第10話 バレた ※加筆しました

「こ、こら。リュックに触れるな」

「先生怒りませんから、リュックを開けて中を見せてみなさい」

「……仕方ない……」


 リュックを開き、中が見えるように翠へ向ける。


「あああ、やっぱり隠してたんだなあ」


 翠は渋々顔の俺からパレオワンピースを受け取り、満面の笑みを浮かべた。


「隠してないって。たまたま。たまたまだって」

「へええ。たまたまねえ?」

「うん」

「(ビキニを)見たいんだあ?」

「うん……ハッ!」

「やーらしー。あはは」

「ぐう。この策士めえ」


 翠はビキニとパレオワンピースを胸にギュッと抱き、目を閉じる。


「優ちゃんのかどうか、おばあさんに聞いてみる?」

「ううん。きっと。これは優ちゃんのだよ」


 ビキニを指先で撫でた翠は、ふんわりと優しい笑顔を浮かべ目を細めた。

 もしかしたら違うかもしれないなんて野暮なことは言わない。彼女がビキニにこれだけ喜んでくれたことが大事なんだから。

 

「翠。明日は海水浴に行こうぜ。留蔵さんからオススメの場所を聞いたんだ」

 

 この島にはちゃんとした海水浴場は一か所しかない。そこは広い砂浜になっていて、近くにシャワールームも完備しているなかなかの施設だ。

 しかし、人がちらほらいるんだよ。

 一方、留蔵から聞いた場所は、砂浜も狭く、同時に二組がビーチバレーをできないほど。

 小さい砂浜の左右は岩場になっていて、シャワールームも無ければ駐車場も無い。その分、人気はまるでないって話だった。

 俺と翠にとっては、こちらの方が都合がいい。俺はまあ海水でベトベトになっても構わないし、翠はそもそも濡れないから問題ない。


「うん! これ着て行くね」

「おお。楽しみだ」

「また変な顔してるー」

「こらこら。今はそんなことなかっただろ?」

「えー? そうかなあ」

「そうだよ!」


 ムキになって言い返したら、翠に腹を抱えて笑われてしまった。そんなに足をバタつかせてると見えるぞ?

 いや、むしろ見せてくれていいんだぜ。

 

「あ、またあ」

「……」


 今度は言い返せない……。

 憮然と腕を組んだところで、ふああとあくびが出てしまった。

 

 スマホで時間を確認すると……なんと十二時半になっている。

 そら眠いはずだよ。今日は走り回ったからなあ。

 

「そろそろ寝た方がいいよ。九十九くん」


 俺のあくびを見ていた翠が不安気に呟いた。

 彼女はこと健康のことに関しては、とても心配性だ。彼女の出自からしたら当然といえば当然なんだけど、そこまで心配されるほどじゃあないからなんだかむずがゆい。

 

「翠は? 休息する?」

「うん。九十九くんが寝たらそうしようかな」

「休息だよな。眠たくなってない?」

「大丈夫だよ! 眠たくなって半日以上寝ていたんだもん!」


 ぐっと握りこぶしをつくる翠だったが、心配で仕方がない。

 俺の前から離れたら二度と会えなくなるかもしれないと、焦燥感が俺を襲う。


「傍にいてくれ」


 あ、また。俺の口……。

 今日は一度も滑ってなかったのに!

 

「え? いいの?」


 翠は頬を赤らめてモジモジとしながら、目が泳いでいる。

 ええい。こうなったら言ってやるぜ。俺の本気を見せてやる。

 

「翠が神社に戻ったら、もう会えないかもしれないと不安になってさ。そんなのは嫌だ。君から目を離したくないんだ」

 

 素直な気持ちをぶちまけた。

 すると、告白とも取れる俺の言葉に翠はますます真っ赤になってぷしゅーと頭から煙が出てきそうな感じになってしまう。


「う、うん。九十九くんがいいなら、わたしはいいよ?」

「やったあ」

「で、でも、怖くない? 幽霊と一緒だなんて」

「何を言っているんだ。人だろうが幽霊だろうが、翠は翠だろ? 俺は……」

「『俺は』?」

「……何でもない」

「えええ。そこでお話しをやめちゃうんだあ。ほんとにもう」


 恥ずかしいから言わなかったわけじゃない。

 言ってしまったら、満足した翠が消えてしまいそうで。

 俺の気持ちなんて彼女はもう分かっているだろうけど、それでも、口に出すと出さないじゃあ違うだろ?

 

 こうしている間にも時間はどんどん経過して、それに伴い俺の瞼も重たく……。

 

「……くん。九十九くん」

「あ?」

「ダメだよ。そのまま寝ちゃったら。ちゃんと布団で」

「翠は?」

「もう、九十九くんはえっちだなあ」


 翠の冗談を聞いている間にもまた意識が飛びそうに……ダメだ。限界。

 

 ◆◆◆

 

 後頭部に柔らかく心地よい感触を感じる。

 なんだろうと思って、目を開くと翠の色っぽい首筋と顎が目に……。

 

「え?」

「九十九くん。おはよ」

「お、おはよう」


 翠のほっそりとした指先が俺の頬へ触れる。


「ずっと、膝枕をしてくれていたの?」

「えへへ。つい、寝ている九十九くんが可愛くて」

「そ、そうかなあ」


 名残惜しいが、起きてしまったものは仕方ない。

 俺は翠の膝から頭をあげ、起き上がる。

 

「それにしても、九十九くん」

「ん?」

「女の子と一つ屋根の下にいたというのに……」

「そ、そんなつもりで、誘ったんじゃね、ねえし!」

「あはは。そんな大きな声を出しちゃって」

「ち、ちくしょう。からかいやがったなあ」

「えへへ」


 何かできるわけないだろ……。

 もし翠が普通の女の子だったら、間違いなく唇を奪ってそのまま押し倒す自信があった。

 「翠と一緒にいつつも、彼女とこれ以上仲を進展させない」

 これがふがいない俺が答えだった。完全に妥協の産物だと自分でも認識している。

 物凄く情けなくて、どっちつかずで自己嫌悪に陥ってしまうけど……。


「別に九十九くんだったら……いいのに……」


 翠の呟きが聞こえたが、俺は耳を塞ぎ聞こえてないフリをした。

 それでも聞いてしまったものは仕方ない。

 「いけるいける、このままいったらいける」とか変な煩悩が湧き出てくるが、グッとこらえすくっと立ち上がる。


「翠。顔洗って朝食を食べて来る」


 キリッと言ったつもりが、笑われてしまった……。

 分かってるよ。さっきまであからさまに嫌らしい顔をしてたってことは。

 

「ここで待ってるね」

「ううん、翠もついてきてよ。留蔵さんの前では、話しかけないようにするからさ」

「うん!」

 

 翠は俺の手を握り、そのまま俺を引っ張る。

 

 部屋を出て顔を洗い、ダイニングに行くと留蔵がちょうど外へ出ようとしていたところだった。

 

「おはようございます」

「おう。昨日は何かうなされていたみたいだけど、大丈夫か?」

「元気そのものです! 今日は海水浴にでも行こうかと」

「そうか。今日も天気がいいしな。余り沖に出るなよ。ここは急に波が高くなるからな」

「はい!」


 留蔵は行ってくるとばかりに手をあげると、そのままダイニングを出て行く。

 

「すごーい。九十九くん。平然と言ってのけちゃった」

「俺だってやる時はやるんだぜ」


 二人きりになると、翠が感心したように俺の肩を叩く。

 

 食卓には暖かいご飯、みそ汁、鮭に納豆と定番中の定番メニューが用意されていた。

 食べられない翠の前で食べるのも少し気が引けるが、ちゃんと食べとかないと力が出ないしな。

 

「いただきまーす」


 横で腰かける翠は、肘をついて両手を頬にやりにこにこと俺の食べる姿を伺っている。


「ん?」

「おいしそうに食べるなあと思って」

「うん。とてもおいしい」

「そうなんだ」

「食べる?」

「ううん。おいしそうに食べる九十九くんの顔を見ているだけで満足だよ」


 そんなことを言われたら、頬が熱くなってしまうだろ……。

 平然とにこにこーっとしやがってえ。

 

 朝食を食べ終わった俺は、着替えて準備を終えると海へと向かう。


 ◆◆◆


 出る前に倉庫を覗いてみたら、いろいろ使えそうなグッズがあったのでそれも持っていくことにした。

 それはいいのだが……荷物がパンパンだぜ。

 リュックには入りきらず、折りたたみチェアなんかは自転車に吊り下げれないかガチャガチャいじって……あ、そうだ。

 

「翠。後ろに乗ってくれない?」

「いいの? やったあ」


 翠は手を叩いて喜び、自転車の荷台へ横向きに座る。

 足をぶらぶらさせてとても上機嫌で俺の顔も綻ぶってもんだ。

 

「翠、これを支えていてくれないか」


 自転車のサドルから後輪へ向け斜めに引っかけるようにして、折りたたみチェアを運んでいこうと思ったんだ。

 それで、翠に協力してもらおうとね。

 

「九十九くん、それ持つよー。その方が落とさないと思う」

「おお、ありがとう」


 自転車を押して少し進んでみる。

 お、いけるいける。

 

「よっし、行けそうだ! 行くぞお」

「おー」

 

 ◆◆◆

 

 自転車を押すこと三十分。留蔵に教えてもらった浜辺が見えて来た。

 

「お、おお。これは」


 くだんの浜辺を眺め、思わず声が出る。

 それと同時に、「留蔵ありがとう」と心の中で呟く。


 たしかに浜辺こそ小さい。でもパラソルやパラソルチェアを置いたとしてもビーチボールで遊べるほどには広い。

 そこは聞いていたとおりなんだけど、岩場の方が思った以上に遊べそうなんだ。

 岩場は沖から来る波を遮るように外側が海面から五十センチほど顔を出している。

 外側の岩からロの字型に岩が取り囲んでいて、中は穏やかな潮溜まりになっていた。ミニタイドプールと言って差し支えない。

 ここは波が殆ど無くゆらゆら揺れる程度なので、小さな子供でも安心して泳がせることができる。


 じゃあ、さっそく。

 自転車を停車させ、翠から折りたたみチェアを預かり地面に置く。

 続いて彼女の手を取り、彼女を荷台から降ろした。


「海だね、九十九くん!」

「おお。遊ぶぞお」

「泳ぐのお?」

「泳ぐ前にやりたいことがあるんだ」

「何かな何かなー?」

「まず、このチェアを置く」

「おー」


 パラソルも倉庫にあったんだけど、さすがに持ってこれなかった。

 その代わりと言ってはなんだが、雨傘を持ってきたのだ。

 一応、これでも影はできるから、じりじりと差し込む日差し避けることはできる。

 

 折りたたみチェアを並んで二台置いて、開いた雨傘が動かないように固定し完成だ。


「座ってみよう」

「うん」


 ビーチチェアみたいに寝そべるようなものではなく、背もたれのついたキャンプ用だけど……。

 無いよりは全然雰囲気が出る。

 よしよし。

 

 折りたたみチェアの脇にリュックを置いて、中を開く。

 お次はっと。

 

「九十九くん、それ」

「うん、ちょっと待って。膨らませるから」


 俺が取り出したのはビーチボールだあ。

 ビーチボールの吸い口から空気を送り込むと、すぐに膨らむ。

 

「まずはこれで遊ぼう」

「うん!」

「でも、その前に……脱ぐか」

「……九十九くん、その言い方は……えっちい」

「気のせいだ!」


 ズボンの下に着て来たのだよ。水着をね。

 いそいそと服を脱ぎリュックに突っ込んむ。

 翠はといえば、セーラー服の下にビキニを着ているはずだ。たぶん。

 セーラー服の下に水着を着こんでいるところは、見せてくれなかったからねえ。たぶんとしか言えない。

 

「九十九くん、向こうむいてて。ううん、ちょっと離れてて。道路の上くらいまで」

「えええ……」


 背中を押され、渋々、砂浜から自転車を止めているアスファルトの上まで移動する。

 既に俺は水着姿なんだが……ここでぼーっと待っているのはちょっと……。

 

「九十九くーん。戻ってきていいよー」

「おう!」


 ダッシュで元の位置に戻る。


「お、おおおお」

「あ、あまりじっくり見ないで……」


 麦わら帽子にパレオワンピース姿の翠はなんと神々しいことだろう。

 セーラー服の時には見えなかった肩からスラリと伸びた腕。腰から太ももにかけての美しいライン。

 体の線は薄いが、スレンダーで実によい。

 

「素晴らしい……」


 淡雪のような肌色と水着のコントラストも素晴らしい。

 麦わら帽子で出来た影が彼女のパレオワンピースにかかっているところもよい。

 首から肩のなんと艶めかしいことか……。

 

「九十九くーん」


 思考を遮るように翠が困ったような恨めしい声で俺の名を呼ぶ。

 

「ん?」

「じっくりと見ないでって……」

「い、いや。そうは言ってもだな。ほら、うん」

「もう!」


 膝を少し折り曲げて、転がったままのビーチボールへ手を伸ばす翠。

 そ、その動きは……。ゴクリ。

 真正面で前かがみになるなんて、なんというサービス。

 

「痛……」


 ビーチボールを顔へぶつけられてしまった。


「鼻の下を伸ばしすぎだよお。九十九くん」


 翠は頬を膨らませ、耳を真っ赤にして抗議の声をあげる。


「す、すまん。靴を脱ぐね」

「うん!」


 翠は既に素足になっていた。俺も彼女と同じようにスニーカーを脱いで素足になる。

 彼女へビーチボールを手渡して、少し距離を取った。

 

「じゃあ、翠。ボールをポーンと手で打って」

「できるかなあ。よおし」


 翠はビーチボールを右手で上に投げ上げると、狙いをつけて左手ではたこうと手を振り上げる。

 ――見事にスカり、ビーチボールはむなしく砂浜に落ちた。

 

「初めてだし、仕方ない。何回かやってみようぜ」

「うん!」


 三度目でビーチボールが俺の方に飛んできた。

 

「おお、上手上手」

「うん」


 じゃあ、今度は俺が。

 なるべく弱く……かつ翠のところまで届くようにっと。

 

 ビーチボールをちょこんと手のひらでたたくと、意図した通りちょうどいい速度で翠の元へビーチボールが飛んでいく。

 それを翠は狙いをつけ思いっきり叩きつけた!

 

「うお!」


 結果、俺の顔にビーチボールが突き刺さる……。

 や、やるじゃあねえか。

 

「じゃあ、今度はもう少し強く飛ばすぞ」

「うん! こいこいー」


 ビーチボールを投げ上げ、少し強めに……あ、滑った。

 手のひらの下の方で叩いてしまって、ビーチボールが高く浮き上がり翠の方へ飛んで行ってしまう。

 

 ところが、翠は宙に浮きあがり……さっきと同じように手のひらで思いっきりビーチボールを叩きつけ――。

 

「ぐえ!」


 これで三度目かよ。ビーチボールが顔に当たるの……。

 今回のが一番強力だったな……。

 

「大丈夫? 九十九くん?」

「うん。ビーチボールは柔らかいし」


 口ではそう言うものの、さっきのは少し痛かった。

 この後しばらくビーチボールで遊んだんだけど、翠の運動神経はなかなか優れていると思う。

 すぐに慣れて、ことレシーブに関しては俺より上手になってしまったのだ。

 

「翠。やるじゃないか」

「えへへ」

「でも、飛ぶのは少し卑怯だぞ」

「ついつい、追いかけちゃうの」

「そっか」

「うん!」

「楽しければそれでいいや。次は海に入る?」

「おー」


 ビーチボールを折りたたみチェアの上に置いて、今度は波打ち際へと足を運ぶ。

 

 波打ち際に来るだけで、翠のテンションはもう上がりに上がっている。

 

「波が面白いー」


 波の動きに合わせて、波に当たらないように動く翠が可愛らしかった。


「じゃあ、お先ー」

「わたしも一緒に行くー」


 翠は俺の手を握ると、逆に俺を引っ張るように海へと入っていく。

 

※12/1 一部改稿。その際に元あったぶんが抜けてました。すいませんです。

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