ソレイユの森 13 0


 これまで過ごしてきた三百年の歳月は、世界とともに、マルの人生を大きく変えた。


 初め、マルは国外へ飛んだ。指名手配を切り抜けての高跳びだった。


 地道に働いているうちに、その国の言葉をマスターし、至って普通の暮らしを手に入れた。


 しかし、二十年もするうちに、まったく姿の衰えないマルを、気味悪がる人が出てきた。


 そのあとは、偽造パスポートを使って抜けた、どこの国でも、同じ結果が待っていた。


 マルは誰からも、関与されることのない、定住の地を見つけたかった。


 発展途上国の村、ジャングルの奥地、砂漠の奥にと、その足を運んでみた。


 しかし、地球上どの場所にも、ネットワークが張り巡らされ、文明が発展する足の速さから、逃れることは、できそうになかった。


 一人になれる場所は、どこにもなかった。生きる希望を、捨てかけた。


 世界で、いろいろなものを見た。もう何にも、興味を持てるものはない。


 俺は永く生き過ぎた。


 多くの葬儀に参列することにも、自分に偽名を付け続けることにも、疲れ果てた。


 一度だけ、浴びるように酒を飲んだ。このまま溺れ死んでもいい。そう願ったが、翌日、マルは生きていた。強烈な吐き気を、嫌というほど、体が深く記憶に刻んだ。


 長寿の秘薬……何度、誰かに打ち明けてしまおうと思ったか。


 マルがひた隠しにしてきた、命の秘密。話そうとすると、脳裏に周一の顔がよぎる。


 俺は、あなたを殺してはいない。冤罪だ。あなたは、なぜ逝ったんだ。こんな薬を残して。


 誰にも理解できやしない、俺を狂ったような男にした……体中に流れる、薬の効き目。


 いったい、いつまで続くんだ!


 罪を、償い続けなければいけないのか……。俺が悪い。そう、俺が悪いんだ……。


 奪って飲んだことへの罪悪感で、マルが、マル自身を死へと向かわせてはくれなかった。


 爆弾でも持って火をつけたなら、この呪いからも解放されるだろう。


 しかし、俺が許さない。


 テクノロジーの進化の波は、マルが苦悩している間も、止まらなかった。


 事故が減り、医学の進歩と温暖な環境の中で、人々は増殖する一方だった。


 宇宙進出への道も、一時、持ち上がった。


 けれど地球が食糧危機やら、物資の不足やら、さまざまな問題でパニックになるうちに、技術者も政府も、その膨大な夢を追いかける余裕は、どこにもないと知った。


 知恵のある者はみんなでアイデアを出し合い、難しい議論を重ねた。


 そして「世界の意思」という、謎の思想に行きついた。


 地球は、太古の昔から、自然のままに回っている。進化は、人間の代で終わりではない。


 自然に反して人間の時代を延ばし続けるのは、おかしい。次の進化へ繋ぐべきだ。


 増え続ける人間の世界に、人口削減の処置が下された。


 世界中から何年かに一度、ランダムに場所を選出し、予告なく爆弾を投下する。


 世界共通のメイン・コンピューターが、その役割を受任した。


 他の方法が思いつかなかったため、仕方なしにか……、それは戦争の道具ではなく、地球にとっての、新しい時代の幕開け「0時代」だと、人々には受け入れらていった。


 0時代。メイン・コンピューターが、人々の命を管理し始めた。


 それぞれに通し番号を割り振り、それを個人の名前とした。


 今、地球上に誰が何人いるか、いつ死んだか、コンピューターは記録し、公開する。


 マルは、数字からも逃げていた。もし見つかったら、世界の敵になってしまう。


 延命や、寿命を延ばす技術が進むたびに、懸念される声を聞く。


 マルは周一のことを思った。彼はこの薬で、どう世界を変えようとしたのだろう。


 いったい何を、ソレイユには守らせていたのだろうか。


 マルは一人、ソレイユを置いて行ったあの山に、三百年ぶりに足を運ぶことにした。


 ロボットはもう、壊れているかもしれない。だとしたら謎は永遠に謎のままだ。


 しかし、まだいるのなら……、それを見つけることで、自分が生かされている意味を、知ることができるかもしれない。




 山のすそには、電流の通ったバリケードが建っていた。


 係員が、世界共通語で「自然環境保護区により、入山を許可できません」と言った。


 時代が変わってしばらくすると、みなが同じ、一つの共通語で話しているのに気がついた。


 マルは、世界中を知り尽くした。話せない言語はない。


 世界共通語のその言葉を覚えるのは、ここへ毎日通うことで、簡単に習得できた。


「俺の名前は、丸本」と、顔馴染みになった係員に、マルは本当のことを言った。


「いいえ、あなたは0時代の人間でしょう。嘘を言わないで。ナンバーの名があるはずよ」


 と、その係員の女性が疑った。が、マルはかぶりを振って、言い切った。


「0時代よりも前にいる。ナンバーが付くのなら、マイナスのはずだ。だが、俺はもう、丸本であるという自分から、逃げるつもりはない。俺はこの時代で、自分の道を0から生きる。俺が使う言葉では、0はマルとも呼んでいた。俺は、マルだ」


 女性は、毎日通いつめてくる、博識なマルの口から、いろいろなことを教えられ、また学んだ。


 解釈の仕方に共感したり、話すその喋り方や仕草に、愛しいという想いを寄せた。


 ある日、ついに彼女は折れた。


「私が行くわ。もし本当に、ロボットがいたなら、連絡するからそこへ来て。送信先は?」


 マルは、自分の古い携帯のアドレスを、彼女に告げた。


「私に名前を付けて」、と彼女が静かに囁いた。


「カナユワテ」、マルが、差し出されたカナの手と手を、しっかりと繋ぎ、そう言った。


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