(1-6)共闘の果てに・・・

その怪物が一歩踏み出したとき、威圧感というものが俺達に重くのしかかった。

片足しかなかった怪物が、もぞもぞと胴体から生み出したもう一つの足。それが地面に近づくにつれてもう一本の足が体積を減らしていく。そうして進む怪物は、何を考えこちらに近づいてきているのかまったくわからなかった。『死体集め』には、顔が無かったからだ。


また一歩。


不気味な、歩き方とも呼べないそれによって互いの距離が縮まる。


また一歩。


歩みの感覚が確実に短くなる中、先んじて事態に対応したのは、この中で最も年長者である榊原さんだった。


銃を構え即座に発砲するまでの流れはベテランのそれ。何千回と繰り返されてきたその動作はもはや芸術的とすら呼んでいいだろう。


「この場から離れろ!奴の動きは直線的だ!」


言葉の意味を理解すると同時、三人がバラバラの方向へ一斉に走り出す。

直後、俺達のいた場所へ、土煙を巻き上げるほどの衝撃で何かが突っ込む。


そこに立っていたのは得体のしれない怪物。

一本しかない足で直立不動で立つ姿は先ほどまでの『死体集め』と変わらない。

違うのはその胴体から無数の腕を地面に突き立てていることだろう。


幾重にも折り重なった腕の集合体。二種類の生物からありったけ集め、余すことなく接合したその腕は、丸太のように極太だった。そして当たり前のようにその腕が地面にめり込んでいる。速さだけでなく尋常ならざる膂力も備えているようだ。


「対処法は!?」


手短にこちらの欲しい情報を要求する。いくら直線的だからとはいえ、目で追えないほどの速度で突進されるとあれば、それも一撃で体がミンチに変えられてしまうほどの力が込められた攻撃もセットとなれば、会話は短くなるのは当然だろう。


「欠損の度合いであいつは動きが止まる!とりあえず大きく削るしかない!」


「二人はあいつを惹きつけて下さい!私が撃ち込みます!」


俺と榊原さんは互いに頷き、ようやく地面に突き立てた複数の腕をもとの長さと細さに戻した死体集めにむけ、左右に動きながら走り寄る。


牽制の射撃で足の付け根を打ち抜く榊原さん。足一本でバランスを取っているのだからそこを崩しにかかるのは当然、即その判断ができるのはやはり経験の蓄積のたまものだろう。


足の付け根を起点にして大きく体を傾ける死体集め。そこにダメ押しの銃弾が数発叩き込まれる。その勢いについに足から分離させられた上体は、次の瞬間新しい足を別の方向に生やし、一本で倒れかけた体をもとの位置に戻すとともにこちらにもう一本の足を急速に伸ばしてきた。


一本の槍による刺突に似た早く鋭い蹴りは、即座に1歩左に避けた俺の脇腹のすぐそばを高速で突き抜けていく。あまりに早いその蹴りは、直前で感じたが無ければ躱しきることは出来なかっただろう。


俺もやられっぱなしではいられないので斧で伸び切った足を切断する。続けざま、走りながら複数個所に斧による斬撃を数回見舞うも、力を十分に込められたわけではないので深く傷を付けるに留まった。だがしかし、この相手に対して傷は有効でないように思う。


その考えは、すぐに動き出した死体集めによって証明された。伸ばした時と同じような速度で引き戻されていく足、それが完全に本体に吸収されるその瞬間、一瞬撓んだ足が地面を強く蹴り、次の瞬間には榊原さんの方から轟音が鳴り響いた。


土煙の中から転がり出てくる榊原さんが、体制を立て直しつつすぐさま銃剣で死体集めの足を狙う。しかし直前まであった足は突如として消え去り、支えが無くなった上体は地面に垂直に落下――――――しなかった。


「榊原さん!離れて!」


土煙が晴れ、死体集めが地面に複数突き立てている腕が上体を支えているのが見える。そして引っ込められた足は、当然のように銃剣を振りぬいた榊原さんへと狙いを定め、発射――――――されるかのように思われた。


『ズバンッ!』


けたたましい破裂音とともに、足の付け根があった場所に大きなクレーターが出来上がる。水川さんが放った弾丸が見事死体集めの攻撃を防いだのだ。


その場から素早く退避し、俺も水川さんもいない方へと走り出す榊原さん。確かに固まってしまえば、予測し辛いその攻撃によって二名が同時にダウンしてしまう可能性がある。さりげなく銃撃により水川さんへとヘイトが集まりすぎないようにしているのがなんとも賢い戦い方だと感心させられる。


死体集めは穿たれた穴が塞がれていくのをじっと見つめている。そうやら足ではなく上体の欠損が停滞のトリガーの様だ。銃のない俺は接近戦を挑まねばならず、かなりリスクがでかい。かといって水川さんが何度も射撃をすればあの突進の矛先がそちらに行ってしまうし、狙撃銃程の威力がない榊原さんの持つ自動小銃では大して相手の体をそぐことが出来ない。


ここは、リスクを取ってでも近づくしか方法がないだろう。


意を決して直線距離をまっすぐに詰める。修復が終わった死体集めがこちらに目を向けた気がした。実際には目は無いので本当に気がしただけだが。


またしてもを感じ、すぐさま前方斜め方向に飛び込む。受け身を取って視線を死体集めに戻すと、そこには腕を複数伸ばしきった状態の死体集めがいた。足を地に着けていないということは、次の動きは!


腕が突き刺さった壁からぱらぱらと土の欠片が落ちる。それらの音が嫌に耳に響く中、俺は伸ばされた腕へと振りかぶった斧を全力で振り下ろす。


直後、体に腕を戻すのではなく突き刺さった壁に向けて腕を吸収しながら移動する死体集めが、みごと斧の振り下ろすタイミングと合致し、深々とその刃を突き立てた。


気を抜かず、その場で左足を軸に、体を捻る。そして右足に体重移動をしながら一気に地面に叩きつけた。見た目にそぐわぬその重い体は、地面に亀裂を生み、体の半ば以上を地に沈めた。


そこで何度目かわからないを感じ後方に飛ぶ。俺の体があったところに二本の足が伸び、それが天井まで伸びて突き刺さっていた。


するすると足を戻しながら天井まで登っていく死体集め。その行動に嫌な予感がよぎり、斧を投擲して叩き下ろそうとしたその時。二方向から銃声が轟く。片方は一発の轟音を、もう片方は連続した破裂音をそれぞれ響かせた。


放たれた銃弾が天井に突き刺さっていた死体集めの両足周辺に炸裂し、強度を著しく低下させた天井が死体集めの重量を支えきれなくなり崩落。少量の瓦礫とともに死体集めが今度こそ地面に垂直に落下し、横倒しとなる。


これを好機と見た榊原さんが走り出し、水川さんも次弾の装填を行い、狙いを定める。二人の行動を見た俺も一拍遅れて走り出そうと一歩踏み出す。確実に隙を晒した死体集めだったが、今日一番の寒気が俺の頭に警鐘となって響き渡る。俺は即座に二人に対して指示を出した。


「ダメだ!伏せろッッ!!」


持ちうる限りの声を張り上げ、即座に地面に体を投げ出す。俺の声を聞いた二人もすぐさま伏せようと体を屈めるが、一歩遅かった。


「キュロロロロロロロロォォォォォオオオオ!!!!!」


奇声を発した死体集めの体が急速に膨らんだかと思うと四方八方に無数の腕を放つ。ルーム全体、死角なく放たれたその攻撃は、大量のクレータを作り出した。そして出した時と同様に急速に体に戻っていく腕が俺の頭上を通過した瞬間に、俺は跳ね起きると同時に走り出す。視界の端に、腕の一撃を喰らったと思われる二人が映るが、まずはあいつの動きを止めねば怪我の具合を確認することもままならない。


「くそったれがぁぁぁあああああ!!!!」


一心不乱に死体集め目指して駆ける。

流石に全方位に腕の突き出しを行うのは疲労の度合いが強いのだろうか、よろよろと一本の足を延ばしながら立ち上がる死体集め。瞬く間に距離を詰めた俺は攻撃がくることを恐れずに斧を横なぎに一撃、そしてすぐさま鮪切で居合いの一撃、ダメ押しで鯨切を突き刺す。右から水平に斧の切れ込み、鯨切による死体からの切れ込み、そしてそれらで断ち切れなかった部分をピンポイントで突くことで大きく上体を切り取る。


「キュオオオォォォ!!!」


「うるせぇんだよぉぉぉおおおお!!!!!」


これまで痛みを感じているそぶりすら見せなかった死体集めが、体の4分の1ほどが削がれたことにより生命の危機を感じたのか、悲痛な鳴き声を漏らす。鬱陶しいその声をかき消すように声を張り上げ、さらなる攻撃をしかけようと、突き出した鯨切を戻した瞬間、俺の腹に何か重たいものが炸裂する。


「ぐぶっ!!!」


重たすぎる一撃で体が浮きそうになる。だがこれで吹き飛ばされるわけにはいかない。全身に力を込めてその場に留まり、やってくるであろう痛みより早く鯨切を逆袈裟の要領で振るって足を断つ。またもや傾きかけた体。死体集めは即座に上体の一部を盛り上げ、先ほどのように二本の足を突き出そうとする。


「それは、一回見てんだッ!」


盛り上がった部分はどちらも俺へと向いている。俺は深く膝を折り、その射線から外れ、下から持ち上げようと両腕を死体集めの体にまわしながら立ち上がる。


「ずらぁぁぁああああああ!!!!!!!」


直後ドッと二方向に突き出た足は空を切り、俺は持ち上げ切ったその体を地面に叩き下ろした。


そして傍に落ちている斧を拾い上げ、全力で滅多打つ。


「いい加減、俺に、倒されやがれ!!!」


俺を排除しようと盛り上がる上体の一部を優先的に叩き潰し、ただひたすら斧を振り上げては叩きつけるを繰り返すうちに、死体集めの抵抗も収まってくる。徐々に側面に対して斧を打ち下ろし、その体を削る攻撃にシフトし、一心に斧を振るった。


やがて、足元にぐちゃぐちゃになった何かが動かなくなり、それに合わせて攻撃の手を止める。


途端にアドレナリンで感じていなかった腹部の痛みがやってきて、がくっと膝が折れそうになる。それを堪えてよろよろと一番近い榊原さんのところまで歩み寄り、傍にしゃがんで状態を確認する。どうやら全方向に打ち出す攻撃は一撃の威力をある程度捨てているようだ。まぁ、それでも大の大人の意識を刈り取る威力は十分脅威だが。そこまでの傷ではなく、強かに打ち付けられた程度だが、一発が頭を掠ったようで少量の血が流れている。呻きつつも意識を取り戻したようだ。


次に水川さんの方へ視線を向けると、痛みに呻きつつも上体を起こそうとしているところだった。どうやらあちらもそこまでのダメージではなかったようで一安心した。


榊原さんに肩を貸そうとして体に力が入らなくなる。ふらっと状態が傾くのを止められず、地面に吸い寄せられる。


それをがっしと止めたのは、榊原さんだった。俺が倒れそうなのをがばっと起き上がり支えてくれたのはありがたいが、榊原さんの方も体が痛いのか苦悶の表情を浮かべる。


「勝利君!今すぐ離脱を!」


何かに気が付いたのか、恐怖の色に染められた榊原さん。その視線を追って背後に視線を向ける。そして熟練の域に達している男が恐怖に顔を歪めた理由を理解した。


「ふっざけんなっ!」


痛む腹を抑え、ふたりでのろのろと入口へ向かう。

もともと近くに陣取っていたため、こちらの動きを見て移動した水川さんはすぐに入口に戻ることができ、こちらにはやくしろと手招きをする。


俺は必死に体を動かしながら、それでも遅々と進まない歩みに歯噛みした。

焦りとの元凶となっている存在に視線を向ける為、後ろを振り返る。


そこには膨れ上がった真っ黒な何かがあった。

沢山の死体で出来上がったそれは、元である死体集めの体積の数倍に膨れ上がり、更に大きく増大させ続けていた。


張り詰めたそれはいまにも爆発しそうで、あの質量がもたらす威力は容易に想像できる。たださえ負傷しているというのに爆発を喰らえばただでは済まないだろう。


気力を振り絞り足を動かす。榊原さんも俺の隣を足を引きずりながら進んでいく。そうか足もやられてたんだなとどこか第三者のような気持ちでいる自分に喝を入れるため頬に平手を入れる。


ボタボタと血が垂れる。どうやら俺はやつの一撃で腹が裂けてしまったようだ。抑えている手からも、精一杯動かしている足にも血が滴って赤い液体が地面に落ちていく。


「二人とも!走ってください!」


「走れたら走っている!」


「俺の、腹が、見えねーのか!」


あまりに真剣にこちらに声援を送る水川さんに対し八つ当たり気味の返しをしてしまうほどに必死だった。残り数メートルのところでついに後ろの爆弾の限界が来たようだ。


『ギギギィィィィ!』


限界を迎えた死体集めの骸は、張り詰めた音を響かせる。そして突如として音が止まり、一瞬の静寂が訪れる。


ずるっという小さな音が静かに一つ。


そしてダムの結界のように溢れかえる死骸の濁流。


ルーム内を死肉に溢れさせ、その物量は壁を容易く削る。


盛大に溢れかえった死肉が入口から飛び出し壁に当たってから通路に流れる。壁に当たったことで大きく勢いを減衰させた死肉は、通路に転がる三体の塊に降り注ぎ、その体をぬめりとした感触と腐臭で包んだ。



俺と榊原さんは間一髪のところで退避が間に合った。そして俺達二人を強引に引っ張って通路に投げ出し、そのまま俺達の横に寝そべって破裂攻撃を回避して見せた水川さんの功績は大きいだろう。

「ウプ、くっさ。」


「女子がそんなはしたない言葉を、と言いたいところだが、くっさ。」


「・・・・・・ちょっと、締まりないなぁ。」


最後の最後でとんだことになってしまったが、ともかくこれで一安心だろう。

武器をルームに中に残してきてしまったが、安心した瞬間、体が動かなくなった。


瞼が重く、開けてられそうもなくて、そっと閉じる。


瞼の向こうで何か焦った声が聞こえたが、内容を理解する前に俺の意識は飛んでしまった。


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・ダンジョン攻略進捗状況

『不知火勝利』

 到達深度  →一階層全域

 討伐関連  →ゴブリン・蜘蛛ゴキ多数・アルマジロもどき5匹・死体集め1匹

 レベルアップ→1アップ! ※現在Level.3

 スキル   →斧術・剣術:タイプ『刀・短剣』・暗視・マッピング・****

 称号    →セット『最速討伐』・控え『小鬼の討伐者』『蜘蜚ちひの討伐者』『******』


・攻略状況一覧

 死体集めによる被害が増加する。

 死体集めの討伐者が出始める。

 とある人物がステータスに気付く。


・【最速・最大】保持者追加情報

 『最速討伐』→不知火勝利しらぬいしょうり

 『最大射程』→水川英理みずかわえり

 『****』→柳日向やなぎひなた

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