第4話 組織委員会が、依怙贔屓しちゃダメ!

「この前、会議で虎ノ門に行ったんだけど、ちょっと変だなって出来事があってな」

「先生、何勿体つけてるんですか?」

「ハッキリ言って下さい。ハッキリ。オレたちと先生の仲じゃないですか」

長崎愛香と大宮幹太は横須賀の物言いがじれったかった。

「高校卒業して随分、距離縮まったみたいだな? 貢」

恭一がからかう。

「こっちには、そんなつもりはないんだが…」

そう前置きした上で、横須賀は続けた。

「大宮たちが去年、見学してきた虎ノ門ヒルズ、8階にオリ・パラの組織委員会が入居しているあのビルな、オリンピック2020東京大会のシンボル・マークは100メートル離れても見えるくらいの大きさで掲示されているんだが、パラリンピックのそれは並んでないんだ」

「いつもワンセットになっているあのマークですよね。リースみたいなオリンピックと、しめ縄の先端をくっつけてリング状にしたみたいなパラリンピックのマーク」

「違う所にあるんじゃないですか?」

マークを確認したのは広海。見落としの可能性は愛香だった。

「オレが見落とした? 長崎とオレの仲でもエチケットを欠いた発言だな」

言葉とは裏腹に全然、腹を立てている様子はない。横須賀が続ける。

「退屈ついでにぐるっと一周してみたが、どこにもないんだ。掲示板には十分スペースはあるのにだ」

「それって、長―いエスカレーターが並んだ所ですか」

幹太が聞いた。

「いや。それは地下鉄銀座線の虎ノ門駅側。ちょうど真裏の東側に『TORANOMON HILLS』とアルファベット表記された玄関がある。恐らく正面玄関だろう。その玄関に向かって左側に薄いグリーン基調の壁があるんだ。東京オリンピックのマークがあるんだから掲示板なんだろう。横幅はいっぱいいっぱいだが、上部には十分なスペースがあるのにな。大宮たちが喜ぶと思って撮って来た」

横須賀は都庁の正面玄関と虎ノ門ヒルズを撮ったスマホのアプリを立ち上げると、みんなに回覧した。

「ホントだ。都庁は玄関を挟んで左にオリンピック、右にパラリンピックのシンボル・マークが並んでるけど、ヒルズはオリンピックだけだ」

「都庁は、議会棟をつなぐ渡り廊下の外壁にもシンボル・マーク並んでいたわよ、確か。家族で中央公園に花見に行って来たばかりだから、間違いないわ」

と愛香。

「メディアの露出でも分かるように、二つのマークは基本、セットで使うようになっているはずだから、虎ノ門ヒルズのこの掲示は例外中の例外だろうな」

“課長”こと耕作が軽い皮肉を込めて言う。改めて説明するが、漢字こそ違え、人気漫画の『課長 島耕作』の主人公と志摩耕作が同じ読みをすることから、中学時代からクラスメートにつけられたニックネームだった。

「例外としてオリ・パラを縦に並べてもいいけど、単純にオリンピックのを四分の一の大きさにすれば、見慣れたパターンの横並びに出来るのにね」

千穂にはそのセンスが理解できなかった。

「どういう人がこういう発想しちゃうかな」

「組織委員会の職員って毎日、ヒルズに通勤しているわけじゃん。誰も気がつかないって無神経さにも驚くよな」

広海も幹太も、耕作に倣って皮肉を込めた。

「これ、ウチで取り上げていい?」

千穂の手に収まった横須賀のスマホの画面の写真をのぞき込んで長岡悠子が言った。

「この店で、渋川ゼミで指摘するだけじゃ拡散しないもん。発見者は先生だから、先生がよければいいんじゃない?」

「先生、いいですよね」

教え子に促され、困惑気味の横須賀。

「話題として提供するのは構わないですけど、インタビューとか取材は勘弁して下さいね」

悠子に注文をつけた。

「天下の虎ノ門ヒルズに堂々と公開されているわけだから、先生に迷惑はお掛けしません。インタビューは組織委員会の関係者と都民で十分だと思いますから」

悠子は横須賀に画像を添付したメールの転送を依頼した。

「会長の森さんが、どんな顔するか楽しみね」

「意地悪いな、広海は」

幹太は広海をたしなめたが、千穂は広海を支持した。

「あら、私も同じこと考えてたわ」

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