最終話 カミ様のライト



 彼の声が聞こえなくなった。最初は寝ているのだろうと思っていたのだが、数日も聞こえてこなくて、声自体が聞こえなくなったのだと気づいた。

 ホッとしたと同時にどこかさみしさを感じた。

 彼が僕の創った物語の登場人物だと気がついて僕は混乱した。信じたくなかった。


 彼の声を聞いていたくないと思った。


 机に出していた彼の物語が綴られているノートを閉じて、引き出しの中へとしまい込んだ。

 たぶん、それが原因なんだろう。

 非日常が日常に戻っただけのこと。僕はベッドに入ると布団にくるまった。



***



 また、ダメだった。


 扉を開けて暗い部屋の中へと入る。スーツのまま倒れるようにベッドの上で横になると大きなため息をはいた。


––––ため息なんて、幸せが逃げるよ


「ライト––––……っ!」


 顔をあげてあまりの暗さに驚いた。いつのまにか寝てしまっていたらしく、外はすっかり暗くなってしまっていた。彼の声が聴こえたと思ったが、それも夢の中のことなのだろう。


「…………はぁ、電気つけるか」


 ギッとスプリングが鳴るのを聞きながら立ち上がる。電気のスイッチをつけようと手を伸ばして、やめた。

 僕はゆっくりと周りを見渡す。

 カーテンで仕切られた室内は暗く静かで、少しだけひんやりとしている。


––––ボクは、真っ暗なとこにいるよ。暗くて冷たい場所


 彼がそう言っていたのを思い出した。薄っすらボンヤリとそこに物があるのはわかる程度の暗さだ。彼の言う真っ暗とはほど遠い。

 僕は、床に座ると膝を抱えて目を瞑った。真っ暗で何もみえない。

 暗くて、静かで、つめたい。


 彼はずっとこんな所にいたのだろうか。こんな場所からあんなにも明るい声で話しかけてくれていたのだろうか。


 そして、今もこんなにさみしい場所ところにいるのだろうか。


 ゆっくりと目を開き、立ち上がる。スイッチを入れて明かりをつける。机へとゆっくり歩き、引き出しからB5のノートを取り出した。


「…………書くか」


 ペンを手にとって途切れた文字に一文字つけたして––––––––とめた。親の顔がちらりと頭をよぎったのだ。

 頭を横に振って、ペンを置こうとした。その時––––……。


––––やめちゃうの? カミ様


 声が聴こえた。


 僕は思わず天井に視線を向ける。キョロキョロと辺りを見回しながら、おそるおそる呟いた。


「……ら、ライト?」


––––そうだよ、ボクだよ。やっと繋がった。ねぇ、カミ様。いま一瞬ね、空が見えたの。森が見えたの。だけど、消えちゃった。


「そうか……」


 やはり、彼はこの物語の登場人物らしい。


「そのカミ様ってなんだ? どうした?」


––––カミ様は、カミ様だよ。そのままの意味。ねぇ、カミ様、どうしてやめちゃったの?


「やめちゃったって、何をだ? 僕は別になにも––––」


––––わかってる。君は僕の……ううん、ボクたちの創造主カミ様だってわかってる。一瞬だけみえたボクの世界は、カミ様がまた書こうとしてくれた証でしょう!?


 もう誤魔化せない。僕は小さな小さな声で「あぁ」と頷いた。


「もう続きは書かない。就活もあるし、誰も望んでない話なんて書いても」


––––違うよ! 違うよカミ様。誰も望んでないなんて、そんなことないんだよ。


「誰が、誰がいるって言うんだよ! 僕の小説なんて投稿しても埋もれて、埋もれて、誰にも読まれない……それじゃあ、意味がないんだ」


––––ボクがいる。


「え…………?」



––––話の続きが一番欲しいのは、読者でもカミ様でもない、ボクたちなんだ!! だから……もう一度書いてよ。ボクの未来を、光をちょうだいよ


 彼の言葉が、宝石のようにキラキラと輝いて散らばる。きらめきに僕の視界がひらけた気がした。


 何者にも明るく、太陽のように照らす光。希望の光。


「はは……作者までも、照らしてしまうのか」


 なんで彼と繋がったのか、今ならわかる。彼は、暗闇にいつまでも迷っている作者に光の道標を与えにきたのだ。


「––––––––。ありがとう」


 僕はペンを握りなおす。今度は黒いインクで彼の未来への道を綴るために。

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カミ様のライト 六連 みどり @mutura

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