第二章 白玉洞(1)

 翌朝、二人はねじり模様のノンパンを食べるとボティルの元へ行った。

 朝早くから傭兵や旅人が斡旋所の壁一面に貼られた多種多様な依頼書とにらみ合いをしていた。報酬、能力、条件、仕事内容と様々な項目と自己を比較していく。見合った内容であるか、好みであるか、遂行できる仕事か。

 その中で、信頼に足る常連の傭兵はボティルから直接話を持っていく場合も多い。そういった依頼は壁に依頼書を貼らずに直接指名した相手に手渡す。シャマルが内の一人だった。

 ボティルは身支度を終えた二人を見つけると手招きし、次に勘定台のすぐ横にいる金髪の中年にも声をかける。白い襟なし服の垂れがちな青い目がボティルに快い返事をした。一目でボティルと気心の知れた仲であることが見て取れる。

「シャマル。こちらがケリシュガン。見ての通りアルトゥン・コイ族で俺の旧友だ。――ケリー、こちらがシャマルとアルマ。若いが腕は確かだ」

 ボティルが巨体を勘定台から身を乗り出してそれぞれに紹介する。

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 互いに握手を交わす。

 アルトゥン・コイ族に多い金色の髪を後ろになでつけていて、瞳は晴れの日の湖のように澄んだ色をしている。無精髭が生えているが、薄い金色は肌と同化して注意深く観察しなければすぐには気が付かない。

 ケリシュガンは身が薄く、筋肉も最小限しかついていない。一見して傭兵のようには見えず、かといって商売人にも見えない。猫背がちな風体が学者のような雰囲気だというのがシャマルたちの第一印象だ。

「シャマルとアルマにはケリシュガンの護衛と品物の護送を依頼したい」

「品物はウシュケ族の白玉洞まで採りに行くんだが、ここまでの帰りが一人では心配でね。今回の品の量、ちょっと多いから」

 ケリシュガンが頬をかく。

 ウシュケ族の自治領といえば、エイク族と、隣接するアルトゥン・コイ族の自治領の背後にそびえる神山サモ・タグを北方に抜けた先にある。エイクとアルトゥン・コイにとって、この神山は己の部族が信奉する霊獣の降臨地だ。

 サモ・タグは急峻だが、巡礼やウシュケ族との交易に必要なため、山道は大きく開かれていて、整備もきちんとなされている。地面の凹凸もこまめに均されていて、初夏の今頃は運が悪くない限り雪崩にも遭わない。麓よりも少し肌寒いきらいはあるが、綿入れを何重に着込む必要はなかろう。勿論、草原を迂回したほうが余分な日数がかかるものの、安全で楽なこと確実なのだが。

「俺は読脈師なんだ。とびっきり綺麗な玉を探し当てて沢山持って帰りたいんだ。報酬に問題があれば現地で玉取引の交渉を手伝うが――」

「いいえ、問題ありません。ボティルの紹介なら安心ですから」

 シャマルはボティルが手渡した依頼書にさっと目を通すと畳んで懐にしまう。

 読脈師というのは、鉱山などで金属の含まれた地層を読む生業だ。知識、経験、勘が揃わないと良い鉱脈には当たらない。鉄や銅を専門にする者も居れば、宝石を専門にする者も居る。全ての鉱石を浅く広く扱う者も居れば純度の高いたったひとつの宝石を当てるためだけに執念を見せる者もある。

「そっか。なら頼んだ。念のため、これが読脈師の免状」

 瑛国の発行した免状には朱色の割り印で「瑛」と両端に押され、ケリシュガンの名前が記載されている。どうやら彼は宝石の専門らしい。ボティルが言うにはその中でも瑛国民が好んで身に着ける玉を見抜くのに素晴らしい眼を持っているそうだ。

「いつ出立しますか?」

 免状を返してシャマルが尋ねる。

「できれば今から向かいたい。何せ採石した後、つやつやに加工するのに時間がかかるんだ。無事白玉洞に着いた後は数日研磨に待たされると思ってくれ」

「分かりました。では馬を取ってきます。ケリシュガンさんは馬をお持ちですか? 借りてきましょうか」

「俺のは外に繋いでるから帰って着次第出発でいいかな?」

「はい」

 二人がとんとん拍子に仕事の行程を決めるのを傍で聞きながら、アルマは黙りながら、心中ではまだ整頓できていない己の荷に思いを馳せていた。

(すぐに、広げっぱなしの荷物を片付けなくちゃ……。シャマルに朝っぱらから叱られてしまう)

 その場が解散になったのを察知して、アルマは小走りで宿屋の階段を駆け上がった。シャマルが乱れた荷に気づいているとも知らずに。

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