第7話 和歌山にパンダが多いワケを政治で読み解く

 4月も下旬。あれだけ花見客でにぎわった都内の公園は、すっかり葉桜の頃を迎え、行き交う行楽客もまばらになった。近くに人気の花見スポットのない喫茶『じゃまあいいか』は、花見や月見には縁がない。いつもの常連客と広海たち剣橋高校OB、OGの溜まり場だった。カウンターには大宮幹太と秋田千穂、岬めぐみ、そして剣橋高校教諭の横須賀貢の4人が並び、カウンターの中でコーヒーを淹れる店主の渋川恭一と洗ったばかりのカップとソーサーを拭いているバイトの小笠原広海の姿があった。

「世間は間もなくGWだ。今年は初めての10連休と騒いでいるようだが、みんなはどう過ごすんだ?」

恭一に学生たちのGWに興味があるわけがない。ただ話のきっかけづくりの世間話だ。

「学生なんて、その気になればいつでも大型連休取れるんで、GWの特別の割高料金払って騒ぎませんよ」

「大体、豪勢に遊ぶ元手がないし、ね」

幹太も広海も大型連休の予定なんて組んでいなかった。

「私、都内の名所巡りを考えてるの。年末年始みたいに海外旅行客や地方への帰省客が増えるから、街中は比較的空いてるでしょ」

とめぐみ。山形生まれのめぐみは、まだ都内の人気スポットは殆ど未体験だ。

「例えば? メグ」

「例えば、ねぇ。まだノープランなんだけど、美術館とか博物館とか。庭園も見てみたい。江戸時代の大名屋敷とか有名な庭園もあるでしょ。あと上野動物園のパンダもね。シャンシャン(香香)だっけ。もうすっかり大きくなっちゃったけどさ」

「上野なら、国立博物館も東京都美術館も上野の森美術館もあるから、パンダのついでに見て回れるよ」

「カンちゃんたら、ほんとザックリなんだから。国立西洋美術館もあるし、国立博物館には東洋館も平成館もあるから、展示物をチェックしなきゃね。常設展示だけじゃなく、特別展示をふたつくらい観るんならパンダと合わせて最低でも2、3日は必要ね。でも、意外と混んでるよ」

「そうそう。東京で行列ができるのは評判のレストランだけじゃなくて、美術館も同じ。人口が多い分、ファンも多いのね。地方から特別展目当てのお客さんも多いし」

「今は、大抵のチケットはどこのコンビニでも買えるから」

地方出身のめぐみに、広海と千穂がレクチャーしてくれた。かくいう広海も東京出身とはいえ、実家は都内から千キロも離れた父島だから、地方出身と変わらなかった。

「シャンシャンか。そうだな、連休前だから、たまには柔らかい話もいいな。パンダにまつわる面白い話をしようか」

「何? 先生。思わせぶりに」

広海には、まだ横須賀の考えが読めていなかった。


「大臣の失言や行政の不正、その度に見られる政治家の誠意のない謝罪や姿勢ばっかりが目立つのが君たちの政治のイメージかもしれない。でいて、『政治に関心を持て』『選挙に行け』と言うのは気が憚れるが、面白い話もあるんだ」

「面白い話? どんな」

「だからパンダさ」

「パンダ? だって政治の話じゃないの?」

広海たちには、横須賀の話が意外だった。


「二階幹事長は知ってるね、自民党の。フルネームは二階俊博。彼の地元は和歌山3区。和歌山アドベンチャー・ワールドがある白浜町はこの3区の西牟婁(にしむろ)郡にあるんだ」

「和歌山アドベンチャー・ワールド? パンダで有名な?」

「たしか動物園と水族館と遊園地が一緒になった施設よね?」


「そう。去年、シャンシャン(香香)が生まれた上野動物園の印象が強いけど、国内でジャイアント・パンダの飼育数が一番多いのがこのアドベンチャー・ワールドだ。シャンシャンの約2カ月後にもサイヒン(彩浜)と名付けられた赤ちゃんが生まれている」

サイヒン(彩浜)はアドベンチャー・ワールドで誕生した16頭目のパンダだ。全国ニュースで取り上げられる機会は少ないが、見た目の可愛いらしさはシャンシャン(香香)に引けを取らない。

「そうなのよ。調べたんだけど、太平洋に面した紀伊半島の人口約2万人の町。県内唯一の空港・南紀白浜空港もここにあるの。和歌山の空の玄関口ね。玄関口つながりで言えば、世界遺産の熊野古道の入山口もあるらしいわ。生物学者の南方熊楠(みなかたくまぐす)の記念館もあるって」

めぐみが熊楠の名前を知ったのは、テレビのクイズ番組でだった。

「何で東京よりも多いのかしら。言われてみれば素朴な疑問ね」

と広海。

「なるほど。若者が政治に関心を寄せる動機としても取っつきやすいテーマだな。確かに」

横須賀の狙いを知って、恭一も頷いた。

「白良浜(しららはま)ってビーチがあって、ハワイのホノルルにあるワイキキ・ビーチと姉妹提携を結んでいる。まあ、観光客誘致の対策だろうけど、町名で分かる通り美しい砂浜が“ウリ”の町ってわけだ。実際、大阪圏からの海水浴客も多いらしい」

横須賀が補足する。

「その二階幹事長とパンダにどんな関係が?」

「うん。パンダは現在、中国でしか生息が確認されていない稀少生物だ。ワシントン条約で保護され、国際的な売買も禁じられている。アメリカやイギリスの動物園でもパンダは見ることはできるが、全て中国からのレンタルだ。もちろん、日本国内でも現在、東京の上野動物園と和歌山のアドベンチャー・ワールド、そして神戸市の王子動物園の3施設で飼育されているが、全て高額なレンタル料を払って借り受けているってわけだ」

「お金、払ってるんだ。いくらくらい?」

「オス、メスのつがいで年間、約1億円はするらしい」

「タカ!」

「でも、頭数が限られてるから、どこにでも貸し出すわけではなくて、“友好の証”として政治利用しているの」

「よく知ってるな」

「そのくらいはね。だから、すっかり大きくなったシャンシャン(香香)もいずれ、中国に“帰国”しなきゃならないわけ」

山形育ちのめぐみは、大学入試の合間を縫って見に行ったほどのパンダ好きだ。

「生まれたばっかりの頃と違って、人気も落ち着いたみたいだからまあ、問題ないでしょ」

広海は社会の影響を考えて言った。

「赤ちゃんパンダはやトラは動物園でも人気だが、大きくなると手に負えなくなる」

恭一は、ごく当たり前のように言う。世間の盛り上がりを批判するわけではなく、別に冷めているわけでもない。コーヒーを淹れながら横須賀を促した。

「貢、パンダあるあるはそのくらいにして、二階あるあるを説明してやれよ」

「そうだな。今言ったように、中国政府がどこにでも貸し出しているわけではない。政治的な思惑があるわけだ」

「友好関係は建て前、二の次で、外国との駆け引きの材料ってわけね。切り札っていうか」

「そういうことだ。二階幹事長は新人議員だった頃、田中角栄元総理の田中派にいて、総理の一挙手一投足を学んだらしい。で、田中さんは1972年、日中平和友好条約を締結し、日中国交正常化の時の総理で中国とのつながりが深い。上野動物園に初めてやって来たパンダは、その時に日本が贈った桜の木の返礼に中国から贈られたものだ。当時はワシントン条約もなく、レンタルではなかったと思うが」

「そういう歴史があったのね」

と広海。

「でだ。田中元総理の影響もあって、二階さんは中国との交渉で重要な役割を担ってきたから、パイプ役となっている。中国には『井戸を掘ってくれた人の恩は忘れない』という言い伝えがあって、田中角栄の流れを汲む二階さんを厚遇しているというわけさ」

「中国政府にとって二階さんは『古い友人』ってことね」

『古い友人』というのは、中国人が相手に信愛を込めて言う社交フレーズだ。めぐみの口から出るとは予想していなかった恭一は、コーヒーを淹れる手を止め、めぐみを見て一瞬ほほ笑んだ。

「だから、上野動物園より多いんだ、アドベンチャー・ワールドのパンダ。謎はすべて解けたわ」

広海は無意識に、名探偵コナンの決めゼリフを口にした。

「あそこは、飼育技術も高いのだろう。何頭も繁殖に成功している。和歌山生まれのパンダは白浜にちなんで、名前に『浜』の字が入った『〇〇浜(ヒン)』と名付けられているから分かりやすい。彼らにレンタル料が掛かっているかどうかまでは分からないが」

横須賀がもうひとつのパンダあるあるを披露した。

「中国もそこまでやるかしら」

「どうかな。著作権の問題ではやりたい放題だからな」

広海の疑問に、恭一は答えを避けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る