時空の異端者〈3〉

「なるほどねー。面白い魔法だけど、それってあたしに話しちゃって良かったのかしら?」

「概要を知った程度で出来るほど簡単な魔法じゃない。それに今話した内容は近々召喚術学会で公開する予定だ、どうせすぐに知れ渡る。お前の持ってるソブルムの書にも記録されてるぞ」

「あらそう……それなら安心ね」


 しきりに魔導核を観察するラキア。そっと伸ばされた手をかわし、エリオットはポーチの中に魔導核を仕舞い込んだ。


「そんな事より、俺達が今いる場所がどこだかわかるか?」

「そうねぇ……。現在地はわからないけれど、調べる方法ならあるわね」

「それは?」

「あれよ」


 ラキアは外に見える巨大な魔力塔を指差し、ウィンクを飛ばす。


「魔力塔には管理者が常時いるはずよ。だからあそこに行って聞いてみればいいんじゃないかしら」


 エリオットは雷鳴とどろく曇天を仰ぎ見た。大粒の雨が絶えず地面を打っており、池のようなぬかるみを無数に作っている。


「さすがにこの雨では難しいな」

「さっきのオートマギアってので調査するのは?」

「俺の手元に魔導核は五個しかないんだ。新しく作る事も出来なくはないが、相応の設備が要るから紛失する危険は避けたい」

「それならココちゃんにお願いするのは? 猫なら帰って来られるわよね」


 ラキアは銀毛の猫に目を向ける。

 だが当の使い魔は全く意に介さず、周囲の警戒を続けていた。


「いや、正確に言うとココは猫じゃなくてな……」

「どういう意味? どこからどう見ても猫じゃない」


 いぶかしげに眉を寄せるラキア。気持ちはわからないでもないのだが。


「ココちゃんはエリオが作ったオートマギアなの」


 アーシェがココを抱き上げた。無抵抗のまま手足が伸び、ふさふさの毛の上で首輪の鉱石を揺らす。

 魔導核だ。


「この青い鉱石がココちゃんの本体。猫の体は器ね。だから持ち主の元へ帰って来るほどの知性はないの」

「……というわけでな、雨がやむまで調べに行くのは難しいんだ」

「あ、それならやませようか?」


 平然と言うアーシェ。


「付与魔術でそんな事出来るのか?」

「私を誰だと思ってるの」

「……首席魔術師様だな」

「そうでしょ」


 とがった耳をピコピコと動かしながら、それなりに大きな胸を張るアーシェ。皮肉が通じていないようだ。


「というか、許可なく天候を操作するのって学則違反じゃなかったか?」

「誰が罰するの。学院もないのに」

「それはそうだが……」

「悪意がないんだから、せいぜい口頭注意くらいで済むよ。そんなの帰ってからいくらでも聞いてあげる」


 アーシェは赤い刀身の短剣を天高く掲げ、


付与魔法エンチヤント乱気流タービユランス〉!」


 ──いつせん


 すさまじい暴風が剣先から放たれた。分厚い雲に穴が空き、渦を巻いて流れる。

 まるで木漏れ日のように雨雲の隙間から陽光が差し込み、れた大地を明るく照らした。それと共に、滝のごとき雨模様が嘘みたいに晴れてゆく。


 アーシェは「ふぅっ」と額の汗を拭い、

「ほい、晴れたよ」

「……すごい魔力ねぇ」

 引きつった表情で固まるラキア。


 付与魔術というのは普通、物体や空間に魔法を付与するだけの地味なものだ。これほどの大出力で風を起こす力を剣に込めるなど、ソブルム魔導学院の中でもアーシェ以外には出来ない芸当である。


「本気でやりやがった……さすが純血の獣人はハンパないな」

「純血? 獣人は混血化が進んで純血種は絶滅したって聞いていたけれど?」


 ラキアが目をまばたかせてそんな事を言う。


「絶滅してないぞ。俺の知る限りではアーシェ一人しかいないが」

「そ、私が世界で最後の純血種。ミスティの名は幻想種、つまり純血種を意味するの」


 短剣を振りながらアーシェは得意顔になる。

 歴史上、獣人の集落は五百年以上前に全て滅んだそうだ。


 獣人は例外なく高い魔力を持つため魔導文明の発展に大きく寄与したが、長命ゆえに繁殖が遅く、人間よりも数が増えにくい。そして時代が進むうちに混血種が増え、純血種が先細りになっていったらしい。


「ってそんな話はいいから、魔力塔を調べてよ」

「わかったわかった。創換魔法アセンブル軽銀の蜂ワスプ〉」


 エリオットの声に呼応するように鉱石が光り、鈍色の蜂が生み出される。


「あら、かわいい。何これ?」


 ラキアがホバリングする軽銀の蜂ワスプを指で突いている。


「偵察用のオートマギアだ。魔導端末グリモアにこいつの視界を映し出す」

「へぇ、便利ねぇ。創換術って何でも作れるの?」

「作れるのは俺があらかじめデータを作成しておいたものだけだ。それより一緒に見てくれ」


 そう言って、エリオットはポケットから手のひらサイズの石板を取り出す。


 シルジア皇国の国民の九割以上が保有すると言われる汎用魔導端末──グリモアだ。魔法銀や魔鉱石などのれんきん触媒で構成され、念話や遠視など様々な情報系魔法を行使する際の補助をになう魔道具である。


「行け」


 エリオットの命令で、軽銀の蜂ワスプは洞窟の外に向かって羽ばたいた。


 映像が天高く舞い上がり、見る間に地面から離れてゆく。やがて雲の高さを超え、はるか上空から大地を見下ろした。


「魔力塔のふもとの森に建物が見えるな。あれは……まさかブラムド古城か?」


 小高い丘の上にある魔力塔のふもとに古風な城が映っている。


 シルジア皇国は大都市であり、魔力塔の周囲には近代的建築物がたくさんある。だがその中に重要文化財として、ブラムド古城という崩れかけの城が残っていた。

 かつてシルジア皇国を建国した偉人、アレン=ブラムド=シルジア公爵が住んでいたと言われる城塞跡地だ。


 けれどそのブラムド古城はなぜか壊れておらず、しかもどこか真新しくさえ見える。


「どういう事だ……? 空間転移魔法で遠方に飛ばされたにしては見知った城や魔力塔があるし、周辺の地形がほぼ同じなのもおかしい」


 アーシェも似たような疑問を抱いたらしい。げんまなしで、しきりに耳と尻尾をパタパタ動かしている。


「エリオ、ちょっと南西の方角を拡大できないかな?」

「それはできるが、何か面白いものでもあったか?」

「いいから拡大してみて」


 言われた通りに軽銀の蜂ワスプを操作し、焦点を調整する。するとその先にも別の都市が見えた。


 街を覆うように壁で囲われ、大勢の人間がせわしなく動いている。ほとんどが全身金属鎧をまとい、腰に帯剣している。

 中心には城があり、赤黒二色で描かれた竜の旗を掲げていた。ブラムド古城よりも大きくて立派だが、現代建築ではあり得ないほど古めかしい建造物だと一目見ただけでエリオットにもわかった。


「ずいぶん古風な建物だな。それに金属鎧を着た兵士なんて演劇でしか見た事ない。防御魔法も掛かってなさそうだし、学院の制服の方が何倍も強いぞ」

「この旗も見た事ないわ。どこの国旗かしら?」

「ちょっと待ってね、今調べてるとこだから」

「調べるって、国旗の百科事典でも持ってるのか?」

「データに決まってるでしょ。私の魔導端末グリモアには娯楽書から魔道書まで、およそ千三百冊分の書籍データが入ってるの」

「エッチな本も?」

「そ、そんなの入れてないもん!」


 ラキアの茶々に赤くなるアーシェ。それを誤魔化すように自分の魔導端末グリモアを操作している。

 ラキアも一緒になって画面をのぞいているが、見つけるのになかなか手間取っているようだ。エリオットは軽銀の蜂ワスプの視界をぐるりと一周させ、周辺の風景を一望する。


 その時、ふと森の中に人影が映った。


 二人の男女が一心不乱に走っている。片やフード付きのケープを羽織った少女、片や金属のけいがいにマントを羽織った騎士だ。

 彼らは何かに追われるように時折背後を振り返っている。


 その先には全身鎧で身を固め、馬上で槍や剣を構える騎兵達がいた。一人は魔術師なのか、革鎧を着て古めかしいデザインをした木の杖を持っている。


「これは……」


 嫌な予感が脳裏を過ぎる。


 その予想に反する事なく、騎士が立ち止まって剣を抜いた。距離があるため声は聞こえないが、動きからすると少女を逃がそうとしているようだ。


 そして──


「っ!!」


 騎士が刃に倒れたのをたりにして、エリオットは青い鉱石を握り締めた。

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