時空の異端者〈4〉

創換魔法アセンブル岩石の狼グラナイトウルフ〉!」


 岩から生み出された狼の彫像にまたがると、アーシェとラキアが驚いたように顔を上げた。


「ちょっと、エリオ! どこ行くの!?」

「緊急事態だ! 人が襲われてる!」

「人がいたの?」

「ああ、一人斬られた! 助けに向かう!」

「だったらちょっと待って。付与魔法エンチヤント追い風テイルウインド〉!」


 アーシェが短剣を向けた先、グラナイトウルフが淡く光る。速度を上昇させる魔法をかけてくれたようだ。


「先に行って。私達も追いかけるから!」

「わかった! 軽銀の蜂ワスプの視界をそっちにもつないでおく!」


 そう叫んで上空のオートマギアへ魔力を送り、情報を二人の端末へリンクさせる。

 そして二人をその場に残し、グラナイトウルフは大地を蹴った。


 風に背を押され、れた草原を疾走する。制服の防御魔法が自動で発動し、衝撃波を伴った泥や鋭い草葉を弾く。


(速え……音速超えてるんじゃないか?)


 自分が風そのものになったかのようなすさまじい速度だ。もし制服の防御魔法がなければ、たちまち全身傷だらけになっていただろう。

 軽銀の蜂ワスプから得た情報を分析し、魔導端末グリモアに表示されたポイントを辿たどって突き進む。


 そうして樹木を背にする少女の姿を視認するなり、地面をえぐりながら停止。グラナイトウルフから飛び降りる。


「そこまでだ!」


 突如現れたエリオットに、騎兵達の馬がいなないた。


「な、なんだぁ?」

「お前らの鎧、さっき竜の旗の城で見た奴らと同じだな。何者だ?」

「他人に名を尋ねるなら、まず貴様から名乗れ!」


 いきなり斬り掛かって来るかとも思ったが、意外にも対話に応じてくれる。ただの悪漢というよりは、訓練された人間のような雰囲気だ。


「なるほど、確かに。俺はソブルム魔導学院の学生で、エリオット=ハンクスだ」

「ソブルム……? よくわからんが、なぜ我らの邪魔立てをする!」

「犯罪を防ごうとするのは当然の事だろ。それより俺は名乗ったぞ、お前らも名乗れ」

「我らはローエンブルク聖王国第三魔導騎士団の者だ!」

「……ローエンブルク? 聞いた事がないな。まぁ何でもいいんだが、お前らの罪は傷害、殺人──未遂なら懲役数年ってところか? ここが外国なら皇国法とは違うかもしれないが……とにかく今ならその程度で済むぞ。わかったら大人しく降伏しろ」


 それを聞いた騎兵達が顔を見合わせる。


「こいつ何言ってやがる?」

「油断するな。恐らく奴は召喚術師だ」


 魔術師らしき男がグラナイトウルフをにらける。


「召喚術師……にしては見た事がない魔獣を従えているな。黒妖犬ヘルハウンドの亜種か?」

「何だって構わねえさ。邪魔する奴は消せばいい」


 騎兵達は得物を握り締め、魔術師を守りつつエリオットの周りを取り囲む。典型的な攻撃の布陣だ。敵意あふれる動きに、グラナイトウルフが岩石の牙をむいた。


「……降伏するつもりがないなら強硬策を取らせてもらうが?」

「好きにせよ。召喚獣を使役出来るのは貴様だけじゃない──召喚魔法サモン人喰い鬼オーガ〉!」


 木の杖を掲げた魔術師の足元に魔法陣が浮かび上がるや、青白い肌の巨人が姿を現す。

 粘土を雑にねて作ったような醜悪な顔、筋骨隆々な巨体。その身の丈は大人よりも二回り以上大きい。


 それを見た少女は涙を流して震えていた。何しろ相手はグラナイトウルフが子犬に見えるほど大きな人喰い鬼オーガだ。おびえても仕方がないだろう。


「オーガか……。積極的に人を襲い主食とする習性を嫌われ、何百年か前に絶滅させられた種族って習ったはずだが。今もび出せる術師がいたのか」

「何をわけのわからん事を言ってやがる!」


 いきり立つ騎兵を制し、魔術師は冷たい目を向けてくる。


「小僧、そこをどけ。女を渡せば貴様は殺さないでおいてやる」

「嫌だと言ったら?」

「ならば死ね! オーガよ、そいつをい殺せ!」

「グルォォォォォ!!」


 醜悪な巨人が雄叫びを上げ、がむしゃらに突進して来る。


 エリオットは腰のポーチへ手を突っ込み──

創換魔法アセンブル水晶の騎士クオーツナイト〉!」


 放り投げた魔導核が光り、周囲の鉱物がまとわり付いた。


 異界のデータにより構成されたのは、水晶で出来た三体の騎士だ。オーガに匹敵する巨体を持ち、タワーシールドで敵の拳を防いでいる。


「バ、バカな! 召喚獣を複数体び出しただと!?」


 更にオーガの拳が振り下ろされたが、クォーツナイトは何のつうようも感じない。体格差はほぼなく、質量はこちらの方が上なのだ。敵の行動は地面を殴っているのに等しい。


「オーガを殺せ」


 そんな命令に無言で応え、クォーツナイトは人間一人ほどはあろうかという大剣をいつせんさせる。たったそれだけでオーガの胴体は分断され、光の粒子となって消えていった。


「あ……あり得ない! なぜ一人の術師が多重召喚など出来る!? 異界の法則をげたとでも言うのか!?」

「そんな常識にとらわれてるといつまでっても進歩しないぞ」


 クォーツナイトが一歩前へ踏み出す。


「ひ……ひぃぃっ!?」


 魔術師の表情が恐怖にゆがみ、震える足で後ずさる。もはや戦意はせたようだ。騎兵達と共にだつのごとく背を向けて逃げる。


「奴らを殺さないよう捕まえろ」


 その命令で、グラナイトウルフがれんきん銃から放たれる弾丸のごとき速度で駆けた。アーシェの魔法が効いているなら一体で充分だろう。


「さて、こっちは無事か?」


 エリオットはきびすかえし、少女の前にかがんだ。


 見たところ少女は年下で、中等部生くらいだろう。くすんだ茶色の髪は一くくりにされ、同色の瞳で見上げてくる。

 何度も刃を向けられたのか、ケープや服は裂け、右肩から背中にかけて大きな切り傷があった。このまま放っておけば死ぬかもしれないが、幸いアーシェが治癒魔法を使える。


「あんた名前は?」

「……フラミリス……です……」


 息を荒げ、かすれる声で告げる少女──フラミリス。エリオットは応急手当を施しながら、

「フラミリスさんか。もう大丈夫だ。これくらいのならすぐ治る」

「わたくしの事より……護衛の彼を……」

「護衛?」

「はい……わたくしを守るために戦った騎士です……」


 言われて先の光景が脳裏を過ぎる。


 馬上から剣で斬られ、槍で一突きにされた騎士。さすがに彼が生きているとは思えないが、今ここで正直に話す気にはなれない。


「……そっちは俺の仲間が救助に向かってる。だから心配するな」


 そう言うと、フラミリスは安心したようにほほみ、意識を手放してしまった。


「エリオ、大丈夫!?」


 背後から投げかけられた声で振り返ると、短剣を構えるアーシェの姿が見えた。ラキアも一緒のようだ。


「良いところに来た。この娘を治療してやってくれ」

「うん!」


 アーシェは急いでフラミリスに駆け寄り治癒魔法をかける。肩に乗るココがぴょんと飛び降りた。


「結構な重傷だね。気絶してるみたいだけど、身元はわからない?」

「わからん。とりあえず名前はフラミリスだそうだ」

「そっか。じゃあ治療が終わったら持ち物とか調べてみる」

「一応聞くが、騎士の方は?」

「……」


 アーシェは無言で応え、代わりにラキアが首を横に振る。やはり間に合わなかったらしい。


「遺体はどうしてる?」

「大丈夫、げんわく魔法で隠蔽しておいたから獣に荒らされる心配はないわ」

「そうか……。ならいい」


 見知らぬ人間とはいえ、人死にが出るのは気分の良いものではない。エリオットは頭を振って騎士の最期の姿を意識の外へ追いやる。


「ところでエリオット君、襲撃犯の一味はどうしたの?」

「グラナイトウルフが倒した。全員気絶させてすぐ近くに集めてある」

「そう。ならそっちはいいわ。後はこの娘をどうするかだけれど……」

「通報しようにも、他と連絡が取れないんじゃな」


 嘆息するエリオット。

 その時ふと、先ほどから無言を貫いているアーシェの姿が目に留まった。もう治療は終わったみたいだが、身元確認しているようにも見えない。


「そんな……嘘でしょ……」

「何かわかったのか?」

「……これ見て」


 アーシェはフラミリスの胸元をはだけて見せた。


「お、おい、何やって──」


 目をらそうとして、止まる。

 大きくはだけられたフラミリスの胸元。そこには鍵の形をした銀色のあざが浮かんでいた。

 シルジア皇国において、皇位継承権を持つ人間が生まれつき体のどこかに持っているとされるあざ──『鍵の紋章』だ。現在の皇帝は左手の甲にある。


「つまり……その娘は皇族って事か?」

「そうなるね。でもフラミリスなんて名前の皇族、聞いた事が──いえ、待って?」


 アーシェは何やら考え込むように口元に手を当てる。


「……エリオ、襲撃犯はどこの誰だったの?」

「詳しくはわからんが、ローエンブルクの魔導騎士団とか何とか言ってたな」

「ローエンブルク……って、まさかローエンブルク聖王国?」


 ブツブツとつぶやきながら魔導端末グリモアを操作し、真剣なまなしで画面を見つめるアーシェ。書籍データで何かを確認しているようだ。


「国旗のデザインも合ってる……。魔力塔付近のお城がブラムド古城だとして、そこから南西にあるし」

「ラキア、そんな国あったか? 皇国の南西はオーレリア魔法国連邦の領土だろ」

「あたしも知らないわねー」


 エリオットの問いに、ラキアが頬に指を当てて首をひねる。

 そんな無知を糾弾するように目を細め、アーシェは重い口調で告げた。


「ローエンブルク聖王国は千年前……魔導大戦期に滅亡した国だよ」

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