2-3

「ニフシェ坊や、ちょっと来てくれたまえ。……ああ、しいらくん、すまないが、今回は坊やだけがり用でね。少し、時間がかかるかもしれない。─────しばらく待っていてもらえるかな?」


集会後、僕一人、ギャノビーさんにそう呼び出された。


くれぐれも失礼のないようにね、と再びしいらさんに耳打ちされる。

わかってます、とうなずいてみせて、ギャノビーさんのあとを、てくてくと付いていった。


通された部屋が、これまた豪奢ごうしゃ

ロイヤルという枠を、三段階飛び越えたような、超特級に豪華で、広い部屋だった。


まったく陳腐な感想だけど、しょうがない。

部屋の中にあるものすべてが特権階級仕様だと、いちいち観察するのも、馬鹿馬鹿しくなってくるのだ。


僕は目利きではないけれど、部屋の調度品のひとつで、車の一台くらい、余裕で買えたりしそうなのはわかる。

集会の時に座っていた椅子もそうだが、今現在座ってる椅子も、相当な代物に違いない。


ここって、本当にホテルなのだろうか?

じっとしているだけで、鳥肌が立ちそうだった。

さっさと用件をうかがって、ジャンク・フードでも、食べに行きたい心持ちである。


「……ま、坊やは落ち着かんだろうがね。のちのちのことを考えれば、そろそろ慣れてもらわないと、こちらとしても困る」


ギャノビーさんは、僕の心中などお見通しで、そう苦笑する。


「はあ……」


のちのちって、なんの話だろう。

そう疑問に思いつつも、曖昧にうなずいておく。


「お待たせしました、ニフシェ」


唐突にそう声を掛けられたので、少し慌てて椅子から立ち上がった。


声の主は、姫様だ。

その傍らには、キャップの姿があった。


「いえ、別に待ってはいません。お気遣きづかいなく」


気の利いたことの言えない僕だった。

姫様は、そうですか、と、にっこりと笑った。


それから、お楽に、と僕に着席をうながすと、自らもキャップの引いた椅子に座る。


位置的に僕の対面だ。

初めて会ったときならいざ知らず、今ではさすがにちょっと、気が引けるものがある。


「こうして話すのも、久しぶりですね?」


「……久しぶり、っていうほどでもない気もしますけど」


「そうでしょうか?」


と、姫様はいたずらっぽく、微笑ほほえまれた。

姫様は、お忍びであちらこちら、僕らみたいな下々の者のところにやってくることが多々ある。

というか、ちょくちょく会っているような気がする。


気晴らしを兼ねた視察か、視察を兼ねた気晴らしか。

日本の伝統ドラマで言えば、某ご隠居とか、某八代将軍といったところ。


馬鹿な連想をしていると、横からティー・カップが差し出されてきた。

差し出してきたのは、姫様お付きの侍女、カガネア・バーチさんだった。


その挙動たるや、恐ろしいまでに静かで、落ち着いたものである。

この黒髪の、眼鏡をかけた侍女メイドさんは、〈半人外ハーフ〉の〈猫人ウェア・キャット〉なのだと聞いている。


だから、というんじゃないだろうけど、気配の消し方が、只者ただものではない。

姫様お付きだけのことはある。

……美人だし。

いや、それは関係ないか。


カップの中身は、ハーブ・ティーだった。


ありがとうございます、と言うと、無言で軽い一礼を返された。

なにか、置物でも見るみたいな、冷たい感じのまなざしだった。

─────うーん……嫌われてるのかなあ……。


カガネアさんが配したお茶は、三人分。

僕と姫様と、ギャノビーさんの分だ。


キャップは姫様の後ろで、直立で控えている。

お茶を出し終えるなり、カガネアさんは早々に部屋を辞していった。


カップに手をかけながら、姫様が口を開く。


「……ニフシェ。あなたは、さきほどの話は、どう思いましたか?」


「どう、って、姫様が狙われてらっしゃる、って話ですか?」


ええ、と姫様はうなずかれる。


「ギャノビーさんのお話通りだと思います」


端的に答える。

と言うか、他に答えようがなかった。


「そうではなく。わたくしは、ニフシェ・舞禅の考えを聞いています」


……って、言われてもさ。

仕方がないので、私見めいたものを口にする。


「僕の考えと言われたら、それは、姫様には、どこか安全な場所に避難してほしいですよ」


姫様は、逃げようが逃げまいが、どちらも同じこと、とおっしゃった。

だがそれでもやはり、願望としては、身を隠すなりなんなり、してほしいところではある。


僕の言葉に、うむうむ、と姫様の後ろでうなずくキャップ。


「─────わずか一年で、丸くなるものなのですね」


姫様が、感慨かんがい深そうに、ポツリと言った。

お茶を飲み込みかけたところだったので、その思わぬ言葉と調子に、あやうく噴き出すところだった。


「……丸くなる、って、僕がですか?」

「はい」


にっこりと微笑む姫様。

いや、微笑まれても。


「……僕は元々、丸い性質たちですよ」


「まあ」


僕がねるように言うと、姫様はわざとらしく口元に手を当てた。

くうっ、こう考えると不敬なのかもしれないけど、その仕草、可愛すぎるっ。


「ギャノビー? ニフシェは、こう言っていますけれど?」


「そうですなあ……。まあ、丸いものも、当たるときの速度と、角度が問題ですからな」


僕は殺人球ビーンボールか。

なんだか針のむしろ感を覚えつつ、お茶を飲む。


ふふ、と姫様は笑う。


「出会った頃のあなたなら、この街ごと敵を葬り去る方法のひとつやふたつ、口にするはずですからね」


………………どこのテロリストでしょう、そいつは。


見れば、姫様の言葉に、うむうむ、とうなずくキャップ。

……なんだろう、この空気。

罰ゲームかなにか?


可笑おかしそうに口元をほころばせていた姫様だが、表情をわずかに引き締められた。


「では、質問を変えましょうか。────今回の、一連の事件。……犯人は、何者だと思いますか?」


事件の犯人。

それについては、僕も先ほどから考えてはいる。


だが、決定的な情報がひとつもないため、ギャノビーさんの意見以上にはなりそうもない。


「はっきり言って、わかりません。とにかく強い〈人外アーク〉だろうな、くらいしか、犯人像は思い浮かびませんね」


確たる言葉が出せないだった。


犯人の目的を推測するに、犯人は、魔法にけ、強い〈力〉を持つ〈人外アーク〉、だろう。

七剣灯局カンデラブラ〉のような、人間の組織が犯人だとは、思えない。


……でも、それも勘だ。


ボーア老のような、名の通った〈人外アーク〉たちを倒せるほどの存在。

それほどの存在が、強大な魔法で、何を望む?

この世界に、何を─────?

あと少し、全体をはかれるヒントがほしいところだけど………。


「ただひとつ、推測で言えば、犯人は、間を置かず、すぐに姫様の前に現れると思います」


「……すぐに、ですか」


「はい。事前に〈不死王〉生存の噂を流して姫様をおびきよせて、六日間で、名の知れた〈人外〉をことごとく捕らえる。犯人の目的はさっぱりですけど、周到に計画を立てて、今のところ順調に事を進めているように思えます。─────この上で、姫様をさらうのなら、時間をかけるはずがありません」


そこまで言って、ギャノビーさんを見る。


「ギャノビーさんも、そう考えてるんでしょう?」


姫様の密偵にして、策士。


この人なら、僕ごとき小僧が思いつくことなど、とっくに計算済みだろう。

いや、姫様だってそう思い至っているに違いない。


姫様がこの都市に来てしまった時点で、後手に回っている、と。

ギャノビーさんは、片目を閉じて、カップを口に運んだ。

この反応──────やっぱりか。


「……さっきの集会のやりとり、あれは、お芝居だったんじゃないんですか?」


集会のときに感じたひっかかり。

それは、予想できるはずのことと、講じる策との齟齬そご

つまりは、そういうことだったのだ。


「姫様は、最初から、自分がおとりになるつもりなんですね」


────────────────────────。


数秒の沈黙。


「……やれやれ。だから言ったのですよ、姫。坊やには、先に話しておいたほうがよい、とね」


沈黙を破ったのは、ギャノビーさんだった。


「ま、だからこそ、こうして呼び立てているわけですが」


姫様は、少し困ったような顔をして、微笑わらった。


「──────ごめんなさい、ニフシェ。……だますような形になってしまいましたね」


「あ、いえ、謝られることじゃ……」


姫様に謝罪されるとは思わなかったので、さすがに狼狽うろたえる。


「〈銀星車輪団アリアン・ロッド〉のみんなへ、配慮してのことでしょう。別に騙されたなんて、思ってませんよ」


何故、あんなまわりくどいお芝居をしたのかはわかる。


姫様が狙われているからといって、〈銀星車輪団アリアン・ロッド〉の総力をあげ姫様を護衛しても無意味だ。

無意味というのは、二通りのケースを想定して。


敵が姫様の護衛を察知して、姫様を狙うのを断念、逃亡するケース。

そして別のケース。

それは、最悪、〈銀星車輪団アリアン・ロッド〉が全滅するケースだ。


ボーア老ほか、九名の有力〈人外アーク〉を倒した敵であれば、そんな可能性もゼロではない。


かと言って、〈銀星車輪団アリアン・ロッド〉の安全優先で、今回の事件のことを秘密にし、姫様が単独で囮になるわけにもいかない。


わずかなことでもいい、情報を集めろ────────。

ギャノビーさんがそう言ってみせたのは、〈銀星車輪団アリアン・ロッド〉全員の警戒心を上げつつ、姫様の周囲を手薄にするためだったのだ。


囮らしい囮に、敵が食いつくはずはない。


敵に、それらしい隙を見せるための、演出。

すべては事件解決のため。

ハイリスク・ハイリターンどころの話ではない。

生か死かデッドオア・アライブ

姫様も、たいがい無茶である。


「それより──────ご承知の上でしょうけど、でもやっぱり、無茶です。危険ですよ」


「それを君が言うのかね、ニフシェ坊や?」


僕が言うと、ギャノビーさんが苦笑した。


「〈災凶竜ラスト・ドラゴン〉に吶喊とっかんした君が?」

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