第5話 リオ五輪と同じ裏金疑惑が東京五輪にも

 「コンサルタント料が日本の国内法に触れることなない」

フランスの司法当局から贈賄の疑いを持たれているJOCの竹田恒和会長の説明だ。国内外から賄賂と受け止められている2億を超える金を実体のない怪しいペーパー・カンパニーに支払ったのは事実だが、正規のコンサルタント料だという主張。安倍総理お得意の“ご飯論法”に似ている。1月14日の竹田会長の緊急会見は、記者からの質問は一切受け付けない約7分間の弁明に終始した。到底説明責任を果たしたとは言えない。


 地下鉄銀座線の虎ノ門駅の階段を上がってきた小笠原広海と大宮幹太、秋田千穂、志摩耕作、岬めぐみの5人。「組織委員会の入る虎ノ門ヒルズにはパラリンピックのシンボルマークだけ、掲示されていない」。写真ではチェック済みだったが、横須賀の情報を自分たちの目で直に確認しようと虎ノ門ヒルズにやって来た。大学入学直後の国会周辺の視察から約1年ぶりだ。

「銀座線って、一番古い地下鉄だからバリアフリーが追いついてないよね。外苑前駅もそうだったけど」

めぐみの息が少し上がっている。

「隅々までチェックしたらあるのかもしれないけど、階段ばっかの印象ね。それも、結構凸凹が気になるっていうか、ハッキリ言って石段だし。新しい駅ならエスカレーターやエレベーターは必須だし、階段も凸凹はないもんね」

首都海洋大学でクラスメートの広海も気になっていた。

「虎ノ門ヒルズを中心に、パリのシャンゼリゼ通りみたいに開発するって言うんだったら地下鉄の構内も機能的にしなきゃだよな」

先頭を行く幹太が言った。

「へぇー、シャンゼリゼ通りかぁ」

「ってか、チーちゃん、フランス行ったことないよね。何想像してるの?」

耕作がツッコミを入れる。

「もう。コーちゃんたら、意地悪なんだから。逃げ道ぐらい作ってよ。パリの風景だって、旅行雑誌でなら見たことあるもんね。これでも女子大生だし」

昼前のオフィス街に大学生の明るい笑い声が響く。コンビニで各自、飲み物やお菓子を買ってワイワイ歩くこと10分弱。目的地のヒルズ前に出た。

「ここが上り2基、下り1基のエスカレーターのある出入口。一応、確認のため、オレは広海とメグと3人で右手の芝生のある庭の方から正面玄関に向かうわ。“課長”とチーちゃんは駐車場の出入り口がある左手の方から回ってくれる?」

「了解」

千穂と耕作が声を揃えた。


 2班に分かれた5人は、東側の正面入り口左側のオリンピックのマークの前で合流した。

「先生の言う通り、やっぱないなあ」

「こっちも。こんなに大きい横断幕、見逃すわけないもんね」

「やっぱ、まずいよな。オリンピックだけのPRってさ」

「灯台下暗し、かぁ」

「悠子さんのテレビ局で報道したら、結構反響あるだろうな」

「それもあるし、組織委員会も慌ててパラリンピックの横断幕、用紙するだろうな」

それぞれに思ったことを口にした5人は、記念に“証拠”の写真に収まると、シャンゼリゼ通りをモデルに開発するという歩道の広い通りを東に歩き、芝公園を目指すことにした。

「そう言えば、あそこのオリ・パラ組織委員会って、JOC辞めることになった竹田会長が、副委員長をしているはずだけど、組織委員会の役職も辞めるのかなぁ」

ビルを振り返りながらめぐみ。

「辞めざるを得ないだろうな。JOCの会長職は万が一フランス当局から贈賄の罪で起訴とかされるのを恐れて辞めるのに、組織委員会は裏金を支払った組織じゃないから辞めないって、それもある意味“ご飯論法”じゃん」

リュックを背負った幹太が向き直る。

「何が“オイシイ”か分かんないけど、そんなポストにしがみつく神経、ちょっと何言ってるか分からない」

「出た。“課長”のお気に入り。サンドウィッチマンの富沢たけしの決めゼリフ」

「ダメよ、拾っちゃ。カンちゃんたら」

千穂がダメ出しをすると、リュック姿の集団に再び、笑いの輪が広がる。すれ違う人たちの好奇な視線も気にならなかった。


「でもさ、会いもしないのに2億数千万円も払って何をコンサルしてもらったんだろう」

「票の取りまとめじゃないのに、2億円以上の対価を払う情報って何だろうね」

めぐみと千穂が6月の任期満了で辞任するJOC会長を皮肉った。

「これがいわゆる買収対策の裏金と考えるなら、2億3千万円のコンサル料の説明は容易につく。例えば、「10人の委員に1千万円ずつかかるんだ」と言われれば、それだけで1億円。「チクショー、あの国とあの国の委員が足元を見やがるんだ」と1千万円ずつ上乗せさせられる。後は、各委員への接待をはじめとする経費とコンサル社の儲けと合わせて1億ちょっと。そういう計算だと“相談料”としての2億円の内訳は俄かに現実味が増して、腑に落ちる話になる」

耕作が分析してみせる。

「竹田会長は『コンサル会社の代表と国際陸連会長である代表と父親の関係を知らなかった』と言ってるけど、2億超の巨費を払うのに身辺調査をしないのは不用心じゃん。“長年のお付き合い”なんて間柄ではないんだからさ。むしろ、父親の存在、影響力ありきで、かのコンサルを選んだと見るべきだろうな」

「だって、そのコンサルってリオ大会の招致でもブラジルの役員から裏金を受け取った疑いでフランス当局に捜査されてて、ブラジルの大会関係者も逮捕されているんでしょ。ブラジルが違法で日本が合法っておかしいしね」

幹太と千穂が、それぞれの疑問を口にしたが、二人とも自身の中では明確な答えを持っていた。

「第一、JOCが送金した時点でその怪しい会社、登記上は存在してなかったって言ってたよ。ワイドショーでやってたもん」

めぐみが千穂の発言にダメを押すように付け足した。


 東京オリ・パラの裏金疑惑の真相を探る上で、リオ五輪をめぐる招致の裏側が参考になる。内容を紹介しよう。

ブラジル司法当局は2017年、前年に開催されたリオデジャネイロ五輪巡り、開催都市決定で投票権を持つIOC委員の買収に関わった疑いで、ブラジル・五輪委員会のヌズマン会長を逮捕した。ヌズマン氏は容疑を否認しているという。

 疑惑は最初にフランス当局が捜査に着手。両国の司法当局によると、開催都市がリオに決まった2009年のIOC総会の投票前に、票を買う目的で当時のIOC委員、ラミン・ディアク前国際陸連会長(セネガル)の息子にブラジル企業から200万ドル(約2億2500万円)が支払われた。ヌズマン容疑者はこの買収交渉の仲介役を務めたとされる。報道では、2009年のIOC総会後にディアク氏がヌズマン容疑者側に謝礼の入金を催促する電子メールを、当局が新たに見つけたと伝えている。


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