第6話 院長が反撃してくれました!

 剣と婚約の話がまとまった後、ヴァルトルーデとアルマはクラーラ院長と共に馬車で王城を出た。


「このまま王立学院に行くのですね」


 追放されるような形で出て行った場所に戻る心の準備がまだ不充分なヴァルトルーデは不安そうだ。王立学院の門を潜るとその表情は更に暗くなる。


「お嬢様、大丈夫です。何とかなりますって」


「ヴァルテ、わたくしもいますから」


 励ましてくれるアルマとクラーラ院長を見て、かすかにヴァルトルーデが笑った。


『主、侮辱する者がいれば、我を使って懲らしめてやるとよいぞ』


『手ぬるいぞ、トゥーゼント。みんな切り伏せてしまえばいいんだ!』


 こちらも一応励まそうとしてくれているらしい。片方は相変わらずだが。


 教員専用の校舎へ馬車が横付けされると、御者が扉を開ける。アルマ、ヴァルトルーデ、そしてクラーラ院長の順に馬車を降りた。剣はどちらもアルマが持ったままだ。


 寒い中すぐに屋内へ入ると、クラーラ院長は王立学院所属の使用人に学長を呼び出すように伝えた。そして自分達は応接室に案内してもらう。


「クラーラ院長、本当に学長とお話をしてどうにかなるのですか?」


「あなたが受けた理不尽な仕打ちがまかり通ることなど、あってはなりません。このままでは、この王立学院で学ぶ者達に悪影響を与えたままになってしまいます。これは矯正しなければならないことなのですよ」


 すっかり萎縮してしまっているヴァルトルーデとは対照的に、クラーラ院長は毅然とした態度だ。


 しばらくすると、二人の男性が入ってくる。ひとりは学長で、もうひとりは秘書であることをヴァルトルーデは思い出した。


「まさか、本当に王都へお戻りになっていらしていたのですか」


「リントナー伯爵、久しいですね。今は学長ですか。最後に会ったのは十五年前だったかしら」


「はい、クラーラ様。ご機嫌麗しゅうございます」


 二人のやりとりを見ているヴァルトルーデとアルマは驚いた。自分達の知っている学長はもっと堂々とした態度だったのに、今は主人に会う使用人のようだ。聞けば伯爵位の持ち主のようだが全然相手になっていない。


「用件を手短に伝えます。ヴァルトルーデの名誉回復と復学を要求します。それと、ヴァルトルーデとアルマを襲った者達をすぐに呼んできなさい」


「いきなり何をおっしゃるのですか。いくらクラーラ様でも王立学院への不当な介入は」


「テオフィル王子の婚約者を襲撃した者達を庇い立てするのですか!」


 いきなりクラーラ院長の雷喝らいかつが落ちて室内の全員が驚く。ヴァルトルーデとアルマはこんな声を出すクラーラ院長を初めて見た。


 学長は二重の意味で驚いていた。ひとつはクラーラ院長の声に、もうひとつはその内容にである。


「テ、テオフィル王子の婚約者!?」


「そうです。この王立学院に入学する前に、ベルネット子爵領のわたくしが預かる修道院にて、婚約の儀式を行いました。立会人はわたくしです」


 驚愕していた学長は、更に追撃を受けて限界まで目を見開いた。あまりの事実に声が出ない。


『無礼者は手打ちにしようぜぇ』


「あんたは黙ってなさい。包丁用の砥石でゆっくりと身を削るわよ?」


『悪かった!』


 ヴァルトルーデの背後に控えている使用人近辺から声が聞こえたが、学長にはそれどころではなかった。


「返事はどうしたのですか?」


「は、はい、今すぐに!」


 学長は視線で急かすと、秘書は慌てて応接室を退室した。


 ちなみに、王都に住んでいた頃のクラーラ院長は雷鳴貴婦人ドンナーダームと呼ばれていたらしい。非常に正義感が強かったらしく、曲がったことをすると例え国王でも容赦なく雷を落とすことで有名だった。二人が生まれる前のことである。




 ヴァルトルーデとアルマを襲った三人が応接室に連れてこられた。


「学長、貧乏子爵の話はもう終わったはずなのに、どうして蒸し返すんですか」


 いきなり開口一番、アルベルトが不満をまき散らした。その態度は非常に横柄なもので、ヴァルトルーデ達を一瞥してすぐに学長に迫る。その学長に対しても、慇懃無礼だ。


「事は学院内だけの問題ではなくなったのだ。再調査せねばならん」


「どこの馬の骨ともわからない年老いた修道女から何を聞いたって言うんですか? こっちは侯爵家ですよ? 子爵家風情なんて相手になるわけないでしょう」


「アルベルトの言う通りだ! 僕だって伯爵家の出なんだぞ。子爵家なんて目じゃない!」


 自分達は絶対に安全だという揺るぎない自信を持って、アルベルトとカミルは口を動かす。貴族の格はすべてに勝ると思い込んでいるらしい。


 それに対して学長は大きなため息をつく。それを自分の忠告を受け入れたと判断したアルベルト達は大きく口を歪ませた。


「貴族の格を持ち出すのならば、その格に見合う品格を身につけなさい。それは、貴族として生まれ育った者の義務です」


 無表情なまま視線を三人に向けたクラーラ院長が、本の文章を読むように言葉を紡ぐ。


「はっ、死にかけの修道女ごときが言うじゃないか。お前に貴族の何がわかるって言うんだ? こちらが寛大なのをいいことに好き勝手言っていると、痛い目を見るだけじゃすまないぞ」


 青筋を立てたパウルが吐き捨てるように言い返す。それに勢いづいたカミルも続く。


「そうだ! 僕達貴族は、お前なんかよりもはるかに立派で高貴な存在なんだぞ! そんなこともわからない輩が偉そうに! 父上に言いつけて罰してやるからな!」


「どうもそこの貧しいご令嬢は退学だけでは満足してもらえなかったようだ。一度、我が侯爵家ご自慢の牢獄にでもご招待して差し上げようかな。そこの老いぼれと共に」


「それはいい考えですな。ああそうだ、ついでにあの使用人も同行させてやってはどうですか。世話をする者をひとりくらいは一緒にいさせてやる慈悲の心を示せば、周囲もアルベルト様の寛大な処置に心打たれるでしょう」


「そういえば、アルベルト様はあいつに投げられたんだっけ」


「うるさいぞ、カミル!」


 相手が誰だか知らないからこその暴言に、聞いている学長の方が青くなる。下手をすると雷が落ちるだけでは済まなくなるかもしれない。


「いい加減にしなさい!この方は、クラーラ・クロイツァー様、ディートヘルム国王陛下のご母堂様だぞ! 君達程度でどうこうできるお方ではない!」


 学長の言葉を聞いた三人は怪訝な表情を浮かべる。国王にも母親がいるということくらいは理解できるものの、その母親がどうしてここに修道女姿で座っているのかが理解できなかった。


「が、学長、本当にこいつが国王陛下の母君なのですか? ぼ、僕には信じられない」


 珍しく激しい剣幕の学長を見て、カミルが動揺しながら尋ねる。どうしても信じられないらしい。


「あなた達が物心つく頃には既に王都から去っていたので、わたくしのことを知らないのは無理もありません。しかし、学長はわたくしと面識があります。もしそれだけでは信用できないというのでしたら、王城にいるテオフィルかクリスティアーネに使者を出しなさい。先ほど会ってきたばかりですから答えてくれるでしょう」


 三人の視線がクラーラ院長に集まる。その表情に先ほどまでの余裕はない。


「学長、今の話は本当なのですか?」


「疑うのなら、使者を送ればいいだろう。何なら、私も一筆したためればいいかね?」


 いつもと様子が違うことにようやく気付いたアルベルトが確認すると、呆れた学長が答えた。


「それならわたくしの方が確実でしょう。それに早く返答をもらう必要があります」


 更に、用紙とペンを求めたクラーラ院長がさらりと文章を記すとアルマに手渡す。アルマはそれを封筒に入れて封をした。


 ようやく自分達が何をしてしまったのか気付いた三人は一気に青ざめる。まさか老修道女がそんな高貴な人物だとは予想外だったろう。


「ご用意ができました」


 アルマが恭しく封筒を学長に差し出す。受け取った学長はそれをアルベルトに突き出した。


「さぁ、お付きの従者にこれを持って王宮へ向かわせなさい。なるべく急ぐんだぞ」


「先ほども言いましたが、テオフィルでもクリスティアーネのどちらでも構いません。さすがに国王陛下はご政務でお忙しいでしょうから避けるように。このような些事でお手を煩わせるわけにはいきませんからね」


 横合いからクラーラ院長が忠告してきた。


 本人確認のために王宮へ使者を送るなんてことは通常あり得ない。王族に対してその地位を疑っただけで不敬罪になるのだから、下手をすると処刑されてしまう。それなのに、平然と使者を送れなんて勧めることは事実を言っている絶対の自信があるからだ。本当に王宮へ使者を送ることなど、アルベルト達にできるはずがなかった。


「し、知らぬ事とはいえ、無礼な態度を取ってしまい申し訳ありません! ひ、平にご容赦を、王太后様!」


 アルベルトが膝をついてクラーラ院長に謝罪をする。それに続いてカミルとパウルも膝をついて謝罪する。


「も、申し訳ありません!」


「ご無礼、お許しください!」


 三人のあまりの手の返しっぷりにアルマは呆れ果てる。上下関係が厳しい世界だとは知っていたが、つい先ほどの態度は何だったんだと言いたくなる変わり様だ。


「王太后様、どうしてもわからないことがあるのでお尋ねしたいことがございます」


「言ってみなさい」


 アルベルトは、クラーラ院長の隣に座っているヴァルトルーデにちらりと視線を向けた。


「なぜ王太后様ほどの方が、一介の子爵令嬢の肩を持たれるのですか? とても王太后様が目をかける価値があるとは思えません」


 クラーラ院長の眉がぴくりと上がるが、アルベルトは気付かない。言い様は他にもあるはずなのだが、ヴァルトルーデを見下す心が言葉に表れる。


「ヴァルトルーデはテオフィルの婚約者です。王立学院に入学する前に、ベルネット子爵領のわたくしが預かる修道院にて、婚約の儀式を行いました。立会人はわたくしが努めております」


 クラーラ院長の言葉を聞いた三人の頭が真っ白になる。


「え、入学前に?」


「そんな話は聞いたことがない」


 王立学院に入学した者の経歴はなぜか大体が噂となって流れることが多い。もちろんすべてではないし、正確でもない。しかし、まったく噂にもならないということはそうそうなかった。


 記憶を必死にたぐり寄せていたカミルとパウルは、やはりそんな噂はなかったことに呻く。知っていたら、そもそも言い寄ることもしなかっただろう。


「テオフィルとヴァルトルーデの婚約については、事情があってまだ公表していません。しかるべきときが来れば王宮から公表されるでしょう」


 つまり、それまでは黙っていろというわけである。悪意ある噂を流すことはもちろん、浮かれて口を滑らせることも御法度だ。


 三人に伝えるべき事を伝えると、クラーラ院長は学長へ視線を戻す。


「学長、この三人の処分はあなたにお任せします。適正な処置を」


「承知しました」


 アルベルトに手渡そうとした封筒を元に戻して、学長はうなずいた。




 追って沙汰を言い渡すということで残りの三人も退出させると、クラーラ院長と学長は向き直った。


「クラーラ様、ヴァルトルーデ嬢の復学ですが、時期はいつになさいますか?」


 王立学院の入学は年二回、春と秋である。年末の現在からすると春が適切だろう。


「春ですね。ただし、再度入学という形にします。来年はクリスも入学しますから、共に学ばせればよいでしょう」


 間違いなく大喜びするとヴァルトルーデとアルマは確信した。更に一日中べったりであることも容易に想像できてしまう。


「承知しました。ではそのように対応いたします。ヴァルトルーデ嬢、また最初から学ぶことになるが、それでも構わないかね?」


「はい、構いません」


 ヴァルトルーデの中ではまだ王立学院に対するしこりが残っているので声が固い。しかし、クラーラ院長が話を進めている以上、否とは言えなかった。ただ、湧いてくる疑問はある。


「クラーラ院長、どうしてここまでしてくださるのですか?」


「あなたはクリスが姉と慕うほど仲が良いので、心を開いて接する人としてあの子の近くにいてほしいのです」


 言われると確かにもっともなことだ。理由が心にすとんと落ちてゆく。


「あと、これは本来あなたにお願いすることではないことは承知していますが、もし何かあれば、あの剣でクリスを助けてやってください」


「え?」


 予想外の一言にヴァルトルーデとアルマは驚く。


「クラーラ院長、お嬢様は剣に認められはしましたが、決して使いこなしているとは言いがたい状態ですよ?」


「それはそうでしょう。もちろん護衛の騎士のように振る舞えとは言いません。ただ、あの子は一旦思い込むと突き進んでしまうことがあります。もしそうなったときに剣が必要なことがあれば、それを使って助けてやってほしいのです」


 アルマは納得した。クリスティアーネが修道院に滞在していたときに何度か振り回されたことがあったからだ。


『そういうことなら我等の得意とするところだ。安心されよ!』


『任せろ! 近づく敵はばっさばっさと切り倒してやるぞ!』


 さっきまで大人しかったトゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーがアルマに抱えられたまま宣言する。自分の主の意見など聞くまでもないという様子だ。


「どれだけのことができるかわかりませんが、承知しました。クラーラ院長」


 ヴァルトルーデが聖剣と魔剣に苦笑しながら承知し照れるのを、クラーラ院長は嬉しそうに見ていた。


「け、剣がしゃべった?」


 そして、すっかり置いてけぼりになった学長が、アルマに抱えられた剣を見ながら呆然と呟く。それに気付いた他の三人が、どこから説明したものか少し悩んだ。

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