第一話 14-14


    8




 そしてそれから一週間後。


「いやぁ、さすがざかさんですな、お見事!」


「まさかピアニッシモちゃんのあのシーンを描いてくるとは思わなかった。やっぱりざかさんは目の付け所が違うぜ」


「素晴らしかったです」


『AMW研究会』の部室では、三Kたちが大声で盛り上がっていた。


「あ、ありがとうございます。おかげさまで過分な評価をいただくことができて……」


 その真ん中で、ざかさんがしきりに恐縮している。


 ざかさんが描き上げたピアニッシモちゃんのイラストは……ギリギリだったけれど、コンテストのキャラクター賞に入賞した。


 正確に言えばランクインではなくて、いわゆる奨励賞のような位置づけ。


 とはいえ十分すぎる結果だ。コメントに、まだまだ技術としては粗いところがあるけれど描いている人の心が伝わってきました、というものがいくつか見られたのが印象的だった。


「すごいねー、ざかさん。ほんとに賞とっちゃったんだー」


 と、いつの間にやって来ていたのか、隣にいたふゆが驚いたようにそう口にする。


「しかも一ヶ月足らずくらいでかー。センスと素質はあると思ってたけど、これはびっくりかもー。これはちょっとこれからの動きに注目かなー」


「……」


 ん、何かその口調だと、ざかさんが賞をとれたのが意外だと思っているような……


 ま、気のせいかな。


 ともあれこうしてざかさんの〝秘密〟が周りにバレることもなく、無事に一連の騒動は幕を閉じたのだった。






    9




「本当に……ありがとう。せんせーがいてくれなかったら、わたし、もうだめだった」


 まだ三Kたちが大騒ぎをする部室を少しだけ抜け出して。


 人気のない廊下で、ざかさんが深々と頭を下げて言った。


「そんなことないって」


 今回はたまたま俺が協力することになったってだけで、きっとざかさんなら持ち前のそのスペックの高さで自力で何とか解決していたに違いない。


 そもそも俺がやっていたことなんて、おんりようしずめていたり、グログロ笑っていたり、バナナを食べさせながら小声で応援していたりと、ロクなもんじゃない。


 だけどざかさんはふるふると首を振った。


「ううん……そんなこと、すごくある。せんせーがいなかったらそもそも心が折れちゃってたと思うし、ピアニッシモちゃんのシーンを描こうって提案してくれたのもせんせーだった。それに……」


「?」


「それにあのシーン……似てたんだ」


「似てた?」


 って、何に?


 俺の疑問に、ざかさんは少しだけ照れたようにこっちを見上げてこう言った。


「ほら、せんせーが本屋さんでわたしのことを助けてくれた時に……」


「あ……」


 そういえばあの時もあんな感じだったっけか。


 イラスト入門書を取ろうとして餅つきダンスをしていたざかさんを助けて……


 だからざかさんはあのシーンがお気に入りだったっていうことなのか? それはそれで……何だか照れてしまう。


「あー、ざかさん、何ていうか……」


「それ」


「え?」


 と、ざかさんがそこで俺の唇に人差し指を当てて言葉を止めた。


「そのざかさんっていうの、ちょっと気になる」


 気になるってどういうこと? あ、もしかして俺ごときプランクトンがざかさんと呼ぶなんて気安かったってこと? これからはざかお嬢様と呼べとか……


 どう反応していいか戸惑う俺に、ざかさんは少しだけ顔をらしながら言った。




「あのさ……で、いいよ?」




「え?」


 それはまったく予想外の言葉だった。


「ほら、その、呼び方? ざかさんって、何となく他人行儀っぽいし。うまく言えないんだけど、せんせーにはって呼んでほしい。ざかさん、じゃなくて……」


「あ、え……」


 いきなりそんなことを言われましても。


 女子を下の名前で呼ぶなんて、これまでふゆともう一人くらいしか経験がないため、戸惑ってしまう。


「あ……」


「……」


「その……」


「……(じ~)」


 期待に満ち満ちたざかさんの視線。


 ええい、もうヤケだ。


「……あ、……」


「あ……」


「……よ、よろしくな、


「うんっ……♪」


 ざかさん……は本当にうれしそうにそう声を上げると、こっちをぐに見上げながらスカートの両端を指でちょこんと摘んだ。


 ──まるでどこかの国のお姫さまみたいに。


「これはね、お母さんが大切な人に感謝の気持ちを贈る時に、やってたんだって」


 が楽しそうに言った。


「お母さんが……?」


「うん。お母さんもね、昔このはくじよう学園の生徒だったの。でもこれだけだと何か物足りないから、ちょっとだけアレンジ♪」


 そう言うと、はその場で優雅にくるりと三度回って、再びスカートを摘みながら上品なことこの上ない仕草で頭を下げた。


 そして、満面の笑みで、こう言ったのだった。


「これからもよろしくお願いします、せんせー♪」






 こうして、俺とざかとの奇妙な関係は始まったのだった。






 だけどこの時はまだ、気が付かなかった。


 ざかさんが──が抱えていた〝秘密〟には、まだまだ俺の想像もつかないようなとんでもないものがひそんでいたということに。

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