へと変えた。ここまでで三秒、残り、7秒。
「銃術特殊開放:第一、発動!『水滴石穿』!!!!」
暴風に水滴が混じる。正しくは無数の光が煌めき、銃口に集まっていくそれが雨のようにも見えるのだ。周囲の魔素が一気に凝縮され、可視化されたものが、銃口に吸い寄せられていく。のこり6秒。
ここで怪物が痛みによる一時的なスタンから抜け出し、水川が引き起こした現象に危機感を覚えた。本能が訴える、あれを喰らえば今以上に傷を受けると。
一歩踏み出そうとする。だが忘れていた、自身の真下の脅威はまだ確かに生きているということを。
「いかせる、かあああああ!!!!!!!!!!」
自身の体を厭わない突撃、代償にいくつもの骨が折れ、肉が裂け、血を垂れながした状態でありながら、その男は健在だった。
荒々しく銃剣を引き抜き二本ある足の片方、踏み出した足めがけて鋭く振り抜く。満身創痍、されど限界まで引き上げられた力に、未だ失われていない榊原が本来持つ精密な体捌き合わさり剣術家もほれぼれするほどの一閃を繰り出し結果として踏み出した足の鱗のみならず、肉の奥、足の腱までも綺麗に断ち斬ってのけた。
銃剣本来の耐久度であれば鱗に当たった時点で砕けていたが、苦楽を共にした相棒は勝利の装備品同様魔装と化している。この一撃は、まさに榊原のこれまでの努力すべてが成した結果と言える。残り4秒。
怪物は出鼻をくじかれ、よろめいた。流石に踏み込んだ足の腱が断ち切られれば怪物とてただでは済まない。だが本能とは恐ろしい。その痛みすら耐えて、筋力だけで倒れかけた体を支えると、二歩目を踏み出そうと後ろにある足を持ち上げた。
「撃てぇぇえええ!!!!!」
連続する発砲音。隊の残りのメンバーも、ただ二人に守ってもらうだけの存在ではない。これまで鍛えてきたのは一体何のためか、それは窮地を脱する一助とするためではないか。想いが乗ったからなのか、続けざまに発砲された銃弾の一つが深々と眼球の片方に突き刺さる。内臓からくる痛みは生物にとって耐えがたいもの。眼球とて潰されれば壮絶な痛みが襲う。怪物は二歩目を踏み出すと同時に足と頭の二か所で発生する痛みによって強制的に歩みを止められた。残り、一秒。
「自衛隊、舐めんなぁぁぁああああああ!!!!!!」
ゼロ。
七秒間チャージされた一撃が発射される。轟音という表現では生ぬるいほどの衝撃が空間を震わせ、怪物の胴体へと一瞬で着弾した。
弾丸は怪物の腹に穴を空け、そしてその向こうの壁に特大のクレーターを作り出した。そして一拍遅れて榊原の上を吹き飛んでいく怪物。盛大に血をまき散らし、それが雨のように榊原の体を濡らした。
怪物が最初の跳躍で降り立ったのはルームの入り口であった。そして今吹き飛び着地した地点は入口を軽く超え、ルームの半ばまで達していたのだ。
第三班の総力を結集した攻防、軍配は榊原たちに上がったのだった。
「グ、グルルルア・・・。」
「嘘、でしょ。まだ死なないなんて。」
スキルと特殊開放の反動でほとんど動けない水川が、腹に穴が開いたというのに立ち上がろうともがく怪物を見て絶望の声を漏らす。
彼女らははじめルームでの戦闘を目標としていた。それはひとえに効率からくる考えであって、現状の決死の攻撃は本来であれば悪手に他ならない。榊原は捨て身の攻撃で満身創痍、立っているのですらやっとの状態。水川も榊原と同様に動けない状態で、他の面々も全力疾走が続いたことと、先程の銃撃で弾を使い果たことにより手詰まり状態。
それで倒しきれていたなら帰還の望みは叶っただろう。だが現に怪物は闘志を燃やし立ち上がろうとする。
「おいおい、倒れとけよ、くそが。」
息も絶え絶えの状態の榊原が悪態をつく。体に鞭を打って怪物に立ち向かおうと考える。水川が回復するまで凌げば次の一撃で確実に仕留められるし、敵も満身創痍なのは変わらない。先ほどまでの生き生きとした動きは無理だろう。
榊原が考えていたのと同じように、隊員たちもその結論に至ったようで、榊原と並び決死の戦いを再度始めようと意気込んでいたその時。
ピシリと、小さな音がルームに響く。
小さい音は全員の耳に届き、その発生源である場所へと視線を向けさせた。
水川の一撃で大きく凹み、亀裂さえできていた壁。そこから音が響いたようで、幾つかの石の塊が地面に落ちた。そしてその落ちる頻度が、次第に増えていく。
と同時、また別な方向から、今度は何かを砕くような音が響いてきた。怪物すら何かを感じ取った様子で壁を見つめる始末。これ以上の窮地が襲うのかと第三班の面々は引き攣った笑みを浮かべ始めた。
そして二つのことが同時に起こる。一つは壁のひび割れが急激に増し、そしてその奥からそこにいる魔物をより凶悪にしたかのような外見の怪物が壁を突き破って出てきたこと。二つめは削る音が響いていた箇所の壁が急激に崩れ、そこからわらわらと人が出てきたこと。
突然の乱入者に、榊原を始めとした一同は口をあんぐりとあげて呆然としていた。
だが驚くのもつかの間、入ってきたのが二体目の怪物と、今回の作戦の標的である紅花月だと悟ると、瞬時に戦闘態勢へと移行した。だが驚きの出来事はそれだけで収まらなかった。
「おいおい、なんだなんだ!ほんとに繋がってんだな!」
「くっくっく、なかなか面白い状況になってるじゃないかぁ。」
「好子さん、皆さん!走って!出口だ!!!」
「もう、無理、息が、出来ないぃぃぃぃ!!!!」
「待ーーてぇぇぇ!私にその眼をよこせぇぇええええ!!!!」
「グラアアアアア・・・・アァ?」
続けざまに二つの穴から知り合いと敵と脅威がなだれ込んでくる。
もはや開いた口が百八十度開き切ってしまいそうなほどに驚愕し放心状態となる第三班。なんということだろうか。期せずして作戦の第二段階である三班合流が果たされた。
もっとも、予定にはない、敵の主力三人揃い踏みと怪物集合というおまけつきだが。
「ははははは!楽しくなってきたぁぁぁぁああああ!!!!!!!」
ラウロの愉悦に満ちた高笑いを合図に、最終ラウンドの火蓋が切って落とされた。
◇◆◇◆
・ダンジョン攻略進捗状況
『不知火勝利』
・到達深度 →不知火邸ダンジョン六層攻略途中、その他、複数のダンジョンを平均して4~5層。
・討伐関連 →鬼人、アラクネ、ギガパンドラット複数討伐。
・レベルアップ→なし ※現在Level.6
・スキル →斧術(特殊開放第三段階)・剣術:タイプ『刀』(特殊開放第二段階)『短剣』(特殊開放第一段階)・暗視・マッピング・体温一定・敵意感知・心眼・疾駆・剛力・戦気
・称号 →セット『
・攻略状況一覧
海外でとある案件が持ち上がる。
ダンジョンが無い国からの不法入国者問題が深刻化しつつある。
・【最*】系保持者情報
『最速討伐』→
『最大射程』→
『最大威力』→
『最大精度』→
『最多殺人』→
『最大防御』→**** etc.
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