『ストウレン・ハーツ・オブ・ピープル〜中編〜』

【ハート・オブ・ケイスケ】


「分かった。分かったから、落ち着いてくれ。幽霊なんて居るはずがないだろう。きっと何かの見間違いだったんだよ」

 様々な事柄が錯綜する脳内を少しでも整理しようとする。まずは落ち着かなければならない。冷静にならなければ冷静な判断は出来ないからだ。

「俺の部屋のベランダに、女が立っていた」親父の声は相変わらず震えていた。「私はパソコンを見ていたから、いつからそこに居たのかは分からないが、とにかく出し抜けに現れたんだ。そして、私を見て薄気味悪い笑みを浮かべた」

 父親は冗談で言っているようには聞こえなかった。それに、怪談話にしては些か陳腐すぎる。

「それだけじゃないんだ。その女がポケットからある物を取り出して」そこで少し言葉を詰まらせる。「それを口の中に入れて見せたんだ」

「どう言う事なんだよ」

 僕は半ば呆れていた。親父の言う事を信じろという方が無理がある。

「いや、俺も初めは頭のおかしい怪しい奴の悪戯かと思って、すぐにベランダに出たんだ。そうしたら外に出た瞬間、その女が消えた」

 そういうと、父親は言葉を失ったように暫く沈黙した。電話越しに彼がどんな表情をしているのか想像する事が出来なかった。僕らは一体何の話をしているんだ?

「ちなみに、そのある物っていうのは何だったんだ」僕は一応聞いてみた。

「石だよ、例の石だ」と彼は答えた。

 僕は思わず肩をすくめた。「多分、それは幻覚だよ。父さんも結構神経を使っているから、きっと幻覚を見たんだ」

「いや、俺は確かに見たんだ。今までに幻覚なんて見た事がないし」

 僕は相手に聞こえないように小さくため息をつく。これ以上、電話でこの話をしていても話が先に進みそうになかった。

「分かったよ、父さん。実は、俺も父さんに相談しないといけない事があるんだ。今から別荘で落ち合えないかな」

 そう聞くと、「分かった」と返事があった。

 電話を切った後、僕は一度落ち着いて考えを整理する。父親が見た幽霊の話が仮に本当だとすると、それは石をたべる人たちと何か重要な繋がりがあるかもしれなかった。

 あと、カナミが石を持ったまま姿を消してしまった件についても、解決しなければならない問題として残っている。もしかすると、父親の前に姿を現した女性というのは、カナミだったのだろうか。カナミは僕の自宅の場所を知っている。遠くへ逃げたと見せかけて、実は僕の家に行っていたという可能性はないだろうか。

 でも、何の為に? 彼女は僕から逃げる為に病院を抜け出したのだから、自分から捕まる可能性のある場所へ近づく事は考え難い。

 別荘に行く前に、一度自宅へ戻ってみようかと考えた。親父が見たという女性が、もしかするとまだ近くに身を潜めているかもしれない。可能性は低いと思うが、念のために確認しておいた方が良いだろう。

 僕はメールで父親に「一度自宅を見に行ってから別荘へ行く」と送信し、まずは自宅へと向かった。



【ハート・オブ・カナミ】


 何気なくテレビを付けたら、思いがけない映像が流れていた。

 しばらく時が止まったように感じた。

 金縛りにあっているかのようだった。

「これって……」

 画面には、先日のダイヤモンド窃盗事件の報道が映っていた。見る者の注目を集める狙いだろう、派手なテロップで『謎多き窃盗、その動機に迫る』と表示されている。

 ここ何日か、テレビはもちろん新聞もインターネットも見ていなかったから、世間でそんな事件が話題になっているとは知らなかった。しかし、もっと驚いたのは、その事件現場は私のアルバイト先の近くで、私はその現場に居合わせていた事だった。

「まさか、あの日の」

 脳裏に記憶が蘇ってくる。それは一度失ってしまった記憶だった。いや、失ってはいない。ただ回路が途切れてしまっていただけで、記憶自体は私の中に残っていた。

 テレビは、容疑者の男が捕まる直前に何かを叫んでいたと報じている。人の名前と思われるが、詳細は分かっていないと伝えていた。

 そうだ、あの時、あの人だかりの向こうから男の叫び声が聞こえてきた。『』、男はそう叫んでいた。

 もしかして、と私は思う。彼が叫んだユキというのは、アルバイト先の先輩のユキさんと同一人物だったのではないだろうか。あの声を聞いた瞬間、私は眩暈がして倒れてしまった。そうして、瞼を閉じた暗闇の中でユキさんと会った。彼女は私に『逃げて』と何度も訴えていた。事件を起こした男が盗もうとしていたのは、ダイヤモンドらしい。彼は単純にダイヤモンドが欲しくて盗もうとしたのではなく、何者かに向けて、いや、『』に向けてメッセージを発する為に事件を起こしたのだとしたら。

「昨日、私がたべた石って……」

 よく分からなかった。何か良くない事が動いている、そんな予感がよぎる。一体、何が起きているの言うの?

 ケイスケは、病室でしきりに『石』に関する記憶を聞いてきた。そこには何か重要な事があるかのような聞き方だった。

 さらに記憶は結びついていく。そういえば、彼は父親との電話で、彼女を閉じ込めてあるだとか、ヘンゼルを持っていただとか、怪しげな会話をしていた。ケイスケはこの一連の騒動に大きく関わっているのではないか。

 テレビの電源を消した。

「落ち着くのよ、カナミ」

 私は目を閉じて自分自身に語りかける。

「私は今日から生まれ変わったの。昨日までの自分はもう失ったのよ。世間で何が起こっているのか知らないけれど、それはもう私には関係のない事よ」

 呼吸を整えようとゆっくりと深呼吸をしたけれど、胸の騒めきは治りそうもない。関係のない事だと自分に言い聞かせようとしたけれど、本当は分かっている。

 ケイスケが何かを企んでいるとしたら、ユキさんがそれに巻き込まれているのだとしたら、その企みを阻止し彼女を救えるのは、私しかいない。

 目をギュッと瞑る。暗闇の中で涙を流していたユキさんは、『逃げて』と言っていたけれど、本当は『助けて』と言いたかったのかもしれない。彼女からもらった石は、今は私の中にある。

 どうしたら良いのかは分からなかった。ケイスケが今どこにいて、何をしようとしているのかも分からない。

 知っている事と言えば、ケイスケの自宅の場所くらいだ。

「落ち着くのよ、カナミ」

 私はそっと目を開けた。昨日も今日も無いのだ。私は決意を固めた。

「カナミは私しかいない。私がやるしかないじゃない」



【ハート・オブ・ユキ】


 家に帰り、箱の中の石を取り出して見た。美しい石、とケイスケさんは言っていた。確かに、この世の物とは思えない色をしている。魅惑的とも言える。見ていると自分がその中に吸い込まれて行くような気がした。

 彼は一体、何の為に私にこの石を渡したのだろう。

 石を手にとって指先でくるくると回転させてみる。石について研究していると彼は言っていた。この石は、何かの実験の為に私に渡されたのだろうか。

 そうやって石を見ていた時だった。突然、激しい眠気に襲われて、私は目を閉じてそのまま眠ってしまったのだ。まるで睡魔が天井から落ちてきたかのように、一瞬にして重い眠気が私を襲ってきたのだった。私は何を思う間も無く、そのまま眠りについてしまった。

 そうして、不思議な夢を見た。暗闇の中に私はいて、足元を見ると真っ白く光り輝く石が一つ落ちている。夜空に浮かぶ月のよろしく一点の光だった。手に取ろうとすると、それは一瞬にして輝きを失い、存在自体も消えてしまった。顔を上げると、少し先にさっきと同じく白く光る石が落ちている。歩いて行ってその石を拾おうとすると、また同じように光とともに石は消えてしまう。そして、再び少し先の方に白い石が落ちていて、とその繰り返しだった。石を拾おうとしても消えてしまう。知らず知らずのうちに、私はその石を求めていた。欲しいのに手が届かない、そういう存在を人は追いかけてしまうものなのかもしれない。

 そこで目が覚めた。顔を上げると、さっきまで箱の中にあった石が消えていた。

 寝ている間にどこかに落としてしまったのかもしれない。慌ててあたりを見回したけれど、石はどこにも無かった。ついさっきまで目の前にあったのだから、消える筈がない。必死になって部屋中を探し回ったけれど、結局、石は見つからなかった。



【ハート・オブ・ケイスケ】


 3階建ての一軒家の自宅は、世間一般で言う豪邸の佇まいをしている。両開きの大きな門を開けると、石の敷かれた20メートルほどの庭道がまっすぐに伸びている。途中の庭には大きな花壇と彫像があり華やかな景観が広がっていて、その奥に横長のノスタルジックな洋館が建っていた。

 初めてこの自宅に来た人は、全ての人がこの光景に驚き、そして息を飲んだ。カナミを初めて呼んだ時もそうだった。ぱあっと顔が明るくなって、庭を走り回っていた彼女の姿が浮かんでくる。

 我が家は代々資産家だったらしい。親戚は医者や弁護士で、親父も大学教授と揃って学業が優秀であり、すべからく僕も秀才であるべきとされた。当然、幼い頃から英才教育を受けてきた。しかし、僕の成績は世間一般と比較すれば上位に入るものの、親父や親戚からの期待からは大きくかけ離れていて、そのせいで親父は肩身の狭い思いをしていたようだった。最終的には、父親が教授を務めている大学に推薦入学で入り、今に至っている。

 そのような経緯もあって、僕は昔から父親の言う事を真っ直ぐに受け入れ、逆らう事など一度もなかった。親父は、俺の言う事を聞いていれば上手くいく、と何時も言っていた。

 高校生の時、僕の成績が芳しくなかったとしても、「大丈夫だ。お前は俺だけを信じろ。進路は俺が何とかする」と言って、強い口調で僕を叱りつける事は一度もなかった。実際、推薦入試の件も教授の立場や広い人脈を利用して裏で話をつけてくれていたらしい。

 だからこそ、僕は父親に歯向かう思想を持つ事はなかった。尊敬すべきは我が父であり、世の中で唯一正しいのは父の考えだと信じて疑わなかった。父から最初に石についての計画を聞いた時も、同様だった。

 父は以前から、僕らがヘンゼルと呼んでいるある特別な石についての研究を秘密裏で重ねていた。その石には不思議な力が宿っており、未知の可能性を秘めていると信じていた。ある時、親父がしばらく海外へ行って戻ってこない時期があった。

 僕ら家族は父に何かあったのかと心配したが、その不安をなおざりにして彼は、実に誇らしげな表情で帰国してきた。そして、ついにその石を発見し、その性質や原理の解析により複製化も出来るかもしれないと語気を強めて言った。さらには、それを用いて父はある企みを持っており、成功すれば自分達を馬鹿にしていた親戚達や世間に対して報復する事が出来る、と彼は内密に打ち明けたのだった。どちらかというと、復讐に重きを置いているような話し方だった。

 お前にも協力して欲しい、と父は僕に言った。その時も彼は、「俺の言う事を聞いていれば上手くいく」と自信を持って言い切っていた。


 庭に入り、周囲を見回す。特に変わった様子は無い。そのまま洋館の中に入って一つ一つの部屋を調べていったけれど、何者かが侵入した形跡はどこにも無かった。

 父親の部屋は三階だった。窓の外はベランダになっていて、庭が見渡せるようになっている。ベランダに出て、そこから下を見下ろしてみた。庭から二階のベランダへ何らかの器具を使って登り、そこからまた三階のベランダに登る事も出来なくは無さそうだった。しかし、女性が一人でそんな事が出来るとは思えない。それに、親父はすぐにベランダに出たが、その時には人の姿は消えたと言っていた。辺りに身を潜められそうな場所は無かった。現実的に考えて、生身の人間に出来る事とは思えない。

 僕は自分の部屋に行き、ベットに身体を横たえた。ひどく全身が疲れていた。重い鉛を頭の上に乗せているような気分だった。別荘へ行かなければと思うが、その義務感も重なってより身体は重く感じる。少しだけ、休もう。この後はしばらく眠る事なんて出来なくなる。そう思いながら僕は瞼を閉じた。



【ハート・オブ・カナミ】


 決意を固めてからの行動は、自分でも驚くほど早かった。動くなら早い方が良い、直感的にそう感じたからだ。ユキさんがケイスケ達に捕らえられているのであれば、ゆっくりしていると手遅れになるかもしれない。

 ビジネスホテルを出て、最寄りの新幹線の駅までタクシーで向かう。

  スマホを捨ててしまった為、新幹線の時間や乗り換えの方法を調べる事は出来ない。こんな事なら捨てずに持って来れば良かったな、と少し後悔する。最新の情報を得る事も出来ないし、連絡手段も公衆電話に限られてくる。何かあった時の事を考えると、些か不安になった。

「運転手さん。申し訳ないけれど、私、すごく急いでるの」白髪混じりのタクシードライバーの背中に声をかける。「最短ルートで頼むわね」

「はい、分かりました」と気の抜けた返事が返ってくる。運転席と後部座席との間には、途轍もなく大きな温度差があるような気がしてならなかった。

 しかし結局の所、私はどこを通るのが最短かを調べる手立ては無く、彼の案内ルートの信憑性に賭けるしかなかった。無意識に貧乏ゆすりをしてしまう。

「あと、聞きたい事があるんだけど」私は早口で言う。「ここから東京までの新幹線の乗り方と所要時間を教えて欲しいの。もちろん、最短のね」



【ハート・オブ・ユキ】


 一週間後、ケイスケさんと再び会った。

 私は一応、空の箱を持ってきていた。あれから何度も部屋中を隈なく探したけれど、結局石は見つからなかった。石を失くしてしまった事を彼に何と説明すれば良いのだろう。

「お久しぶりです」と彼は少年のような笑みを浮かべて、レストランの入り口で待っていた。「来てくれないんじゃないかと思っていました」

 私はゆっくりと頭を下げる。最初に事情を話して謝るべきだろうか。

 しかし、ケイスケさんはすぐに扉を開けて「どうぞ」とエスコートしてくれる。リョウヤと同級生との事だが、光沢のあるカジュアルなスーツに身を包んでいる彼は、随分と大人びて見えた。同年代の人にはない大人の余裕のあるオーラを纏っている。身に着けている物も心なしか高価そうに見えた。

「実は、ちょっと嘘をついていたんです」

 テーブルに着くと、ケイスケさんは徐に話し出した。

「この前お会いした時、僕は石について研究しているとお話ししましたよね。厳密に言うと、少し違うんです。僕はについて研究しているんです」と彼は真剣な表情で話した。

 彼の言っている事を、私はすぐに理解できなかった。もしかすると訝しげな表情が出てしまっていたかもしれない。この前の時もそうだったけれど、彼は唐突に突拍子もない事を話し出すので、私はいつの間にか受け身の立場になって話を聞いている。

「どういう事ですか」ようやく口を出たのはそんな漠然とした疑問だった。

「急にそんな事を言っても、よく分からないですよね。ごめんなさい。順番にお話しします」

 それから彼は、この世界には石をたべる種族が存在する事、自分はその人々について大学で研究している事を話した。

「石をたべる人々は、見た目は普通の人と変わらないんですよ」と彼は言った。「表向きは普通の人なんです。食事も生活様式も、僕らと何ら変わりません。ただ、石をたべるんです」

「何の為に?」

「分かりません。どうやってたべるのかも、まだ分かっていないんです。ただ一つ言えることがあって、彼らのたべる石は普通の石ではないということです。そこには何らかの要件があるようです」

「どういう要件なんですか」

「あくまで憶測ですが、綺麗な石を選んでいるのではないかと思います」

 その言葉を聞いて、ふと先週彼からもらった石の事を思い出した。あれも特別に綺麗な石だった。

 ケイスケさんは私の表情の変化をじっと観察するような目をしていた。思わず目線を逸らす。彼は気にせずそのまま話を続けた。

「何故、彼らが石をたべるのかについて、僕はずっと気になっていました。普通の食事も出来るんですから、必要がなければ石なんてたべなくて良いですよね」

 どうしてそんな話を私にするんですか、と本当は聞きたかった。しかし、彼の話し方は迷いがなく、私の疑問を挟む隙間を与えてはくれなかった。

「僕はある時、気付いたんです。もし石をたべる人々が、石をたべない人々とは違う種族であるならば、当然その種を残す、あるいは広げる活動をするのではないか。もしかしたら石をたべるという行為は、そこに何らかの関わりがあるのではないか、と」

 私はゆっくりと頷いた。自分の心の中を読み取られてしまうのではないかと怖くなり、言葉を発する事が出来ない。

「石をたべる人々は、世の中の水面下でその数を徐々に増やしているのではないか、というのが僕の推測です。それこそ、僕らの身近な所にも、石をたべる人たちがいるのかもしれません。やがては、その種族は人類の多くの割合を占めるようになっていくのではないか、と。これはまあ、ちょっと大袈裟な話かもしれませんけどね」

「なるほど」と私は言った。ケイスケさんの目を見る。彼はずっと変わらず同じ表情をしていた。彼は、と私は不安になる。いや、気付いていないだろう。私は今日まだ何も話していないし、箱の中もまだ見せていないのだから。

 ケイスケさんはワインを一口飲んで、味わうようにそっと空気を吸い込んだ。そして、しばらく沈黙の間を置く。私はただその姿を見ている事しか出来ない。

「ヘンゼルとグレーテルは知っていますか?」と彼は聞いた。

「ヘンゼルとグレーテル?」

 突然の事で、思わず聞き返してしまった。あのグリム童話の? 話は知っているけれど、それが何か関係あるのだろうか。

「あの物語の中には、石をたべる人たちに関する、ある重要なヒントがあるんです。お話の流れは覚えていますか。貧しい両親に捨てられそうになる、ヘンゼルとグレーテルという二人の兄弟の物語です」

「ええ、小さい頃に絵本でよく読んだので、大筋は覚えています。森の中でお菓子の家を見つけて、そこに住んでいる老婆に食べられそうになる話ですよね。上手く老婆の隙をつき最後には兄弟が勝って、二人は無事に家に帰れるっていう」

「そうです、その童話です。確かに、物語のあらすじは今ユキさんが言われた通りです。でも、大事なのはそこではありません」

 そう言うと、彼はテーブルの上で手を組み少し前のめりになる。

「物語の序盤に、両親に捨てられそうだと気付いたヘンゼルが、夜中に家を抜け出すくだりがあるんです。このままだと自分たちは捨てられてしまう。何とかしなければならない。妹のグレーテルを守るためにも」

 私はゆっくりと頷いた。朧げではあったけれど、そのような場面があったような気がした。

「その時、奇跡が起きたんです。外を歩いていたヘンゼルが、不思議な白く光る石を見つけました。これは使えると、彼は思ったんでしょうね。それを沢山集めてポケットに入れて持ち帰りました。翌日、両親に連れられて森の奥へ連れていかれる時、所々でその石を落としていったんです。可哀そうに、ヘンゼルとグレーテルは両親に騙されて森の中に置いてきぼりにされますが、夜になると道に捨ててきた石が光輝いて、二人はその石を辿って家に帰ることが出来ました」

「何となく、覚えています」と私は言う。

「あくまで童話という創作物ではありますが、白く光る石が最初に現れたのはこの物語だと思います。僕達はこの童話がすごく重要なカギになると考えています」

「僕達、というのは?」

「僕と、僕の父親です。僕は石をたべる人たちについて研究をしているとお話ししましたね。今、父親と二人でその研究を進めているんです」

「そうだったんですか」

「僕たちは便宜上、研究対象の石を“”と呼んでいます。フィクションかもしれませんが、それを生み出したのは人間です。それを生み出した人間は……」

「石をたべる人だったのではないか、という事ですか」と私は思わず口に出した。

 彼は嬉しそうに頷く。「さすがですね。僕らはそう考えています」

 そんな事があるのだろうか。俄かには信じがたいし、どこまで彼が本気で話をしているのか分からなかった。全部冗談だよ、と言ってほしいと心から願った。

 ふと、ケイスケさんが何かを思い出したように、顔を上げた。

「そういえば、先週お渡しした石はどうでしたか?」と、不敵な笑みをして彼は訊ねた。

 来た、と私は思った。ついに話さなければならない。私は彼の狡猾さにまんまと飲み込まれてしまっていた。今までの話はこの質問を私にぶつける為の前置きのようなものだったのだろう。洗脳、という言葉が頭に浮かぶ。その時、私はすでに彼に洗脳されてしまっていたのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ストウレン・ストーン~石をたべる人たち~ ワタリヅキ @Watariduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ