第一話 9-14

 ある日部活に顔を出したら、まずいことになっていた。


 ざかさんを囲んで、三Kたちが何やら盛り上がっている。ん、どうしたんだ?


ざかさんざかさん、これを見ましたかな?」


「この投稿サイトで、今度『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』をテーマにしたコンテストが行われるみたいなのですぞ!」


「これに出してみてはどうですか?」


「え、ええと……」


「お姉さんであるらい氏も投稿していたという有名なサイトですからな」


「妹であるざかさんがイラストをアップすれば話題になってランキング入りすること間違いなし!」


「ふふふ、今から結果発表が待ち遠しいですね」


「そ、それは……」


 ……ああ、うん、これはまずい。


 何がまずいって、コンテスト自体も今のざかさんにはかなりハードルが高い代物なんだけれど、それ以上に問題なのがそのコンテストの締め切りだ。


 ふゆいてもいないのに言っていたから知っている。


 締め切りは……三日後なんだよ。


 確かに筆が速い絵師なら三日もあれば十分に一枚あげられるとも聞いたことがある。だけどざかさんは知っての通り、まだまだおんりように片足を突っ込んでいるレベルだ。浄化されてキレイな身になるまではもう少し時間がかかる。


「あ、あのさ、今から急に応募するのも大変だし、今回は見送った方が……」


 何とか止めようとするものの、


「ああ、ちゃんとざかさん名義でアカウントを取っておきましたからな。そこは心配いりませんな!」


「エントリーも済ませましたし、SNSで宣伝もばっちりですぞ!」


「いよいよざかさんの華々しいイラストデビューですね!」


 うわぁ、しっかり外堀が埋められている。


 というか墓穴がもりもりと掘られている。


 もはや断れる状況じゃない。


「あ、あの、ええと……」


 ざかさんもそうはくな顔をしながら曖昧にうなずくことしかできていなかった。






「ど、どうしよう、せんせー……!」


 部活が終わって、案の定、ざかさんが世界の終わりみたいな顔で泣きついてきた。


 どうしようって、それはこっちがきたいくらいだ。まさか三日なんて。まだ猶予はあるかと思っていたのに……


「…………こ、こうなったらもう、しずさんに頼んでそのイラスト投稿サイトをクラッキングしてサーバーダウンしてもらうしか……う、ううん、いっそのことさんに頼んで関係者の記憶を全部消してもらうとか……」


 また何かものすごく物騒なことをつぶやいていませんかね。


 ざかさん、実はあんまり追い詰めるとやばいタイプなのかもしれない。


「とにかく、犯罪は論外として……」


 残された時間はあと三日。


 正確に言えば七十時間弱。


 その時間でできることと言えば……


「こうなったらもう……残り三日に賭けるしかないか」


「え……?」


「幸いなことに明日からは土日だし、そこで死ぬ気で追い込みをかけてがんばれば……」


 ざかさんの集中力と努力のパラメーターはかなりのものだし、この三日間を全部イラストの特訓にあてればもしかしたらワンチャン(犬ではない)何とかなるかもしれない。というかもうそれに賭けるくらいしか手がない。


 そのことを説明すると、ざかさんは目をしばたたかせた。


「え、えっと……それってつまり合宿をするってことだよね?」


「合宿……まあ、そういうことか」


 どっちかと言えば缶詰とか背水の陣とかだけど。


「……分かった、覚悟を決めるよ。習い事も勉強も、全部今回はお休みにしてもらう」


「うん、それがいい。──よし、そうと決まったらこんなところで俺と無駄話をしてる場合じゃないな。すぐに帰って始めないと」


 と、そこでざかさんが不思議そうな顔になった。


「え、せんせーは参加してくれないの?」


「え、俺?」


「だって、せんせーがいなかったら、何をしていいか分からないよ……? 追い込みって言われても、今までとどうやり方を変えればいいのか分からないし……」


「それは……」


 そうかもしれないけど。


 まいったな、それは考えていなかった。


「え、じゃあどうするの? ざかさんの家に……行けばいいの?」


「ごめん……うちはだめなんだ。習い事を休んじゃうから、家族には勉強のための缶詰ってことにしようと思ってるの。だからこのことは〝秘密〟で……」


「そっか……」


 確かにイラストの特訓をしますから習い事その他を休みます、はまずいだろう。お嬢様的に。


 でもそれだとどこでやればいいのか。まさかカラオケボックスに三日間入り浸るわけにもいかないし……


 どうしようかと頭を悩ませていると。


 ざかさんは、じっと俺の目を見てこう言った。


「こうなったら……もう残る場所は一つしかないよね」


「え?」


「うちはだめ……カラオケボックスもだめ……だったらもう、残る場所は一つだけで……」


 何か、アレな予感が。


 何となく次の展開が予測できた俺に、ざかさんは深々と頭を下げて言った。


不束ふつつか者ですが、よろしくお願いします」


「……。……え、まさか」


「うん、せんせーの家で……合宿だよ!」

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