三十二羽 旅立ち

 船の構想を皆に公開した。


「チャペルを解体して、船にする。皆をこのパラダイスから、人買いのいない日本へ連れて行くことが、俺の使命だと思っている」


 うさうさと、ざわついている。


「日本にもうさぎさんだって人だっている。姿形は違えど、生きとし生けるものに違いはないよ」


 うー、うさ。


「え? 勇者、佐助様だって?」


 うー。


「勇者、か……。俺は、そのためにここへ辿り着いたのかもな」


 ホーランドロップイヤーラビットの女神ヒナギクを抱き上げる。ほおずりをしてやると、嫌そうな顔をしたので、俺のヒゲに今更ながら気が付いた。


「ごめん、ごめん」


 日本へついたら、熊ぞうとか言われそうだ。剃らないとな。


 ◇◇◇


 造船は、早速困難に差し掛かった。何と言っても、力仕事に向くのは、俺しかいない。かよわい乙女とうさぎさん逹で、一体何ができると言うのだろうか。悶々としていたら、俺らしくもなく、喉の奥から水を欲した。


「何か喉が渇いたな。命の水をいただいていいか」


 命の水は、さっぱりとして美味しい。今までもいただいたことがある。ただ、俺はチャペルへ来て、初めて飲んだ 。


 こくりと喉をならす。とんでもなく旨い。だが、俺の身に何かが起こっていた。


「何じゃこりゃあー!」


 頭は、スーパーコンピュータのごとく回転し、体の力は、瀑布のごとく全身にみなぎった。両腕ががたがたと震えて、俺の体が俺ではなくなった!


「ふんぬおおおお!」


 そうだ、俺はチャペルから船を造るのだった! 行くぞ! チャペルが三面鏡のようになっているのをバラす。よいっせええ。持ち上げて、裂くんだ! 尋常じゃない。誰だ、俺?


「どいてえ! どいて、どいて」


 ずずず、ずーん……。


「はい、一丁!」


 ずずずず、ずーん……。


「へい、もう一丁!」


「よし! こっちを右側、こっちを左側にしよう」


 左右の船部分を平行に並べる。さっさかさのさー。既に、形が見えて来たな。


 そして、チャペルの残った中央部分に厳密な製図をした。小石で引いた目印には、ノコギリではなく、俺の手刀でぶった切った。行けえええ!


「ワチャア! ワワワ、チャア!」


 いいぞ、いいぞ。どんどん、精密な部材が出来上がる。


「佐助先輩! 佐助先輩が壊れてしまいます……」


 俺が手を振り上げたところへ、真血流堕さんがすがって来た。真血流堕さんを抱き上げて、安全なところへよけた。


 ちょっと頬を染めた真血流堕さんが、俺を見ていやしないかい?


「あああああ! さああ!」


 再び一か所をぶった切った後に、カッコいい俺がいた。


「今日の俺は冴えまくっているんだ。心配は、要らないぜ」


「普通は、心配しますよ!」


 真血流堕さんに、めってチョップされたが、俺の手刀の前では赤子のようだ。はははははは。そりゃ、当たり前か。


 部材をカットしたら、とにかく、あっと言う間に二そうの船を結び付けた。材料なんて、沢山ころがっている。いくつかのツタをよると、丈夫な縄になる。これが、自然なだけでなく、優れているのだよ。


「わー。形が見えて来ました! 真血流堕、実況しちゃおうかな?」


「ワチャー!」


 俺の目力で返事をする。手を休める暇がない。いいぜって、キラーンだ。


「まあ、いいと言うお返事ですね」


 出た! 真血流堕さんのエアマイクだ。実況中継、始まりまーす。


「三神真血流堕、本城佐助先輩の一世一代の大仕事を中継いたします。よろしくお願いいたしますね」


 真血流堕さんのウインクにメロメロしたいところだが、俺はここが見せどころなんだ。


「さーて、二そうの船を繋いだ姿、これは、折り紙のだまし船のようでもあります」


 分かっていらっしゃーる。嬉しいね。


「その中央には、ふたのようなものを屋根として、置きました。そして、固定します」


 さくさく。さくさく。俺の素早い作業に、流石のまいたけテレビ看板アナウンサーは、違うね。どんどん中継して行ってくれる。


「さあて、そろそろでしょうか?」


 そうなんですよ! いえい。


「OK、OKとサインを出しております。佐助先輩に船大工の才能があることは、一部でしか知られておりません」


 行くよ、ここを結んだらおしまいだ。


「これで、かんせーい!」


 うさー! うさー! うさー! うさー! うさー!


「やったね! 『シンデレラ二世』とでも名付けよう!」


 ◇◇◇


 こんな、二人と五羽でどのようにしたかと言うと、特別な作戦を実行する予定だった。美少女に戻って貰おうと思っていたのだが、それだと、俺が助けに来たのと違うものな。甘ちゃんだったよ。


「皆で、船を造る予定だったが、まさかの俺の変貌で、いやいや、すまない。まあ、結果オーライでいいかな」


 船をダークパワースポットに運ぶ。俺、一人だと思うか? 船にぶら下がっているうさぎさん達がいて、後ろからは実況中継が来る。これで、皆でがんばったことになるな。


「うささ、うささー。うさぎさん達もがんばりゅでしゅー」


「ほいさっさー、ほいさっさー。佐助先輩もがんばりゅでしゅー」


 真血流堕さんが無茶苦茶ご機嫌だな。俺は、それが一番嬉しいです。良かったな。元気になって。


 俺は、明るいことしか考えないで、日本へ向かうことを決めてしまった。後悔することになるとは思いもよらなかった。


 ◇◇◇


 チャペルのあった近くにダークパワースポットの滝が流れる。


 ざあー。


 異様な雰囲気のある滝だな。俺のみなぎる力は、まだ続いている。行くならここだ。引き返すのもここだ。


「さて、皆。引き返すのなら、ここで言ってくれ」


 特に返答がない。おしゃべりうさぎさんも真血流堕さんも静かにしている。


「いいかい? 今から船に乗せるよ。そして俺が最後に押しながら乗るから。今から乗りたい人は、言ってくれよな」


 うさ。


 なんと! ナオ=ライオンラビちゃんが真っ先に乗るとは。やっぱり、人買いが怖いのかな?


「いいよ」


 うさー。


 うんうん、ユウキ=ホトくんは、行きたいと言いそうだと思っていたよ。


「はい、はい」


 ううさ?


 遠慮がちにミコ=ネザーランドさんが、首を上げた。


「よいしょっと」


 うさー。


「重くないって? 失礼しました。ミコさん」


 うさ!


 ドクターマシロ=ダッチが思い立ったようだった。


「本当は、行きたくないのかな? 大丈夫か?」


 ううう・ううう・ううう……。


「えええ! 俺とCHUしたいの? 今は勘弁だよ」


 うさー、うさ。


「今になって、俺に惚れるのか? ドクターマシロは。本当に分からないな、女の子は」


 う、うさ……。


 女神ヒナギク=ホーランドラビは、最初に言い出したはずなのに、結局は、しんがりになってしまったな。


「乗りますよね」


 もきゅ。


「俺に抱っこされてもな……。何が哀しいのさ。望んでいたことだろうよ」


 俺は、ホーランドロップイヤーラビットのおでこをつんとつついてやった。


 う……。


「さて、真血流堕さんも乗って」


「はいはーい」


 俺が滝に向かって船を押す。


 船は、走り出した。


 それに、俺が飛び乗る。


「さあ、五羽と二人が乗りました! 真血流堕アナ、日本まで無事航海できることをお祈り申し上げます」


「佐助先輩も、ご一緒に――」


『おつかれーしょん!』


 ◇◇◇


 そして、楽しく、可愛く、少し哀しく歌い出した。


 CHU・CHU・CHU!

 CHU・CHU・CHU!


 CHU・CHU・CHU!

 CHU・CHU・CHU!


 俺達は、ガラパパパ諸島の外海へと向かっている。

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