第8話

 レイナが何かを言おうとしたところで、シャドウの記憶は途絶えてしまった。


「えーっ! あの後どうなったのー⁉ 気ーにーなーるーっ!」

「気になるなら本人に聞けばいいじゃねぇか。ほら、ここにいるんだし」


 途中までしか見られなかったシャドウの記憶にエレナが駄々をこねるとティムがにやにやと笑いながらレイナを見た。レイナはふうとため息を吐いて口を開こうとする。


「別に、何もありませんよ。この後シェインがクシャミを我慢できなくて、タオ兄とシェインと三月ウサギさんの三人で盗み聞きしてたのがバレるだけです。あと姉御が号泣しながらシェインたちに抱き着いてきましたね」

「あれは――っ! シェインとタオが、無事に帰ってきてくれたのが嬉しくて……」

「『無事』ではなかったでしょ。シェインも……特にタオは、タオの心は」

「シャドウ・エクス……っ!」


 シャドウ・エクスの声が聞こえて、辺りの霧がさあっと晴れる。

 そこに広がっていたのは森だったが、この間訪れたのとは違う森のようだ。もっと最近に――そう、さっき見たあの『詩人の森』によく似ていた。


「『無事ではなかった』……って、どういうことなんだ?」


 レヴォルがシャドウの言葉について尋ねる。と、シェインが「それはシェインから話します」と説明役を買って出た。

 シェインはシャドウ・エクスとレイナをちらりと見ると、ごくんと息を飲んで話し始めた。


「この時、タオ兄とシェインだけで大丈夫だとは言いましたが……やはりカオス・ジャバウォックはとても強くて。シェインは致命傷を負ってしまったのです」

「な――っ!」


 致命傷を負ったと聞いて驚くティムをシェインが制する。今は大丈夫だ、とも伝えた。


「それが『シェインが無事ではなかった』というアレですね。で、タオ兄の方は……ロキさんたちにシェインを助けてもらう為に、調律の巫女一行のスパイのようなことを……」


 最後の方は声が小さく、消え入りそうになってしまった。レイナも昔のことを思い出しているのか、じっと黙ってうつむいている。


「そう。あの時、レイナが言った通りタオたちのもとへすぐ戻っていれば、あんなことにはならなかったかもしれない」

「エクス、それは――っ!」

「レイナを守りきったことに後悔はしてない。けど、本当にあれで良かったのか……今でも、分からないんだ。あの時戻っていれば、タオがあんなに悩むことも、レイナが嘆くことも、シェインが悲しむことも、ファムが傷つくことも、ぜんぶぜんぶ必要なかったかもしれないんだ」


 額に手を当て、自分を責めるように叫ぶシャドウ・エクスに一行は言葉を失う。ただただシャドウの悲痛な想いが伝わってきて、胸がぎゅうっと締め付けられる。

 少ししてシャドウ・エクスはハッと我に返り、慌てて笑顔を取り繕った。貼り付けたようなその笑顔さえも、彼の気持ちを聞いてしまった今は痛々しく思える。


「……なぁんて。今となってはもうどうしようもない話だし、どうでもいいんだけどね」


 けど君たちはそうじゃないみたいだね、とシャドウ・エクスは呟く。彼の想いの一部を聞いて、今は戦うなんていう選択ができないみたいだとシャドウ・エクスは受け取った。


「……また日を改めて再戦しよう。そのときは躊躇せずに――迷わずに、全力で僕を倒しに来るんだ」


 そう言い残すと、シャドウ・エクスは想区から出ていってしまった。

 ただの一度も、レイナたちを振り返らずに――。

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