腐れ縁の仲間達

 混沌とした街中をルロイとギャリックは駆け抜ける。

 見晴らしのいいマイラーノ大橋から、ダンジョンからがあふれ出したスライムやらゴブリンやら亜種を、普段は仲の悪い冒険者と憲兵、市民兵が共に協力しモンスターの鎮圧に当たっている。

 さながら伝令代わりに、金属的なやかましい鳴き声のラッパ頭の公示鳥があちらこちらに飛び回り、各地で応戦している部隊間を駆け回っている。もはや、市民への避難警告だの外出禁止をするまでもなくレッジョは戒厳令どころか戦場そのものであった。

 ルロイは、より近くで『はるかなるきざはし』の威容を見上げる。

 十年前の前回よりも『はるかなるきざはし』周辺の地場の乱れが激しく、その歪みをどうにか抑えるにはレッジョの魔術師全てであたっても完全に防ぎきることは難しい。との意見が市参事会の緊急会議で大半を占めていた。

 中にはいっそのこと封印の力を弱めてしまい、その隙に市民軍の精兵を送り込み地場の乱れの源となっている歪みの原因を倒してしまおう。

 というイチかバチかの意見が出る。成功すればいいが、下手をすればレッジョ市内は魔物であふれかえり最悪のレッジョそのものが全滅する。との反論に合いこの案は採択されなかったが。

 また、扉の中へ飛び込むにせよ扉が閉じる時間がくると今度は磁場の収縮により地場が閉じようとするため、少しでも手間取ればダンジョン内からの脱出が困難になる可能性が高くなる。かといって、人間の力で扉をこじ開けたままにするなど扉を完全に封印するのと同様土台無理な話で、せいぜい封印を遅らせるに過ぎない。

 それも度が過ぎれば異次元から現出した扉を無理に引き留める形となってしまうため、多大なる魔法の発動で扉近辺の『はるかなるきざはし』の磁場が大いに乱れる恐れがある。そうなれば、最悪ダンジョンの入り口になっている「はるかなるきざはし」が崩壊する恐れさえあると魔法学者達は主張する。

 現に身の安全を第一に考える市民は家族と共に港から船で脱出している。しかし、中には何だかんだで街のために戦ってくれている冒険者や憲兵たちの後方支援のために残った者や、愛着のあるレッジョから離れることを良しとせず家を要塞の様にして決死の覚悟で引き籠る剛の者もかなりの数いたりする。住民は住民で冒険者や憲兵隊とは違ったレッジョ魂とでも言うべき郷土愛と意地を見せて、決死の覚悟でこの街にしがみついているのだった。彼らの多くに、かつて冒険者としてこのレッジョを訪ね、やがてこの街を愛して土着化した元冒険者がいたのも揺るがぬ事実であった。

 ルロイとて、そんな住人の一人であることに、今更実感が湧いてくる。自分が『異界の扉』に挑む理由はすでに一つではなくなっていた。この街とこの街で過ごした十年間の思い出をルロイもまた守りたいと切に願っていた。


 公証人ギルドでもあるウェルス神殿の目の前には既にディエゴが、物々しい雰囲気の中で手持無沙汰そうに腕組みをしていた。

「待たせましたね、ディエゴ」

「まったくだニャ」

 ディエゴにはエルヴィンを探し当てて貰う探索役としてルロイに雇われていた。

「これ渡しておかなくては……」

 ベルトに括りつけたポーチから小さな金属片を手渡す。

「まったく、特別料金だニャよ」

 そう言って、ディエゴはその金属片に鼻を近づけクンクンと臭いを嗅ぐ。その金属片には乾いた血がべっとりと付いていた。

 これこそ、十年前ルロイがエルヴィンの胸当てを得物で突き刺した時、革製の胸当てにはめ込まれた金属のびょうが受傷の衝撃で外れたものであった。当然血はエルヴィンのものである。『異界の扉』内の地図は、何度か探検に出た冒険者たちにより不完全ながら地図として残されている。が、エルヴィンがまだ生きているならルロイはディエゴの嗅覚を頼りに賭けてみたいと願っていた。

 要はエルヴィンを探し出すには、ディエゴはこれ以上ない逸材なのだ。基本情報屋で戦闘などまっぴらだというディエゴに時間をかけて説得し、多額の報酬でようやく渋々ながら了承してくれた。思えばルロイにとって、レッジョでのディエゴとの付き合いはかなり長い腐れ縁だった。

「まぁ、おみゃあとはなんだかんだで長いからニャア。オイラ、言わずともやりてぇことも分かってるニャ」

 そう言って、蜂蜜漬けのオークの大腿骨に貪りつく姿はいつも通りであった。

「ずいぶんと、猟奇的かつ面白そうな話をしているじゃないか」

「リーゼさん」

 聞きなれたブーツの足音を聞いた時、薄々予感めいたものをルロイは感じ取っていたが、こうした予感は得てして確信に変わるものである。

「ああ、大方の事情はディエゴから話は聞いたよ」

 切れ長の瞳を怪しげに輝かせながら、リーゼは悠々と足踏みを鳴らす。リーゼの後ろからやけにデカいかばんを抱えたモリーが足取り重く、ようやくといった面持ちで歩み寄ってきた。

「私も一枚噛ませてくれないかい?ルロイ・フェヘール」

「一応、理由をお聞かせ下さい……」

「決まり切ったことだろう。まだ見ぬ未知の猟奇的アイテムそして実験用になりうるかもしれない猟奇的モンスター。私が行かない理由がない!」

「もう、リゼ姉ったらこう言って聞かないんですよぉ~」

「当たり前だろう、モリー。お前、何年私の助手をしているんだ?」

「下手をすれば、レッジョが滅びかねないというのに相変わらずですね」

 ルロイやモリーのボヤキなど聞く耳を持たず、リーゼは嬉しそうにかばんを指の腹で叩く。

「それに、実戦で試したいオモチャもあることだしね……」

 リゼは不穏にクツクツと笑うと、モリーが抱えたかばんを受け取ると角帽を指でいじくり楽し気に言葉を継いだ。

「私は君の護衛でも探索役でもない。勝手に付いて行く分には構わないだろう?」

 どうせ、無理にでも付いてくるくせにとは口が裂けても言うまい。

「ところで、後ろから飛んでくるあれもパーティに加えるのかニャ?」

 ディエゴがおずおずと、ルロイの後方を指さす。

「キュイーーーーー」

 聞き覚えのある甲高く空を切る鳴き声。

「その声は……フレッチも⁉」

 空の様に蒼い翼を広げ、いまやマティスからサシャの愛竜となったフレッチャーが広場へ着地する。それに続いて、サシャが息を切らしながら走って来る。

「ようやく追いついた……」

「サシャ。これはどういう?」

 まさかの珍客に流石のルロイもしどろもどろになる。

「『異界の扉』の磁気の乱れを最初に感じ取ったのはこの子だから。それで、私の方からフレッチにロイたちを助けて欲しいって頼んだんですよ。二つ返事で承諾してくれました」

「キュイッ!」

 サシャは、日常の他愛のない会話のようにあらましを説明する。そして、その説明を明るく肯定するかのようにフレッチャーが頷く。

「えっと、なんで普通に意思疎通ができるんです?」

「これでも、『蒼天マティス』の娘ですから。私もその名に恥じぬ竜使いとして鍛錬を積んだ結果です」

「あれから短期間でナチュラルにいっぱしの竜使いたぁ……ね~ちゃんよ、アンタも親父譲りにバケモンじみてんぜぇ!」

 ギャリックが愉快そうに茶化す。

「わ、私は父とは違いますよ!」

 サシャは子供っぽく膨れて見せると、ルロイに向き直るやしおらしく何か大事そうに包んで両手を突き出していた。

「ごめんなさい、最後にこれだけは渡しておきたくって」

 数か月前に見たあの竜笛だった。今や完全にサシャの笛として創り直され、手入れの行き届いた笛は光沢を帯びている。

「良いんですか、竜笛がないとフレッチャーは……」

「もう、竜笛なしでもフレッチは私の意思だけで動いてくれますから。今これが必要なのは、きっとロイの方。これを吹けばフレッチが『はるかなるきざはし』の最上階まで連れてってくれるよう私からフレッチに言い聞かせてます」

「サシャ……」

「今は、一刻を争う事態ですから。私なりに何かみんなを手伝えればと思って……だから、せめて危なくなったらフレッチを呼んで逃げて」

 ルロイはサシャの柔らかい両手を握りしめ、竜笛を受け取った。

「ありがとう。必ずや戻ってきますよ」

 自分にはまだまだやり残したことがある。それに、自分を支えてくれる人々と共にこの街で生きてゆきたいと思える。それがルロイにとっての救いであり、生きて帰る理由なのだった。

「まったく、今日という日はまこと騒がしいことよ……」

 神殿の入り口から、厳粛そうな声と共に初老の身なりの良い男が一行へとおもむろに歩み寄る。

「フィオーレ猊下げいか

「遂にこの時がきたか……お主の思惑なんぞ、当の昔に分かっとったわ」

 老人の瞳は全てを見通すように静かに、この時のルロイを迎え入れていた。

「フィオーレ猊下げいか僭越せんえつながら、このルロイ・フェヘール、魔法公証人を辞めることをお許し願いたく今回参じました。『異界の扉』開いた今、一介の冒険者に戻り再び『異界の扉』へ赴くつもりです」

「それは、エルヴィン・カウフマンへの贖罪しょくざい故に、か?」

「それもありますが、何より友を我が手で救うためです」

 ルロイを試すような沈黙の後、フィオーレは顔に深く刻まれた皺をより深くして頷いた。

「ふむ、分かっておるよ……行くがよい」

「では!」

「『異界の扉』へ行くことは許可しよう、しかし魔法公証人を辞めることは受理できん」

「それは、どういう意味ですか?」

「ルロイ、お前が本当にエルヴィンと自身を救いたければ、ウェルスの使徒たる魔法公証人として挑むのだ。でなければ意味はない」

「恐れながら、何故ですか?」

「いずれ分かる」

 そう言い切ったフィオーレは、勿体つけた様子もなく静かに挑むようにルロイの目をみた。その言葉の意味に気付けるかどうか、それもまたルロイが『異界の扉』の試練を乗り切れるか否かを左右しうる問題なのであろう。答えを見出せなければ、全て『異界の扉』に飲み込まれてしまう。

「どうする。冒険者に戻るのではなく、今のお主としてアレに挑むか?」

「ええ、もちろんです」

 今更、覚悟の定まったルロイに引き返すつもりなどなかった。

「行きましょう『異界の扉』へ!」

 ようやく、役者は揃った。

 後は、向かうべき場所へ乗り込むのみ。

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