「時間移動」

それは一台の大型の観覧車。

高速で回る巨大なゴンドラのついた観覧車。


それが勢い良くスミ子のもとへと迫ってきて…


『今』


そういうと、着ぐるみは観覧車のゴンドラの端をつかんだ。

途端に、凄まじい遠心力がスミ子の体にかかってくる。


回る回る。


ゴンドラをちぎれんばかりに回転させ、

観覧車は暗闇の中を大きく回転していく。


そのとき、スミ子の周囲が幾つか明るくなった。


それは景色。

丸窓のような景色の残滓。


観覧車の建設される様子、

デパートの中央に設置され子供たちが乗り込む様子。


スミ子は気がつく。


ここは観覧車の空間内の記憶なのだと。

回転する観覧車の走馬灯のようなものなのだと。


そのとき、スミ子の耳にかすかな子供の笑い声が聞こえてきた。

それはスミ子のしがみ付いたゴンドラの中から聞こえてくる。


スミ子は好奇心に任せ、

ちらりとガラス窓から中を覗き…絶句した。


そこに子供がいた。

一人の活発そうな少年。


だが、その様子がおかしい。


背が伸び、足が長くなり、

顔が細くなっていく。


それに合わせ、服が縮み、ヒゲが生え、髪が伸びていく。


成長していく少年。


だが、その顔は嬉しそうだ。

自分の顔に手を当てて喜んでいる。


だが、それは長くは続かない。


顔にシワが寄っていく。

背がだんだん縮んでいく。

白髪が増え、やせ細っていく。


それでも少年だったその人は喜ぶのをやめない。

眼が落ちくぼみ、歯が抜けても喜んでいる。


そして、少年の目が白濁していく瞬間スミ子は気づく。


景色の残滓。

観覧車が落ちていく。


デパートの屋上から壊れたおもちゃのように

中心軸の外れた観覧車が地面へと落下していく。


一人の子供をゴンドラに乗せたまま、

観覧車はなすすべもなく暗闇の中へと落ちていく。


その光景を見たスミ子は理解する。


この観覧車も空間の中に落ちたのだ。

そして今も、落ちながら彷徨い続けている。


永遠とも言える時間を子供と共に落ち続けている。


『正解』


腕をつかんでいたウサギが、

不意にそう言ったような気がした。


それと同時に、スミ子たちの前に

巨大な歯のようなものが出現した。


それは、黄色いショベルカーの歯。

残滓として見える解体されるビルの光景。


『ジャア、オ別レダネ。

 ヒントノ答エモ見ツカッタヨウダシ、腕ノ紐ハ大事ニシテネ。

 ソレガアル限リ、君ノ安全ハ保障サレルンダカラ…』


耳に残る着ぐるみの言葉。


そして、ショベルカーの刃先が自分に向かう時、

不意に鼻先にコンクリートの地面が迫ってきて…


「おい、大丈夫か?」


気がつくと、スミ子はコンクリートの上に座り込んでいた。


隣には、同じく呆然とした表情のユウキも立っていて、

スマホを取り出すと画面をタップしてホッと息を吐く。


「…よかった。無事戻ってきたみたいだ。」


スミ子は何とか立ち上がり、

目の前の時計の文字盤を見つめた。


吹き抜けの建物の中央。

エレベーターに接続されたデジタル時計は午前10時を指していた。

その時、スミ子は初めて自分たちが市役所の前にいることに気がついた。


そして、自分たちが立っている側、

建物の壁に設置された掲示板に目がいく。


そこには、昔ここが大きなデパートであったことを示す、

写真のついた回顧展のポスターが貼られていた。


当時の写真にはスミ子たちが乗り込んだ巨大な観覧車が

デパートの屋上で佇んでいる様子も写っていた。


「…にしても、マジ危ないよなあ。

 空間は時間軸がめちゃくちゃになっているとはいえ、

 部屋にかかっていたカレンダーを見た時にはぎょっとしたぜ…。」


そして、ユウキは画面をタップするとスミ子に二枚の画像を見せた。


「見ろよ、これは片方は部屋の中で、もう片方は廊下に出た時に

 スマホの時刻表示をスクリーンショットしたものなんだけどさ…。」


それを見て、スミ子の目が点になる。

時刻や日付は問題無い。


ただ、そこに書かれた年数。

それは、今スミ子たちが知っている年数とは明らかにずれていて…


「…どうやら俺たち、あの部屋と廊下にいた時には、

 それぞれ2年後と3年後の未来にいたらしい。

 俺だって空間が絡まなきゃあ、信じらんねえよ。」


そう言うとユウキは画面をタップし、

大きくため息をついて見せた。

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