2-2

「─────お久しぶりです、皆々様」


優雅な、そして心のこもったお辞儀をする姫様。


一同は、恐縮してその一礼にこうべれた。

もちろん、僕も。


「遠くよりご足労いただいた方々もおられるでしょう。─────ご苦労様です。しばしお気を楽に、とはいきませんが、いかばかりかでも、お体を休めてくださいませ」


姫様は静かな、だが温かな声でそう微笑む。

このねぎらいの言葉をもらうだけで、どんな労苦も報われるだろう。


だけど──────────。


今の微笑には、どこか、かげりが感じられた。

……僕だけかな。


横目でしいらさんをチラリと見る。

が、しいらさんは、うっとりとした顔で姫様を見つめているだけだった。


……僕の気のせいか。


キャップが引いた椅子に、姫様が座るのを見届けてから、僕らは着席した。


いや、二人だけ、座らなかった人がいる。

姫の傍らに、直立で控えるキャップ。

もう一人は、ギャノビーさんだった。


マントは脱いで、緋色の装束しょうぞく姿。

って、よく見れば、さっき着てた服と、造形が違うような?

集会用に、わざわざ着替えたらしい。

どこまでもお洒落な人、というか。


おっほん、と芝居がかった咳をすると、ギャノビーさんは、姫様に向かって軽く一礼。

それから、着席した僕らを見回した。


「さて、早速ですが、ご一同。少々頭の痛いご報告をせねばなりません。……よろしいですね、姫?」


問いかけたギャノビーさんに、姫様はよしなに、とうなずいてみせた。


「では、単刀直入に。─────この六日間で、世界各地の有力な〈人外アーク〉が、次々と消息不明になっております。……有名どころで、〈静かなる紳士〉シスレー・ボーア。〈激動の獅子〉バハン・バハモラン。そして─────〈歌姫セイレーン〉ニネ=ヴィア・マッハー」


室内に、動揺の波が走った。


人外アーク〉界で、ギャノビーさんが挙げた三人の名を知らぬ者は、いない。

それほどの大御所おおごしょなのだ。


姫様の表情が、わずかに堅くなるのが見えた。

確か、姫様は、〈歌姫セイレーン〉ニネ=ヴィア・マッハー様と、深い親交があると聞いている。

おそらく、ギャノビーさんからいち早く、その報は、もたらされていたのだろう。


……さっきの微笑の翳りは、そのせいか。


「─────その他、七名。〈一撃必殺〉ギャリル・スパンシ。〈酔いどれ詩人〉フィッツ・ヘンド。〈黒曜騎士〉カル・ステア。〈月の子〉クアン・ジナフ。〈ホラ吹きジャック〉ピエーネ・コーハッド。〈魔法賢帝〉ヨルドナ・カンドナ。〈悪竜ダハーカ上月光太郎かみづきこうたろう。合計、十名ですな。……聞くだに連中が、根こそぎ行方知れず」


ギャノビーさんは、一度言葉を切って僕らを見渡した。


「……全員、死亡、また、消滅した痕跡は見られません。何者かに、拉致された可能性が高い」


行方不明、拉致────────?


ギャノビーさんが挙げた人達の中で、ボーア老公だけは知っている、というより、お世話になったことがある。


齢、千歳を越える純血統の〈吸血鬼ヴァンパイア〉。

外観は、気骨と気品にあふれる老紳士。


ボーア老公の身に、何が起こったのか。


あのご老公が誰かに敗れるなんて、にわかには、信じられない。

信じられないが。


─────僕なら、やってやれないこともないかな、とも、頭の隅で考えていたりする。

そのあたり、絶対に不可能なこと、というわけでもない。


「〈七剣灯局カンデラブラ〉の仕業か?」


キャップの問いに、ギャノビーさんは軽く肩をすくめてみせた。


「現時点では、なんとも言えませんな。異端狩りが連中のお題目ですが、社会的に無害な〈人外アーク〉────それも、禁忌タブーに近い存在を────好んで排除しようとするほど、頭は悪くないはず」


七剣灯局カンデラブラ〉。

〈神〉の名の下、〈人外アーク〉、〈偽人外フェイク〉を殲滅する、人間の世界的組織のことだ。

人間の身でありながら、〈人外アーク〉と対等に渡り合う術を持つ、超戦闘エキスパート集団。


どっちが化け物だよ、って話。


だが、彼らは、世を捨てるように生きる、または比較的人類に対して友好的な、自分たちよりも強い存在には、手を出さない。

黙認、無視するのである。

小狡こずるい連中だ。


一部、『〈人外アーク〉は皆殺しだ!』なんて強行派も、いることはいる。


けど、今回、〈七剣灯局カンデラブラ〉の犯行である可能性は、低いだろう。

七剣灯局カンデラブラ〉なら、拉致なんて、生ぬるいことはしない。

連中にとって、悪・即・斬、が信条なのだから。


「さてそこで、我らの姫が、この神楽市にいらっしゃっている理由を思い出していただきたい」


ギャノビーさんの顔から、いつもの、人を食ったような表情が消える。


姫様が、現在、活動拠点をこの日本の一都市に移している理由。

それは────────。


「……〈不死王〉。ルッカンブール・ハイン」


姫様が、静かに口を開いた。


そう、その噂が流れたのは、二ヶ月ほど前のことだった。


世界に混乱を撒き散らした張本人……かの〈不死王〉が、目撃されたという噂が、〈人外アーク〉界で流れ出したのだ。


噂を裏付けるかのように、この都市での〈人外アーク〉及び〈偽人外フェイク〉による人的被害が、急増している。


事の真偽の調査のため、そして噂が真実だった場合の対応のため。

姫様は、直々に〈銀星車輪団アリアン・ロッド〉を率い、この神楽市にやってきているわけなのだった。


「一連の事件に、〈不死王〉が関わっているというのか?」


キャップが言葉を挟んだ。


「……それ、その〈不死王〉。目撃、生存の噂、それ自体が怪しい。〈不死王〉が生きているという噂が流れれば、畢竟ひっきょう、我らの中で、最も強き者が事に当たらねばならなくなります。──────そして、行方不明になった者は全員、純血統の〈人外アーク〉ばかり」


「噂の流布が、わたくしを誘い出すための罠であった、と──────?」


「御意。犯行者が何者であれ、また、目的がなんであれ、血の濃い〈人外アーク〉を狙うは必定ひつじょう


ギャノビーさんは、姫様にうなずいて、続ける。


「行方不明者らはすべて、世捨て人ながら、住み処を変えることのない定住者。一方、姫様は任務のため、常に世界を移動していらっしゃる。……それでは、捕らえることはおろか、付け狙うことすら難しい」


ギャノビーさんの言いたいことはわかる。


犯人の目的は姫様で、〈不死王〉の噂を餌に、一定の場所に足止めしておこう、というわけだ。


しかし、方法論はわかっても、行方不明事件との結びつきは薄く感じられる。

筋が通らない気がするのだ。

いや、そもそも〈人外アーク〉を拉致すること自体、筋が通らない。


だが、犯人の目的が、ことわりに反することわりを求めていれば、どうだろう。


逆しまのことわりによる、逆しまのすべ──────即ち、魔法。


純血統の〈吸血鬼ヴァンパイア〉と〈獣人セリアン〉は、高濃度の魔力をその身に秘めている。

膨大な魔力を必要とする魔法の儀式が、犯人の最終目的とすれば、納得がいく。


〈不死王〉。

大がかりな魔法。


……嫌なキー・ワードがふたつ、だ。

舌打ちしたい考えに行き着いたところで、ギャノビーさんを見る。

ギャノビーさんは僕の視線に気づいてから、わずかに目を細めて、言った。


「存在として強大な〈人外アーク〉を、生かしたまま捕らえ、なんとするか。賢明な方は、もうお気づきでしょう。……そう、考えられるのは、純粋な魔力を摂取するための、贄とすることに他ならない。─────導き出される結論は、ひとつ」


「……強大な儀式魔法の行使、か」


キャップが、ギャノビーさんの言葉を先んじた。

いかにも、とギャノビーさんは肯定する。


やっぱり、誰でも、その結論に至るようだった。


「犯行者がどのような魔法を実行しようとしているのか。〈不死王〉が起こした、忌々しい闇の魔法の再現かも知れぬし、それ以外のなにかかも。見当はつきかねますが、ただひとつ、はっきり言えるのは……」


ギャノビーさんが、姫様を見る。


「姫は間違いなく狙われている、ということです」


静まりかえる一同。

皆の視線が、姫様に注がれる。


けれどそれをよそに、僕は、聖者のような男の姿を、思い出してしまっていた。


不吉のきざし。

この世ならぬ者の影。


嫌な予感というだけで、あの男と、今回の事件を結びつけるのは、なにもない……。

────けれど何故か、あの男の姿が、頭にちらついて、離れない。


……僕がらちもない物思いにふけるつにも、ギャノビーさんの話は続く。


「さて。考えられる対策としては、まず、姫の御身を計って、この都市を離れることですが……」


「わたくしが狙われているのならば、いずれ同じ事。むしろ、事を治めるに、わたくしが囮となるべきでしょう」


言うと思った。

困ったことに、姫様は、地上最大級の勇気と正義感をお持ちなのだ。


「──────そうおっしゃると思いました」


ギャノビーさんは、口の端で苦笑した。

キャップに目をやると、やはり渋い顔をしている。


それでも何も言わないのは、姫様のご気性を、理解しているからだろう。


「姫の御意志は、今、聞いたとおり。……異論ある方は、いらっしゃるかな?」


一応、という感じで、ギャノビーさんが確認する。

少なくとも、声に出して反対する者は、いなかった。


それでこそ姫! という心持ちの方々が、大多数なのかもしれない。


室内の反応が、予想通りのものであることを確かめてから、ギャノビーさんは口を開いた。


「結構──────いや、心情的には、一向に結構ではありませんが」


と、ギャノビーさんは姫様へ、苦笑を向ける。


姫様は微笑をたたえ、ギャノビーさんに続きをうながした。


「では、今後の方針を。姫にはこのままこの地に留まり、職務に専念して頂きます。……ですが、姫を直接おとりにする、という案は、最終的な手段とさせていただきます」


よろしいですね、と、これは強く、姫様に念を押すギャノビーさん。

姫様は、わかりました、と簡潔にうなずいた。


……さて、どこまで本当かな。

姫様ときたら、かなり頑固一徹なので、お一人で、街中すべてを捜索しかねない。

通常ならば心配は無用のところだけど、状況が状況だ。

自重してもらわないと、誰もが困る。


「ギャノビー。策はあるのか?」


キャップがギャノビーさんに問いかける。


「あります。……と、言いたいところですがね。今回は、相手の情報が少なすぎます。消極的に場を動かし、相手の出方を待つ。今のところ、それしかないかと」


「消極的に場を動かす、とは?」


姫様に問われ、不敵に笑うギャノビーさん。


「こちらも、噂を流すのです。『〈不死王〉が生きているなどと、真っ赤な嘘』、あるいは、『〈青の姫ブルー・プリンセス〉が〈不死王〉を今度こそ討ち果たした』等々。……ま、既に、私の配下が、〈不死王〉信奉者どもに触れ回っているのですが」


さすがはギャノビーさん、抜かりがない、というか。


信奉者とは、文字通りで、〈不死王〉を狂信する連中のことだ。

主に、〈偽人外フェイク〉がその大半である。


自分に超常的能力を与えてくれた〈不死王〉は、〈神〉に等しい──────。

そんな考えを持つ信奉者の間では、〈不死王〉は〈解放王〉と呼ばれ、あがめられているのだった。


「姫をおびきよせたのならば、当然、相手、事件の黒幕もまた、この都市にいる。黒幕が何者にせよ、思惑と違う噂が流れれば、なんらかの動きを見せざるをえない。─────ここにご列席されているご一同で、その動きを、是が非でも逃さぬこと。そこからしか、糸口は掴めないと思われます」


……現実的かつ、厳しい話だ。

思わず、嘆息しそうになる。

────────情報が少なすぎる。


ギャノビーさんの話は終わり、キャップが全員に監視区域ごとの留意点を告知しだした。


……なにか、ひっかかるな…………。


これまでの話が、なにか、腑に落ちないというか……。

なにが気になったのか、思案をめぐらせながら、キャップの話を適当に聞いておく。


そして、室内に集まっている人達を眺めた。


ここにいる人達の大半は、姫様のためなら、自分が犠牲になることをも、いとわわないだろう。

……僕はと言えば──────どうなのだろう。

僕がここに居る理由は、そういうのとは、ちょっと違う気もするし。


だけど───────。

姫様を見ると、そのお顔に、やはり、暗いかげりが差しているように見えた。


……ま、しょうがないか。

ボーア老のことも気がかりだし。

これも契約のうち、ってことで、死なない程度には、姫様のために、頑張るとしよう。


とか、言い訳めいたこと考えるのだけど、結局、姫様第一じゃないか、とセルフツッコミ。

美人の涙に、男は弱い、と言うか。

いや、姫様は泣いているわけではないけれど。


…………男って、バカだよなあ、と、つくづく思ってしまう僕だった。

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