第二話 2-8


 当然、その後の展開は分かりきっていた。


 炭酸飲料とフリスクをいっしょに飲みこめば口から断末魔のカニのように泡を吹くくらいに分かりきっていた。


 昼休み。


 ものすごく真剣な顔をしたは、俺を部室棟裏に連れて行きこう尋ねてきた。


「せ、せんせー! 『MGO』ってなに……?」


「やっぱりそうくるよな……」


 まあ……しょうがないか。


 あの飢えたグリーンイグアナみたいな勢いの三Kたちに矢継ぎ早に迫られたら、ワケも分からず知っている素振りをしてしまっても仕方がない。


 ひとまず『MGO』とガチャについて説明すると、は納得したように手をたたいた。


「あ、『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』のゲームなんだ?」


「ああ」


「それでガチャっていうのは……ええと、つまりくじ引きみたいなことをすればいいってことだよね? それでマホちゃんが出れば当たりで……」


「それは、そうなんだけど……」


 ただそのガチャの☆五というのが大問題なのであって……


「?」


 説明するよりも実際にやってみた方が早かったため、とりあえず『MGO』をのスマホにインストールして、立ち上げる。


 ここでリセマラという手段もあるけれど、『光翼をまとうマホちゃん』は期間限定☆五キャラであるため、通常のガチャでは出てこない。


「ええと……それじゃあ、ここを押せばいいんだね?」


 召喚と書かれたボタンをが「えいっ」っとタップする。


 スマホの画面の中に魔法陣が浮かび上がる演出とともに、光が勢いよく立ちのぼる。


「マホちゃん、出るかな……(どきどき)」


「……」


 無邪気に目を輝かせるの前で、まんを持して光の中から出てきたのは……変な目玉のでかいおっさんと、モブ的な特徴のないキャラと、特にレア度の高くない平凡な魔装だった。


「え、な、なにこれ……」


 キャラとよく出る低レア魔装のオンパレードに、が絶望したような声を上げる。


 まあ……ガチャなんてこんなもんだ。


 ☆五のSSレアが出るのは確率にして一パーセント。百回引いてようやく出るか出ないかというレベルだ。しかも実際にはそんなに数字通りにはいかないため、現実にはもっと低い確率だろう。


 なので世の中には爆死があふれている。


『AMW研究会』でもそうだし、SNSなどを見ていてもそこかしこで爆死したっていう話が飛びこんでくる。家賃を全部使い込んだとか、気付いたらクレジットカードの支払額が車を買ったくらいになっていたとか、背筋が冷たくなる話は事欠かない。


 結局ガチャは物量……資金力勝負なのだ。


 だがそこでふと思う。


 ざかさんは超が付くほどのスーパーお嬢様だ。


 きっと月のお小遣いはどこぞのおぼっちゃまくんみたいに二千万円……とまではいかなくとも、それなりのものに違いない。


 いざとなれば、札束で召喚ボタンを押し込めば何とかなるのかも……


 だけどそれとなくそんなことをいてみると、返ってきたのは意外な言葉だった。


「え、わたし、そんなにもらってないよ?」


「え?」


 が口にしたのは、一般高校生がもらっているのとほとんど変わらない額だった。


「だっていくら家にお金があるからって、それは別にわたしが稼いだものじゃないし。仮にあげるって言われても、もらえないよ」


「その通りですね……」


 正論だった。


 ゲスな汚い金持ちみたいな想像をした自分の顔をむしろ金の延べ棒とかで張り倒してやりたい。


「え、でも、ってことはお姉さんは、本当に自力の運だけで当ててたってことなのか……?」


「……お姉ちゃん、こういうのも神がかってるんだよ。ここぞってところでの強運がすごいっていうか、期待された場面では絶対に外さないっていうか……」


「……」


 そんなところまで完璧なのか。すごいな、本当に福の神か何かがいてるんじゃないですかね……


 ともあれこのままではとてもじゃないが『光翼をまとうマホちゃん』を手に入れることはできない。


 何か対策を考えないと。


 物量以外で、札束での殴り合い以外でできる方法を。


 とはいってもそんなものが簡単に浮かんでくるようなら、世の中には爆死者なんて出るわけもないのであって……


「ううん、どうしたもんか……」


「……一パーセントって、九十九パーセント出ないってことだよね……? そんなのもう、それこそ神様にお願いするくらいしかないよ~……」


 が困ったような声を上げる。


「神様、か……」


 ほんと、それでどうにかなるなら五体投地してでもお願いしたい。あるいは変な邪神をあがたてまつる邪教に入信してもいい……


 ……ん、邪教?


「──って、それだ!」


「え?」


 と──そこで思い出した。


 いつものように通学路でふゆいてもいないのに言っていたこと。


『あのねー、「MGO」で狙った☆五を召喚するにはねー、自分の信じるガチャ教に入信するのがいいんだよー!』


 何それ宗教? って思ったけれど、話を聞くと本当にほとんど宗教だった。


 ガチャ教とは、要するにルーティーンというか、特定の儀式のような行動をガチャを引く前にすることによって、目当てのキャラが出てくる確率が上がるというものなのだという。


 正直まゆつばというか都市伝説というか邪教の類だとは思うけれど、今はすがれるものにはどんなわらであってもすがりたい。


 スマホを取り出して調べてみると、思いのほかにガチャ宗教はたくさんあった。


 ざっと見つけただけで、『深夜二時教』。『舞教』。『Wi-Fi教』。『触媒教』。『聖地巡礼教』などがある。


「わ、すごいね、こんなにあるんだ」


「ほんとにな」


 どれだけちまたには爆死がまんえんしているのかがよく分かるってものだ。


「えっと……この『舞教』は……ガチャをやる前に踊ってから回すとお目当てのキャラが出るってやつか~。──よ~し、それじゃあ……」


 何やらが奇妙な動きをやり始めた。


「え、それ何……?」


「キツノンウ踊りだよ。アフリカ奥地の部族に伝わる伝説の舞踊なんだって。この前習ったんだ~」


 ……ニッチすぎやしませんかね。そこは普通に日本舞踊とかでいいだろうに。


 しかしキツノンウ踊りの効果もむなしく、出てきたのはどこかの部族でとうでもやってそうなおっさんだった。いやある意味これは正解なのか……


「む~、だめか~。じゃあ次やってみよ~。ええと、『触媒教』は、ガチャを引く時に出したいキャラと関係のある触媒を用意すればよくて……」


 その後もいくつか試してみたものの、どれも目に見える効果は確認できなかった。


「ん~、うまくいかないね……」


「まあ、あくまでガチャ教だし……」


 信じる者はもしかしたら救われる……かもしれないこともあり得る気がする今日この頃っていうレベルだ。


 やはり邪教に頼ろうとしても世の中そんなに甘くはないということか。


 だけどはまだ諦めていないようだった。


「せんせー、こうなったら……もうこれしかないよ」


「え……?」


「ほら、これだよ、これ! なんか名前からして効能がありそう」


 が目を輝かせながら画面を指していた先。


 そこには……『聖地巡礼教』と書かれていた。






 ・ざかの秘密⑭(秘密レベルB)


 キツノンウ踊りに精通している。


 ・ざかの秘密⑮(秘密レベルB)


 ガチャ運はあまりよくない。

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