ビリオンゲーム -超能力ギャンブルバトル-

滝杉こげお

ビリオンゲーム 決勝

 豪華客船ヘルメース。富や幸運を司る神の名を付けられたその客船の甲板には二人の男が向かい合っていた。


 二人の間を隔てるのは、木目の整ったアンティーク調の小さなテーブルだけ。その中央には伏せて置かれた黒色のカップが夜の闇を払うライトの光に照らされていた。

 そのカップへと片方の男の腕が伸びる。


「予言しましょう。サイコロの出目は2と6です」


 そう宣言したのはカップに手を添えるスーツ姿の男だった。長い手足に、切れ長の目。整った容姿に湛える微笑は知的な印象を見る者に与える。

 彼こそがこの豪華客船のオーナーにして、この船上カジノ唯一のディーラー。無敗を謳われる超一流のギャンブラーである、星崎サイである。


「ちっ。そんなものハッタリだろ。俺はお前の反対、半に張るぜ」


 机を挟みサイと向き合う男は、そう毒づいた。淀んだ瞳に、生気のない顔色の男、神主ゴウゴの身に着ける衣服は、清潔で高級な印象を受けるサイの恰好とは真逆で、つまりはひどくみすぼらしいものだった。

 二人の男の対決。それは大金を掛けたギャンブルゲームであった。それも尋常なギャンブルの勝負ではない。集められた千を超える人間。そのすべてがPKサイコキネシスESPイー・エス・ピーと言ったPSIサイと呼称される能力を持つ超能力者である。テレパシーや透視と言った直接ゲームの勝敗に関わるような力から、身体強化や物体操作と言った超常の力まで。そしてその予選を突破した者こそチャレンジャーである男、神主ゴウゴであり、それを迎え撃つのが無敗を謳う最強の男、星崎サイであった。

 ギャンブルに溺れ借金漬けの日々を送るゴウゴがこのテーブルに乗せるチップは、自身の命であった。対してゴウゴが勝利した場合受けとることのできる賞金は10億円。

 

 異能と異能がぶつかるバトル、命と大金を掛けたギャンブル。それが『ビリオンゲーム』である。




 客船に設置された金色に輝く巨大なサイコロのオブジェ。二人を見下ろす位置に飾られたそのサイコロは夜を照らすライトの光を反射し、輝いている。

 

「それにしても無駄にでかい悪趣味なサイコロだよな。あれ」


「フフフ。私は無駄なことが嫌いなんですよ。あれは今回の賞金、十億円分の純金でできたサイコロです。まあ、金の価値には変動がありますから多少の前後はあるでしょうがあなたの借金を完済するぐらいわけない価値はありますよ」


 つまらなそうに目を背けるゴウゴに、サイは気にせず微笑みかける。


「そう言えばゴウゴさん。あなたさっき言っていましたよね、私の言葉がハッタリだと。私はそんな無駄なことはしませんよ。私は無駄が嫌いなんです」


 そういってサイは何の気負いもなくカップを持ち上げる。そこには2と6の面を向けるサイコロが。サイの宣言通りの出目が並んでいたのだった。


「これで、まずは私の一勝です。ホストである私はハンディとして二勝する必要がありますが、ゴウゴさんは一勝するだけで勝利です。今の勝負はあっさりと決着がつきすぎました――せめて、最後の勝負ぐらいは私を楽しませてくださいね」


 余裕の笑みを浮かべるサイはそう言うと、すでに次のゲームの準備を始めていた。






「(くそがっ。仮にも俺は予選の優勝者だぞ。それを、余裕って訳かよ)」


 サイコロの目を言い当てた星崎サイを前に神主ゴウゴは苛立たし気に吐き捨てる。

 流れるような手つき、無駄のない最小限の動き。相対するサイの動きのそのすべてを観察する彼は、一つの結論に至っていた。


「(まちがいねえ、サイの能力はPKサイコキネシス。それでサイコロの目を操作したんだろう)」


 

 超能力は大きく分けて二つに分類することができる。身体的な接触を伴わず物体に力を作用させるPKサイコキネシスと、情報の伝達に関わるESPイー・エス・ピー。それらは合わせてPSIサイと呼ばれ、それを扱うことのできる者を超能力者と呼ぶ。

 ゲームを通してサイの様子を観察していたゴウゴはその観察眼によりすでにサイの超能力に当たりを付けていた。


 二人が勝負するのは二つのサイコロの出目の合計が偶数か奇数かを当てるというシンプルなゲーム。ホストであるサイがカップにサイコロを投げ入れ、机に伏せたカップを開き、どちらか一方の者がその出目を確認した瞬間、サイコロの出目が確定するというものだ。使う物品も少なく、一ゲームにかかる時間も短い。ゆえに超能力に頼らないイカサマが介在できる余地は少ないと言える。


 ゴウゴはゲームの開始前に設備のチェックを行い、物品や設備を利用してサイコロの出目を任意に操作することが不可能であることを確認していた。物品は壊れることが無いように全てある程度以上の強度を持っている。サイコロは重心に偏りはなく、内部に仕込みがある様子は無い。カップと、それを伏せる台は電磁波を通しづらい金属製であり、穴が開いている様子も見受けられない。机には目が偏るほどの傾きは見られず、カップ同様出目を操作したりのぞき見ができるような穴は無い。照明は強力に場を照らしているがLED製であるため熱の発生もなく、目のくらみを利用した蒸発現象を起こさせるほどの光量でも無い。その他、設置された巨大サイコロもただの純金製のオブジェであるし、今も運行を続けるこの客船自体にもゴウゴは目を通しており、ゲームに影響を与えないためだろうか。船は少しも曲がることなく真っすぐに等速で進んでいる。


「(そして、俺の“目”はサイコロの出目の操作が行われた瞬間を視ていた。つまりサイは超能力を使って物理的に出目を操作したって言うことだ)」


 ゴウゴの超能力。それは“目”に特化したESPイー・エス・ピー

 見た物の素材を、性質を、動きを看破する観察眼。距離を、遮蔽物を、細かさを無視する千里眼。光量も、速度も、数量も、彼の観察の妨げとはならない。全てを見通す“目”。視覚から得られるすべての情報を統合すれば限定的な未来予知すら可能となる。それこそが神主ゴウゴの持つ超能力であった。

 相手の超能力を知り、ゲームの結果を知ることができる超能力。この超能力を使いゴウゴはビリオンゲームの予選を勝ち進んできたのだ。


 そして今回のゲーム。ゴウゴが見たのは二人が予想を宣言したのちに、干渉不可能なはずのカップの中でサイコロの出目が変わる瞬間であった。物理的干渉が不可能な場で起きた出目の操作。それはすなわち超能力が使われた証拠である。


「(そして、それならサイが余裕でいられる理由も明らかだ。サイの力なら俺が賭ける先を宣言した後にもカップを持ち上げる前に出目を変更することができる。俺がサイコロに直接干渉することができないこともビリオンゲームの予選を見ているサイなら分かっているんだろう)」


 歯噛みするゴウゴ。いくら結果を見通せる目を持っていたところでゴウゴにサイコロを直接動かす力はない。イカサマをしようにも舞台も道具も、全て主催者であるサイが用意したものだ。覆す方法など見当たらないように思える圧倒的に不利な状況。けれどもゴウゴの目は、笑っていた。



「フフフ、ゴウゴさん。あなたの“目”ならわかっているでしょう。この状況、勝ち目がないということに。今棄権すれば見逃してあげますよ?」


「ハッ、笑わしてくれるぜ。どのみちこの身は借金まみれだ。ここで十億を手に入れなけりゃ命が無いことには変わりねえさ」


「なるほど。棄権はしない、と。では、もしサイコロを振った結果、あなたの命がどうなろうと、文句はありませんね?」


「ああ。当然だろ。死中に生を見出すのがギャンブラーであり、俺の“目”だ! それよりもあんた、無駄が嫌いなんだろ? 早く始めようぜ」


「分かりました。ゴウゴさん、了承した以上もう取り消しはできませんからね」


 サイコロがサイの手によりカップに入れられ、伏せられる。始まった最後のゲーム。ゴウゴの目が捉えたのは、カップの中で3と5の面を向ける二つのサイコロであった。


「やられっぱなしは嫌なんでな。今回は俺が先に宣言させてもらう! サイコロの出目は、。つまり半だ!」


「? まあいいでしょう。では私も予言しましょう。サイコロの出目は3と5の丁。そして勝負が決定した瞬間。あなたは死の運命を見ることになる」


 ゴウゴの宣言にサイが合わせる。

 一瞬首を傾げたサイの抱いた疑問は当然だろう。サイコロの出目を知ることのできるゴウゴの能力。今、カップの中のサイコロは確かに3と5を指している。自分でサイコロの出目を操作できないゴウゴが勝つとしたら、それは今出ている出目を宣言し、サイの超能力の不発を狙うしかないはずだからだ。

 けれどもゴウゴの宣言した出目は奇数。そこには何か狙いがあるのか。初めて逡巡する表情を見せたサイであったが、合理的な説明が付けられない以上、結局はそのままカップを上げるしか手段は無い。


 開かれるカップ、流れる緊迫の空気。机の上のサイコロの出目は――


『ガタンッ』


「っ!?」


 漏れる嗚咽。サイコロの出目を確認するために上体を傾けたサイであったが、突然の船の揺れにそのまま地面へと倒れこんでしまう。

 見上げる机。その端からサイコロが落ちようとしているのに気付く。



―― 机に伏せたカップを開き、どちらか一方の者がその出目を確認した瞬間、サイコロの出目が確定する



 その瞬間。サイはゴウゴの思惑を理解した。

 笑みを浮かべるゴウゴ。ここまでの展開は全て、彼の“目”により見通された物だったのだ。


 ゴウゴは直接サイコロの出目を操作することはできない。ならば間接的に出目を操作してしまえばいいのだ。タイミングはサイの持つPKサイコキネシスで出目を変更できないカップを開ける瞬間。そこに何らかの“外的な刺激”を加え出目を変えてしまえばいい。

 ゴウゴの目はすべてを見通す。たとえそれが普通は見ることはできない海中にある物だとしても。

 ゴウゴ達が今いるのは海の上を行く。船はゲームに影響を与えないために進んでいる。故にその進路上に岩礁があった場合、そこに船体が擦り起こる揺れの規模、岩礁に到達するまでの時間もゴウゴの目があれば計算することが可能。

 船の揺れによる出目の操作。それが限定的な未来予知を可能とする超能力を持つゴウゴの勝算だった!



「サイ。残念だったな。俺の勝ちだ」


 ゴウゴの目が有ればこの荒れた船上という状況でも開いたカップの中身の確認をすることは可能である。ゴウゴがサイに先立って目を宣言したのはサイが能力により今出ている出目を変えてしまうのを防ぐため。

 岩礁と船がぶつかる際に起きる衝撃に、サイコロや周囲の物品にかかる力。全てを計算したうえで、サイを急かし、カップを開くタイミングを調整した。


 全てはこの瞬間のために。


 倒れ行く体。ゴウゴは机を透かし、サイコロを探す。机からサイコロが一つ落ちていくのが見える。つまり、残るサイコロは一つ。計算上、床に向かって落ちているのは3の目のサイコロだったはず。ならば、机に残るのは5の目のサイコロ。


 早くしなければサイに対処されてしまうだろう。ならば急いで。サイコロ。サイコロ。サイコロは!


 そして、勝利を確信したゴウゴは見つける。を。


「えっ?」


 漏れる呆けた声。ゴウゴが最後に見たのは、自分へと向かい近づいてくるだった。






「残念でしたねゴウゴさん。言いましたよね、私は無駄が嫌いだって。だからあなたの処刑は決着と同時にさせていただきました。その方が無駄がありませんからね」


 サイの言葉に、けれどもそれに応えられる者はこの場にはいなかった。



―― それにしても無駄にでかい悪趣味なサイコロだよな。あれ。


「フフフ。私が賞金を金属製のサイコロで用意すると思いますか?」



―― では、もしサイコロを振った結果、あなたの命がどうなろうと、文句はありませんね?


「それに、私が棄権を勧めるはずもありませんよね。全ては私の超能力、『サイコロの出目を操作する力』で、最後にサイコロを使いあなたを終わらせるための仕掛けです」


 十億円分のサイコロのオブジェ。たかだか二百㎏だが、それでもある程度の高さから落とせば人の命を奪える。

 そしてそれだけの大きさがあれば非常事態でもオブジェを見失うことはない。


「さらに言えば勝負の結果も、殺さなくともこの通り」


 強い強度を持つ机の上にのっているのは5の目のサイコロと、3を上に向けた金のサイコロ。


「3が上を向いているということは下の面は4ですね。勝負が決定した瞬間。あなたは4の運命を見ることになる。フフフ、ゴウゴさん。ちゃんと私の予言通りになったでしょ?」


 勝負を終えたデッキには静かに笑うサイと、赤い血を滴らせた黄金のサイコロが照明に照らされ輝いているのだった。






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