第5話 嘘から真が出てきました!

 ベルネット子爵領の修道院から王都までは馬車で一週間かかる。馬車の速度が遅いとはいえ、これだけの期間の移動となるとちょっとした旅である。


 その間のヴァルトルーデの心情は微妙なものだった。何しろ王都といえば王立学院のことを最初に思い出してしまうからだ。後半はつらい思い出しかない。しかも、今回はトゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーと契約したせいで王宮へ呼び出されたのだ。良い印象が抱けない。


 救いはクラーラ院長も同行しているという点だろう。さすがに十代の子供二人で王宮に出向くのは誰が見ても厳しすぎる。ヴァルトルーデもアルマもクラーラ院長をとても頼りにしていた。


 王都にある王城へ入ることができる者は当然限られている。それは貴族であっても例外ではない。アルマはもちろんのこと、貴族であるヴァルトルーデも本来だと簡単には入城できない。しかし、今回は呼び出されたことからクラーラ院長共々あっさりと入れた。


 案内役の使用人を先導させるクラーラ院長の後を、平静な様子のヴァルトルーデとアルマが続く。本当は周囲を見て回りたいが、クラーラ院長の言いつけで我慢しているのだ。ちなみに、トゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーはアルマが両手で抱えている。


 応接の間に通された三人は、アルマ以外が席に座ってしばらく待つ。


「うわぁ、白いお部屋がきんきらきんですねぇ。目がちかちかしますよ」


「そうですね。実家とは大違いです」


 ようやく三人だけになったので、ヴァルトルーデとアルマは珍しそうに部屋のあちこちに視線を向ける。どれだけの財がつぎ込まれているのか想像もできなかった。


 クラーラ院長が二人の様子を微笑ましく見ていると、使用人がディートヘルム国王の来訪を告げる。それを聞いた二人が固まった。


「取り調べって国王が直にされるのですか?」


「私もてっきり、専門の方とお話をするものとばかり思っていました」


「これらの剣について、詳しく知る者が王族しかいないからですよ」


 悠然と立ち上がるクラーラ院長に続いて、ヴァルトルーデも緊張しつつ立つ。


 そして、入室してきた人物達を見て更に驚いた。厳つい顔に立派なひげを蓄えている人物に、テオフィルとクリスティアーネが従っていたからだ。


 三人はクラーラ院長達の前に座った。中央の国王陛下らしき人物は若干緊張した様子であり、テオフィルは懐かしそうにヴァルトルーデを見ている。クリスティアーネはとても上機嫌だ。


「ご壮健で何よりです、国王陛下」


 クラーラ院長が笑顔で一礼をすると、国王はびくりと震えた。


「母上と腹の探り合いはしたくありません。そのために応接の間にお通ししました」


 通常、国王との会見は謁見の間で行われる。このように応接の間にて国王が会見する場合は、親族と会う場合や密談の場合が多い。


「わかりました。ではそのように。久しいですね、ディーター。テオとクリスも修道院で別れて以来かしら。立派になりましたね」


「はい、お婆さま。お元気そうで嬉しく思います」


「お婆さま、またお目にかかれて嬉しいです! 修道院での生活が懐かしいですわ!」


「ディーター、エッカルトはどうしました?」


「今は地方の視察に出ています。年内には戻ってきますが、今回は間に合いませんでした」


 エッカルトとは国王の長男、第一王子のことである。テオフィルの兄のことだ。


 しばらく親子の挨拶が続く。ヴァルトルーデとアルマは完全に置いてけぼりだが、今の二人にはちょうどよかった。何しろ、クラーラ院長が国王の母親など初耳だからだ。どちらも王宮に入るまでのやりとりを思い出して顔を青くする。不敬すぎて打ち首の未来しか見えない。


 やがて一家の会話が一段落すると、話題の矛先が家族外に向けられた。最初に口火を切ったのはクリスティアーネだ。


「お久しぶりです、ヴァルテ姉様! お待たせして申し訳ありません! お婆さまと久しぶりにお目にかかったので、つい」


「いえ、とんでもございません。お気になさらずに、クリスティアーネ様」


 ヴァルトルーデの言葉を聞いたクリスティアーネは一瞬呆然とした後、とても悲しそうな表情を浮かべる。


「ヴァルテ姉様、わたくしのことは今まで通りクリスとお呼びください」


「いえ、それはいくら何でも失礼です」


「そんなことありません! クリスティアーネなんてイヤです! 昔はクリスと呼んでくださっていたではありませんか!」


「それでは、クリス、様?」


「様はいりません。クリスです」


「そんな」


「お姉様、わたくし、とても悲しいです」


 ヴァルトルーデは視線を国王とテオフィルとクラーラ院長に向ける。三人は笑顔でうなずいた。


「ああもう、クリス」


「はい、お姉様!」


 美しい大輪の花が咲いたかのような笑顔をクリスティアーネが見せる。相当ご機嫌だ。


 そして、緊張がほぐれたヴァルトルーデは、まだ国王に挨拶をしていないことに気付いて視線を真ん中に座っていらっしゃる貴人に向けた。


「国王陛下、お初にお目にかかります。ベルネット子爵の娘、ヴァルトルーデと申します」


「余がディートヘルム・クロイツァーだ。そなたのことはクリスからよく聞いている。相当世話になったそうだな。礼を言う」


 国王の言葉に合わせてヴァルトルーデが頭を下げる。当時は友人ができたと単純に喜んでいただけだ。クリスの世話をしたという感覚がないので恐縮するばかりである。


「さて、それではそろそろ例の剣について話をしましょう」


 挨拶を一通り終えると、クラーラ院長が本題に入ることを促した。


「聖剣と魔剣が同時に見つかったと母上の手紙にありましたが、それがあの剣なのですか」


 国王は興味津々な様子でアルマの抱える剣へ視線を向けた。


 クラーラ院長の視線を受けて、アルマが両者の間にある机の上に剣を置いた。


「トゥーゼント、オゥタ、ご挨拶なさい」


『我はトゥーゼンダーヴィント! 魔を切り裂く聖剣である!』


『儂の名はオゥタドンナー! 主と共に敵をすべて切り伏せる魔剣だ!』


 ヴァルトルーデの求めに応じて、聖剣と魔剣が声を大にして名乗る。半信半疑だった国王は目を見開いた。


「父上、先日私が読んだ古文書に書いてある通りですね」


 十五歳となり成人した王家の者は、王家が占有する秘蔵の書物を読むことができる。テオフィルは興味があったので空いている時間に少しずつ読んでいるのだ。


「僭越ながらお尋ねしたいのですが、このトゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーとはどのような剣なのでしょうか」


「トゥーゼンダーヴィントとは、この王家の始祖様が建国前に使われていた聖剣だ。古文書によれば、悪竜や悪魔を退けたらしい。一方、オゥタドンナーとは始祖様と建国前まで旅をしていた武人が使っていたらしいのだが、こちらはほとんど記録がないのだ」


 遠慮がちに尋ねたヴァルトルーデに国王が簡潔に答えてくれた。何やら冒険譚の臭いがするが、今重要なのはそこではない。


「それで、ヴァルテ、両手の甲に刻印があるそうだが見せてもらえるかな?」


「お見せするには剣を鞘から抜かないといけないのですが」


「構わん、許す」


 テオフィルに修道院時代と同様に愛称で呼ばれたヴァルトルーデは、国王に視線を向けた。国王がうなずくと、ヴァルトルーデはトゥーゼンダーヴィントを手に取って鞘から抜く。すると、右手の甲に白い刻印が浮かび上がってきた。


「おお、これが!」


「父上、古文書に描かれていた刻印と似ています。恐らく同じものかと」


『あるじー、儂も抜いてくれー』


 オゥタドンナーがかたかた震えながら、たまには鞘から出たいとだだをこねる。


 仕方がないので、一旦トゥーゼンダーヴィントを鞘にしまうと、今度は左手でオゥタドンナーを鞘から抜き出す。すると、左手の甲に黒い刻印が浮かび上がってきた。


『おお、久しぶりの空気! 主、ちょっと誰か、ってあれ? もうしまうの!?』


 最低限の要望だけを満たしたヴァルトルーデは、無言でオゥタドンナーを鞘にしまった。ここでやらかすわけにはいかないのだ。


 騒ぎ始めたオゥタドンナーが会話の邪魔にならないように、アルマがどちらの剣も再び抱えて後ろに控え直した。


「父上、どうやら本物の聖剣と魔剣のようですね」


「それがあの修道院の地下にあったのか。信じられん。なぜあそこなのだ」


「ふたつの伝説の剣と契約なさるなんて、さすがですわヴァルテ姉様!」


 目の前の事実にどう対処したものか悩み始めた国王とテオフィルに対して、クリスティアーネはそんなのは関係ないとばかりにヴァルトルーデを賞賛する。修道院時代と同じように周囲の空気を読む気はないらしい。


「更に、あの聖剣と魔剣は、どこにあっても一晩で刻印のある者の元へと戻るそうです」


「つまり、召し上げることができないというわけですな」


 母親であるクラーラ院長の言葉に国王は渋い顔で答えた。長らく失っていたとはいえ、所有権は王家にあるというのが国王の考えだ。しかし、刻印のある者しか所有できないとなると問題はややこしくなってくる。


「あの、刻印を解除することはできないのでしょうか?」


「ヴァルテ、古文書には何も書かれていなかった。他にも探したらあるのかもしれないけど、今のところは刻印を解除する方法はないんだ」


 難しい顔をしたテオフィルがヴァルトルーデに優しく返答した。王家の秘宝というだけで狙う輩は多い。そんな危険なことからヴァルトルーデを解放したいと思うテオフィルだったが、その解決策がなくて苦悶する。


 ちなみに、トゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナー本人達に刻印の解除方法については質問済みだ。返答は『わからない』である。今までは死ぬまで契約し続けていたらしい。


 そうして四人がどうしたものかと悩んでいると、クリスティアーネが明るい調子で口を開いた。


「あら、父上、ヴァルテ姉様から剣を召し上げる必要なんてありませんわ。何しろヴァルテ姉様は本物のお姉様なんですもの!」


「クリス、何を言っておるのだ?」


「実はヴァルテ姉様とテオ兄様は既に婚約なされているんですよ!」


「なんだと!?」


 愛娘の突然の暴露に驚愕した国王は、思わず息子に視線を向けた。その息子も目を見開いて固まっている。顔が赤い。


「そういえば、以前修道院で婚約の儀式をしましたね」


「母上!? どういうことですか!」


 まさか自分の母親からも肯定されるとは思わなかった国王は、腰を浮かして説明を求める。


「クリスが修道院から王宮へ戻るときに、ヴァルテと離れたくないとだだをこねたのですよ。そのときに、本物の姉妹になれば寂しくないからと、テオとヴァルテの婚約の儀式を行ったのです。口頭のみですが」


 つっこみどころ満載の説明だが、あまりのことに国王はあえぐように抗議する。


「戯れ言とはいえ、軽はずみではありませんか。非公式であっても母上が立会人をされたとなると、王家としては半ば認めたようなもの」


「ならば認めればよいのです」


「なんですと?」


 テオフィルの花嫁探しに問題が追加されてしまった国王は、母親の言葉に絶句する。


「王家としては剣を取り戻したいが刻印のある者しか所有できないのならば、その当人を王家に迎え入ればよいでしょう。家格については聖剣と魔剣の所有者ということで解決しますし、本人の人となりや資質についてはわたくしが保証します」


 にこやかに断言されてしまい、国王はどう返したものか悩む。そして更に追い打ちをかけられた。


「幸い、テオはヴァルテにかなり気があるようです。そうでなければ、あのときに婚約の儀式なんて自ら提案しないでしょう」


 視線を向けられたテオフィルは真っ赤な顔のまま視線を逸らす。祖母に完全にばれていることがわかってかなり居心地が悪そうだ。


「そなたという奴は」


 ぎぎぎとゆっくり顔を息子に向けた国王は、何とも言えない微妙な表情をしている。本来ならば叱るべきなのだが、結果だけ見たら上手く問題に対処したことになるからだ。人を評価するのはなかなかに難しい。


「さて、ヴァルテ。すっかり置いてけぼりになってしまって悪いですが、あの婚約の儀式を正式なものといたします。あなたが望まぬ形であるかもしれませんが、剣の正式な所有者となってしまった以上、覚悟してください」


 若干申し訳なさそうな表情を浮かべながら、クラーラ院長がヴァルトルーデに語りかける。しかし、ヴァルトルーデは首を横に振った。


「望まぬ形だなんて、そんなことありません。私も嬉しく思います」


 婚約を交わした後、密かにしばらく浮かれていたのは内緒だ。実はクリスティアーネと姉妹になったことよりも喜んでいたことも。


 それを聞いたテオフィルは耳まで赤くしたまま喜ぶ。アルマも背後でにやにやしていた。


「ああ、今日は本当にすばらしい日ですわ! テオ兄様とヴァルテ姉様のご婚約をお父様に認めていただけるなんて!」


「いや、余はまだ何も」


「いい加減あなたも覚悟を決めなさい。他に方法などないでしょう」


 クリスティアーネを止めようとした国王に、クラーラ院長が横やりを入れる。反論できなかった国王は力なく椅子の背もたれにもたれた。


「他の貴族との調整がありますので、正式な公表は少し先になります、母上」


「それは構いません」


 満足そうにクラーラ院長はうなずいた。


「さて、これで懸案事項はほぼ片付きましたね」


「ほぼ? まだ何かあるのですか?」


 弱り切っていた国王が力なく尋ねる。


「ディーター、あなたの手を煩わせることはありません。王立学院に小用があるだけです」


「王立学院にですか? 母上と接点があるように思えないのですが」


「これはヴァルトルーデに関することですから、わたくしには直接関係ありません。ただ、今後のためにも今片付けておいた方が良いので、わたくしが直接話をしに行きます」


 自分には関係ないことと断言されて少し安心した国王だったが、不敵な笑みを見せる母親の顔を見てかつての姿を思い出す。やっぱり不安になる国王だった。

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