第4話 仕方なく、念のために剣の扱い方を学ぶだけです!

 トゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーが発見されて二日目。


 戦う相手が本当に誰もいないと知った聖剣と魔剣は、世の中があまりにも平和であることに驚いた。更に、ヴァルトルーデが正真正銘ただの貴族子女であることを知ると愕然とする。てっきり何かしらの武芸を嗜んでいると思っていたからだ。


『つまり、儂の主は本当にただの小娘ってことか』


『主に対して小娘は失礼であろう。しかし、戦うすべを知らぬというのは事実のようだ』


『なんでそんな小娘に儂等の刻印が同時に現れたんだ?』


『知らぬ。正式に契約できておるのだから資格はあるようだが』


 自分のご主人様が武人でないことにトゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーも困惑していた。しかし、両者にとって心配なのはこれからだ。このままでは存分に振るってもらえない。それではどちらも本懐を遂げられないので困る。


『主よ。話があるのだが』


「トゥーゼント、どうしたの?」


『剣を振るう修行をしてもらいたいのだ』


 トゥーゼンダーヴィントの言葉にヴァルトルーデは形の良い眉を顰める。自分が武芸など苦手以前の状態だと知っているヴァルトルーデにとって、今からそんなことをしてどれだけ役に立つかわからなかった。


「今から何年も修行しても、正式な騎士様のようにはなれないと思うのだけれど」


『確かにそうかもしれぬ。しかしそれ以前に、まずは我等を振るうことを憶えてもらいたい。なぜなら、我等は古来より我等を必要とする者と契約し、その都度振るわれてきたからだ。主は望んでおらぬようだが、我等と契約したことには必ず意味があるはず。ならば、まだ見ぬ目的のためにも、今から我等を手に馴染ませておくべきだ』


「まだ見ぬ目的のためと言われても」


 正直なところ、騙されているような気がする。これがオゥタドンナーの説明なら一刀のもとに斬り捨てていただろう。しかし、トゥーゼンダーヴィントがまったくのでたらめを主張しているとも思えなかった。


「お嬢様、とりあえずやってみてはいかがですか?」


「アルマ?」


「いつ何が必要となるかわからないじゃないですか。特に今のお嬢様はお立場が微妙ですし、やっておいても損はしないかと思いますよ。何より、今は雑用しかしていないんですから、剣を振るう練習をしても差し支えないでしょう」


 アルマの脳裏には、かつて王立学院で貴族の子弟に襲われたことが浮かんでいた。あのときはたまたま自分が一緒にいたから良かったものの、そうでなかったらと思うとぞっとする。備えあれば憂いなしとも言うのだから、やれることはやっておくべきという考えだ。


 それに、今のヴァルトルーデには雑用くらいしかやることがない。剣を振るうことも貴族の子女のすることとは言えないが、雑用よりはましだとアルマには思えた。そして何より、美人なヴァルトルーデが剣を振るう姿が見たかった。一言で言うと趣味である。オゥタドンナーに悪い影響を受け始めているのかもしれない。


「わかりました。アルマがそう言うのなら、剣を振るってみましょう」


『おお、やる気になってくれたか、主よ!』


『やったぜ!』


 ヴァルトルーデが承諾したことにトゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーが喜びの声を上げた。


 クラーラ院長に雑務から抜けて剣の修行をする許可をもらったヴァルトルーデは、近くの野原にやってきた。光ったり風を巻き起こしたりしたことを考えると、周囲に何もない場所が良いとアルマが提案したのだ。


「ここなら気兼ねなく剣を振るえますね」


「はい。すっぽ抜けてどこかへ剣を飛ばしても大丈夫ですね~」


「もう、アルマったらひどい!」


 アルマにからかわれて口を尖らせていたヴァルトルーデは、ぷいと顔を背ける。その仕草はとてもかわいらしい。


『それでは始めよう。主よ、我を鞘から抜いてくれ』


 わずかに機嫌を直したヴァルトルーデは、トゥーゼンダーヴィントの柄を右手で握る。すると、甲に白い刻印が淡い光と共に浮かび上がった。


「あれ、刻印が現れましたよ?」


『我を使うときは現れるのだ。これにより自在に使えるのだぞ、主よ』


 ヴァルトルーデは話を聞きながら、んしょと鞘からトゥーゼンダーヴィントを引き抜く。今回は光もしないし風も起きないことに安心した。実は少しだけ身構えていたのだ。不意打ちで演出をされるとさすがに怖い。


「次はどうするの?」


『我を持ちつつ構えよ』


 鞘を地面に置いてトゥーゼンダーヴィントに指示を仰いだが、どのように構えればいいのかヴァルトルーデにはわからない。どうしたものかと困惑するばかりだ。


「お嬢様、こうするんですよ」


 困っているご主人様を見かねたアルマが、近くに寄ってきて鞘に入ったままのオゥタドンナーを構えてみせた。かなり様になっているので周囲が驚く。


『貴様、剣を振るったことがあるのか?』


「以前ちょっとだけね」


『悪くないではないか。誰かに師事していたと見える』


「すごい、アルマは何でもできるのね」


 みんなの注目を集めておもはゆいのか、アルマが体をくねらせる。意外とかわいらしい。


「さぁ、お嬢様、同じように剣を構えてください」


「わかったわ。こうすればいいのかしら?」


 見よう見まねでヴァルトルーデもトゥーゼンダーヴィントを構える。金属の塊なので重いと想像していたが、予想よりもずっと軽くて驚いた。以前はそれどころではなかったので気付かなかった。


『主よ、次に目の前に敵がいると想像してもらいたい』


「敵、ですか?」


 言われるままにしようとするが、ヴァルトルーデの目には何もない野原が広がるばかりだ。どうしていいのかわからない。


「初めてだからやり方がわからないですよね。はい、お嬢様、正面のあたしを敵として見てください」


 ヴァルトルーデの正面に移動したアルマがオゥタドンナーを構えた。これなら具体的なのでヴァルトルーデにもできる。


 すると、白い線が見えてきた。それは人と剣をかたどった線画で、ヴァルトルーデを起点にしてアルマまでいくつも連なっている。しかも少しずつ姿が変化していた。


『主と我をかたどった、線で描かれたものが見えるだろうか?』


「ええ、見えます。アルマまで連なっていますけど、少しずつ形が違いますね」


『その線画に合わせるように主の体と我をなぞってアルマまで近づいてもらいたい』


 言われるままにヴァルトルーデは体を動かす。線画に合わせることに意識しすぎているせいでぎこちないが、ゆっくりとアルマに向かう。


『アルマ、貴様は今動くな』


「はいはい」


 体を動かしそうになったアルマをオゥタドンナーが制する。何をしているのかわかっているようだ。わからないアルマは疑問に思うが、ヴァルトルーデの動きが何かを追っていることは理解できたので黙っていた。


 そうしてついにトゥーゼンダーヴィントの刃先がアルマの首筋一歩手前まで届く。そこでようやくアルマにもヴァルトルーデに何をさせているのかが理解できた。


「トゥーゼント、これは?」


『かつて我を使っていた者達の武技を主に合わせて再現したものだ。その見える線画の通りに動けば、かつての英雄や達人の技を再現できるだろう』


「無茶苦茶ね。真面目に練習するのがバカみたいじゃない」


 事もなげに言うトゥーゼンダーヴィントにアルマが呆れた。その剣筋を身につけるのに一体どれだけの修練を積まねばならないか、アルマは知っている。自分も色々やって来たが、今までの苦労は一体何なのかと問いたくなる言葉だ。


『しかし、今の主には好都合だろう。いつ必要となるかわからんのだから、短期間で身につけなければならん』


「あたしにはその線が見えなかったけど、これの鞘を抜いたら見えるようになるの?」


『貴様は儂等と契約しておらんから見えんぞ。主だけだ』


「残念。まぁ、そう都合良くはいかないか」


『だが、貴様の構え方は悪くなかった。自力で儂等を振るってもなかなかのものだと思うぞ。主と共に振るってみてくれ。どの程度が技量を見てみたい』


 そうしてヴァルトルーデとアルマは聖剣と魔剣を振る修行をすることになった。


 ヴァルトルーデは剣の振り方こそ頼りないが、小さい頃から山野を駆け巡っていたので体力はある。そのため、修行で簡単に音を上げることはなかった。一方、アルマは自分の知識と経験を土台にかつての勘を取り戻すように剣を振るった。


「アルマ、剣を交換しましょう」


「はい、お嬢様」


『次はアルマか。よろしい、先ほどの続きをしようか』


『あるじー、昨日見かけた野良犬を試し切りしよう!』


 毎日剣を振るう二人だが、どちらもトゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーを振るうようにしている。ヴァルトルーデの場合は、そもそも契約者なのでどちらにも慣れておく必要があるし、アルマの場合は、空いている剣を手にするかもしれないからだ。


「それにしても、単に色違いで同じだと思っていたけれど、微妙に違うのね、あんた達」


 トゥーゼンダーヴィントを手にしたアルマが構えながら問いかけた。


 聖剣と魔剣からたまにもらう助言から総合すると、トゥーゼンダーヴィントは断ち切る感じで使うのに対して、オゥタドンナーは叩き切る感じで使う方が正しく思えるのだ。


『鋭いな。確かにその通りだ。これは、我等の性質という以上に、今までの使い手の癖に寄るところが大きい。それが違いとして現れているのだろう』


「なるほど、そういうことか」


 ひとつの道具を長く使っていると使い手の手に馴染むとよく言うが、あれは使い手が慣れるだけでなく、道具もまた使い手に合わせて微妙に変化する。あの類いかとアルマは納得した。


 一ヵ月もすると、ヴァルトルーデの動きは大分様になってきた。一日すべてを剣の修行に費やしてこその即席である。


『主に元から体力があって助かった。とりあえずは達人の軌跡を追えるようになって何よりだ。更に研鑽を積めば、数年で我等なしでもそれなりの使い手になれるぞ』


 全然望んでもいないことを賞賛されても、ヴァルトルーデは素直に喜べなかった。本当なら今頃は、お友達の子女と学んだりお茶を飲んだりするか、修道院の雑用をこなす日々を送っていたいたはずなのだ。どうしてこうなった。


『あるじー、そろそろ生き物を切ろう! この際人じゃなくてもいいから! 実戦経験大事!』


 そしてこいつは相変わらずマイペースだ。全然本音が隠せていない。


 今では剣の性質の違いがわかる二人は大きくため息をついた。




 ある日、いつものように二人が剣を振って修道院に戻ってくると、クラーラ院長に呼び出された。そろそろ剣の修行を止められるのかなとヴァルトルーデは期待する。もう一ヵ月も続けたのだ。本来は貴族の子女のすることではないのだから、止められて当然だろう。


「ヴァルテ、あなたとあの剣の処遇が決まりました」


 クラーラ院長の部屋に入って椅子に座ったヴァルトルーデは、開口一番にいきなりそう言われて驚いた。


「剣はわかりますが、私の処遇ですか?」


「はい。しかるべき方に相談したところ、剣と共にあなたを王都へ連れてくるようにと命じられました」


 ヴァルトルーデとアルマは目を見開く。どう考えても明るい予想はできない。


「私はどうなるのでしょうか?」


「まずは王宮での調査に協力してもらうことになります。その後は調査結果によるでしょう。剣は最終的には召し上げられることになるのでしょうが、問題は一晩であなたの元に戻ってしまう点ですね。これがなければ、話はもっと簡単だったのですが」


 あの機能はヴァルトルーデにも厄介なものだったが、更に面倒なことを増やしてくれたようだ。もう本当に泣きたくなってくる。


「クラーラ院長、もちろんあたしはお嬢様についていってもいいんですよね?」


「あなたも事情聴取の対象ですから、行かないという選択肢はありません」


 のんきにご主人様の不幸を悲しんでいたアルマだったが、ようやく自分も巻き込まれていたことに気付いたようで顔を引きつらせる。一緒に地下に潜ったり剣の修行をしたりするほど常時くっついていて、ただで済むわけがなかった。今更な話である。


「それで、いつ王都へ向かえばよいのですか?」


「できるだけ早くです。馬車はベルネット子爵殿にお借りすることになります」


 こちらから馬車で行くとなるとそれ以外に手段はない。両親は心配するだろうなとヴァルトルーデは思った。


「荷物はお屋敷に戻ればすぐに準備できますよ。前と大体同じでしょうから半日もいらないですし。一日くらい間を入れて明後日以降でしたら、こちらの準備は大丈夫です」


「そうですか。こちらもやるべきことがありますので、それを片付けてからになります。ですから、出発は三日後にしましょう」


 自分のするべき作業を思い浮かべながら予定を口にしたアルマに対して、クラーラ院長が答える。三日もあれば楽勝だなとアルマは笑顔を浮かべた。


「もう王都に行くことはないと思っていたのに、先のことなんてわからないですね」


「まったくですね、お嬢様。王都にはあんまり良い思い出はありませんけど、さっさと用事を済ませて帰ってきましょう」


「そうね」


 複雑な感情を胸に秘めたまま儚げに笑うヴァルトルーデは、朗らかに答えるアルマの励ましに少し助けられた。そうだ、嫌なことはさっさと終わらせてしまえばいい。


 しかし、そんな仲睦まじい主従の様子を見ながら、にこやかなクラーラ院長が意外な一言を発した。


「二人とも、今回はわたくしも王都へ同行します」


「クラーラ院長も呼ばれたのですか!?」


「ふふふ、そうとも言えないこともないわね」


 なぜだろう、いつもと同じ笑顔のはずなのに精神的に圧迫される何かがあった。どちらも質問ができない。


「ともかく、そう深刻になることはありません。旅の用意を抜かりなくしてください」


 言い終わると、クラーラ院長が席を立つ。これで話は終わりだ。


 色々と思うところはあるものの、ヴァルトルーデとアルマも王都に向かうための準備をするために席を立った。必要なことはいずれ話してくれるだろうと信じて。


 三人が修道院を出発したのは、予定通り三日後だった。

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