第18話 「桜を見る会」招待名簿は残っている?

 カランコロ~ン、カランコロ~ン

「あけおめ~」

「あけおめ~」


声を揃えて入ってきたのは、秋田千穂と志摩耕作。時計の針はとっくに12時を回っている。広海たちグループで行く初詣とは別に、どうやら二人きりで神社にお参りを済ませて来たらしい。

「おめでとう。令和初の年明けからお熱いことで」

民放局アナウンサーの長岡悠子が腕を組んだ二人に応える。悠子と広海たちの元担任、剣橋高校教諭の横須賀貢はもう来店していた。コートを着た千穂と耕作は、よく見ると色違いのマフラーを巻いている。そういえば、令和元年がスタートしたのは5月の1日。去年の正月はまだ平成だった。

「あ~、さくら。久しぶり~」

「久しぶり、千穂」

カウンターの脇では1時間ほど前、広海がさくらとしたようなハグが、キャストを広海から千穂に変更して繰り返された。そして、仙台の土産話も…。


 「やっぱり渋川ゼミの最近のテーマは『桜を見る会』?」

 一通り、旧友と思い出話や近況を語り合うと、メンバーが揃ったところで、さくらが切り出した。広海と千穂がウン、ウンと大きく頷いている。

「さすがに仙台でも大学の友達と話をする機会はあるんだけど、やっぱ政治の話って敬遠されがちでしょ。特に女子大生の間では。帰ってきたら存分に議論できるなぁ、って楽しみにしていたの」

さくらが早口で一気にまくし立てる。よほど溜まっているものがあるらしい。

 「『総理の桜を見る会』ってさ、どうせ『再発防止に努める』だけでしょ、国会議員の言ってること。間違った、自民党議員の言ってること。招待客が膨れ上がったり、招いちゃいけない人たちを招いたり、これまでの不始末には蓋をして」

「そうそう、“臭いものには蓋”を地で行っているわね。子供たちはもちろん、国民の手本になるべき国会議員が臆面もなく、何とかの一つ覚えみたいに“唱える”だけでさ。それでいて、道徳教育を考えるっていうから、ちゃんちゃらおかしいわよね」

カウンターの中から、広海がさくらを焚きつけた。

「大体、招待状の60番台が総理枠かどうかも分からない。国立公文書館に永久保存された過去の『桜を見る会』の招待状の60番台は明らかに総理枠だ、って分かっているのにね。でさ、閣議で何年か前に『反社会勢力』を定義したことさえ忘れてる。この国の官僚や自民党の政治家の“オツム”はどうにかしてるんだよ」

いつになく積極的なさくらに押されながら、幹太も思ったことを口にした。

「『保存期間が1年未満の文書だから、ゴールデンウイークの連休明けにシュレッダーで破棄しました』って言うけれど、4月13日のイベントの名簿だぜ。1ヶ月弱で破棄してしまうって、どう考えても不自然じゃんね。『保存期間が1ヶ月』の文書なら分かるけど、1年未満の文書なら普通、1年近くは取っておくよな」

「途中で確認しなきゃいけなくなることも考えるしね。少なくとも半年は取っておくね、オレたちでも。でも、ガースーとか『仮定の話には、お答えしません』の一点張り。これと『遺憾に思います』とか、3つ4つぐらいのフレーズは“ペーパー”読まなくても記憶してる。使用頻度が高いから。“ハンド”じゃなくて“ヒンド”ね」

耕作は誤読の多い麻生副総理を意識して皮肉った。幹太と耕作の力強い“援軍”に、さくらは二人をハグしたい衝動に駆られたが、広海と千穂の手前、自重した。そんなさくらの内心が読めない千穂も参戦してきた。

「総理夫人枠で招待された人が5年も続けて招待されてたってテレビで言ってたけれど、招待状の宛名ってプリンタで印字されたヤツよね。新聞にも写真載ってた。あれってさ、エクセルかなんかで表にするのが普通だから、まんま印刷できるわけ。そんなデータ消すわけないじゃんね。前のオリ・パラ担当大臣じゃあるまいし」

「桜田さん」

タイミングよく合いの手を入れる耕作。

「そう。USBもパソコンもやらない人。だからさ、自民党議員の多くがパソコンを操作できなくても驚かないけど、天下の官僚がパソコンできないわけないじゃん。まさか、宛名印刷するのに毎年毎年、手打ちで入力してるなんて効率の悪いことしてるわけ?」

「テレビの『東大王』に出てる現役学生の方がよっぽど頭いいじゃん」

広海はほぼほぼ東大卒の学歴を持つ官僚への皮肉を込めた。

「共産党議員から名簿の提出を求められたもんで、急に破棄する必要に迫られて、僅か1ヶ月で慌ててシュレッダーに掛けたって話」

と幹太。

「それってテストの点数が悪くて、答案用紙を親に見つかったらヤバいって隠れて千切って燃やしてしまうのと一緒だよ。まあ、21世紀の霞が関では、おいそれと焼却できないんでシュレッダーってわけ」

今まで一度もそんな真似をした経験がないであろう耕作が例え話を持ち出すと、千穂が反応した。

「実はね、シュレッダーで破棄した文書は“破棄した記録”を残すことが法律で決められているんだけど、記録が残っていないことが発覚したの。菅さんが珍しく法律違反を認めたの。2013年から2017年までの5年分。これってどう思う? 賢明な渋川ゼミの諸君」

悠子の問い掛けにしばしの静寂が続く。沈黙を破ったのは、やっぱり耕作だった。「俺思うんですけど、名簿が問題になったのは今年ですよね。で、古い資料は名簿も含めて永久保存で残っている。2013年から2016年までの名簿は従来通り『永久保存』の文書として扱われていた。つまり、破棄していないから、破棄した記録なんて残ってるわけがない。当然ですよね。今回、怪しい名簿を公開したくないもんだから、5年分のデータをまとめてシュレッダーで裁断した。これが矛盾のない説明です」

「さすが“シマコウサク”ね。推理力も鋭い。ウチの記者にもレクしてくれない?」

悠子が感心していていると、千穂が続けた。

「それで腑に落ちたわ。ガースーが法律違反を認めてまで、何が何でも頑なに名簿の存在を隠したいワケが。それにオフィスのシュレッダーでなく、わざわざ地下にある特別の大型シュレッダーを使う必要があったのも、データが5年分もあったからって考えれば自然でしょ」

年越しの議論は次第にヒート・アップした。

「もしかしたら、シュレッダーに掛けてないかもしれないし。ほら、来年は『桜を見る会』中止にしたけど、再来年やる時に名簿がないと、招待状に宛名印刷できないでしょ。なんたって、直近では1万8千人も招待してたんだから。これ1からやり直すとなると、気が遠くなる数よ。頭のいい役人なら捨てないな、2万パーセント」

「出た、橋下徹。確かに。学校の持ち物検査じゃないから、野党に『はい、どうぞ』ってパソコンやUSBとかのメモリー渡すわけじゃないもんね。私もデータは残してあると思ってる。政府のイエスマンも、内心で反感持ってる人もね。公文書か否かは別にして」

さくらは、プリントした文書のバックアップ・データを公文書扱いしないと決めた厚顔無恥な役人の態度も批判してみせた。

「ってことは、どっかのタイミングで内部告発も期待できるわけね。『招待者の名簿、あります』って」

と広海。

「なんか『スタップ細胞、あります』みたいだな。そう言えばあの人、麻雀打ってる姿が写真撮られてたな」

「そういうこと言わないの」

千穂が“脱線”しかけた幹太を制した。

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