第19話 仙台の御朱印ガールと般若心経

 「私ね、最近、御朱印にハマってるの。最初のは榴ヶ岡天満宮だったんんだけど、拝殿の右側にある社務所で渡される順番待ちの番号札がきれいで」

仙台の榴ヶ岡天満宮は仙台駅の東側、楽天パークへ向かう途中にある。さくらが行ったのは、地元・東北楽天ゴールデン・イーグルスとひいきのヤクルト・スワローズとの交流戦の試合前だった。


「そっちかい。御朱印じゃなくて」

幹太がツッコむ。

「手の平くらいの丁度絵馬みたいな木製のお札なんだけど、番号札だから番号はもちろんだけど、きれいな花がフルカラーで描かれていて。私のはクチナシだったの。趣あるなぁ、って」

番号札は揮毫していただいた御朱印帳と引き換えに返すので、現物は手元に残らない。さくらは、スマホで撮影した写真を見せた。

「なるほど、なるほど。厚みのある絵馬って感じ、分かるわ」

広海が頷いている。さくらはリュックから御朱印帳を2冊取り出す。

「こっちは桜岡大神宮の御朱印」

そう言って、さくらは白い御朱印帳を開いた。

「すっごくカラフルね。イラストも入ってる」

「うん。普通は御朱印って言うくらいだから、朱色のそれぞれの寺社独自の大きめの印と毛筆書きの文字で出来上がってるんだけど、カラーのイラストや色とりどりの印が押されるのは大体、季節や何かの限定のヤツ」

「これ、様式が違うよ」

千穂は観音開きになったもう1冊の御朱印帳を見ている。

「うん。それは四寺回廊って、東北にある慈覚大師由来の四つのお寺専用の御朱印帳。山形の山寺、宮城の瑞巌寺、岩手の中尊寺と毛越寺(もうつうじ)の四つのお寺を巡礼するの。それぞれ専用の朱印を四つ集めるんだけど、コンプリートすると最後のお寺で特別の色紙を頂けるのよ。山寺は『信』、瑞巌寺が『鼎』、中尊寺は『尊』、毛越寺は『夢』って漢字一文字が入っているの。ほら」

さくらは『鼎』という文字が入った色紙も披露した。

「これ、なんて読むんだっけ?」

広海が訊いた。

「『かなえ』だよ。三本足がついた壺のような物だったような意味だった、と覚えてるんだけど。オレのイメージでは弥生式土器かな」

「弥生式土器に足、あったっけ?」

千穂から鋭いツッコミが入る。

「縄文時代に比べると短い弥生時代だけど、自立式の土器もあったと考えるのが普通だろ。進化の過程としては」

耕作は理詰めで返すと、スマホで調べ始めた。

「土器には詳しくないが、『鼎の軽重を問う』って使われるのが一般的だな。鼎というのは、古代中国の国王の宝物のひとつで、権力者の能力や実力を疑う時に使うフレーズさ。偶然だが、『桜を見る会』や森友、加計問題で公文書を隠したり、捏造を繰り返してきた現政権やそれをひたすら支え続ける役人にピッタリの故事成語ということになるわけだ」

聞くともなく聞いていた横須賀の説明の方が早かった。

「さすが現役教師。忘れないうちに使わなきゃ、だな」

「そうね。ついでに漢字も押さえておいた方がいいかもよ」

幹太と広海がアイコンタクトで頷いた。

「まあ、朝飯前だな。萩の月のお礼として」

横須賀は、恭一との雑談に戻る。

「ってことは色紙を四つコンプリートするためには、巡礼を4回繰り返す必要があるわけね。オーラスの4つ目が被らないように計算しながら」

「さすが千穂ね。回転が速い。何とか大学在学中にコンプリートするつもりよ」

さくらが言うからには、きっとやり遂げるはずだ。

「それとね、3年続けて参拝して絶大な効果があるって信仰があるのが金華山神社」

「金華山神社?」

今度は幹太が聞き役に代わる。

「宮城県の沖にある孤島、金華山にある神社よ。鹿もいるの」

兄の渚が宮城にいる広海は、聞いたことがあったのだ。

「神の使いだよ、鹿は」

と耕作。

「詳しいわね、さすが“課長”。女川港からボートで20分くらいだったかな。その特別の御朱印帳をいただくにはご祈祷を受けなきゃならなくて、その祈祷料が5,000円。この前行った時はその情報知らなくてパスしたんだけど、来年からバイト代を貯めていくつもり。でも、神の使いの鹿には会えて丁度、拝殿に続く階段の中央で立ち止まってこっちを見てくれたの」

さくらはスマホをスクロールして画像を見せた。

「ホントだ。気のせいか、こうごうしく思える」

千穂が写真をのぞき込む。

「そりゃそうだろ。“こうごうしい”というのは『神神しい』と書くんだからな。神様が二人だぞ。崇高に感じても不思議じゃない」

再び、横須賀が割って入った。

「もしかして先生、『東大王』の『難問オセロ』得意だったりして」

横須賀は幹太の問い掛けはスルーした。興味がないことに反応しないのは、横須賀と恭一の共通点だ。

「それにしても、すっげぇ本気モードだな、さくら」

幹太は相手をさくらに代えた。

「だって、大学卒業後に仙台にいる保証はないし。大学にいるうちは仙台にいるわけだから、せっかくのチャンスじゃない。金運アップのご利益があるのんだから」

「そっちかい」

今度はさくらが幹太をスルー。

「後ね、写経も始めたの」

「写経?」

広海と幹太の声が重なった。

「山寺の奥の院まで階段を上った時に、途中で御朱印を頂いた僧侶の方に教わったの。『ブームで御朱印集める方が急増したけど、本来は般若心経の写経を納めた印が御朱印だよ』って教わったの。文字通り“説教”されちゃったわけ。で、恥ずかしながら筆を執ってるのです」

無邪気にさくらが笑った。<コイツ、仙台の“伊達男”に取られてしまうのかな>幹太は一瞬、本気で考えた。

「広海はお兄さんがまだこっちにいるんだから、遊びにおいでよ。そうね、秋がいいかな。さっきの瑞巌寺は松島にある伊達家ゆかりの寺院だけど、すぐ隣には円通院って紅葉で有名な寺院もあるの。池に映った逆さモミジやモミジに囲まれた石庭もいいんだけど、苔もきれいだったわ。すっごく混んでるけど、東京の六義園とかに比べたら全然だから」

「去年は仙台七夕の話で盛り上がったけど、東北に進学して正解だったな、さくら」

「そうね。お米もおいしいし、牛タンも最高だし。神宮球場はないけど、交流戦で2年に1回はスワローズの試合も観れるしね」

さくらは幹太にいたずらっぽく、ウインクして見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小説・政治的未関心Ⅳ 続・12人の呆れる日本人 鷹香 一歩 @takaga_ippu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ