第2話:〈銀星車輪団〉

2-1

さて、僕らが現在活動している都市は、日本の地方都市、B県の神楽市である。


人口数百万、商業盛んな大きな港湾があり、都心部の裏手は、豊かな山々に囲まれている。


港湾の一角には、ウインド・レイルという、対岸と対岸を結ぶ巨大な鉄橋が掛けられていた。

渋滞解消のために建設されたもので、その距離、約三キロメートル。

橋の上から眺める都市の夜景は、それは綺麗なものだ。


だが、その海に面した夜景の一部分に、調和を欠いたような建物が見えた。


それはまるで、白い立方体で構築された、出来損ないのピラミッド。

夜闇の中、照明でライトアップされたその建物は、周囲の風景とは、完全に毛並みが違っている。

神楽市の映像メディアを一手に引き受ける大型テレビ局、イノセント・ネットワークのビルだった。


無垢という名を冠しているから、白い外壁にしたのだろうけど。

もう少し、デザインは、なんとかならなかったものか。


その外観は、どこか、玩具のような、作り物めいて見えた。

そんな印象から生まれる非現実感が、夜景から浮いて見える要因だろうか──────。


……他愛もないことを考えているうちに、車はウインド・レイルを渡りきっていた。


そのあと、街をぐるりと回るようにして、集会のあるホテルへ。


ホテル・パンテオン。

神楽市でも指折りの、超々高級ホテルである。

僕らみたいなチンピラには、普通、一生縁のなさそうな場所だ。


車を地下駐車場に止めて、その最上階部へ。

最上階部三フロアを借り切っているのが、僕らの所属してる組織なわけだ。


無駄に広い回廊を、しいらさんと二人で、つらつらと歩いていく。


「失礼のないようにしてなさいよね」


しいらさんが、釘を刺してきた。


「それはもう、心得てます」

「どうだか」


そんな、そっけなく返さなくても。


ちなみに、ベアーは駐車場で待っている。

どこまでも従者モードなのだった。


「相変わらず、仲がいいようだな、ご両人」


突然、通った声が響いた。


横で、ぎえ、と、しいらさんが小さく呻く。

だから、掛けられた声には、僕が代わりに応えていた。


「ギャノビーさん」

「左様、人呼んで〈恋するはぐれ雲〉!……ま、誰も呼んじゃおらんのだがね」


そう言って、優男はウインク。

それが絵になるのだから、ちょっと憎たらしい。


若々しく見えるその顔の口元とあごには、綺麗に整えられた髭。

緋色のマントをまとい、身を飾るのはまた緋色の、古式めかしい装束。

手に持つ幅広帽には、白い羽根飾りが付いている。

三銃士スタイルを、地で行くその姿。

と言うか、実際に、その時代の銃士隊にいたことがあるらしいので、当然ではある。


ギャノビー・ヴランシュレイ。


永き時を生きる、純血統の〈吸血鬼ヴァンパイア〉。


その腰には、細身の剣を帯びていた。

ギャノビーさんのこの剣は、現存する魔法装具マジック・アーツのひとつ。


魔法剣マジック・ソードなのだ。


風の神霊が封じ込められており、所有者の意志に応じ、その刃から風の力を発現させることができる。

ゆずってくれないもんかなあ、と、使えもしないのに、密かに物欲しがっていたりする僕である。


「〈最強の新米ハイエンド・ルーキー〉、誉れ高きドラスレ、ニフシェ坊や。息災そくさいのようで、なによりだ」

「ギャノビーさんこそ、お元気そうで」


坊や呼ばわりも仕方ない。

この人にかかれば、大概の人は、赤ん坊みたいなものだ。


「ああ────しいらくん。君もまた、一段と美しくなったようだね」

「は、はあ。ありがとうございます」


ひきつった笑いで応じるしいらさん。

対応に困るのだろう。


ギャノビーさんは、組織の中でも地位の高い人だ。

おまけに、なににつけても、言動は気品ある物腰である。

なので、僕に対するように、軽口に蹴り技で応対するわけにもいかないのだ。


「ギャノビーさんが来てるとなると……。なにか、大きな動きがありましたか」


僕が言うと、ギャノビーさんは片眉を上げた。


「ニフシェ坊やは、流石さすが、察しがいい。……だが、無粋ぶすいな話は、後回しとしよう」

「緊急の話なんじゃないんですか?」


たずねるしいらさんに、ギャノビーさんはニヤリと笑ってみせる。


「今、それを問うのも無粋というものだよ、しいらくん。────まあ、まずは腰を落ち着けたまえ、ご両人」


そう言うと、うやうやしくお辞儀をして、歩み去ってゆく。


「……なんか、はぐらかされたわね」

「報告だったら、あとで聞けますよ」

「わかってるわよ、そんなこと」


しいらさんは、不服そうな顔で言って、僕を見る。


「────ねえ、前から聞きたかったんだけど」

「なんです?」

「ドラスレ、ってなんのことなの?」


……さて、なんと答えたものだろうかと、思考すること約一秒。

すっぱり、適当に誤魔化すことにする。


「えーとですね。〈ドラ焼き推奨連盟〉のことです。略してドラスレ。和菓子を世界に広めようっていう、高尚こうしょうな……」

「ふうん……。あんたって、つくづくけったいな趣味持ってるわよね」


……あっさり話を流された。

まあいいや。

まともに〈竜殺しドラゴン・スレイヤー〉の略と答えたって、信じてはもらえまい。


当事者の僕だって、信じられないのだし。


………集会所は、大会議場と言っていいような、広大な部屋で開かれるようだった。


僕としいらさんが扉をくぐると、そこには巨大な、環状円卓が用意されていた。

その様子は、古き物語、偉大な王の擁する騎士達が集う場所のよう。

────────僕らの属する組織、その名称通りのようだった。


銀星車輪団アリアン・ロッド〉。


……しかし、豪華なホテルの、豪華な広い部屋。

こういうロイヤルかつオフィシャルな場所は、どうも落ち着かないものがある。

貧乏性かな。


しいらさんと指定されてる席に座っていると、出席者達が、ぞくぞくと集まってきた。


「およよ、ニフニフに、しい子じゃん!」

「よーう。ニフシェにしいら。お熱くやってるかい?」

「ニフシェ、それにしいら。……お元気?」

「オイーッス!」

「………(無言の頷き)」

「あれえ? おまえら、誰だっけ?」


などなどの挨拶やらを交わしながら、ふと思う。


この都市と、その周辺で活動している仲間の姿。

中には、見たことのない顔もいる。

数は、百名を越すだろう。


───────今現在、アジア方面で活動してる主立った面子メンツが、招集されてるようだった。


そして、ギャノビーさんがいる、と、いうことは。

……いよいよ大事、というわけだ。

ギャノビーさんは僕の視線に気づいて、またウインクしてきた。


───────一同は、ざわついていた。

仲間同士でも、会う機会が少ないので、こういうときには、世間話にも花が咲く。


「静かに」


入ってきた、精悍な顔つきの若者が一声。

いや、実年齢は百歳超えてるんだけど。


両こめかみあたりにメッシュの入っている、黒髪のオール・バック。

誠厳実直そうな風貌に、ぴっしりとした、黒のスーツ姿。

────────アウスト・ミッツ・ズィルバーンリッター。

狼人ウェア・ウルフ〉である。


……銀が弱点なのに、姓が白銀の騎士ズィルバーンリッターとは、これ如何いかに。

ついつい、心の中でそうツッコミを入れてしまうけれど。

この方は、そんじょそこらの〈人外〉とは格が違う。


さっき僕が倒した三下とは、比べるべくもない。


朧光血族グリーム・ストレイン〉という、〈人外アーク〉としても、家柄としても、由緒正しい血統のお方なのだ。

その血筋の貴さは、月を護る星の朧光のごとし……故に、白銀の騎士ズィルバーンリッターと人の言う────────。


人外アーク〉は、純血統であればあるほど、存在として〈強い〉のが定説である。


名は体を表す。

その格言通り、真の力を解放するとき、その姿は銀色の狼の輪郭をとる。


数度しか見たことがないが、そのときの強さときたら、インチキとしか言いようがないくらい。

実質的に、僕らの司令塔的存在だ。

事実、リーダーとか、キャプテン、キャップとか呼ばれてる。


なんかスポーツみたいだけど。


では監督、総元締めは誰かと言えば、これが、別にいる。


「姫のお成りだ」


キャップの一言に、全員起立。

むくつけき野郎共、淑女のみなさんが、やや緊張気味になる。


─────やがて部屋に現れる、その姿。


飾りの少ない、青いドレスに身を包み。

歩くという、一挙動さえ、典雅。

腰まで及ぶ、銀色の髪。

白雪のような肌。

蒼穹を思わせる、青き双眸。

十代の少女にしか見えないが、その瞳には、深遠な静謐せいひつさがたたえられている。

数世紀を生きる、ひとつの伝説。

女神、降臨。


我らがボス、神血統ディヴァイン・ブラッドの〈吸血鬼ヴァンパイア〉にして、王女、〈青の姫ブルー・プリンセス〉。

精霊郷アルトヴェリア王国の王女、マリア・アルトヴェリア、その人であった。


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