第五話 ボクのできること



 ハヅキにボクの声が届かなくなった。急なことだった。わけもわからずボクは混乱した。またこの冷たく真っ暗な空間でひとりになってしまったとコワイバケモノから自分の身体を守るように膝を抱えた。


 目をつむり、思い出すのは今までのボクのこと。


 母がいなくなり、父がいなくなり、ボクの手に残ったのは毛の生えた小さな小さな手。いなくなったのは名前の呪いのせいだと誰かから聞いた。うっすらと顔はわかるのにそれが誰なのかはわからなかった。

 あの頃から少しだけ大人になったボクになら、なんで顔を覚えていないのかなんとなくわかる。


 全部名前の呪いのせいだ。名前はただつければいいってもんじゃない、名前を誰かに呼ばれて、ボクを––––だと認識されて初めて意味のあるものだった。


 だからボクがこの呪いを解く方法を探しに旅に出た。

 でも行きついた先にあったのは真っ暗で何もない空間だった。呼んでも誰も答えない。色とりどりの植物もない。隣にいたはずの相棒もいない。


 ひとりきり。


 ひとりきりになった。


 暗闇の中で見つけた光は、ボクにとって希望の光だった。彼の姿は、彼の声はボクを唯一救ってくれる救世主メシアだった。

 それなのに、彼の声すら聞こえない。ボクの声すらどどかない。


 また、ひとりきり。






 わけがわからないなんてウソだ。

 本当はわかっている。なんでこうなったのか。どうしてこうなったのか。彼はどこにいってしまったのか。



 ボクは何者なのか。


 信じたくなかった、信じられなかった。事実から逃げたくてわからないフリをした。だってそうだろう?


 今まで生きていた世界は作られたもので、ボクという存在は物語の登場人物にすぎないなんてそんなの信じられない。

 性格も感情もなにもかも作られたものだったなんて。自分が選んで歩んできた人生が実は誰かの手によって描かれたものだなんて、そんなの、そんなのって。


––––ウソだ。


 彼に書いてもらわないと冒険の続きもできない。彼がボクの世界を作ったならば、彼はボクの世界のカミ様なんだろうか。

 ならば彼が物語の続きを書いてくれないとボクはずっと真っ暗な空間でひとりきりだ。希望がない。彼の声も聞こえなくなったのは書くのを諦めてしまったのだろう。未来なんてない。

 ボクには何もすることができない。


《––––ほんとうに、お前は何もできないのか?》


 ハッとして、ボクは顔をあげた。相棒の声が聞こえた気がした。いや、違う。周りは相変わらず誰もいない。あまりにも鮮明に覚えているせいで、彼の声ごと思い出してしまったらしい。見た目と違って低く威厳のある声色がまた頭に響く。


《できない、無理だと決めつけて行動する前に諦めてしまってはいないか? 諦めるな。諦めるなら、思いつく限りのことを全てやってからにしろ!》


 名前の呪いのせいで家族がいなくなったとき、何もせずにボーッとする日々を過ごしていたボクに相棒がかけてくれた言葉。

 声が聞こえなくなった。届かなくなった。ボクはそこから切り開くための行動をしただろうか。


 していない。


《もう一度お前に問う!––––のできることはなんだ!》


 ボクのできること。


 ボクは再び短剣を握って何もない真っ黒な空間に突き立てる。何度も何度も。


––––カミ様……カミ様! ボクに未来をください。真っ暗なこの世界に光をください!


 叫んだ。繋がった瞬間にこの声が届くよう。何度も何度も、叫んだ。

 作られた世界だろうが、作られた人生だろうがボクはここに在る。物語の中でボクは生きている。自分の存在を見つけてほしくてボクはずっと声を張り上げていた。

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