第6話 追及の矛先は竹田会長かJOCか

 港区にある芝公園の広場に腰を下ろした広海たち5人。耕作は途中のコンビニでプリントアウトした、USBに保存してあった竹田会長の会見を伝える記事のコピーとゼミの発表用に整理してあった疑惑についての簡単な経緯のメモを配った。


<裏金の行方>

JOCからコンサル会社に送金された裏金は、主にアフリカのIOC委員の票をまとめるのがミッションだったと言われている。マラソンをはじめ、陸上の中・長距離競技ではアフリカ勢の活躍が目覚ましく、国際陸連との浅からぬ関係が推測できる。また、五輪開催都市決定の投票権を持つアフリカ各国のIOC委員は、経済的な理由でアフリカでオリ・パラを開催できないのだから、開催都市がどこになろうが大きな関心はない。そこに、大金を携えて票を買いに来るコンサルを待っている委員がいてもおかしくない事情がある。


<2019.1.15 JOC竹田会長の反論会見>

竹田会長は「正当な支払い」「通常の手続き」と主張したものの、具体的な説明はなかった。招致委員会について「国と都から派遣された“オールジャパン”で行っていた」という文脈の説明に至っては何が言いたいのか分からない。自らに決定権がないことを言いたいのか、自分だけ責められることへの不満をこぼしたのだろうか


<会見要旨>

「本件は、招致委員会とシンガポールのコンサルティング会社「ブラック・タイディングズ社(以下、BT社)」の間で取り交わされた二つのコンサルタント業務に関するものであります。これら二つのコンサルタント契約は、通常の承認手続きに従い、締結されたものであります。二つの契約に関する稟議(りんぎ)書は、通常の承認手続きを経て、最後に回覧され、私が押印致しました。私の前には既に数名が押印しておりました。これらの契約内容は、ロビー活動および関連する情報を収集するコンサルタでント業務の額になります。私は、いかなる意志決定プロセスにも関与していません」


 「さすが“課長”。もう、ここまで整理してあったんだ。これなら、話は早い」

幹太が耕作を持ち上げる。

「これって、野外ゼミ? 東京タワー見ながら」

「芝公園でお勉強なんて思わなかったわ」

「こんなグループ、私たちだけよね」

それぞれの思いを口にする女性陣に構わず、耕作が切り出した。

「『私の前に数名が押印していた』って、自分には責任はないって言ってるわけ。トップの会長なのに」

「JOCが疑われているのに、JOC自身が雇った第三者の委員会の調査報告を根拠に潔白を証明できると思ってること自体、子供じみてない?」

「行政のやるいつものパターン」

広海と千穂の批判を、覚めた幹太が一言で片づける。

「竹田会長って、東京招致のために外国のIOC委員をあちこち訪ねて協力を呼び掛けていたのよね、確か」

「JOCのホームページでは、地球11周分って豪語しているよ」

めぐみの指摘には耕作が応じた。

「『いかなる意思決定プロセスにも関与していません』ってさ、会見での言い方も理解不能よね。あなたはJOCの会長として、招致委員会の理事長として、何も仕事をしなかったってこと? 報酬だけもらっていたわけ?」

広海の疑問はもっともだ。

「何しろ原稿棒読みだから、前後関係なんて意識にないんだ。桜田大臣の国会答弁と同じだよ」

ここでも幹太の解説は明快だった。

「そもそも論なんだけど、JOCがコンサル契約したBT社が事業主として登記されたのって、2014年7月4日で、活動停止日も同じ2014年7月4日なんだってさ」

耕作がJOC側の主張の矛盾を突く。

「えつ、だって日本からBT社に送金したのって2013年の8月と10月でしたよね。その時点で会社なかったんだ。金送れないじゃん。ペーパー・カンパニーってこと? そんな実体のないペーパー・カンパニーに2億円以上払ったのに、JOCは『何も問題はない』、官房長官も『正当なコンサル業の対価』ってマジか。届け出のないウソ会社なのに。『騙されました』なら許すとしても『電通から紹介された』とか、不透明なカネの流れと怪しい構図がどんどん広がるばっかり」

千穂の言葉に誰も反応しない。みんな同じ気持ちなのだろう。

「追い込まれて、責任の擦り合いだな。それぞれが、自分は悪くないの一点張り。まあ、事実関係が明らかになるのは悪いことではないさ」

成り行きを見守ろう。幹太はそんな姿勢のようだ。

「問題を調査しているのが、いつもの通り当事者がカネを払って依頼した“第三者”の調査委員会だもんね。信用しろって言われても、無理があるわよね」

とめぐみ。

「最終的には“トカゲの尻尾切り”で終わりそうな予感もしちゃう。誰かに責任被せてさ。森友学園の時は当時理財局長だった佐川さんの責任にしたでしょ。加計学園の時は、学園の事務局長が先走って、総理と理事長の面会を“でっち上げた”ことになってるし。今度は誰かしら? JOCの幹部? 電通の誰か?」

広海は“モリカケ疑惑”を例に、先を予想した。

「JOCはIOCと一緒になって、穏便に済まそうとしているのね。竹田会長の進退も『辞任』じゃなくて6月の任期満了まで待って『退任』の形を取っているのがその証拠よ」

「でもメグ、会長ひとりで2億円以上の大金を動かせないでしょ」

女性陣の分析だ。

「もちろん、組織ぐるみに決まってる。でも、組織自体、責任取って解散するわけにいかないからトップに責任を取らせようとしているんだ。だから竹田さんも自ずとああいう言い方になる。どう? 分かりやすいだろ」

と、自画自賛の幹太に耕作が続いた。

「誰かは分からないけど、ほかにも何人かの“クビ”を差し出した方がいいと思う。本当に疑惑の幕引きを考えるならね。動いてるのが日本の検察なら、例によって人事権という名の“伝家の宝刀”で官邸が揉み消すっていうか、有耶無耶にすることもできるかもしれない。でも、フランスの検察当局が捜査している国際犯罪事案だからさ。ブラジルの例を見て高をくくっているのが心配だな」

「だって、国際指名手配犯の容疑者にコンサルタント料として2億円以上支払っているのは、竹田会長個人じゃなくて組織としてのJOCだもんね」

と千穂。

「だから、そこは“ご飯論法” なわけ。コンサル料として2億円以上払いましたが、そんな人物とは知りませんでした。会長が広告代理店に紹介されて振り込んだだけです、って」

耕作が隣りの千穂をなだめるように説明した。

「IOC委員を買収するのはダメですが、委員の家族や知人に働きかけるのはOKですから、地球11周分もロビー活動した会長がやりました、って筋書きか」

自分を納得させるように広海。

「IOCもさ、こういう決め方を放っておいたらおしまいだよな。オリンピック憲章でどんな高尚なお題目を掲げても、開催地決定のプロセスで、カネまみれの実態を放置しちゃな」

「ただでさえ、巨大な経費と後利用の問題から立候補都市が減っているのに、もし、賄賂とか裏金とかまかり通る実態が明らかになったら、東京大会も最悪だな」

「リオ大会でも賄賂が明らかになったわけで、2大会連続ってことになったら東京はとんだレガシーを残すことになっちゃう」

呆れる幹太と耕作に千穂が続いた。

「でも、結局は『人の噂も七十五日』になりそう」

「どうして? メグ」

「東京の次、2024年のオリンピック開催都市はパリ。次の次、2028年はロサンゼルス。どっちも巨額な経費がネックになって対抗馬がいなかったから無投票で開催が決まったでしょ。投票がないから“買収工作”も必要なしってことよ」

めぐみはIOCの腹の内に思いを巡らせた。

「少なくとも向こう8年は大会招致をめぐって、きな臭い話自体出て来ない。だから今回は、IOCもJOCも竹田会長をスケープゴートにして、乗り切ろうと画策してんのさ」

耕作の分析だ。

「フランスがリオと東京で疑惑の核心に迫るのは、もしかしたら2024年のパリ大会がいかにクリーンなオリンピックかを宣伝する目的もあったりして」

これは広海の推測。

「それってあるかもな。何しろ、無投票で決ままる以上、不正の働きようがないからね。そうでなくても巨額の経費のかかるオリンピックだから、国民の批判の目を逸らせるのには十分かも」

幹太の頭の中に、意味深な笑みを浮かべるフランスのマクロン大統領の姿があった。

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