異界の扉

果たして石材か、あるいは金属なのか————

朽ち果てた迷宮を形作るは均質なレンガのような形の硬材であった。

それが幾重にも複雑に規則だって重なり、更に迷宮内には骨や植物のようなものが覆いかぶさり、古の魔法文明の残り香を感じるにはあまりにも禍々まがまがしい雰囲気であった。

あの時と、ほぼ同じ光景。十年前の記憶がルロイの脳裏に蘇る。

「キュイイイ」

 ルロイたち四人を籠に乗せたフレッチャーは、一挙に『はるかなるきざはし』を最上階まで飛躍ひやくし、その場所に鎮座ちんざする悪魔の大口のごとく開かれた巨大な扉へと突入した。異界の扉内部の瘴気しょうきを振り払うように青い飛竜は翼をバタつかせ石床に着陸。ルロイたちに自分の役目を一先ず終えたことをフレッチャーは鳴き声で知らせるのだった。

「ありがとうフレッチ。一先ずサシャの下に戻って良いですよ」

「キュイ!」

 ルロイは籠から降り、フレッチャーの頭を労うようにでる。フレッチャーもまた嬉しそうにつぶらな瞳をまたたかせ短く鳴き声を上げる。そして、ルロイの言葉を理解してかおもむろにフレッチャーは石畳いしだたみに脚を踏ん張り再び翼をバタつかせ飛び去って行った。

「ヒャア!ここが『異界の扉』の内部ってか!ヒャハハ生き物の体内みてぇで気持ちワリィ」

「そうかい?私はもっと猟奇的なものを想像していたんだがね」

「十分猟奇的だろニャ!勘弁してくれだニャ……」

 ギャリックは笑い上戸に、リーゼは含みを持たせて笑い、ディエゴは大げさに怯えて、 各々勝手にここの感想を述べている。

「ようやく戻ってこれたよ。エルヴィン……」

 ルロイはダンジョン奥の深い闇の先を見据え、独り言ちる。

 『異界の扉』の内部は幾度かの調査の結果、外の世界と比べ時間の流れが酷く遅いことが判明している。

それでもあれから十年。

エルヴィンが生存している可能性は極めて低い。だが、あの時エルヴィンがあの悪霊そのものに取り込まれてしまったならば、あの時のままエルヴィンが悪霊の一部として保存されている可能性も否定できない。ルロイの儚い願望でしかなかったが、それならばエルヴィンを悪霊から解放し救えるはずだと己に言い聞かせ、ルロイは再びこの場所に戻る日を待っていた。


「さあ、行きましょうか」


 ルロイはダンジョンの最奥へと歩を進める。

「————ッシャアア、行くぜ!!」

 ギャリックが両の手を勢いよく叩き、勇み足でルロイに続く。

「そう言えば、入り口の扉はともかくこのダンジョンはまだ名前さえないんだろう?あわよくば私が名付け親になってみるのも一興かねぇ」

 鞄の取っ手を片手で握り、リーゼは鞄を背中にしょい込むようにして歩み始める。

「まったく、オイラはとっとと終わらせて晩飯食べて寝……」

 最後に、ディエゴがぼやいて嫌々追いすがるように足を進めた、その瞬間。

ディエゴは足を止め、神経質に鼻先を細かく動かしている。

「クンクン……こりゃ言ってるそばから、熱烈なお出迎えだニャ」

「ヒャア!そう来なくちゃなぁ!」

 ディエゴの言葉に、ギャリックは獰猛な歓喜を抑えることができず得物えもののロングソードを構える。

 仄暗ほのぐらきダンジョンの奥底から、轟音ごうおんとともに異形の群れがルロイたちの眼前へ迫る。

 巨大な一つ目の蝙蝠こうもりじみた怪物に、一つの胴から複数の獣の首を生やした魔物、悪魔の石像を模したガーゴイル。と、異界の住人たちが迷い込んできた生贄いけにえを求め一気に押し寄せる。

「いきなり大漁ってかぁ!」

「くっ、いきなりなんて数だ」

 嬉々として剣を振り回すギャリックが先頭に立ち、ルロイもまたチンクエデアを抜き出し覚悟を決める。ディエゴはこの期に及んで慌てふためき隠れる場所がないかとキョロキョロと挙動不審になっている。そんな中リーゼは鞄を石床に置き、粛々と鞄の中身を取り出すことに集中していた。

「リーゼさん?」

「どうやら、これを実戦で試す時が来たようだね」

 こんな時でもリーゼは、というよりこんな時だからこそ、この女は不敵に悪戯っぽく笑っている。そして、それがどんな予兆かルロイは思い当たる節があり過ぎるほどあるのだった。

「この公示鳥は、あの時の!」

「そう、あの時よりも更に試行錯誤を重ね、猟奇的に仕上がった————」

 ルロイの眼前には、忘れもしないいつぞやの事務所を火事に巻き込みかけた物騒な鳥形の造形物が目に入った。それが、更に多量のネジやら謎の金属片で補強され、禍々しくも洗練されている。

「その名も、特攻機甲鳥獣とっこうきこうちょうじゅうフェニックス改」

「相変わらずのネーミングですね」

 ルロイの反応などどこ吹く風で、リーゼは迫りくるモンスターの大群へと怜悧に狙いを定め、機体の後部トリガーらしきものをカチリと引く。

「逝け!」

「ヒャー、なんだってんだ!」

 今まさに、敵へ斬りかからんとするギャリックの頭上を紅蓮ぐれんの炎をまとった物体がメキメキと音を立て、ギャリックの橙色の逆立った頭髪の末端を焦がしながら突貫してゆく。

 機械仕掛けのフェニックスは、同じく機械じみた厳しいガーゴイルの凶悪そうな顔面に激突すると同時、機体の中央が青白く一閃したかと思うと、一挙に爆散し紅蓮ぐれんの火球となり、その猟奇的炎は周囲の有象無象うぞうむぞうを巻き込み広がって行く。

「これは、凄い熱量だ」

「言ったはずだろ、猟奇的に改良したって」

 嬉し気に、一同へウィンクして振り返るリーゼの背後に立ち込める爆炎がもたらした煙の中から、後続のモンスターが爆炎をものともせずに進撃してくる。

「だー全然ダメじゃニャアか!」

 いつの間にか、石柱らしきダンジョンの突起物のてっぺんまで登りつめたディエゴが、みっともなくわめき散らしている。確かに何体かは先ほどの爆発で仕留めたことだろう、それでも、敵の数は増えつつある。

その圧倒的な数の前にあっては、フェニックスの爆発力さえ焼け石に水に見えた。

「よぉ~く御覧ごらんよ」

 狼狽うろたえるディエゴに、特に焦る様子もなく気だるそうにリーゼがフェニックスが爆散した場所を指さしてみせる。爆発の間際、おそらくフェニックスの動力源であり、爆発をもたらした力の源でもあるのだろう、青白い結晶体が炭化したモンスターの死骸から鋭い輝きを持っている。耳をそばだてると、なにやら結晶体の周囲で金属的なカタカタと何かを引きずりこすれるような音が徐々に大きくなってゆく。

「ニャ……!」

 先ほどまで非難がましい態度でいたディエゴが、目の前の光景を見て口をあんぐりと開け固まっている。爆散し灰になったはずのフェニックスの残骸の数々が、結晶体へと次々に引き寄せられ鳥の造形へと復元してゆく。

「これは、壊れた破片から再生している」

「単に酔狂すいきょうだけで、私はフェニックスの名前をつけちゃいないんだよ。爆炎の中から蘇ってこその不死鳥なのさ」

 リーゼがどや顔で言い切るや、フェニックスは爆発前の姿へとほぼ戻っている。心なしか一回りサイズが大きくなっているが、どうやら先ほど爆発で巻き込んだモンスターの死骸の一部を体のパーツとして取り込んだためのようであった。

「これはまた、復活した姿が猟奇的……はっ」

 思わず、そこまで口にしてルロイはリーゼのしたり顔を見てはっとなる。

「まったく、ここまで猟奇的に仕上げるのに苦労したよ。種明かしをすると、とある魔晶石に色々細工をしてさ、倒したモンスターを駆動するエネルギーとして吸収し破壊された外殻を修復するよう術式を施してある。私のフェニックスは敵を倒せば倒すほど強くなれ————」

「ちょ……喋ってる場合じゃ!後ろ!」

 フェニックスにより爆散させられたモンスターの死骸を踏みしだき、からすのような頭をした半獣人が奇声を上げリーゼに襲い来る。

「ふん、無粋な……」

 リーゼもまた護身用に金属製のメイスを振り向きざまにコートの中から取り出し、肉薄してきた獣人の頭を、手慣れたように潰してゆく。本職が錬金術師とは言え、リーゼもまたダンジョンに潜り慣れている強者であることに偽りはなかった。

 復活したフェニックスは、既に最前線で剣を振るうギャリックと共に再び炎をまとい踊り狂っている。その覇気にモンスターの群れも気圧され始めている。ルロイもまた得物のチンクエデアを構え敵の動揺によって生じた間隙に突っ込む。

「ヒャア!難しいことぁ分かんねぇ!今のうちに、突き進むぜ!そうだろぉロイ!」

「このまま猟奇的に突っ込むのも一興」

「しょうがねぇだニャア……」

 ルロイに続き、リーゼは血に塗れたメイスを、ディエゴもまた得物であろうダガーを手慣れたように扱い、曲芸のように襲い来るモンスターの攻撃をいなすように蹴散らしながら追いついてくる。ヘタレコボルトのようでいてこれでもやはり、ディエゴという男はいざという時の修羅場は潜り抜けている猛者なのだった。

「道は開かれた。ありがとう、みんな」

 かつての友を救いに、新たな友と共に今自分は人生を歩めている。ルロイは、その感謝をこの地獄の入り口ともいえる異界の間で自分を魔法法証人としたウェルス神に感謝していた。

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