仄暗き鉱床

 それは、レッジョ霊園に面した『朽木くちきその』から川を挟んだレッジョの北郊外の川の土手の下にある。

 ルロイは今、ディエゴ、ギャリック、そしてアナの四名と共に『仄暗ほのぐら鉱床こうしょう』の前にいた。今回依頼人のアシュリーも一度商売敵の『仄暗ほのぐら鉱床こうしょう』に赴き今回のティンコウベル高騰の謎を暴いてやると息巻いていた。が、流石に相手方もそんなことは警戒しているだろうし、表向きティンコウベル狩りをしに来た一行を装う上ではこのメンバーが一番自然だろうという結論に達したのであった。ちなみに、レッジョの住民であれば冒険者でなくともダンジョン探索がある程度は認められている。これもダンジョン都市の異名を持つレッジョならではであった。

「にしても、珍しいですね。あなたがダンジョン内部まで付き合ってくれるなんて」

 ルロイはディエゴに殊勝しゅしょうそうに呟く。

 これまでも、情報提供などでルロイに協力してくれていたディエゴだが、身に危険が少しでも及びそうなことに関しては滑稽なほどに避けて通る性格だとルロイは記憶している。その筋金入りの臆病者がこうしてダンジョン探索にまで付き合おうというのだ。

「これでも美食家だからニャ、一度あのマツタケをダンジョンでの取れたてを食ってみてえんだニャ」

「マツタケ?」

「フンゴジャッロのことニャ。形状がマツタケに似てるんで通はそう呼ぶらしいニャ。まぁ、おみゃあらと一緒ならオイラも安心できるニャ。ダンジョン内でモンスターに遭遇したらオイラ邪魔にならないよう下がってるから、心配すんニャ」

 よだれを垂らしたホクホク顔でルロイの肩をバシバシ叩くディエゴを見る限り、どうやら浅ましい食い意地が生来の臆病さに勝ったようである。

「フンゴジャッロだか松茸だか知らねぇが、たぎるんだろうなぁ?俺は暴れられりゃあ文句はねぇ」

「な、なんだかここの地下から色々な気配を感じます……」

 ギャリックは少しばかり退屈そうに伸びをして欠伸を一つ、アナは早くも何かを感じ始めたかロッドを握りしめてキョロキョロと周囲に警戒を強めていた。

「おや、そこの犬っころ以外は一見いちげんさんだねぇ」

 地の底から響いてきそうな重低音の声がした。

「犬っころはひどいニャ。こちとらコボルトだニャ」

 ディエゴが非難のこもった目線を声の方角へやる。

 たるの様に恰幅かっぷくの良い、しかし背の低い白い毛の混じった髭もじゃの中年男がダンジョンの見張り小屋からこちらを覗いていた。鉱山労働者を思わせる汚れた分厚い作業着を着こみ、その顔には上客を迎える素朴な親しみやすさが浮かんでいたが、その大きく見開かれた眼には抜け目なく何かを見定める怜悧れいりな光があることをルロイは感じ取った。

「あー、この不愛想で小汚いドワーフの親父がダンジョン主のゾシモフだニャ」

 犬っころ呼ばわりされた当てつけとばかり、ディエゴは自らの小汚いなりを棚に上げダンジョン主のドワーフをルロイに紹介する。

 ディエゴにゾシモフと呼ばれたドワーフは、ディエゴの言葉など意に介さないようにフンと鼻で笑うとギャリックとアナを一瞥いちべつし、ルロイに目線を合わせる段になるや興味深げに目を細めて歩み寄ってきた。

「ほう、そっちのやせっぽっちのヒュームのは確か、魔法公証人の……」

「ルロイ・フェヘールです。僕のこともご存じとはね……」

「もちろんだとも、このレッジョで一人しかおらんウェルスの魔法公証人。それほどの人物を知らぬは間抜けじゃけぇ」

 ルロイはゾシモフから差し出された手を握り、固く握手を交わす。ゾシモフの顔は快活かいかつに笑ってみせているが、その手は恐ろしく冷たく感じた。顔と手どちらを信じればいいか言わずもがな。恐らく、ゾシモフはルロイがここに来ることも察知していた。その目的も当然知っている。その上での歓待。

 まったく海千山千うみせんやませんのダンジョン主というのはやりづらい。

「ああ、ところで……その靴でここに入るのはお勧めできんね」

 握手が済んだところで、ゾシモフはダンジョン入り口の小屋から分厚い皮でできたものを持って来て、ルロイたちによこす。

「これは」

「東洋の履物でねぇ『足袋』ってんだ。それを更に改良してブーツのように厚くしてある。名付けて『地下足袋じかたび』じゃ。『仄暗ほのぐら鉱床こうしょう』は太古の下水道を改修したダンジョンじゃけぇ地面はぬかるむ。レンタル料は安くしとくけぇ、心配しなさんな」

 満面の笑みを浮かべるゾシモフ。やはり、ダンジョン主ともなれば商魂はたくましい。



 『仄暗ほのぐら鉱床こうしょう』。

 文字通りかつて太古の昔には、鉱山として栄えた廃坑である。今現在は、地下の地層の水の流れが変わったためか、レッジョの下水兼ダンジョンとして活用されている。立て坑をさらに下水として改修したためか、ダンジョン内は石造りの水路と立て坑が複雑に入り組む迷宮であった。加えて、湿気とえたような腐敗臭がそれを好むモンスターを地の底から引き寄せる。

「ヒャッハー!オラァ!」

 ギャリックのロングソードが、ダンジョン内に巣食う巨大ネズミのモンスターを勢い良く両断する。これでもう、かれこれ五十は倒しただろうか。ルロイ一行の通ったあとには先ほどのネズミ型以外にも、キノコ型やらスライム型のモンスターの死骸が散乱している。

 大部分はギャリックがさばいてくれているが、ルロイもチンクエデアを振るいギャリックのサポートに周りそれなりにモンスターを仕留めている。

 そして、アナはというと。

現世うつしよにて彷徨さまよ同胞はらからよ。冥府の至高たる死神モルスの御名において、我なんじらを呼び起こさん。我に仇なす者を討て!イマーゴ!」

 瞬間、アナのロッドが光り危うくルロイの背後に迫った蜘蛛型のモンスターがギチギチと痙攣けいれんを起こす。反射的にルロイが振り返ると蜘蛛型のモンスターは青白い光の渦に包まれ、この光の渦に抵抗しようと脚を不規則にばたつかせているものの、その抵抗は虚しく蜘蛛の体からひと際青白く輝く何かが抜け上がりあっけなく動かなくなった。

「助かりましたアナさん。貴女の能力ですか?」

「イマーゴ。幽霊って意味ですけど」

 死神の名がでたことからおそらくは、死霊使いらしく死霊を用いて相手の魂を抜き取り死に至らしめる高位の魔法の一種であろうとルロイは推察する。

「あれから、かなり鍛錬を積んだようですね。心強い限りです」

「えへへ、そんな……」

 ロッドを片手にはにかみながら頭をくアナは謙遜しているようであったが、ルロイのみならずギャリックや物影に隠れていたディエゴまでもがアナの力に目を見張っていた。

「謙遜することないニャ。あんときとは比べ物にならない強者の臭いがするニャよ」

「ヒャハ、剣でブッた斬れねぇ敵が出てくりゃ、姉ちゃんにまかせるぜ」

 思えば、かつてルロイと共に薔薇石ばらいしを奪還する時のアナは悪霊に体を乗っ取られ本来の力を引き出せた状態ではなかった。あれから修行による能力の伸びしろがあったにせよこれが本来のアナに備わった死霊使いとしての力。かつての嘆きのアナの姿はもうどこにもないのだった。

「そう言えば、『種付けおじさん』についてなにか知ってませんか?」

 ダンジョン内を進みながら、ルロイはディエゴに問いかける。

「んー、オイラも噂くらいにしか聞いてる程度ニャ。でもまぁ、ここのゾシモフとは旧知の仲らしいってこと位かニャ」

「旧知?」

「オイラもゾシモフのおっちゃんとはそれなりに腐れ縁で、食いもんせびりに来たとき種のおっちゃんを遠目に見たきりニャ。そのとき、お互いやけに親しそうに酔っぱらってたからニャ」

「なるほど」

 フィオーレの話によれば、種付けおじさんは何十年か前も目撃情報がありつい最近になってレッジョに戻ってきたという。このダンジョンの主であるゾシモフもかなり前からここでダンジョン経営をしている古株としてそれなりに有名である。二人が古くからの知己ちきであったとしてもおかしくはない。

「で、『わしのことは昔馴染むかしなじみのままマーシャル。マーシャル・フリードマンと呼べ』って種のおっちゃんが酔ったゾシモフに言っていたのを聞いたんだニャ」

「マーシャル!確かにそう言ったんですね?」

「コボルトの耳を疑うもんじゃないニャよ」

 ディエゴはニィと犬歯をのぞかせて自信に満ちた笑みを向けた。

「ありがとうディエゴ。これで、少し前進しましたよ」

 勝利をつかむための、まずは貴重な第一歩である。ルロイはぬかるむ隘路を更に力づよく歩んでゆく。


 しばらくまた歩いてから、急にディエゴが鼻をくんくんとひくつかせ、荒ぶるようにソワソわし始めた。

「ち、近い……こっちの方だニャ」

 ようやくフンゴジャッロの群生地が近いということだろう。ディエゴは水路を駆け上がり、ぬかるんだ土の盛り上がった場所にカンテラをかざす。途中、食い意地に勇んだせいかディエゴは何度か汚泥でぬかるんだ床に転びそうになる。ルロイやギャリック、アナもまたむき出しの隘路あいろに足を取られそうになりながらどうにか踏ん張って今のところ転ばずに前進できている。

「こりゃ、地下足袋じかたびさまさまですかね」

「まぁ、履き心地としちゃ良い具合だぜ」

「はい、普段の革靴のままだったらと思うと……」

 あのまま、普段の靴を履いてここを踏破しようとしていたかと思うと思わずゾッとする。靴の外も中も汚泥まみれとなり、下手をすれば二度と使い物にならない恐れがあっただろう。何を考えているか読み取れないゾシモフだったが、地下足袋じかたびを貸してくれたことについては、ルロイたちは素直に感謝している。

「ず……随分歩きましたけどぉ……例のキノコは?」

 隘路あいろの中の大きな段差を越えたところで、アナが息を切らし辟易へきえきしたように先行しているディエゴに声を掛ける。

「心配すんニャ。ついにフンゴジャッロとご対面だニャ」

 今まで黙々と危険もかえりみずカンテラを振り回していたディエゴだったが、ここに来て声を弾ませ後続のルロイたちにカンテラを振って見せる。

 ルロイたちもディエゴのいるより奥まった窪みに駆け寄る。

「ヒャー!これが例のフンゴジャッロ(黄茸)とやらかぁ!!」

「その言葉通り、黄色いキノコの外観ですね……」

 ルロイはレッジョの界隈で人気を集め値段も高騰しているソレを見た。ディエゴの言う通りフンゴジャッロは松茸のような形をしていた。傘のあたりを中心に淡い黄色の色彩がきれいなグラデーションとなって菌糸を染め込んでいる。つばから柄の部分にかけてはひだのような突起物が優雅にうねっておりまるで天使の羽根のようであった。加えて香りも何やら蠱惑的こわくてきな未知の匂いが鼻腔びこうを突く。

 これが超レアものとされ、今現在レッジョでかなりの高値でやり取りされているアイテム。

「さて、では記念に一つだけ」

「びゃー脳天ガッツン!うんめぇええ!!」

 ディエゴは、フンゴジャッロを食い尽くすことに我を忘れている。

「はぁ~こんなマツタケが良いもんかねぇ……俺は、断然血のしたたる赤身の肉のがそそるぜ」

 ギャリックは、こんなものかと白けたように自ら抜き出したフンゴジャッロを興味薄に眺め、すぐにディエゴの方に一本投げすててしまう。

「薬品のような異臭がしますね」

 フンゴジャッロに興味を示すでもなく、なにか別の気配にアナは気を取られているようだった。

「『仄暗ほのぐら鉱床こうしょう』という位ですからね。ここまで深く潜れば、ここの土壌には何か鉱物の成分がしみ込んでいるとみて間違いないでしょう。大丈夫ですか、アナさん顔色が優れないようですが……」

 死霊使いとしての研ぎ澄まされた本能ゆえにか、アナは冷汗を流し悪寒に身を震わせていた。

「大丈夫です……ただ、なんかここの更に地下には沢山の尋常じゃない数の霊がうごめいているような……そんな気がして」

 ルロイはフンゴジャッロが生えていた異臭のする土壌を手のひらにすくってみた。土以外の何か丸く硬い殻のようなものが手に当たった。土を払ってカンテラの光を当ててみる。水晶のような半透明の何か、今はそれしか分からない。

「これは、何かの生物の核……ですかね?」

 ルロイとしては、フンゴジャッロとそれが生えた土のみをサンプルとして持ち帰るつもりだったが、思わぬ手掛かりかもしれない。

 これで、後はその正体を見極めるだけである。

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