第三章 その4 ばらばらミュージアム

 4月も半ばを過ぎたある平日のこと。


 朝、出勤した私を軽トラックが追い越し、駐車場に止まったのを目にした。


 運転席から降りてきたのは『郷土博物館を守る会』のメンバーのひとりのお爺さんだ。お爺さんは軽い足取りでトラックの荷台に飛び乗ると、積載していた大きな荷物に手をかける。


「何してるんですか?」


 展示の入れ替えも終わったのに、何か作業が残っていたかな?


 声をかけると、おじいさんは勝ち誇ったような笑顔をこちらに向けた。


「もっとお客を呼ぶための良い案が無いって聞いてね。うちの倉庫にしまってあった物を持ってきたんだよ」


 私は「ええ?」と眉をしかめながら荷台を覗き込む。


 積まれていたのは石臼に杵、鉄製の大きな釜、さらには机と一体になった足踏み式ミシンまで、年季の入った道具ばかりだった。


「どうだい、なかなか良いモンだろ?」


「これ以上収蔵品が増えても困るのですが……」


 好意はありがたいのだが返事に困る。正直なところ古いだけで資料としての価値はほとんど無いような品ばかりだ。相手がてっちゃんだったなら、いらんわこんなもん、と即座に切り捨てていただろう。


 収蔵庫や展示室のスペースを占拠する上、維持管理にもコストがかかる。博物館の収蔵品も何でもかんでも集めればよいというわけではない。


「あずさちゃん!」


 再び私は背後から名を呼ばれる。車に乗って駐車場に入ってきたのは老夫婦で市民ボランティアに参加しているふたり、お父さんが運転席、お母さんが助手席からよっこいしょと降りる。


「おはようございま――何ですか、それ?」


 そして私は再び呆気に取られてしまった。お母さんは両手で大きな鍋を抱えていたのだ。


「博物館に人呼ぶためにお雑煮配らない?」


 そう言ってお母さんはにっこりと笑顔を向ける。


「衛生面からそういうのはやめてください!」


 すかさず私は言い返した。なんでこんな4月に正月料理を食べるんだ?


 おまけに香川名物の餡もち雑煮だ。白味噌に甘そうな小豆を覗かせたお餅が浮かんでいる。家庭で作ってる人初めて見たよ。


「ええー、いいじゃないの」


「よくないです!」


 そんな私たちの会話に割り込んできたのは、老夫婦のお父さんだった。


「じゃあわしがロビーでマジックを披露しよう。趣味じゃがもう10年続けとるんだよ」


 そして差し出されたお父さんの手のひらから、造花が一輪ぽんっと現れる。


「もう博物館関係なくなってますよね……」




「朝からどっと疲れました」


 ようやく事務室に到着した私は、自分の机に座るなりぐったりと突っ伏していた。


「みんな張り切ってくれるのは嬉しいんだけど、向いてる方向が違ってるんだよなぁ」


 向かいに座る池田さんがノートパソコンをカタカタと打ち込みながら苦笑する。本当、シュウヤさんと石塚さんとで市民団体全体での方向性を確立してほしい。でないとひとりひとり勝手に行動してキリがない。


「ところであずさちゃん、こんな感じでどうかな?」


 ちょうど何かが終わったのか、池田さんは自信たっぷりのようすでパソコンの画面をこちらに向けた。


 映し出されていたのは博物館のホームページだ。今まで市役所のページに申し訳ない程度に引っ付いていたような小さな写真が何枚か載っているだけの時代遅れのホームページではなく、動画やQ&Aも掲載した独立したWEBサイトだ。


「わあカッコいい!」


 画像処理ソフトで修正されているとはいえ、見慣れたオンボロ博物館もここまで立派に映えるものか。


「だろ? 惚れるなよ」


「命を懸けてもあり得ませんので、ご安心を」


 池田さんは「ひでえなあ」と笑い飛ばすが、ほとんど内容の無かった博物館のホームページをリニューアルしようとアイデアが挙がった際、自ら手を挙げて引き受けてくれたのは彼だ。


 市役所に勤める以前、池田さんは4年ほど大阪でシステムエンジニアとして働いていたと聞いている。パソコンに関しては職員の誰よりも詳しく、以前用度課にいた時は特には重宝されたらしい。業務用パソコンの調子が悪くなったら、業者を呼ぶより池田さんに聞いた方が確実だったとか。


 さらにホームページの刷新だけでなく、SNSでも公式のアカウントを作成した。既存のSNSで宣伝することはお金もかからないのでかなり融通が利く。こちらも地元の住民や出身者を中心に、着実にフォロワーを増やしているらしい。


 朝から振り回されて困憊していた私も、明るい話題に頬を緩ませていたその時だった。


「おはよう……」


 どういうわけか私以上に疲れ切った顔のシュウヤさんが、重々しい足取りで事務室に入ってきてぎょっとしてしまった。


「シュウヤさん、どうしたんですか? 調子悪そうですよ」


「元大工の市民ボランティアの人いただろ? あの人が博物館に子供呼ぶため、駐車場に木製のジャングルジム作り始めたんだよ。昨日の夜は諦めてくれって説得するのに、ほとんど寝れなかった」


「こっちもか」


 これからの博物館がブブーストをかけるまで、色々と振り回されそうだ。本当の敵は外ではなく、中にいたか。

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