仄暗き鉱床
それは、レッジョ霊園に面した『
ルロイは今、ディエゴ、ギャリック、そしてアナの四名と共に『
「にしても、珍しいですね。あなたがダンジョン内部まで付き合ってくれるなんて」
ルロイはディエゴに
これまでも、情報提供などでルロイに協力してくれていたディエゴだが、身に危険が少しでも及びそうなことに関しては滑稽なほどに避けて通る性格だとルロイは記憶している。その筋金入りの臆病者がこうしてダンジョン探索にまで付き合おうというのだ。
「これでも美食家だからニャ、一度あのマツタケをダンジョンでの取れたてを食ってみてえんだニャ」
「マツタケ?」
「フンゴジャッロのことニャ。形状がマツタケに似てるんで通はそう呼ぶらしいニャ。まぁ、おみゃあらと一緒ならオイラも安心できるニャ。ダンジョン内でモンスターに遭遇したらオイラ邪魔にならないよう下がってるから、心配すんニャ」
よだれを垂らしたホクホク顔でルロイの肩をバシバシ叩くディエゴを見る限り、どうやら浅ましい食い意地が生来の臆病さに勝ったようである。
「フンゴジャッロだか松茸だか知らねぇが、
「な、なんだかここの地下から色々な気配を感じます……」
ギャリックは少しばかり退屈そうに伸びをして欠伸を一つ、アナは早くも何かを感じ始めたかロッドを握りしめてキョロキョロと周囲に警戒を強めていた。
「おや、そこの犬っころ以外は
地の底から響いてきそうな重低音の声がした。
「犬っころはひどいニャ。こちとらコボルトだニャ」
ディエゴが非難のこもった目線を声の方角へやる。
「あー、この不愛想で小汚いドワーフの親父がダンジョン主のゾシモフだニャ」
犬っころ呼ばわりされた当てつけとばかり、ディエゴは自らの小汚いなりを棚に上げダンジョン主のドワーフをルロイに紹介する。
ディエゴにゾシモフと呼ばれたドワーフは、ディエゴの言葉など意に介さないようにフンと鼻で笑うとギャリックとアナを
「ほう、そっちのやせっぽっちのヒュームのは確か、魔法公証人の……」
「ルロイ・フェヘールです。僕のこともご存じとはね……」
「もちろんだとも、このレッジョで一人しかおらんウェルスの魔法公証人。それほどの人物を知らぬは間抜けじゃけぇ」
ルロイはゾシモフから差し出された手を握り、固く握手を交わす。ゾシモフの顔は
まったく
「ああ、ところで……その靴でここに入るのはお勧めできんね」
握手が済んだところで、ゾシモフはダンジョン入り口の小屋から分厚い皮でできたものを持って来て、ルロイたちによこす。
「これは」
「東洋の履物でねぇ『足袋』ってんだ。それを更に改良してブーツのように厚くしてある。名付けて『
満面の笑みを浮かべるゾシモフ。やはり、ダンジョン主ともなれば商魂はたくましい。
『
文字通りかつて太古の昔には、鉱山として栄えた廃坑である。今現在は、地下の地層の水の流れが変わったためか、レッジョの下水兼ダンジョンとして活用されている。立て坑をさらに下水として改修したためか、ダンジョン内は石造りの水路と立て坑が複雑に入り組む迷宮であった。加えて、湿気と
「ヒャッハー!オラァ!」
ギャリックのロングソードが、ダンジョン内に巣食う巨大ネズミのモンスターを勢い良く両断する。これでもう、かれこれ五十は倒しただろうか。ルロイ一行の通ったあとには先ほどのネズミ型以外にも、キノコ型やらスライム型のモンスターの死骸が散乱している。
大部分はギャリックが
そして、アナはというと。
「
瞬間、アナのロッドが光り危うくルロイの背後に迫った蜘蛛型のモンスターがギチギチと
「助かりましたアナさん。貴女の能力ですか?」
「イマーゴ。幽霊って意味ですけど」
死神の名がでたことからおそらくは、死霊使いらしく死霊を用いて相手の魂を抜き取り死に至らしめる高位の魔法の一種であろうとルロイは推察する。
「あれから、かなり鍛錬を積んだようですね。心強い限りです」
「えへへ、そんな……」
ロッドを片手にはにかみながら頭を
「謙遜することないニャ。あんときとは比べ物にならない強者の臭いがするニャよ」
「ヒャハ、剣でブッた斬れねぇ敵が出てくりゃ、姉ちゃんにまかせるぜ」
思えば、かつてルロイと共に
「そう言えば、『種付けおじさん』についてなにか知ってませんか?」
ダンジョン内を進みながら、ルロイはディエゴに問いかける。
「んー、オイラも噂くらいにしか聞いてる程度ニャ。でもまぁ、ここのゾシモフとは旧知の仲らしいってこと位かニャ」
「旧知?」
「オイラもゾシモフのおっちゃんとはそれなりに腐れ縁で、食いもんせびりに来たとき種のおっちゃんを遠目に見たきりニャ。そのとき、お互いやけに親しそうに酔っぱらってたからニャ」
「なるほど」
フィオーレの話によれば、種付けおじさんは何十年か前も目撃情報がありつい最近になってレッジョに戻ってきたという。このダンジョンの主であるゾシモフもかなり前からここでダンジョン経営をしている古株としてそれなりに有名である。二人が古くからの
「で、『わしのことは
「マーシャル!確かにそう言ったんですね?」
「コボルトの耳を疑うもんじゃないニャよ」
ディエゴはニィと犬歯をのぞかせて自信に満ちた笑みを向けた。
「ありがとうディエゴ。これで、少し前進しましたよ」
勝利をつかむための、まずは貴重な第一歩である。ルロイはぬかるむ隘路を更に力づよく歩んでゆく。
しばらくまた歩いてから、急にディエゴが鼻をくんくんとひくつかせ、荒ぶるようにソワソわし始めた。
「ち、近い……こっちの方だニャ」
ようやくフンゴジャッロの群生地が近いということだろう。ディエゴは水路を駆け上がり、ぬかるんだ土の盛り上がった場所にカンテラをかざす。途中、食い意地に勇んだせいかディエゴは何度か汚泥でぬかるんだ床に転びそうになる。ルロイやギャリック、アナもまたむき出しの
「こりゃ、
「まぁ、履き心地としちゃ良い具合だぜ」
「はい、普段の革靴のままだったらと思うと……」
あのまま、普段の靴を履いてここを踏破しようとしていたかと思うと思わずゾッとする。靴の外も中も汚泥まみれとなり、下手をすれば二度と使い物にならない恐れがあっただろう。何を考えているか読み取れないゾシモフだったが、
「ず……随分歩きましたけどぉ……例のキノコは?」
「心配すんニャ。ついにフンゴジャッロとご対面だニャ」
今まで黙々と危険も
ルロイたちもディエゴのいるより奥まった窪みに駆け寄る。
「ヒャー!これが例のフンゴジャッロ(黄茸)とやらかぁ!!」
「その言葉通り、黄色いキノコの外観ですね……」
ルロイはレッジョの界隈で人気を集め値段も高騰しているソレを見た。ディエゴの言う通りフンゴジャッロは松茸のような形をしていた。傘のあたりを中心に淡い黄色の色彩がきれいなグラデーションとなって菌糸を染め込んでいる。つばから柄の部分にかけては
これが超レアものとされ、今現在レッジョでかなりの高値でやり取りされているアイテム。
「さて、では記念に一つだけ」
「びゃー脳天ガッツン!うんめぇええ!!」
ディエゴは、フンゴジャッロを食い尽くすことに我を忘れている。
「はぁ~こんなマツタケが良いもんかねぇ……俺は、断然血の
ギャリックは、こんなものかと白けたように自ら抜き出したフンゴジャッロを興味薄に眺め、すぐにディエゴの方に一本投げすててしまう。
「薬品のような異臭がしますね」
フンゴジャッロに興味を示すでもなく、なにか別の気配にアナは気を取られているようだった。
「『
死霊使いとしての研ぎ澄まされた本能ゆえにか、アナは冷汗を流し悪寒に身を震わせていた。
「大丈夫です……ただ、なんかここの更に地下には沢山の尋常じゃない数の霊が
ルロイはフンゴジャッロが生えていた異臭のする土壌を手のひらにすくってみた。土以外の何か丸く硬い殻のようなものが手に当たった。土を払ってカンテラの光を当ててみる。水晶のような半透明の何か、今はそれしか分からない。
「これは、何かの生物の核……ですかね?」
ルロイとしては、フンゴジャッロとそれが生えた土のみをサンプルとして持ち帰るつもりだったが、思わぬ手掛かりかもしれない。
これで、後はその正体を見極めるだけである。
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