(1-3)話し合いの末・・・

「ただいまー。勝利-、お父さん来週には帰ってこられそうよー。」


「おかえり。そうかそうか、そしたら俺は父さんと出勤して仕事教えてもらう感じ?」


「そう、なるわね。勝利、ごめんね、ちゃんと学校通わせたかったんだけど。」


「いいって、俺が手伝わないと人手足りなくなるだろ?それに来週まで時間があるならやりたいことぱぱっと終わらせちゃうよ。・・・ああ、それと母さん。ちょっと、裏庭に見てほしいものがあるんだ。」


「裏庭?あ、もしかして畑ダメになっちゃった?父さんいなかったから仕方ないかわよねぇ。」


「いや、それが違うんだ。その、見てもらった方が早い。」


「あらそう?それならぱぱっと行っちゃいましょうか。」


昼前、母さんが病院から帰ってきて父さんと自分の着替えを洗濯かごにいれている最中に話をし、ダンジョンのことを話そうと裏庭に誘う。


靴を履き、ぐるっと家を回って裏庭にたどり着いた時、母さんは固まった。


「ちょっとあんた!こんなに散らかして何がしたかったの!」


物置にあったものをあらかた使って塞がれた入口を見て、母さんが大きな声でそう言った。


「そりゃそうなるか。違うんだよ、ああしないといけなかったんだ・・・その、ダンジョンが、うちの庭に出た。」


誤解を解くためにこの状況を説明する。ダンジョンの一言であらかたの事情は察してもらえるだろう。


「ダンジョン?そんなもの・・・え!もしかしてニュースに出てるあの謎の穴だか何だかのこと!?」


案の定、母さんは少ない情報から俺の言ったことを理解してくれた。結構察しがいい、というかかなり頭の切れる人で助かった。だが流石に自体を受け入れるには出来事が大きすぎたようだ。


「そう、それだよ。用心して中を調べたら、魔物って呼んでいいかわかんないけど、ともかくそういうのが居て、普通に倒せるから害はないけど、けど、その。とにかくそんな感じ!」


ざっとかいつまんで説明する。といっても俺自身これが一体どういったものなのか具体的に説明できるわけではなく、自然と言葉足らずになってしまう。


「・・・とりあえず、あれじゃみっともないから、父さんの会社の人に頼んでて鉄格子でも作ろうかしら。」


「切り替え早!え?なんでそうなるの!?普通通報とかが先じゃないの!?」


突然のことだというのに、母さんは自体をきっちりと受け止めて、やれることの提案をしてきた。さすがに俺も母さんの行動の速さに驚いてしまう。


それから母さんは少し黙ってきっちりと塞ぐための案を話し出した。俺はその切り替えの速さについて行けず、みっともなく口をあんぐりと開けてしまった。


「出来ちまったものは仕方ないでしょうに。それならあんな頼りない感じじゃなくてもっとちゃんとしたもので塞がないと!」


母さんは大して驚いていないようにも見える。やはり外国で見ず知らずの人を口説くくらいの度胸は本物らしい。


「んー、今すぐ厳重にするってのも無理よね。もう、私達で作っちゃいましょうか。道具はそれなりにあるんだし。鉄パイプはたしか会社に一杯あったはずよね。ちょっと電話してくるわ!」


返事をする前に、そそくさと家へと引き返していく母さん。俺はもう拍子抜けするくらいあっさりと終わった報告に唖然としながら、これから必要になるだろう道具たちを取りに物置小屋に向かった。というかこの数日物置小屋を尋ねる回数が劇的に増えたな、これからもいろいろ手に入れたらここにしまうだろうし、増築も検討しなきゃな。


そんなこんなで急ピッチで鉄格子作成が進められた。そして俺の要望を聞き、納得はしてくれなかったものの鉄格子に入口を一つ設けさせてもらった。作業は昼を通り越し、夕方を過ぎ、晩飯の支度を始める時間までかかってしまった。仕方なく今日の探索は諦めて、ごはんが出来上がるまで勉強に励み、母の呼ぶ声を待ったのだった。


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晩飯を食べ終わり、筋トレとランニングを済ませた俺は、ささっとシャワーに入り、ダイニングテーブルでビール片手につまみを食べながらテレビを見ていた母さんの向かいに座った。


「あら、どうしたの珍しい。いつもならこの後も勉強の時間じゃなかった?あんたはあんまり心配ないけど睡眠はしっかりとるのよ。」


「それは大丈夫。それよりも昼間話せなかったことを話そうかと思って。」


「・・・その腕のこと?なんて書いてあるかまではわからなかったけど、刺青を入れたのかと思ったわ。・・・でもそれ、火傷、よね?」


腕のこれにはもう気づいていたみたいだ。なら話は早い。


「まあ、そうだね。実際かなり熱かったし。でも自分で焼いたわけじゃないんだ。見てもらった方が早い。」


そうして俺は腕を突き出し、前腕の内側に記された文字群を母さんに見えるようにした。


「Level.1?なにこれ?」


「一昨日、あのダンジョンから出てきた生き物、たぶんゴブリンってそのうち呼ばれると思うだけど、そいつを倒して、いや殺したら腕に焼ける痛みと一緒に現れたんだ。その時同時に全身に痛みが走ったんだけど、そしたら体が強くなった。体の太さとかは変わらないけど、ほんとに筋力がちょっとだけ増したんだ。自分でもびっくりしてる。それで、その・・・・・・俺はダンジョンに潜りたいって考えてるんだ。そうすれば、そうすればまた俺は成長できる気がする。剣心も、あいつも、それ以外の俺よりすごいやつらに勝てる、かもしれないんだ。無駄だって解ってるんだけど、それでも勝たなきゃ気が済まない。勝ってそれからどうするか決めたいんだ。だから、お願いします。俺がダンジョンに潜ることを、許してください。」


「・・・はぁ、本当だったら、勝利のこと心配して止めなきゃいけないのよね。でも、あんたが悩んでたこと知ってるから。こんなに希望に満ちた目で見られたら、断りづらいじゃないの。まったく、父さんに似てずるいのね。・・・仕事のことはもう少し私が調整してあげるから、一か月よ。一か月、何も成果が出なかったら諦めなさい。もちろん、勉強の方も疎かにしたら許しませんからね、馬鹿には育てたつもりは無いんだから。学校に通わせられない親がこんなこと言っても説得力に欠けるかもしれないけどね。」


「いいんだ。俺も、そのうち実家のことは継ごうと考えてたし。それよりも仕事の方は本当に大丈夫なの?俺が手伝わなきゃいけないくらい切羽詰まってるんじゃ?」


「ああ、そのことならぜん・・・ごほん!そのことに関しては心配しなくていい!何とかするから!新しい求人でも出してみるし、父さんにももう少し無理してもらって新人教育くらいはやってもらうわ。本人もデスクワークは嫌がってたしね。」


そうか、それなら安心だ。しばらくはダンジョンに集中出来る。最悪失敗しても無職になることはないし・・・・・・いや、失敗はしない。俺はもう誰にも負けたくない。もちろん、自分の甘い部分にも。よし、気合い入れて、やってやる。


「ありがとう。きちんと自分に折り合いがついたら、また母さんに報告するよ。それじゃ、明日早いから今日は寝るね。・・・あ、それと表に出てきたゴブリンはしっかり処理しといたから。かなりがっつり穴掘って埋めた。将来謎の人骨発見って騒がれるかもしれないけど、その時はその時で。それじゃ、おやすみなさい。」


「はい、おやすみ。今日はゆっくり寝なさい。」


こうして話し合いの末、俺の気持ちを汲んでくれた母さんから許可を貰った。猶予は一か月。ダメだった時はきっと母さんは警察に報告するだろう。そしたらきっとあのダンジョンには潜れない。俺の身を案じてくれるのはありがたいけど、それでも俺は負けたまんまじゃ踏ん切りがつかない。やってやるんだ、その思いを胸に明日に備えて布団に入ったのだった。


____________________________________________________________


一夜明け、俺はダンジョンに向き合うようにして、一人佇んでいた。


日課のランニングを終わらせ、朝飯を平らげ、一昨日探索して分かった分を地図として紙に書きこんだ。そしてそれをを手に持ち、一人考える。


「分岐は左右に6回。やっぱり中で俺がゴブリンを倒したからか、外にゴブリンが出てこようとする感じもなかった。安全のためにも俺が潜っていた方がいいのかもしれない。今回は右の分岐の先すべてをある程度調べることにしよう。明日は左を。そんでもって明後日は右のその先へ、大体こんな感じでいいか。情報を自衛隊に売るのもあり、ふふ、ちょっとワクワクしてきた。・・・ポチ!留守番は任せたぞ!」


ポチを撫でまわしてから俺は鉄格子をギギギと開け、奥へと進んでいこうとした。


「ちょっと待ちなさい!あんた鍵かけないでどうするの!」


ベランダから体を乗り出してそう叫ぶ母さん。危ない危ない、何のために鍵を作ったんだか。内側から手を回して南京錠で施錠する。鍵は俺が持っているのでゴブリンたちが偶然開けることはない。


さて、改めて出発!


「気を付けないさいよー。」


「あいよー。」


母さんがわざと気負いのない風にして声を掛けてくる。

俺もそれに応える為、勤めて普段通りの言葉を発し、一歩踏み出した。

こうしてダンジョンアタック二日目が開始することとなる。


しばらく直進し、最初の分岐を右へ。どうやら罠らしきものは無く、慣れもあって前回よりは少し歩みが早い。自分の進んだ方向や距離などを細かく確認し、地図と照らし合わせて歩いていく。そうすると次の分岐が現れたので今度はそれを左へ。ここからが俺の知らない道。やはりその他の道と変わらない仕様の通路に俺は安心する。罠らしきものは見当たらないので少し早めに進んでいく。罠を気にしなくなった分、ゴブリンや、もしかすると存在するかもしれないその他の魔物への警戒に神経を集中できる。


そうしてランタンの明かりを頼りにしっかりとした足取りで進んでいくと、本日最初の出会いがあった。


「キシャシャシャ。」


何とも言えない鳴き声を上げ、壁を這うようにして複数の敵影が。


「おっと!危ない。蜘蛛?ゴキブリ?何とも言えない造形だな!」


八本の足を自在に操り、その背中に複数の目を付けた、真っ黒いゴキブリのような胴体をした魔物が三匹現れ、俺めがけて壁を蹴って跳躍し襲い掛かってきた。


持っていた斧で一匹ずつ弾いていく。刃で捉えたはしたが軽い一撃ではその外郭を貫けはしないようだ。傷はついているものの、対して深くはなく、煩わし気に体を振るい、三匹ともが再度俺に向かって飛び掛かってくる。


「ちっ、やりづらい!立体起動はお手の物ってか!」


床や左右の壁だけでなく天井まで使って縦横無人に跳ねまわり俺に鋭い牙を突き立てようとする蜘蛛ゴキ。足と背中に着いた複数の目以外はゴキブリのそれだ。ただし体の大きさは5歳児ほど。それが三匹、絶えずさまざまな方向から襲い掛かってくる様は恐怖を感じても不思議ではない。


「だからって、俺がっ、躊躇わないとっ、思うなよ!」


避けられるものは避け、それ以外を斧で叩き落していく。恐怖は確かにあるが、それでも俺はお前らを倒して糧にするって決めたんだ。だから、ありがたくその命、頂戴するぜ?


何十回目かの回避の後、ある程度パターンを掴んだ俺は次に蜘蛛ゴキが飛んでくる方向を予想し、そこめがけて渾身の力を込め斧を横なぎに振るう。


「キギャギャ!」


ぐちゃりと確かな感触が斧を伝い、それを俺の腕が感じ取った。刃の半ばまでその体を真っ黒い胴体に埋め、勢いが止まる。そこからさらに力を込め、もがく獲物ごと、牙を突き立てようとする次の蜘蛛ゴキに向け斧を振り下ろす。


ズゴッ!ドチャッ!


半ばまで埋まっていた斧がその体を断ち切り、そしてその勢いのまま下にいたもう一匹の体に食い込んでいく。少しばかり軌道が逸れ、足の付け根辺りに当たった斧は八本あるうちの片側二本がついているあたりをカチ割り、胴体の一部と足を切り離した。


「あらよっと!」


最後の一匹が意識の外、斜め後ろから腹めがけて体当たりしようと足を曲げ跳躍の力を溜めるその瞬間。それがくると予想していた俺は腰から素早く短い鉄パイプを抜き、勢いそのまま投擲した。まっすぐ飛んでいく鉄パイプはしかし蜘蛛ゴキのすぐそばに着弾。素人としてはそれなりに狙えた方だと思うが惜しくも当たらず。だが跳躍の牽制となったことで俺が距離を詰める時間を稼げた。


すぐさまランタンを地面近くで手放し、遅れて飛び掛かってきた蜘蛛ゴキの足めがけ振り上げの一撃を喰らわす。関節を狙った一撃はきっちりと数本まとめて足を切り払い、空中でバランスを崩した蜘蛛ゴキはきりもみしながら俺の横を通り過ぎどさっと地面に落ちる。


壁に突き刺さったパイプを抜き、再度しっかりと振りかぶって投擲。今度はしっかりと胴体を射抜き、起き上がろうとした最後の一匹を地面に縫い付け、その口が付いた頭部らしき部分を万力のごとく力を込めて踏み抜く。


ビチャッっと辺りに体液をまき散らし事切れる蜘蛛ゴキ。そうして先ほど足と体の一部を切り分けられた蜘蛛ゴキに同じように止めをさして、戦闘が終了した。


「ふぅ、初めての敵だったけど、普通に弱いな。一般人はともかく、これくらいなら自衛隊も余裕だろう。」


もしかしたらもっと深いところまですでに進んでいるかもしれないな。どうにかして自衛隊にツテを確立しないといけないかもしれない。そうすればより良い情報を得られる可能性も出てくる。


「にしても、蜘蛛ゴキじゃあれか。なんかいい名前つけないと。」


俺は死体が複数転がっているのをみてそう考える。これから相対していくのに蜘蛛ゴキじゃ締まりが無い。


「蜘蛛、スパイダー、ゴキブリ、コックローチ。うむぅ。」


ちっ、案が全く浮かばない。スパコク?スパイコック?ああ変な方向に。


「仕方ねぇ、足蜘蛛ゴキブリ、いやフットスパイダーコックローチだな。短く呼ぶときは普通に蜘蛛ゴキでいいや。」


自分の命名力に呆れつつ、そのほかのことに思考を向ける。

そういえば一昨日のゴブリンの死体とかはどうなったんだろう。腐臭とかはないし、そもそも帰り道に見かけなかったな。仲間のゴブリンがどこかに運んで埋葬した?いやぁ、そんなことするような奴らに見えない。おおかたフットスパイダーコックローチが美味しく頂いたとかそこら辺だろう。


「よし、切り替えて進むかぁ。斧の調子は良好。そのうち刃こぼれもするだろうし、砥石買わないとな。あ、お金ねーわ。ま、とりあえず今は探索探索っと。」


再び歩みを進める。分岐に当たったのでそれを右に曲がった後、通路が不自然に開け、20畳ほどのスペースが顔を見せた。


「おうおう、随分とたむろしてるじゃねーの。」


入り口付近は少し盛り上がっていて寝そべれば身を隠せるほどの高さだったため、中を確認するために伏せ、様子を伺った。もちろん、部屋が見え始めた時点でランタンの光をタオルで隠している。あまり長時間これをやっていると引火しかねないので素早く行動することにした。


そして目を凝らして見ると中に大量のゴブリンが集まりなにやらもぞもぞと動いているではないか。これは流石に対処しきれないかもしれない。


「はぁ、何考えてんだ、たく。」


俺は引き返したほうが良いとわかってるのに、どうしても己の腕、そのうち側へと視線を向けてしまっていた。


Level.1


そこには黒く隆起した跡で、その文字が描かれていた。5匹のゴブリン、そして蜘蛛ゴキを3匹。都合8体の魔物を倒したのにもかかわらず、俺のレベルは上がることはなかった。後1匹倒せば上がるのか、それともまだまだ先の話なのか。一切の予想が立てられないこの状況で、目の前のゴブリン達が格好の獲物だと思ってしまう自分が、いる。


死ぬかもしれない。けどこのままじゃ埒があかない。俺はそこそこ強いと自負してる。天心一刀流の免許皆伝だってもらった。刀だけでなくさまざまな武器を使いこなすことを要求される流派。名前騙しの天心一刀流は、その可笑しさに反して、とても奥が深く、何より実戦向きだった。俺は普通の剣道よりも魅力的と感じ、剣心がいたこともあってこの道に進んだ。そして得た力が、俺を使えと訴えかけてきている気がしてならない。


「ふん!いいぜ、何体だろうとかかってこい!」


俺は迷いを強い心で吹っ飛ばして、勢いよく立ち上がると広い部屋、ファンタジー風に言うとルームに堂々と足を踏み入れた。


ランタンから布を外し、煌々と燃える火がルームを照らす。見えた光景は意外なものだった。


小さい咀嚼音がしんとなったルームに響く。さっきまでは考え事をしていて気づかなかったが、どうやらやつらは集団で食事をしていたようだ。それも、すばしっこい蜘蛛ゴキを。まだ食事を始めたばかりなのか、食材はまだ原型を保っていた。そいつらの体には見覚えのある傷が。


「おいおい、お前ら俺が倒した蜘蛛ゴキ食べてやがったのか。どうだ人様に頂いたタダ飯はよ!」


斧で強引に切り裂いた個体や、俺が頭を潰した個体にゴブリンたちは群がっていたのだ。それをネタに、通じないだろうが煽りを入れる。天心一刀流奥義、初手煽りをかます。もちろんそんな奥義はないのだが。


ざっと見回しただけで20はいるゴブリン達が、俺の声に侮蔑を感じ取ったのか奇声をあげて怒りを露わにする。


「はっ、一丁前に怒ってやがんな。集団で1人相手に馬鹿にされて何もしないのか?うん?さっさとかかってこいよ!」


盛大に啖呵を切って、戦闘が開始された。


わらわらと物量で押し潰そうと、我先に俺へと向かってくる様は短絡的な思考だなと言う感想を抱かせた。


てめーら、俺が斧だけしか使わないと思うなよ!


ランタンを背後に置き、体のひねりを加えて斧を投擲する。ブンブンと回転し、先頭にいたゴブリンの頭蓋骨を粉砕した斧はその勢いのまま後続にぶち当たった。


先制攻撃を仕掛けられたゴブリン達はしかし、仲間の様子を気にせず、揉み合ってる連中を避け、左右から挟撃の陣を敷く。


「はっ!行くぜ鮪切!」


居合の構えから一気に振り抜く。右側、間近に迫っていたゴブリンの一体が首を綺麗に切られ、死んだことを理解せぬまま体だけこちらに数本進んで倒れる。それを気にする間も無く返す刀で左側のゴブリンを袈裟懸けに切り裂く。鮪切の初陣は、ゴブリンの血を浴びて紅く輝いた。


次の獲物へ目を向ければこん棒を振り上げ三体がほぼ同じ距離に近づいていた。冷静に一体のこん棒を躱す、必然正面から同時に襲う形の三体は俺が引いたことによりさらにお互いの距離を縮め、こん棒を振るう隙間を自ら失う。一歩引いたことで半身となった俺は体をひねり水平斬りを放つ。反射的に腕を掲げたゴブリンも、間に合わず反転しようとするゴブリンもまとめて撫で斬りにし、吹き出る血を躱してその三体の横を右に抜ける。


戦場を俯瞰してみれば、三体の死体に群がっていたためか、3つの大雑把な塊が出来上がっていた。そしてそいつらが一斉に視線を俺に集め直し、進む方向を変える様は激しく恐怖を誘うもの、なのだろう。だが、俺には通じない。


「こっちだ馬鹿野郎!」


ルームの壁に沿って大きく回り込むようにして走る。ゴブリン達はあいも変わらずただ後を追うだけだからむしろやりやすい。


そしてそこで反転。先頭、そして後続の4匹を次々に斬りつけていき、後ろに2度飛び、ルームの中心に降り立つ。もうすでに数体の仲間がやられている現状で、なおも興奮状態を継続させるゴブリン達。ルームがそうさせるのか、はたまたいっちょ前に人間様の真似をした集団心理的な行動なのか。どちらにせよ関係ない。俺は転がる死体に突き刺さる斧を抜き、刀と斧の二刀流で構える。


「いきってねーでかかってこいや!」


「ギギャウ、ギガガギギャ!」


「ギャウ!」


壁際に意図せず並べられたゴブリンたち。そのうちの一体、一番体格的に優れている個体がなにやら指示を出し、それに応える声が上がる。そうしてこちらの様子をうかがいながら、傷ついた個体が前、健康な個体が後ろという陣形を取った。


「へぇ、いっちょ前に肉壁かよ。それに従うってなると、それなりの統率力もあるわけだ。お前、上位個体か?」


そんなことは一切俺には関係ない。現在残っているゴブリンは全部で14体。そのうち2匹の前衛5匹の後衛という構成で2部隊。そのうち片方にボス個体が1匹。上等だ、そんなぼろい武器と裸同然の壁なんてあってないようなもの、人間に慣れてないおかげで楽に戦闘が運べる。おいしく経験値になってもらうぜ。


斧を前に、鮪切を後ろに引いた状態で半身になる。疑似的な盾として斧を運用し、鋭い一撃を加えるための構え。やつらを揺さぶるように斧や視線を左右に動かす。


「ギ、ギギャギャラウ!」


しびれを切らし、左右から挟むようにして走り出すゴブリンたち。練度が低く、若干右側の部隊が遅れている。付け焼刃の連携は穴があってあしらいやすい。これなら天心道場の連中が組んだ方がよほど手ごわいだろう。


左、前衛の1匹が血を流しながらも体に食らいつこうと捨て身のタックル。俺は頭部に向けて斧をすくい上げて迎撃。撫でるように刃を滑らすことで次の動作へ間断なく移ることが出来る。そしてその横合いから迫るもう1匹のゴブリンに対して振り下ろしの牽制。空振りするも足止めにはなったようだ。そしてそのゴブリン2体が肉壁となったことで後衛の5体は身動きが出来ない。そうしてできた一瞬の隙にゴブリン集団の左側面に移動。5体が並ぶようにして立っているところに渾身のタックル。


「うぐっ!」


5体分でも十分押し切れるほどに膂力はあったが、接触しているゴブリンがジャケット越しに噛みついてきた。予想外に強い顎の力に驚き、鈍い痛みが走るも、動作に支障はない。構わずもう一押し、腕の力で突き放すようにして押す。玉突き事故のようにもみくちゃになりながら倒れていくゴブリンたち。牽制により動きを止めていた前衛のゴブリンが動きの隙をついてこん棒を力任せに振るうが斧で弾き返し、逆にできた隙を右手に持っていた鮪切で一刀両断。斬り飛ばされた腕が宙を舞う中、俺は倒れたゴブリンたちを無視し右側に展開していた部隊へ対峙する。


「ギギ、ギャウギギャウ・・・!!」


味方が簡単にやられたのを警戒して歩みを止めるゴブリンたち。ならばと、斧を後衛中央の1体へ向けて投擲。左右を挟まれたそいつは身動きができず、腹に深々と斧が突き刺さり絶命。前衛は飛んできた斧に怯み、それらを回避してこちらへ足を踏み出そうとする後衛の4匹の動きをそれぞれ冷静に捉え、そのまま突撃し、今度は前衛の片方に鮪切の切っ先を向け深々と突き刺し地面に縫い付ける。もがき、口から血反吐を吐く姿を視界に収めつつ、素早く次の行動に。


「ギュボ!!」


腰から鉄パイプを引き抜き逆手に持ってもう片方の前衛に突き刺す。脳を破壊されたゴブリンはくぐもった断末魔をあげ、目玉からもろに頭部を貫通した鉄パイプは血を吹き上がらた。横を迂回している最中の後衛2体に大量の血液が浴びせられ、血しぶきを浴びたことによりゴブリン達は目を閉じたので、その隙に倒れているゴブリンから斧を引き抜き、両手持ちの渾身の一振りで頭部から股下まで叩き割る。そして二つの肉の塊となったそれを中央から押しのけ振り上げの一撃。頭部にもろに当たったゴブリンは顎から頭頂部までの深い切れ込みが出来上がった。


「ギャウ!!」


と、そこで後衛の残り2匹のゴブリンが俺に組み付いてきた。背中に1匹、足に1匹それぞれ飛びついたようで今まさに噛みつかんとしその口を大きく開く。


「しゃらくせぇ!」


斧を手放し肩口と膝上あたりにあるそれぞれの頭部を鷲掴みにし力任せに体から剥がし、地面にそれぞれ打ち付ける。かなりの力を入れたので柔らかい果実のようにぐちゃっと地面に赤いシミを描いた。べっとりと濡れてしまった手をジャケットで拭い、こちらへ向けて先ほどまとめて押し倒したゴブリンたちが接近してきていたので俺も斧を拾いつつ正面から向かっていく。


「あら、よっと!」


「ギャオウッ!?」


勢いそのままジャンプをかまし、後ろの連中の中に飛び込む。着地の際、一体を下敷きにしたのでそのまま足をずらして首の骨を折りつつ、開く形となった足でしっかりと重心を安定させ、体を一気に回転。遠心力の乗った斧の一撃が左側の一番近い位置にいた一体をその凶刃の餌食にし、体を喰い込ませたまま纏めて二体を薙ぎ払う。グチャ、ドチャと斧がゴブリンに当たり、斧に捕らえられていた体を断ち切り次の個体へと刃が食い込み、そしてまた次の個体に当たり同じようにしてその体に刃が突き立つ。残り2体。


「ガァァァアアアアア!!」


背後から怒気の籠った咆哮が響く。どうやらボス個体が残ったようだ。とりあえず挨拶代わりに斧を引き抜いた延長線上でその柄頭を強かに打ち付けた。顔面に強打を喰らったボス個体は数歩後退し膝をついたので、その隙に残ったもう1体に蹴りを入れる。そうしてバランスを崩したところで足払いを掛け、仰向けになったところで、断頭。完全に首を断ち切り、ごろごろとその頭部が地面を転がる。


「グググ、ギギャウ?ギャガギャギャウ?・・・ギギャァァァアアアアア!!!!!!」


死屍累々の様相を呈したルームを見渡し、ボス個体が吠える。俺は最後の一体となったそいつにしっかりと向き合い、ボス個体も手に持った石剣をこちらに向け、怒気の籠った眼差しを向けてくる。


「てめぇのその剣は見掛け倒しか?ちっとはボスらしく覇気込めてみろ!!」


「グギャァァアアアア!!!」


互いに気合の込めた声を上げ、一瞬の静寂の後、堰を切るようにして一歩互いに踏み込み、両者の間合いが重なったところで武器を振るう。


石剣と斧が交差し、力や武器の重量差で俺の斧が大きく石剣を弾いた。だがボス個体もそこで隙は晒さない。しっかりと武器は手放さず、更に一歩踏み込み、石剣を強引に引き戻しながら斧を振り上げた状態の腹を突き刺そうとその切っ先を向ける。俺はその石剣を斧の柄頭で叩きつけ、狙いをずらす。腹をかすめるようにして通り過ぎていく石剣をしり目に、空いた左手で右ストレート。右頬にさく裂した拳、しかし、ボス個体は意地で踏みとどまり、石剣で切り返してくきた。


「ぐおッッッ!」


咄嗟に左手でガードし、切れ味の悪い石剣は骨に当たってその勢いを減衰させた。

今はアドレナリンで痛みもさほど感じない、その間に一気に蹴りを付けさせてもらう!


「どりゃぁぁぁああああ゛あ゛あ゛!!!」


腕を勢いよく振り払い石剣を骨で弾き返し、その勢いを利用し、遠心力をたっぷりと乗せた一撃を放つ。


「ギッッッ!!」


深い傷をつけたことで油断したのか、はたまた肉体が傷つくことも恐れずに反撃してくると思っていなかったのか、ともかく隙を晒したボス個体は防ぐ動作が間に合わず、結果頭部が胴体に永遠のお別れを告げた。最後まで憎々し気な目をしたまま地面を転がるボス個体の頭部。残念だったな、負けたのはお前で勝ったのは俺だ。生まれ変わってから、出直すんだな。


「ぐっ!」


戦闘が終了し、ルームで動くものが俺だけになったところで、遅れて両腕の痛みが俺を襲う。焼けるように痛みを訴え、ってあれ、切られたの左腕だよな。どうして右手も!?


咄嗟に右の前腕を確認すると、そこにはLevel.2の文字が。

そして変化はそれだけではなかった。腕から広がるように体に痛みが走り出したのだ。最初のレベルアップの時ほどではなく、我慢すれば動き回れる程度のものだったが、それでも痛いものは痛い。しかしそれを気にする間もなく、続いて起きた現象に度肝を抜かれる。


「嘘、だろ?どういう理屈だよ・・・。」


左腕を見れば、深々と付けられた傷がみるみる内に塞がっていくではないか。それだけではない。ジャケットを脱いでみれば、噛みつかれた跡が内出血になっていたのだがそれも見る見るうちに治癒されていく。


そうして一瞬のうちにすべての傷が完全に治療され、ピンクの跡が少しある以外は完全に修復された。


「ははは、こりゃ、流石にビビるぜ。狙ってやれないとはいえ、これからも助けられる日が、来るかもしれないな。」


こうして俺の初の対集団戦が無事勝利に終わることとなった。

流石に疲れたので重い体を引きずりながら帰路に着く。帰ったらさっさと寝よ。

あ、その前に勉強だな、そこはきっちりとせねば!


満足感に浸りながら、俺はダンジョンを後にするのだった。


____________________________________________________________


ルームから去っていく勝利。

その背後からルームに漂う何かがするすると近づいていき、おもむろに勝利の全身へと吸い込まれていった。よくよく観察してみれば、斧と鯨切と勝利の纏う服に均等に吸い込まれていく何か。


それはダンジョン内特有の薄暗さによって勝利の目には届かなかった。


____________________________________________________________


・ダンジョン攻略進捗状況

『不知火勝利』

 到達深度  →一階層・右方ルーム

 討伐関連  →ゴブリン20匹・蜘蛛ゴキ3匹

 レベルアップ→1アップ! ※現在Level.2

 ***   →なし

 **    →『****』『**の***』


・攻略状況一覧

諸事情により自衛隊がようやくルームを確認。

不知火勝利に一歩遅れる形でルーム内を制圧。


・【**・**】保持者追加情報

 new!『****』→不知火勝利しらぬいしょうり

 new!『****』→水川英理みずかわえり

 new!『****』→柳日向やなぎひなた

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