第二話 1-8


    0




 それは五月にしてはやけに暑い、ある日曜日のことだった。


 日本一高いスカイツリーの上階にある、てんぼう回廊の一角。


 そこではスマホの画面をのぞきこんで……何やら真剣な表情でしきりにスマホをタップするの姿があった。


「……う~、ねえ、せんせー?」


「……ん?」


「……これ、やっぱり壊れてるんじゃないかなあ? 何回やっても同じようなのしか出てこないんだけど」


「……」


 のスマホをのぞきこむと、画面の中にはずらりと並んだカードがあった。


 基本的に、変な目玉のでかいおっさんとか、全身に拘束具をつけた変なおっさんとか、上半身裸の変なおっさんとか、見た目的に明らかにきわものなラインナップばかり。


 その他にはキャラクターではない武器やアイテムのようなものがいくつか並んでいて、それぞれのカードの下には大抵☆が二つか三つ輝いている。


「……うう……ほんとにこれ、どうなってるの……マホちゃんとか、ピアニッシモちゃんとか、ぜんぜんかわいいのが出てこないよ~……」


「まあ、ガチャってそういうものだからなあ……」


 ソシャゲにおけるガチャの確率というもは、大抵お祭りでよく見る屋台のくじ引き並みに絞られている。


 が欲しがっている☆五つの『光翼をまとうマホちゃん』に至っては、排出率およそ一パーセント。路上で自らの全てをさらけ出す変質者に遭遇するのよりも、がさわらしよとうでウミガメの産卵に居合わせるのよりも確率が低いという恐ろしい仕様である。


 というよりも──そもそもキャラが出てこない。魔装と呼ばれる、キャラが装備するアイテムが全体の半分以上を占めている。


 ちなみにこれは、最初から数えて二十三回目の挑戦である。


 爆死も爆死、目を覆わんばかりの大爆死だった。


「こ、こうなったら、めてたお年玉を崩してもう一回やってみるしか……ここで諦めたらわたしはこの愉快な顔をしたおじさんに負けたことになっちゃうよ……!」


「は、早まるなって! まだこれからサンシャイン60にも行くんだから」


「そ、そうだけど~……」


 放っておくと今にも次のガチャを回してしまいそうな


 そんなをなだめて、改めて辺りを見回してみる。


 日曜日だけあって、天望回廊にはたくさんの人たちの姿があった。


 その大半は地上四百五十メートルの眺めに感心しているか、お土産ショップでご当地グッズを買ったりしているかで、当然のごとく俺たちみたいに血走った目でガチャをしている者の姿はない。


 何だってこんなところでこんなこと(ガチャ回し)をしているのかというと、これにはそれなりの理由があるのである。


 詳しい話は三日前へと遡る──






    1




 朝の教室は、クラスメイトたちのけんそうにぎわっていた。


 普通にだべっているやつ、宿題を忘れていて慌てて友だちから写させてもらっているやつ、朝練を終えてこの時間から早弁をしているやつもいる。


 そんな中で最も目立っているのが、


「やっぱり昨日の『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』はよかったよねー。『MGO』ともリンクしてるところがまたたまらないっていうかー」


「そうですな。あさくら氏の言う通りだと思います」


「心憎い演出でしたよね」


「うほ、神脚本だぜ!」


 ふゆと三Kたちの『AMW研究会』グループだった。話している内容は当然のごとく『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』について。それを周りにいるライト層の〝アキバ系〟たちが聞き入っている。まああれでこのクラスで一番大きなグループだから、仕方ないと言えば仕方ないんですけどね。


 遠巻きにその様子を眺めながら、机の上にカバンを置く。


 と、その時だった。


 教室の入り口から、時価千二百万円の最高級ハープを鳴らしたみたいな声が緩やかに流れてきた。


「──おはようございます」


 一瞬、教室に後光がんだみたいな感覚。


 何だか彼女がいるだけで、辺りの空気が森の中にいるようなさわやかなものになった気さえする。


 ざかさん──だった。


 はきょろきょろと教室を見回した後に俺の方を見ると、にっこりとうれしそうな笑みを浮かべた。


「あ、さわむらさん♪」


 そしてそのまま俺の席に向かってペンギンみたいにとてとてと歩いてきた。


 途端に周りの視線が針のようにこっちに集中する。


「またさわむらか……」「何であんな耳を動かすくらいしか特徴のないやつばっかり……」「ざかさんのペットでも誘拐して脅迫とかしてるんじゃないわよね……?」


「……」


 こうして俺がと仲良くしているのは、ひょんなことからこの学園のアイドルであり有名人である彼女の〝秘密〟を知ってしまったからであって、別にそれ以上の何かがあるわけじゃないのにな。あと脅迫とかしてません。むしろ最初は闇にほうむられて庭に埋められそうになってたのは俺の方です。


 ちなみにその〝秘密〟というのは……


(ねえねえ、せんせー。今日も帰りに『マホちゃん』の原作本を見に行きたいから、付き合ってくれるかな?)


 こっそりと、耳元でそうささやいてくる。


 甘やか吐息とともにふんわりとフローラル系の香りが漂ってきて幸せな心地になる一方、さらに周りからの視線もシュールストレミング系の殺意あふれるものになったような気がしたけれど、それはもう気付かなかったことにしとこう、うん。


 そんなことより〝秘密〟だ。


 ざかの……〝秘密〟。


 それは小さなものから大きなものまで、おはようからおやすみまで、全て挙げていけばそれこそぼんのうの数を超えるんじゃないかってほどあるのだけれど、その中でも現状で最も大きいものがある。


 それは何かというと──


「おお、ざかさん、こちらですぞ!」


「あ、は、はい」


 と、そこで三Kの一人に(大声で)呼ばれて「ごめんね、せんせー、またあとで~」と謝りながらがそっちへ歩いていった。


「おはようございます、みなさん」


「今朝もえですな、ざかさん。昨日の『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』は見ましたかな?」


「あ、はい。とっても盛り上がりましたよね」


「そうですな、まさに前半のハイライトと言っても過言ではないかもしれませぬ」


「興奮してSNSでつぶやきまくったぜ!」


「それにしても……マホちゃんが自分の魔力を持っていないという展開には驚きました。姉であるアキちゃんから借り受けていたなんて……」


「あそこはよく見ればだいぶ前から伏線があるんですよ。知っていますか?」


「あ、それ分かります。ええと……確か、二期前の第七話のBパートのところですよね?」


「そうですそうです」


「さすがざかさん、まるで調べてきたみたいに正確な知識ですな!」


「! そ、そんなことはないですよ。話題になりそうだからといって、昨晩のうちにネットの考察ページを片っ端から巡って暗記したりしてないです……!」


 うーん、微妙に危なっかしい。


 そう、これがの〝秘密〟だ。


〝アキバ系〟でないことを……周囲に悟られないようにしているということ。


 それを保持するために、俺は協力しているのである。


 あれ以来、は三日かけて、『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』のこれまでの全シリーズを全て見たらしい。食事やお、睡眠以外の時間は全部『マホちゃん』にあてていたとか。


 おかげでアニメの『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』にはだいぶ詳しくなった。


 アニメの『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』の話題に限定して言えば、三Kたちとまともに会話できるくらいである。もちろんそれは彼女のお姉さんであるらいさんの辿たどった道から外れないためという理由もあるけれど、自身も『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』のことが好きになったらしい。


「そうですね、それだけじゃなくて今回はマホちゃんとピアニッシモちゃんのきずなきわっていた回で……」


 楽しげに『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』について語る


 ただしそれはあくまでも、『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』に限られるわけであって……


「そういえば、時にざかさん、『MGO』はやっていますかな?」


「? えむじーおー?」


 三Kの言葉に、ざかさんが首を傾ける。


「おっと、愚問でしたな。まさかざかさんがやっていないなんてこと、あり得ないですものな」


「よかったらどのようなパーティーを組んでいるのか、見せてくれませんか?」


「きっとざかさんならもうすでにレアキャラを集めて無敵のパーティーを作ってるんだろうぜ」


「え? あ、え、ええと……?」


 やばい、まったく分かってない顔だ。


『MGO』というのは……『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』のソシャゲだ。


 正式名称は『Magical Girls Order』で、略して『MGO』と呼ばれている。ちまたで今、だいりゆうこうしていて、当然のごとく『AMW研究会』の部員たちの間でも共通言語となっているのだった。


 ただそのことを、は知らない。


「あー、確かざかさん、今スマホは故障してて修理中で、代替機を使ってるんじゃなかったっけ……!」


 慌てて助け船を出す。


 俺の目配せに気が付いたのか、がはっとした顔になってこくこくとうなずいた。


「え、は、はい、そうです。今はスマホが手元になくて……」


「おお、そうなのですかな?」


「ですがざかさんのことです。もうすでに☆五の『光翼をまとうマホちゃん』は入手されたことでしょうな」


「え? あ、は、はい、もちろん」


「! ちょ、……」


「やはり! 素晴らしいですな!」


「我々でもまだ入手したのはあさくらさんだけだというのに……! ではスマホが戻ってきたらぜひ見せてください。フレンド登録をいたしましょう」


「お姉さんであるらいさんもガチャの引きは圧倒的だったって話だったからな。やっぱり妹のざかさんも同じ星の下に生まれたってことか」


 盛り上がった勢いでその場で「ひゃっはー!」とどこかの果物の妖精のようにジャンプしようとするものの運動神経のなさから見事に着地に失敗して潰れたかえるみたいになる三Kたち。


「え、ええと……は、はい、よろしくお願いします」


 そのかたわらで、状況をいまいち分かっていないが目をぱちぱちとさせながらうなずいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る