11-2

うまく会話を引き延ばすべきだった。

そうしなかったのは………。


〈同じ〉。


TV局の屋上でも、そう言われたけれど。


再びそう呼びかけられたことに、自分でも信じられないくらい、虫酸むしずが走ったからだ。


無名ノウネイム〉を倒す具体的な策がない現状では、完全に悪手だった。

けれど、後悔はない。


それどころか、めきったつもりだった僕の心に、新たな怒りが湧いてきていた。

それを〈無名ノウネイム〉にぶつけなければ、気が収まらない。


「〈力を貸してくれれば〉、だって? 冗談言ってろよ、〈救世主〉。さんざんひとりで暗躍して、ここまでやってきたんだろう。いったいおまえは、その過程で、どれだけの人間を自分の理想ねがいのために利用してきた?」


そう、利用、だ。

けっして、他者の心からの賛同と協力を得て、こと、ここに至ったわけではない。


あの〈無慈悲マーシレス〉ベラヒィでさえも、そうだ。

無名ノウネイム〉は、あの男の狂った信仰心につけこんだのは、詳細をかずとも明白だ。


『─────理解してほしい。すべては〈救済〉のためだ。私は、未来を、人々を救いたいのだ』


あいもかわらず、穏やかな調子で、〈無名ノウネイム〉はうたった。


『安息の朝を迎えるには、嵐の夜を越えることが必要なこともある』








今度こそ本当に、錯覚まやかしは破れた。








無名ノウネイム〉は─────この〈世界〉は、もう、恐るるに足りない。


あの男は、自分のしてきたことを、踏みにじってきた他者だれか未来あしたのことを、なんとも思っていない。


あの男の言葉には、〈命〉がない。

眼前に広がる、白い〈街〉同様。


それもそのはず、この〈街〉、この〈世界〉は、奴の心象風景だった。

恐ろしいほどに、寒々しい世界。


先ほど、〈無名ノウネイム〉には、あえて言わなかったことだった。


それを指摘してやる義理はない。

そのことを自覚すらしていないのなら、甘えた妄執もうしゅうごと滅べばいい。


ただ、その妄執もうしゅう瑕疵きずだけは、あげつらっておかねば気が済まなかった。


「嵐の夜、ね。その嵐にまれて、犠牲になった人たちは、仕方がない、ってわけだ」


可能なかぎり皮肉っぽく聞こえるように、挑発的に笑ってみせる。


『………犠牲、というのならば、確かにそのとおりだ』


僕の笑いに、〈無名ノウネイム〉は初めてこちらをいぶかしむような気配を見せた。



笑みを消し、突きつけるように、僕は言った。


『────────今、まさになろうとしているとも。私にしか、〈顕現天使エヴァンジェル〉にしか、〈境海きょうかい〉と同化することはできない。人の形を捨て、地上すべての人々を正しい道へと導くべく……』


「違う違う、そこじゃないんだよ、言ってるところは」


長ったらしい〈無名ノウネイム〉の口上こうじょうを、荒っぽくさえぎった。


「だったら何故、の時に、堂々と名乗りを上げなかったのか、っていてるんだ」


『…………』


あれだけ饒舌じょうぜつだった〈無名ノウネイム〉が、沈黙した。


「犠牲になる覚悟がある、って言うんなら、〈不死王〉ルッカンブール・ハインに、ぎぬを着せる必要は、なかったはずだな」


言外に、おまえは〈代役〉を立てたんだよな、と含ませる。


人間達、そして〈人外アーク〉たちが向ける糾弾きゅうだんの矛先を、〈無名ノウネイム〉は、自前で用意したのだ。


いや、違うな。

用意したのではなく、流用したのだ。


「ああ、そうか。〈前回は、失敗した〉とかほざいてたっけ? 意気揚々と大魔法を行使したら、必要な魔力が、〈不死王〉からしぼり取ったぶんだけじゃ足りなかった、ってところか」


それで─────どういう理屈か、おそらくあの〈銀〉から、闇の波動が溢れ出て、解放されてしまったのだろう。


そして、大儀式魔法に失敗した〈無名ノウネイム〉は、魔力を吸い上げられ衰弱した〈不死王〉を、そのままのぞませた。

世界各国に流れた動画の粒子が粗かったのは、〈不死王〉が五体満足な状態ではないことを悟られないようにするためだったか。


今思えば、雑な工作だったけれど、僕を含め、世界中の人々は、まんまとだまされた、ということだ。


「他人を拉致して、監禁拘束。さらに廃人同然に追い込んで、罪人に仕立てあげた。……〈救済〉が聞いて呆れる。どの口が言ってやがる、って話だ」


『………………』


無名ノウネイム〉は、なおも応えない。

多少なりと、後ろめたさを覚えていたのかどうか。


「それで今度は過剰かじょうなくらいに魔力のもと、世界のあちこちから有力〈人外アーク〉をかたぱしから拉致して、都市ごと大魔法儀式の舞台にあつらえ、準備万端。めでたく〈境海きょうかい〉に来れました、って? 僕を余裕で招待したのは、やったねおめでとう、とでも言って欲しかったか?」


『……あまりに図に乗らないほうがいいぞ、少年』


僕の煽りに応えたその声には、明らかに苛立いらだちが混じっていた。


「図に乗ってるのはそっちだろう。誰より彼より賢いらしいのに、はっきり言ってやらなきゃわからないのか?」


『─────私が、なにをわかっていないと?』


わずかに虚を突かれたように尋ね返す〈無名ノウネイム〉に、僕は、決定的な事実を投げつけた。







「おまえは人間だれかを救いたいんじゃない。───────ただ、自分がすくわれたいだけだ」








『─────────────────────』


伝わってきたのは、絶句した気配。


果たして、〈無名ノウネイム〉が僕の言葉に抱いた感情は、なんだったか。


僕の理想ねがいと、〈無名ノウネイム〉の理想ねがい

似てはいるかもしれないが、決して〈同じ〉ではない。


目指す方向は同じだったかもしれないが、目を向けた先は、違った。


僕が彼方かなたの星を見て、歩き続けているのだとしたら。

無名ノウネイム〉は、歩き続ける途中で地に目を落とし、手の届くもの、触れられるもので、満足しようとした。


それが、違いだ。


『……それでも、私の、この〈救済〉ならば、世界に平和をもたらすことができる』


やっとひねり出してきた〈無名ノウネイム〉の言葉は、余裕綽々よゆうしゃくしゃくだったつい先ほどとは一転、苦しまぎれの、開き直りに近いものだった。


「ああそうかい。……それなら何故、今回もまた自分の行為を、世界に向かって堂々と、声高こわだかに宣言しない?」


『───────────』


切り返しで即座にぶつけた僕の問いに、再び〈無名ノウネイム〉は沈黙した。


僕は、そこを一気に畳みかける。


「それは、人間が誰ひとり、〈支配〉されることなんて望んでいないことを、おまえ自身が一番よくわかっているからだ。人間が、暗闇ぜつぼうよりも光明きぼうを、過去きのうより未来あしたを、自由意志をもって求め、生きる存在であることを、他の誰より知っているからだ。だから、堂々と自分の手段を声高に叫ぶことができない。影でこそこそと動き回って、〈救世主〉気取り。これが図に乗ってる、って言わずして、なんだって言うんだ。笑わせるな。おまえがやろうとしてるのは、本当に、掛け値なしに、ひとりよがりの、ただの自己満足だ」


〈人々〉を、自分の意のままに動く〈駒〉に変え。

〈世界〉を、自分の思い描くとおりの形に整える。


人間だれかを救うとうたいながら、救うべき他者だれかのことなど、まるで見ていない。─────そんな欺瞞ぎまん傲慢ごうまんで、いったい誰を救う!」


湧き上がり続ける怒りと共に、思う言葉を、審判を下すように叩きつけた。


無名ノウネイム〉の気配は、たじろいでいた。


『少年が─────直感だけで、ものを言う……っ!』


腹立たしげに、ようやく振り絞ってきた〈無名ノウネイム〉のうなり声。


僕はそれをまた、一笑に付した。


「理屈をやれれば大人かよ。……全部まるごと、許されるのかっ! !!!」


何年生きてきたのか知らないが、鍍金めっきがはがれれば、この程度。


まったく、聖者だなんだと錯覚し、勝手に戦慄しまくっていた自分が馬鹿らしい。

完全に、損した気分だ。


『もはや言葉は交わすまい………。賛同も協力も得られないのならば、君には死んでもらうしかない……!』


無名ノウネイム〉から伝わってくる気配の中に、殺意が大きく膨れ上がった。


「……おいおい、自分じゃ気づいてないのかもしれないけど。それって三下の、ありきたりなチンピラ台詞だぜ?」


ちりとなれっ……!』


ことさらあおる僕の挑発にはもう耳も貸さずに、〈無名ノウネイム〉は全方位から破壊光線を照射してきた。

これにはさしたる抵抗もできずに、僕の体は撃ち抜かれてしまうだろう。


────────────────────先ほどまでの話だったら、だが。


『なっ……』


無名ノウネイム〉が驚愕きょうがくの声をもらした。


破壊光線が、僕の周囲で雲散霧消うんさんむしょうしたのを、の当たりにしたからだった。


………最初は怒りにまかせて、〈無名ノウネイム〉へ論撃をふっかけたわけだけれど。

途中から僕は、〈無名ノウネイム〉の気をらすために、論戦を続けていた。


『〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉……!』


「ご名答」


うめくように言った〈無名ノウネイム〉に、先ほどの意趣返いしゅがえしで応えてやった。


……今、僕の身体からは、通常、肉眼では視認できない霊的な光帯こうたいがいくつも放出されている。


それらは、竜巻のように渦巻き、その渦から、さらに無数の光の導管ケーブルを派生増殖させていた。

その導管ケーブルで、この白い〈街〉、白い〈世界〉を覆い尽くすために、なおも侵蝕範囲を拡げていく。


これは、あみ結界けっかいだ。


無名ノウネイム〉が撃ち放った破壊光線は、この結界にはばまれ、〈力〉を吸収されて消失したのだった。

もちろん、それだけではない。


『ぐ……!? まさか……! こんな……こんな、馬鹿な……!』


無名ノウネイム〉が、信じられない、といったように苦鳴を上げ、あえいだ。


〈世界〉そのものとなった自身から、急速に〈輝源力ジェネシス〉が失われていっていることに、ようやく気づいたのだろう。


〈力〉に満ちた〈境海きょうかい〉。

それと同化した〈無名ノウネイム〉。


ならば、どこからでも〈魂〉の力そのもの、〈輝源力ジェネシス〉を奪うことができる道理だ。


そこに気づいた僕は、密かに自分の異能を発動させ、この空間、この〈世界〉から、〈輝源力ジェネシス〉を吸収しはじめていた。


人間体の〈無名ノウネイム〉相手だったら、こう易々やすやすとはいかなかった。

おそらく、〈無名ノウネイム〉は〈世界〉となったことで、感覚というものが、一個の生命体の精神では手に負えないほどに、肥大化しすぎてしまっているのだろう。

そのため、自分の体内同然の、この場所で起こる事象を、知覚・認識する速度が、恐ろしいほどまでに鈍化どんかしているのだ。


思えば、僕がこの〈境海きょうかい〉に入りこんだとき、〈無名ノウネイム〉は僕の存在を感知することはできても、僕がいる正確な居場所は把握してはいなかった。

だから、おおまかな場所を狙って破壊光線を撃ち続け、自分が認識しやすい場所へと、僕をいぶりだしたのだ。


ところが、僕がどこにいようと、奴はどこからでも〈輝源力ジェネシス〉を奪われる状態になっていた。

圧倒的優位にいたはずが、実は、絶望的劣勢だった。

皮肉な話というか、底抜けに間抜けな話である。


もし、〈無名ノウネイム〉が、ほんとうに世界を、人間を救おうとしていたなら、こんなことにはならなかった。


僕などに目もくれず、一心不乱に〈境海きょうかい〉とさらなる融合を果たし、〈星霊界アストラル・プレーン〉に干渉していれば、〈無名ノウネイム〉の理想ねがいはとっくに成就じょうじゅしていた。


それを邪魔したのは、奴自身の欲望だ。


賛同が欲しかったのか、賞賛が欲しかったのか。


顕現天使エヴァンジェル〉である僕を、余裕の笑みで、待ち続けた。

それが、敗因だ。


無名ノウネイム〉が破壊光線での攻撃ではなく、〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉を僕に仕掛けてきていれば、また話は違ったのかもしれない。


境海きょうかい〉と融合したことで、〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉を使うことができなくなったのか。

なんにせよ、今から僕に向かって〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉を使ったとしても、数手先を行く僕にはもう、届かないだろうけど。


これはもう、単純に速さの問題だ。

僕は、吸収した〈輝源力ジェネシス〉をもとにして、即座に〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉の光の導管ケーブルを増殖させていた。


当然、光の導管ケーブルが増えれば増えるほど、〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉の威力は増し、吸収する〈輝源力ジェネシス〉の量も比例して増大していく。

この段階で〈無名ノウネイム〉が僕に〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉の力を使ったとしても、僕が〈無名ノウネイム〉の、この〈世界〉から〈輝源力ジェネシス〉を奪う量のほうが、圧倒的に多いということだ。


その差は、もはや埋めることはできない。

加えて…………。


輝源力ジェネシス〉を失った箇所、白い〈街〉を象るビル群が、徐々に崩壊しはじめた。

瓦礫がれきとなって崩れ落ちるのではなく、風に吹かれた砂細工すなざいくのように、輪郭りんかくを失い、消えていっていた。


〈無〉の〈白〉へと、失われてゆく。


───────だが、その場所に、今度は、別の輪郭りんかくが浮かび上がってきた。


『!?……なんだっ!?なにが……なにが起こっている─────!?』


無名ノウネイム〉は、悲鳴に近い驚きの声をもらした。


〈無〉にかえると思われた場所に現れたのは、大樹たいじゅ

堂々たるみきに、高く、広く、青々とした葉をしげらせる枝々。

その巨躯を支える根は、地の四方八方へと広がっていた。


そう、大地。


今や地面は、無色のアスファルトではなく、草花が一面を埋めつくす、色彩ある草原へと変貌へんぼうしていっていた。


色鮮やかな木々の息吹いぶきが、どんどんと白い〈街〉を、塗り替えていく。


そして、風が吹きはじめた。


寒々しかった〈世界〉に、〈命〉の到来を告げるように。


『いったい……いったいなにを………なにをした!? ニフシェ・舞禅!?』


動揺を隠すことすらせずに、〈無名ノウネイム〉は恐慌きょうこうしたように叫んだ。


「おまえと似たようなことだよ。……ただし、似ているだけで、同じじゃない」


簡潔に、突き放すように応えた。


……この〈境海きょうかい〉は今、〈無名ノウネイム〉の肉体同然である。

だから、〈輝源力ジェネシス〉を失った空間には、理論上、〈無名ノウネイム〉の骨子部分だけが残ると思われる。


その骨子部分が残っている限り、〈無名ノウネイム〉はまた〈輝源力ジェネシス〉を補充してこの〈世界〉を修復する可能性があった。

その可能性を完全につぶすために、僕は光の導管ケーブルを通じて、僕の想念イメージを注ぎこんだのだ。


これは、姫様を助けるために〈輝源力ジェネシス〉を分け与えた時と同じ要領で、やってみた。

失敗するとは思わなかった。

無名ノウネイム〉がどのようにして〈境海きょうかい〉と融合したのかは知らないが、それで創り上げたものは、奴の心象風景だったのだ。

ゆえに、似たようなことは実行可能だと、確信していた。


僕の想念イメージを注ぎこむことで、〈無名ノウネイム〉の骨子部分が粉砕ふんさいされ、この白い〈街〉、〈世界〉の一部分が、別個の空間として独立し、切り離されていくのを感じる。


ここで肝心なことは、僕の想念イメージもって生み出されたものは、僕自身ではないということだ。

境海きょうかい〉と融合するなどという、〈無名ノウネイム〉と同じ愚は、犯さない。


『あ、ありえない……! わ、私の、〈理想〉が……〈世界〉が……!』


僕が拡げている〈世界〉への侵蝕しんしょくに、あらがうことすら思いつかないのか、〈無名ノウネイム〉がそんなうわごとをもらす。

その間にも、僕の想念イメージが、どんどんと色彩豊かな風景を生み出していった。


木々や草花だけではつまらない。

それらをうるおす泉や、流れるかわが欲しかろう。

それでは、渓谷けいこく大瀑布だいばくふなどどうだ。

おっと、それじゃあそもそも高い山々が必要だった。

ああ、そのいただきのほどを知る空が、まだなかった。


青い空。


姫様が好きそうな、晴天の空を─────────────。


〈世界〉から〈輝源力ジェネシス〉を奪い、空白となった箇所かしょへ、好き勝手に自分の想念イメージで新たな景色を思い描いていく。

止まらない。

止めることができない。


だって、描きたい景色は、こんなものじゃ足りないのだから。








想いには、限りがないのだから。








やがて青空のもと広がる、高きみねつらなる山々、森林と草原、その大地を巡るように流れる大河。

それらの果てに、やがて海、大海原おおうなばらが生まれる。


無名ノウネイム〉の白い〈街〉は、簡単に呑みこまれていった。


砕けていく。

無名ノウネイム〉である〈世界〉は、ことごとく粉砕ふんさいされ、誰のものでもない元の〈境海きょうかい〉へと、かえっていく。


〈世界〉は、ひとつの宇宙そのもの。


ゆえに、ひょっとしたら〈無名ノウネイム〉との空間の奪い合い、陣取り合戦が永遠に続き千日手になる恐れもあった。


しかし、僕の想定に反し、向こうには、抵抗の意志すらいまだ感じられなかった。

もしかすると〈無名ノウネイム〉は、〈世界〉となることで、本当に〈輝源力ジェネシス吸収〉の異能を失ったのかもしれない。


いや、それだけではない気がした。


きっと、〈無名ノウネイム〉の〈世界〉がせまかった。


ただ、それだけのことなのだろう。


………いつの間にか、僕の体は、宙を舞っていた。

背に、〈力〉の放射を感じる。

魔力と〈気〉の出力余剰オーバーフローがまた、僕の背後に、虹色の翼を広げているのだろう。


そのゆらめく虹の翼で空を飛ぶ僕の姿が、〈無名ノウネイム〉の目には、どう映ったか。


『な、何者だ……』


無名ノウネイム〉は呆然ぼうぜんと、そうつぶやいた。


『お、おまえはいったい……! いったい、何者なのだ! ニフシェ・舞禅……!』


なにを言ってくるのかと思えば、今更な質問だった。


まともに応える義理もないが、冥土めいどのみやげというやつだ。

何者が自分を倒すのかくらいは、教えてやっておこう。


「……おまえがずっと、正面から向き合わなかった者。あるいは、見ていたとしても、あざけ見下みくだし、かろんじていた他者だれか現実いきているからこそ、正しい虚構みえないものを求め続ける、ありふれた人間だれかだ」


そして、宣告する。


「さらばだ。名を捨てた何某なにがしか。いや、名を名乗る勇気すら捨てた大罪人。おまえはこの世に〈偽人外フェイク〉をはびこらせたが───────きっと、おまえこそが〈〉だった」


冷たく言い放って、僕は自分の異能を、身体や精神、そして魂の限界を感じながらも、全力で振るった。


『う、ぐ……や、やめろ…やめろ……! ニフシェ・舞禅! おまえは、おまえは後悔するぞ! この方法でなければ……! 私の〈救済〉でなければ! 世界は、人々は、永遠に救われない……! 絶対にだ……!』


自分の最期を感じているのか、恐怖におののいた声で、〈無名ノウネイム〉はそんなことをわめき散らした。


無様ぶざまだな。


せめて最期くらいは、〈偽物〉であれ、救世主らしく語ってみせればいいのに。


…………後悔なんて、しょっちゅうだ。

─────────それでも。


悩みながら、あがきながら。

そうしていることさえ、自分でも気づかずに。

最果ての星、まだ見ぬ明日を目指すのが、生きている者のつとめだろう。


だが、その言葉は〈無名ノウネイム〉に投げかけることはせず、胸の内に仕舞う。


もはや追放の宣告は済み、手向たむけの弔辞ちょうじも見舞ってやった。


これ以上の対話は不要。

無言で、世紀の詐欺師の、終焉おわりを待つ。


『ぎ、が、ぁ、ぐ、ぎ、あ、ぐぅぅぅぅぅぁああああああああぁぁぁぁぁ・お・お・おお・おおおおおおおおおおおおおおおおおおぁぁぁぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ───────────────!?』


呪詛のような、狂乱の絶叫。


それが、〈無名ノウネイム〉の断末魔だった。


………………………………そして感じたのは、光の導管ケーブルが、この〈世界〉すべてを制圧した感覚。

無名ノウネイム〉の〈輝源力ジェネシス〉を、一滴残らず吸い上げ尽くした感覚だった。


魂魄消滅ロスト〉。


無名ノウネイム〉という存在は、世界から、そして宇宙のことわりからはずれ、永遠に消滅した。


この〈世界〉、〈境海きょうかい〉は、安寧を取り戻し、残されたのは──────────。


蒼穹そうきゅうもと荘厳そうごんにそびえ立つ山々と、豊かに息づく緑の大地。

その先に広がる大海原おおうなばら、さらに水辺線の向こうには、夜空。


星々がきらめく、無限の宇宙だ。


その中で、ひときわ大きく輝く星が、ひとつ。


…………心象風景とはいえ、少し、やりすぎたかな?


そう苦笑して、〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉の力をゆっくりと抑えながら、着地する。


「あれ」


着地して、そのまま、地面にぐらりと倒れこんでしまった。


「ぁぐっ……!」


遅れて、全身がきしみ、頭から爪先つまさきまで、激痛が走った。


あまりの痛みに、のたうち回ることも、悲鳴を上げることもできない。


宇宙ひとつを壊すような真似をしたわりには、この程度で済むものか。

ああでも、痛い。


痛い。

痛い

痛い。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぎぐえげぐえげいふおぎへえぎぎぎぐあああぎぐぐあああああああうあうあうあぎげえええええおおおおああぎげげげあぐあがあがぐえええおおいいいうぐぐぐぐがああははががひぎぎぎぎじぐぐおあああがあああぐひぐえぐごぐぐげげげれえええええうごがはががががげえげぎぎぎぐぐごごげあああああああ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………───────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────







 

〔……シェ!〕








……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………姫様?


〔ニフシェ!〕


姫様の……姫様の、声がした。


〔ニフシェ!〕


心の底から、その身を引き裂かんばかりの想いで、僕を呼んでいる。


〔ニフシェ────────────っっっっっ!!!!!〕


……………うん、それならば、応えなくては。


世界で一番好きなひとに、そんな悲痛な声を出されては、かなわない。


そう思った時────────胸のあたりで、熱を感じた。

例の、あの、魔法の護符だった。


そうだ。


この護符ならば、わかる。


たとえ次元を超えようと、星霊界アストラル・プレーンを通じて、姫様のいる場所が───────。


そこを座標軸にすれば、行けるはず。


苦痛にまみれながら、最後の気力を振り絞り、光の帯と導管ケーブルをのばした。

境海きょうかい〉の空間、僕が倒れている地面に干渉し、想念イメージを送りこむ。


創り上げるのだ。

ここへやってくるために通過した、あの〈銀〉を………!


果たして地面は、あっけなく、想念イメージどおりに変質し。

───────僕の体は、〈銀〉の水面みなもの中へと、あっさり沈んでいった………………………………。

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