朽木の園

 図書館での調べものが終わってから翌日の朝、ルロイはレッジョの霊園から枯れ朽ちた巨木の群れを見上げていた。

朽木くちきその』。文字通り樹齢が軽く千は超えるような木々が絡み合い、奥ゆかしい天然の園を形造っている。節くれだった武骨な朽木の樹皮は緑あふれるコケに覆われ、木々の間を羽の点いた虫型のモンスターが飛び回っている。

「これはなかなか、意外と活気がある」

 アシュリーに教えてもらった通りの住所で合っているはずだ。霊園のすぐそばという立地と『朽木くちきその』という名から、ルロイはどこか陰気な廃墟を想像していたが、そのイメージを裏切るように『朽木くちきその』は緑と生命力によって満たされていた。

 地面に目をやれば、なかなか土壌も豊かそうだった。アシュリーがダンジョンで作物栽培という一見酔狂すいきょうなことを考えるのもこれならばうなずける。

 ルロイがダンジョンの入り口に目をやりアシュリーへの面会を門番に伝えようと足を進めたところ。思わぬ人物の姿があった。

 黒いフード付きのローブに黒く長い髪に、青白い肌の少女。

「おや……あなたは、アナさん」

「ルロイさん!おっ、お久しぶりです」

 アナスタシア・ローゼンスタイン。随分前にルロイの依頼人となった見習い死霊使いの少女である。『薔薇石ばらいし』を巡る一件の後再び修行の旅に出ていたはずだが、こうして再び二人はレッジョであいまみえている。

「あっあれから、故郷に戻って修行を積んできました……修行がひと段落してからレッジョを来たのも三日前でして……」

 アナははにかみつつも、あれから今日に至るまでの経緯をルロイに話した。死霊使いとして修行を積みなおし再びレッジョに舞い戻ってきたらしい。

「うっかり者なのは、相変わらずですけど……」

「なんでー、あんたら知り合いか」

 恐縮した様に言葉を結ぶアナと、前向きに頑張っているアナを嬉しく見守るルロイを前にアシュリーがダンジョン内からズカズカと出てくる。

「アシュリーさん。というとお二人も?」

「ああ、死霊使いは死者の念やら、アンデッドの気配やらに敏感だから。アナにはレッジョ霊園の墓守の補助兼アタシの助手として働いてもらってる」

「といっても、今日が初仕事なんですけど……」

 どうやら、アナはレッジョに戻ってから早々働き口を見つけることができたようである。

「まぁ、よく来たな。早速なんだが、実はちょっと二人に見て貰いてーモンがあるんだ」

 アシュリーはルロイとアナに手招きして『朽木くちきその』へと入って行く。

 中に入ってみると、外で眺めた以上に『朽木くちきその』は賑やかだった。小鳥やウサギを思わせる小型モンスターがそこかしこにいる。

 もともと、好戦的な性格ではないためか、あるいはダンジョン主のアシュリーが飼いならしているためか、襲ってくる気配はまったくない。

「あれは、空飛ぶカニ?」

 ルロイが樹上に目をやると、カニのような外角に妖精のような羽根の付いた奇妙な昆虫型のモンスターがせわしなく飛び回っている。

「ありゃ、フェアリークラブってんだ。あいつらダンジョン内の花の花粉とかを運びまわるから、アタシとしちゃ果物の栽培に一働きしてもらいたかったけど。いまじゃ手持無沙汰てもちぶさたさ」

 アシュリーは自慢げにフェアリークラブの群れを見上げ、説明する。レッジョで数多くのダンジョンを見てきたルロイとしても、これはなかなか興味深い光景だった。良い意味でダンジョンらしくないのだ。身の危険を感じず心底穏やかというか、そもそもダンジョンである以上殺伐としているものだが、ここはまるで楽園のようだ。

 アナもまた、口をあんぐり開けて嘆息している。

「おっ、驚きです~。墓地のすぐ近くって聞いてましたから」

「アンデッドでうじゃうじゃしてるとか思ったか?」

「ええ、まぁ……」

「これでもアタシは墓守の末裔まつえいだかんな。アンデッドってのは、基本恨みや無念の想いを残して死んだ魂が形を変えてこの世に執着した姿だって言われてる。このダンジョンもまぁレッジョ霊園の敷地みたいなもんだから、そういうのが出ないようアタシら悪い霊が混じらねぇよう見回ったり、お清めしたり……まぁ大変だぜ」

 アシュリーは、遠くで何やら立ち尽くして詠唱している同じダークエルフの年老いた墓守に手で合図する。老練そうな墓守は、アシュリーに短く首をたれたあとそのまま詠唱を途絶えることなくそのまま祈りを深く捧げていた。

「でも、まぁそのご霊験れいげんかねぇ……ここが穏やかなのは」

「分かります。それ、こんなにも霊が満ち足りた穏やかなダンジョン初めてです」

 やはり、死霊使いであるアナにはこのダンジョンの違いが分かるのだろう。アシュリーも自分の庭のようなこのダンジョンを褒められて機嫌がいいらしく。死霊使いと墓守同士、しばらくルロイを置き去りにして勝手に盛り上がっていた。

 そのまま特に身の危険を感じることもなくルロイはアシュリーの後に付いて行き、アシュリーが足を止め指さす方角に目をやった。

「着いたぜ。アレだよアレ……」

 ダンジョンの一隅に、うずたかく積まれたうねのような場所から幾つか赤い果実がひっそり生っていた。

「あれは、イチゴですか?」

「ああ、立派なモンだろ?」

 アシュリーはおもむろにダンジョンに生ったイチゴへ歩み寄ると、惜しげもなく二個房からもぎ取りルロイとアシュリーに手渡した。

 率直に、まずは食ってから感想を聞きたいということらしい。

 ルロイとアナは顔を見合わせ、意を決して赤い果実に鼻づらを近づける。

 まるで一個の果実そのものが、ケーキのような上品な甘美と新鮮で繊細な酸味を凝縮した芸術作品であった。


「「美味い!!」」


 ルロイとアナは既に無意識に口へと赤い果実を運んでいた。そして、同時に嘆息する。先ほどの洗練された甘さと酸味が、見事に調和を保ち口から鼻にかけて清冽な風の様に風味が広がる。

 アシュリーは満足げにしてやったりと素朴な笑顔を浮かべていたが、少しばかり憂いを帯びた表情でイチゴの生っていたうずたかい地面を見つめる。

「じつはアンニャロがここへ下見に来た時、うっかり落としていった種なんだ。これ」

「ええっ!」

「種付けおじさんが持ってきたのはフンゴジャッロの種では?」

「まーなー。けど、アタシはここに種なんて植えた覚えねーし。買ってもいねぇ。それにこの美味さ。アタシが求めていたのはこれなんだ。こんな美味い作物の種持ってんのは、悔しいがあのおっさんしかいないと思うんだ」

 どうやら、種付けおじさんの扱う種そのものにもただの種子ではない深い謎が込められているようである。ルロイにはそれがどんな種なのかという想像はとても追いつかなかったが、アナは意味深に視線を泳がせてなにやら思いめぐらせている様子であった。

「あの……聞いたことがあるんですけど。死者の念を吸い取って形を変える植物があるって……」

「ほぉ」

「ここは霊園のすぐそばですから、もしそのおじさんがその種をここに落としたなら、そこから生える植物も死者の念を強く受けると思うんです。それが『朽木くちきその』ではイチゴになり『仄暗ほのぐら鉱床こうしょう』ではフンゴジャッロに変化した。環境の違いというか、そこにいる霊の違いなんでしょうかぁ……?」

 自信なく語尾を濁していたが、アナの仮説にアシュリーは興味をそそられどこか納得したように強くうなずいた。

「じゃ、このイチゴを通してどんな霊が込められてる感じか言ってくれるか?」

「う~ん……とても穏やかだと思います。それがこのイチゴの味にも出ているというか」

「ここのモンスターは基本気性の穏やかな奴ばかりだからな、それにここは日当たりもいいし」

 ダンジョンに生きるモンスターは冒険者に狩られるにせよ寿命を全うするにせよ。どのみち生息するダンジョンが墓場となる。このダンジョンで死したモンスターの霊もまた穏やかならば結構なことではないか。

 種付けおじさんの秘密に少しずつ近づけている実感も増したことで、ルロイが次に向かう場所は見定まった。

「こちらも、ウェルス神殿で色々分かったことがありました」

 その前に、ルロイはアシュリーに図書館で調べた判例とフィオーレから聞き出した種付けおじさんの風評について話して聞かせた。

「よっしゃ、じゃあ借金返すあてがあるってこったな!」

 前向きなアシュリーはガッツポーズなどして声を弾ませる。

「ええ、ですがまだまだ、調べなければならないことがありますけどね」

「大丈夫だって、アンニャロの名前は……まぁ、ひっ捕まえて体に聞いてやるさ!」

 アシュリーが獰猛に笑って見せ、アナの背中を叩く。

「それに、アナもいることだし」

「ルロイさんには恩がありますし。協力させて下さい」

 あれから、再度修行を重ねアナも確かに成長したのだろう。アナの笑顔はかつてよりも少しばかり力強かった。

「では、今度は『仄暗ほのぐら鉱床こうしょう』ですかね」

 ようやく、ルロイは種明かしの核心に迫ろうとしていた。

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