急転

 これまでの経緯をルロイは頭の中で整理する。種付けおじさんの本名、ゾシモフと種付けおじさんの関係、フンゴジャッロの繁殖成功の実態と因果関係、種付けおじさんが知りえたであろう特別な事情の数々。後は、種付けおじさんを見つけて捕らえることができれば、ことは収まる。

 リーゼの工房を出てそのままルロイ一行は、本能的に『仄暗ほのぐら鉱床こうしょう』へ向かう。証拠がある訳ではなかった。しかし、これまでの情報収集で種付けおじさんがレッジョの官憲にも見つからず、レッジョ市内において種付けに精を出せる隠れ家があるとする。ディエゴの言う通り、種付けおじさんがゾシモフと旧知の仲でフンゴジャッロの繁殖につきグルだとすれば全て一本の筋道として繋がる。つまり、あの場所しかないということになる。

 既に日は暮れつつあり、薄暗く狭い街の裏道沿いの界隈かいわいをルロイたち四人は、北へ向かって駆け抜ける。

 そんな中、甲高い悲鳴が耳に入った。

 恐ろしく良く見知った声だった。

 そして、黒づくめの男二人に抱えられ、猿轡さるぐつわを噛まされ抵抗する後ろ姿。

 ヘイゼルの瞳に、亜麻色の髪をした少女が瞬くに縄で手足を縛られ、麻袋を被せられている。

「サシャ!!」

 おそらく、リーゼの工房での仕事で買い付けか何かの帰りに見計らったかのように待ち伏せにあったと思ってよい。今このタイミングで目の前でサシャが狙われた。見せしめにしても、あからさまに出来すぎている。だとしたら、これまでの調査がすべて筒抜けになっていたことになる。関係ないものを巻き込んだやり口にルロイは激昂げきこうしつつも、頭を高速で回転させ今の状況を整理する。

「クソっ、明らかに罠!しかし……」

 怒りの形相のルロイと脇で震えているアナを見て取ったか、黒ずくめの男の一人が頭巾を外し、わざとらしく挑発するように、視線をルロイたちに向ける。

 恐ろしく鮮やかな手際、この時点で、既に二人組は完全に視界も体の自由も奪い麻袋に包まった荷物を二人で担ぐような体勢を取り、いつでも闇に溶け込んで逃げ出せるつもりでいる。

「あわわ……」

「こん野郎ぉ!白昼堂々と」

「ヒャハ、今度は人さらいってか!」

 アナは困惑し、アシュリーは義憤を、ギャリックは何かの予感を感じ取り笑っていた。

 そんな一同の反応を見てか、主犯の男は褐色の肌をした見事に禿げ上がった顔に、「やったぜ」とばかりに口元に狂的な笑みを張りつかせていた。そして、どういう訳か懐から親指大ほどの赤い果実を取り出し、舌先でレロレロと弄んだかと思うや犬歯で無残にも果肉を引き裂き飲み下した。

「あ、あいつ!」

 アシュリーが驚きと共に怒りで手が震える。

「どうしました?」

「あいつだ、『種付けおじさん』舐めたマネしやがって!」

 裏路地の薄暗がりのせいで顔ははっきりとは分からなかったが、あの動作アシュリーは見覚えがあるらしい。ルロイに続いて、今度は正体までバラしアシュリーの神経を逆なでにかかっている。目の前の全てを嘲笑うがごとき狂態。

「ついに女の子にまで手を出しやがって!もう容赦しねぇぜ!」

 アシュリーが種付きおじさんに飛び掛かる前に、もう茶番は十分とばかりにサシャを抱えた二人組は走り出す。必死に食らいつこうと路地裏を駆け抜けるもよほどこの入り組んだ裏路地の土地勘に敏いのか、すぐにルロイたちはあっという間に撒かれてしまう。

 そう、これは明らかに罠。しかし、このまま見過ごす訳にはいかない。

「ぜーぜー、見失いましたぁ……」

「大丈夫、これで行先どころかすでそのルートも割れてます」

 すっかり弱気のアナに、ルロイがこう切り返したのは確信があったからである。

 サシャを連れ去った二人組の踏みしだいた地面の泥濘でいねいに残った足跡だった。暗がりで足にまで注意が及ばなかったが、地下足袋じかたびの跡があった。泥濘でいねい穿うがたれたその足跡は、裏路地を抜けた表通りの石畳上にまでこびりつきレッジョ霊園の街の北へと伸びていった。


 あれから、足跡をたどり『仄暗ほのぐら鉱床こうしょう』に繋がるものであろう、土手の下の目立たぬ用水路へ消えていった。見張り小屋のある玄関が表口なら、これはいわゆる裏口というものだろう。ダンジョン規模が巨大だとこうした裏口がいくつか存在する。

 すぐにでも乗り込んで行きたかったが、そこで待ったをかけたのはアシュリーであった。彼女は少しばかり待ってくれるようルロイたちに頼むと、人数分のスパイク入りのブーツとカンテラ、そして自らが使う得物を引っ提げて戻ってきた。

「お……ありゃ、クォータースタッフ!」

 ギャリックが目敏めざとく反応をしめす。

 アシュリーは、『朽木くちきその』に戻り自身の身長よりも四分の一ほど長い木製の棒を持ち出し、よく見ると鎖帷子くさりかたびらまで外套がいとうの内側に着込んでの戦支度いくさじたくだった。

「待たせたな、これで準備万端だぜ!」

 どうやら、この中で一番冷静さを保っていたのはアシュリーだった。

「ありがとうございます。おかげで、少し頭が冷えましたよ……」

 後ろでギャリックとアナも苦笑している。

 そう、追い詰めているのはこっちだ。

 それを相手のペースに乗って追い込められていたのが自分たちになってしまっては元も子もない。それを忘れるな、とルロイは自らに言い聞かせる。


「おやおや、折角だが無断で入場料も支払わずに入って来られるのは困るねぇ……」

 しばらく、裏口を進み待ち構えていたかのようなゾシモフの声。気が付けば、開けた広間のような場所にゾシモフが仁王立におうだちでルロイたちをにらんでいた。こちらもルロイたち同様に武装し手には戦斧が握られていた。そして、ゾシモフの背後には十数人からなる複数の冒険者たちが控える。恐らくは、こうしたダンジョンの裏口からのアイテム盗掘を防ぐための用心棒。だが、今はルロイたちへの伏兵として招集されているには分かり切った事実。

「人がさらわれて、ここへ連れ込まれたんです」

「へぇ、なるほど……」

 ゾシモフが顎髭を親指の腹で擦りながら下卑た笑みを浮かべる。

 後ろの冒険者たちは既に武器を構え一斉にルロイたちにらみつける。

 張りつめた殺気、まさに一触即発。

 ギャリックだけが、やけに嬉しそうにギトギトと獰猛な笑顔をゾシモフと冒険者たちへ向けていた。それを表向きは穏便に済ませようと、ゾシモフはいきり立つ背後の冒険者たちを手で制し老獪ろうかいな笑みを浮かべる。

「しかしまぁ、ここはわしの土地でありテリトリーじゃけぇのう。その件につきゃ、わしからこの街の司法官憲に知らせておく。じゃから、ここは穏便に引いてはくれんか?」

 あれほど露骨な挑発をしておきながら、あくまでもシラを切るつもりらしい。ならば、こちらも遠慮なくそちらの悪事を暴露させてもらう。

「マーシャル・フリードマン。人呼んで『種付けおじさん』とは古くから仲が良いそうですね。おそらく、人さらいをした彼をここにかくまう程度には……」

「なっ!」

 ゾシモフの余裕が初めて崩れ去る。

「あなたが、どこまでグルか分かりかねますがね……彼について言えば、捕まえれば色々余罪も明らかになるでしょう。関係のない少女を拉致してまで守りたい秘密があるそうですからね」

 ゾシモフは、瞳の奥から怒りの色を隠しきることはできずルロイをドスの効いた目線で睨みつける。

「青二才!わしを侮辱するかぁ?」

「侮辱とは何のことでしょう?何か心にやましいことがないのなら『種付けおじさん』を連れてきてください。もちろん拉致した少女は無事に返すこと。卑劣な犯罪者の共犯者にはなりたくはないでしょう。それとも、やはりできませんかね……?」

 ルロイは、思い切り慇懃無礼いんぎんぶれいな笑顔と辛らつな言葉をゾシモフに叩きつける。

 ゾシモフはこめかみの辺りを痙攣けいれんさせると短く。

「やれ!」

「ピャッポルルガー!!」

 敵方の冒険者がときの声をあげる前に、ギャリックが怒声とも奇声ともつかぬ声を上げ突貫する。右手には勝手知ったる得物のロングソード。左手には斬撃を防ぐマインゴーシュの二刀流。そのままギャリックを防ごうとゾシモフをかばった数人の敵の群れを力技でぶっ飛ばし、そのままゾシモフに肉薄する。

「ヒャッハー!雑魚に興味ねぇえ!!ドワーフ戦士ぶっ殺しぃいい!!!」

「狂戦士めが……」

 地下足袋じかたびでしっかり石床を踏みしめ、ゾシモフは戦斧でギャリックの突撃を防ぎきる。

「せりゃああ!」

 アシュリーもまたギャリックに続き槍を構えた冒険者の顔に向かって突きを入れる。槍使いはすかさず槍の柄で上に向かって受け流す。

 アシュリーはその隙を逃さず更に踏み込み、スタッフの持ち手を返して槍の下へ回り込みそのままスタッフで槍の柄を押し上げそのまま石突きの部分で、槍使いの頭を叩き昏倒こんとうさせる。

「こん、アマぁ!」

 別の冒険者が長剣を持って突貫してくる。アシュリーは素早くスタッフを頭上で旋回させその遠心力で右手にスタッフを持ち、突貫してくる敵の膝の後ろを薙ぎ払う。

 敵がくぐもった悲鳴を上げ転倒する隙に、アシュリーはそのままスタッフの勢いを止めず、左肩を上げ左手でスタッフをつかみ、そのまま転倒した敵の顔面へと突きを叩き入れる。

「やりやがったな!」

 今度は背後から襲い来る敵に対し、体を右へと捻り振り返りざまに勢いよく体を回転させ、そのまま背後から襲い来る敵を他に二人ほど巻き込みながら強い一撃を叩きこむ。

 ギャリックがタイマンに特化した戦士ならば、アシュリーは常に大勢との闘いを想定して戦う戦士であった。

「おうおう、やるじゃねぇか黒エルフのねーちゃん!」

 二刀流でゾシモフの戦斧を受け止めながら、ギャリックは頼りになる味方の存在に喜んでいた。ルロイもまたチンクエデアとケープ術によって敵の攻撃をいなしギャリックの援護に回る。

現世うつしよにて彷徨さまよ同胞はらからよ。冥府の至高たる死神モルスの御名において、我なんじらを呼び起こさん。我に仇なす者を討て!スケレトス!」

 アナもまた詠唱を終え、ダンジョン奥の幾つかの骸骨となった冒険者の骸を呼び起こし使役することに成功している。敵方にも何人か魔導士がいる。どうやら、ここのダンジョンのモンスターを使役するタイプの魔導士らしい、蜘蛛やネズミが無数に湧き出しアナが使役するスケルトンを数で圧倒する。

「ヒャハ、ロイ!種付け野郎はおめえにくれてやる!」

「こいつらはアタシらでどうにかする。あんたは先に行け!」

「ここは私たちが食い止めますから」

 敵味方入り乱れての混戦。ゾシモフもルロイを行かせまいと増援に駆け付けた冒険者に指示を下す。

「みんな、済まない……」

 ルロイもまたチンクエデアとケープを構え行く手を阻む冒険者の斬撃を流れるようにいなし蹴散らしてゆく。

「クソっ、行かせるな!」

「ヒャー!よそ見してんな!」

「送り狼は行かせねぇ!」

 仲間達と敵方の怒号、攻防を背にルロイは一心不乱にダンジョンの奥へと駆け抜ける。

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