時空の異端者〈2〉

「いやはや、私の負けだよ。優秀な学生を持つというのも困りものだね」


 降参するように両手を上げ、柔和にほほむ。だがエリオットはサイラスを油断なく見つめたまま動かない。


「どうしたのかね? 彼らを下げてくれたまえ」

「だったら魔法を解け」


 そう言い放つと、サイラスの眉がピクリと動いた。


「ちょ、ちょっとエリオ! 先生には敬語を使わないとダメだよ!」

「彼女の言う通りだよ。それに透明化アンシーンなら既に解いただろう?」

「俺は魔法を解けと言ってるんだ」


 エリオットが刺すような目つきでにらむと、サイラスは諦めたように肩をすくめる。


 その途端、彼の周囲に光の粒子が舞った。


 短い髪は赤毛のロングへ、肩幅も丸みを帯びたものになり、ほっそりとした少女のシルエットへと変わってゆく。

 サイラスに化けていたのは、ソブルム魔導学院の学生服を身に着け、左手中指に指輪をはめた見知らぬ少女だった。右股のホルスターにはれんきん銃も見える。服装も自在のようだ。


「お、女の子だったの……?」


 たぬきのように尻尾を膨らませ、何度もまたたきをするアーシェ。エリオットも内心驚いていたが、表情には出さない。


「驚いたわねー。どうして変身している事がわかったの?」

「質問は俺がする。お前は何者だ?」

「あたしはラキア。ラキア=レヴェットよ」

「隠れていたのはお前一人か?」

「そうだけど」

「なぜサイラス先生に化けていた?」

「だってあんた達が敵か味方かわからなかったもの。味方だとわかったら変身を解けばいいし、もし敵だったとしても、権威も力もあるサイラス先生の姿ならハッタリが効くかなって」


 アーシェはげんな顔で尋ねる。


「あの、ラキアさん……だっけ?」

「呼び捨てで良いわよ。堅苦しいのは嫌いだから」

「……ラキアさん。あなたが空間転移魔法を使ったの?」


 ラキアはひらひらと手を振り、笑みを返す。


「空間転移魔法なんて使えないわよ。あたしの専門は幻術だもの」

「それを証明するものは?」

「学生証ならあるけど、見る?」


 ラキアはガウンの胸ポケットから一枚のカードを取り出す。顔写真や所属する魔法科など、個人情報が記載されたものだ。


 そこに書かれていた内容は、確かに彼女の言葉通りだった。

 ソブルム魔導学院に所属する幻術科の学生のようだ。現住所は皇都内のアパートになっているが、国籍が違っている。どうやら外国人らしい。


「オーレリア魔法国連邦国籍……お隣りさんからの留学生なのか」

「ええ、そうよ」

「あの国にも魔法学校はあるだろうに、わざわざ留学を?」

「オーレリアの学校ってどれもレベルが低いもの。天下のソブルム魔導学院に入れるなら誰だって行きたいと思うわよ」


「嘘だな」


 ばっさり切り捨てると、ラキアの笑みがほんの一瞬、硬いものへと変化する。


「……何を根拠に嘘だと?」

「この学生証が根拠だ。魔法で細工してあるだろう」

「してないわ。言いがかりはやめてちょうだい」

「次に嘘を吐いたらこいつらをけしかける。よく考えてしやべった方がいい」


 五体のグラナイトウルフがにじり寄る。


 そこまでやると、ようやくラキアは観念したように嘆息した。


「……あんた本当に怖いわね。どうしてわかったの? あたしが使ったのは無生物さえも欺く最先端のげんわく魔法なんだけど」

「質問は俺がすると言ったはずだ。なぜ嘘を吐いた?」


 ラキアはほんのわずかに間を空け、ためらうように言った。


「……あたしが産業スパイだからよ」


 そうして指を鳴らすと左手の指輪が淡く光り、学生証が変化する。顔付きも目の色も異なる別人のものだ。どうやら顔写真をいじっていたらしい。


「学院を取り囲んでいた白装束の連中はなんだ? あれもお前の仲間か?」

「白装束って?」


 目をぱちくりさせるラキア。


 エリオットが右手を挙げると、グラナイトウルフが岩石で出来た牙をむく。


「ほ、ほんとに知らないのよ! あたしはこれを盗み出すために学院へ侵入しただけだし!」


 慌てた様子で見せてきたのは手の平ほどの古ぼけた本だ。表紙に赤い宝石が埋め込まれ、その周りにおおわしの紋章が刻まれている。


「それ……ソブルムの書?」

「そうよ」


 アーシェの問いかけにあっさりとうなずく。


 ソブルム魔導学院の創立から現在まで、およそ五百年。

 その間に開発されてきた、ありとあらゆる魔法の研究データが詰め込まれた魔道書だ。もしその知識が流出すれば世界のパワーバランスが変わるとも言われるほどの代物である。


「そいつを渡せ。お前が持っていて良いものじゃない」

「……それは出来ないわ」

「いいのか? 今渡しておいた方がをせずに済むぞ」

「言っておくけど、こればっかりは全力で抵抗させてもらうわよ……。やるなら腕の一、二本は覚悟する事ね」


 ソブルムの書を胸元に隠し、目を細めてにらむラキア。みぎももれんきん銃を抜き、トリガーに指をかける。


 本気で命のやり取りになりそうな空気を感じ、エリオットは肩をすくめた。魔道書の奪還は後回しにした方が良さそうだ。


「お前の本当の名前は?」

「だから、ラキア=レヴェットよ。いじったのは顔写真と一部のプロフィールだけ。ちなみにその写真の女の子はあたしと同じくオーレリア出身。今どうしてるかは知らないわ」

「外の様子がおかしいのはお前のせいか?」

「いいえ。さっきも言ったけど、空間転移魔法は専門外なの。それにあたしも早く帰りたいのよ。産業スパイは情報を持ち帰ってこそでしょう?」


 しれっとそんな事を言うラキア。もはや体裁を取り繕う気もないようだ。ちらっと腕輪を見てみたが、光を放ってはいない。


「……」


 エリオットはわずかにしゆんじゆんし、グラナイトウルフを分解、砂に戻した。


「許してくれるのかしら?」

「許すかどうかは学院のお偉いさん達が決める事だ。俺がどうこうする問題じゃない。それに、今は非常事態だからな」


 エリオットは手を差し出す。


「俺はエリオット=ハンクス。専門は創換術だ」

「私はアーシェ=ミスティ=アークライト。専門は付与魔術。で、この子がココちゃん」

「使い魔まで紹介するのか?」

「ココちゃんはお友達だって言ってるじゃない」

「使い魔兼お友達だろ。わかってるって」


 木の実を食べるリスのように頬を膨らませるアーシェ。


「エリオット君とアーシェちゃんに、猫のココちゃんね。よろしくにゃ」


 幻術で頭に耳を生やし、猫の真似をするラキア。エリオットとアーシェは困ったように顔を見合わせる。


「それはそうと、どうやってあたしの幻術を見破ったのかしら? 後学のために教えて欲しいんだけど」

「俺が教えると思って聞いてるのか?」

「なによ、教えてくれたっていいじゃない。今は非常事態でしょ? 情報を共有しておいた方がいいんじゃない?」

「産業スパイになんでそんな事を教えないといけないんだ」

「えぇー、けち! いじわる! ちょっとくらいいいじゃない。あ、わかった。ほんとはテキトーに言ったんでしょ? カマかけってやつ?」


 わめき散らすラキア。うるさい事この上ない。エリオットはため息を漏らした。


「……腕輪が教えてくれたんだよ」


 そう言って左手首の腕輪を掲げる。


「これは……感知の腕輪センス・リング?」

感知の腕輪センス・リングじゃない。超感覚の腕輪パラフ・リングだ。虫の知らせや第六感と呼ばれるものを魔導工学で再現した。いわば、これは腕輪の形をしたオートマギアなんだよ」

「オートマギアって何?」

「……まぁ、ゴーレムみたいなものと思ってくれ」


 ラキアは感心したように笑みを浮かべた。


「ふぅん。あたしの幻術を見破るなんて、なかなかすごい魔道具ねぇ。それにさっきの召喚術? 普通なら一体しか召喚獣を使役できないはずなのに、どうやったのかしら?」

「召喚術じゃない。さっきも言ったが、俺は創換術師だ」


 創換術とは、召喚術と錬金術を組み合わせ、高度に発展させた魔法である。


 通常の召喚術は、召喚者の魂をしろとして魔獣や精霊などを異界からび出す。普通は一人一つしか魂を持たないから、必然的に使役できる召喚獣も一体だけとなる。


 しかし創換術では、錬金術により作製した魔導核を魂の代わりとし、召喚術で異界に記録したデータをび出し、この世界に存在する物質を創り換えてゴーレムを生み出す。


 錬金術のようにあらかじめゴーレムを用意しておく必要がなく、召喚術のように魂のしろも必要ない。エリオット自身が考案し開発したため使い手が他にいない、まさに先端中の先端といえる魔法技術である。


 エリオットは魔導核をつまんで見せる。

 透き通った正八面体の中に、無数の記号や魔法陣が浮かんだ青い鉱石だ。


「こいつが俺の研究の成果物、魔導核だ。錬金術で何千何万もの術式を書き込んで、擬似的に魂を再現した。ゴーレムは逐一命令を与えないと単純動作しか出来ないが、魔導核を埋め込めば、術式次第で召喚獣並に複雑な自律動作も可能になる」

「オートマギアとゴーレムでは何か違うの?」

「実質的な違いはない。だがゴーレムという単語は無能の代名詞に使われる事もあって誤解される可能性があるからな。俺は魔導核を埋め込んだゴーレムを魔導機械オートマギアと名付けた」

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