「首吊り死体」

「あ、大丈夫ですか?」


とっさに青年が駆け寄りスミ子の足に目を向けるが、

…その視線が途中で止まる。


「それって…」


スミ子はその言葉に、気がつく。


転んだ拍子、

ポケットの中から落ちた一本の鍵。


二枚のプレートが金属の輪で

付けられた小さな鍵。


病院で出会った老婆。


マザー・ヴンダーから鳥を追う

ヒントとしてもらった鍵。


それが畳の上で鈍い光を放っており…


「あ、これは…」


説明しようとするスミ子を押しのけると、

青年は髪をかきむしりながら大声で叫んだ。


「…何でだよ、あの連中と俺との縁は切れたはずだ!

 もう二度とあんな連中に関わることはないはずだったのに!

 なのに、なのに何であんたはこれを持っているんだ!」


スミ子は一瞬、何を言われたかわからなかった。

しかし青年はスミ子の胸ぐらをつかむと、さらに叫んだ。


「いい加減にしろ、俺の人生を滅茶苦茶にしやがって、

 ああ思い出した…何度同じことを繰り返させる気なんだよ!」


青年は追い詰められた獣と同じ

怯えた目でスミ子に詰め寄る。


「せっかく大学に入学してここから離れられたと思っていたのに、

 どうせ最後にはここに戻ってくる。許嫁として結納も結婚も初夜さえも、

 お前たちは事が済むまで俺を外に出さないし、この場所に閉じ込める!

 もううんざりだ。障子の先に何があっても俺はもう二度と行かないぞ!」


青年の目は今や狂気でギラギラと光り、

胸ぐらをつかむ手はますます強くなる。 


「言え、誰に探すように言われた!

 天城家あまぎけの誰に言われた!」


スミ子は目が点になる。

視界がグラグラする。


なぜそんなことを言われているのかわからない。

自分が何をしたかもわからない。


ただわかるのは、

この青年を怒らせてしまったということだけで…


「いくら金を積まれてもお前らのもとには二度と戻らない。

 あんな化け物を生む手伝いなんか絶対に…!」


だが、それ以上の言葉が続く前に、

ユウキが青年の腕からスミ子をもぎ取るのが早かった。


「そうか、わかったよ。

 ここの空間に関わっているのは爺さんだけじゃあない。

 お前さんも空間の一部と化しているんだな。」


「…え?」


青年は呆然としながら声を上げる。

2、3歩よろめきながら後ろに下がる。


ユウキの発言が理解できていないという表情。


だが、空間は変化する。

周囲の景色が一変した。


…そこはマンションの一室。

スミ子と同じ間取りのワンルーム。


大学の教科書やノートの詰まった本棚。

漫画本や携帯ゲーム機に埋もれた簡素なベッド。


イヤホンの抜かれたパソコンは、

小さな音量でダウンロードされた音楽を

垂れ流し続けている。


そして、異様なものがあった。


ベッドの端に紐でくくられた

不恰好に大きなアクセサリー。


黒ずんだ人間大のアクセサリー。


だが、スミ子は気づく。


それは人間。

ベッドの端にイヤホンで首をくくった人間の姿。


スミ子はとっさに顔をそらす。


赤黒い顔はガスで膨れ、

腐敗臭が辺りに立ち込めている。


しかし、その服装は見たことがあり、

スミ子は隣にいる青年に目を移し…


『…ああ、そうだった。

 俺、あの爺さんの布をめくってから、

 ずっとマンションから出られなくなって…

 それで、耐えられなくて最後に自殺したんだった。』


そして、青年は部屋に溶け込むようにして姿を消した。

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