第4話デート?

 カフェで写真を撮り終えた、あかねさんとたっくんは次の予定プランに組み込まれていた、名古屋一番の商店街が連なる、大須商店街に移動した。大型商業施設の影響で、全国的にシャッター通りとかしている商店街が増えている昨今において、大須商店街は珍しく現役で活気があり、土日になると嫌になる程の人でごった返す地元の老若男女に愛されている場所である。大須に着いたのが午後だったが、相変わらず商店街の中は歩くのが疲れるほど、多くの人でごった返していた。


「ほらほら、たっくん。しっかり掴まないと迷子になっても知らないよ」あかねさんは人混みと緊張と恥ずかしさから、あたふたしていたたっくんの手を少し強め掴みながら振り向きざま、綿菓子のように柔らかい声を出した。「あ、いや、大丈夫です」何が大丈夫なのか分からないが、あかねさん役に深く入り込んでいる多江さんとは対照的に、僕はたっくん役になりきれておらず。結果、ふつふつと沸き上がる羞恥心から、余り考えもせずに言葉をただ出すのが精一杯だった。


 そんなこんなで、あかねさんに、ただただ手を引かれるので、いっぱいいっぱいの僕で、現状を全く楽しめていなかったが(この状況を楽しむのもどうかと思うが)大須観音駅から歩き出した商店街の中頃、楽しさや羞恥心とは別に、不思議なことにだが、安らぎのようなものを感じるようになっていた。それは、例えるなら真冬の中、自販機であったかい飲み物を購入し、一口飲んだ感覚に近いものがあった。


「大丈夫? たっくん。歩き疲れてない?」歩いている時、足元を気にしていた僕に気がついたのか、さりげない気遣いを見せてくれるあかねさん。

「うわー。テレビでこの前、特集されていた店だけあって、人がいっぱいだね。よし、私並んどくからたっくんは席の確保お願いね」地元で有名な唐揚げ店にて、長蛇の列に並んでいる人達を見て、ついため息を吐いてしまった僕の、ネガティブな感情を消し去るように、明るく颯爽と列に並びだしたあかねさん。


「アツアツだからね。口、火傷しないように、息をふうふうしながら、ゆっくり食べるんだよ。はい、あーん」並んで購入してくれた唐揚げを爪楊枝に刺して、注意喚起しながら僕に食べさせてくれたあかねさん。これはただ単に恥ずかしかっただけだが……。


 言動の一つ一つがあかねさんはプロフィール欄に書かれていた通り、偽りなしの癒し系彼女だった。


 癒し系彼女あかねさんと一緒の空間を過ごすしていた僕は、そのおかげで、自分でも驚くことに拓真からたっくんになりきることができていた。

「唐揚げ、美味しかったですね、あかねさん。それじゃ次はどこ行きましょうか?」


 食べ終えた唐揚げの入れ物を、ゴミ箱に捨てた僕は席に座っていた、あかねさんに向けて自然な動作で自分から右手を差し出した。


「あ……うん。どこ行こうか」


 少し驚きを見せて、照れたように微笑むと僕の手を掴み、あかねさんが立ち上がるのを見た時、後半戦は少しは余裕をもって楽しめそうだと思った。


「ありがとね。今日は」

 季節の変わり目を実感するのは、日暮れの早さではないだろうか。夏場の夜になってもなかなか落ちない太陽を懐かしむように、公園のベンチに座り、落ちゆく空を見上げていた僕は、多江さんの言葉を受けて意識を右に向けた。


「いえ。僕の方こそありがとうございました」

 頭を軽く多江さんに向けて下げた時、頭上から、品のいい笑い声が聞こえてた。

「あーあ。なんか今日は新鮮だったな。拓真君のカッコいい姿が見れて」

「何ですかそれ? そんなシーンありましたっけ。どちらかといえばあたふたとしていた印象しかないんですが」

 少し前、終了宣言と共に、突然あかねさん役を終えていた多江さんに、若干の寂しさを感じながら僕は返答を返した。


「あったよ。拓真君がいきなり手を掴んで、『俺に着いて来いあかね』って言われた時は思わずキュンときたもの」

「言ってませんよ、そんな恥ずかしい言葉!!  何、話を捏造してくれちゃってるんですか!?」

 たっくん役になりきれていたからって、いくらなんでも、そんな大胆で臭い台詞を吐けるわけがない。せいぜいできて、手を自分から繋ぐ程度だったはずだが、話がかなり飛躍しているのは何故なのか。不満を表すよに多江さんを睨んだ時、多江さんの顔が真面目な顔付きに変わった。


「拓真くん。余計なお世話かもしれないけど、今日限りで、レンタル彼女を利用するのはやめた方がいいわよ」

 多江さんの言葉に一瞬息がつまる。

「それは、どうしてでしょうか?」


 高校生だから。お金を払って、異性とデートするのでは、将来ろくな大人にならない。レンタルした女性とは、実際には付き合うことができない仮想現実だから……。多江さんから何を言われたら、僕は傷ついて落ち込むだろうか。そして多江さんから絶対に言われなくない一言は、一体何なのだろうか。要らぬことをあれこれ想像し、口の渇きを感じて唾を飲み込む。僕は崩していた姿勢を正して多江さんを見た。

 多江さんは曲げていた綺麗な脚を伸ばし、息を吸い込むと、覚悟を決めるように顔を振り向かせて、僕の目を見つめながら言った。


「あなたの大切な彼女を泣かせることになるからよ」

 安いメロドラマなら、多江さんの発言の後に続く僕の言葉は、きっとこうだろう。「アイツとはもう終わったんだよ」僕の言葉に合わせて、どこかで耳にしたことがある効果音が流れ、多江さんの驚く顔がアップで映し出される。

 しかし、悲しいかな。ドラマとは違い現実の僕は色のない返答しかできなかった。

「いや、いませんよ。彼女なんて」

「気の迷いで今回レンタル彼女を利用したのかもしれないけども、今後は彼女を大切にして、おばさんに見せた優しさを彼女に――え? ちょっと待って、今なんて言ったの拓真君?」

「いないですよ。彼女なんて」

「それ、ウソよね。私をからかっているんでしょ?」

「いえ。からかってるわけでなく、正真正銘彼女はいません。彼女いない歴年齢です!」

 自分で言っていて悲しくなることを、何誇らしげに語っているんだ。僕は。


「えっ! そうなの!? 以外ね。最近の子はみんながみんな彼氏彼女がいるものだと思っていたけれど違うのね。拓真君はまだ彼女なんて要らないやって所? あれ?でもレンタル彼女を予約したのよね? 彼女は要らないけど、女をお金でレンタルしてみたい……いけないわ! 高校生からそんな危険な思想!」

「違いますよ! 彼女がいないのでその寂しさからレンタル彼女を予約したわけで……」多江さんは誘導尋問の天才なのか、僕が単にバカなだけなのか、立ち上がり、ベラベラと聞かれてもいないことを喋ってしまう。多江さんの丸くなった目を見た時、体が固まり、崩れるように頭を抱えて座り込んだ。


「寂しく可哀想で。その上、哀れで痛い奴だと思っていますよね。多江さん」

「……いえ、決して思っていないわよ。そんなこと」

「ほんとですか?」

「大丈夫よ、まだまだおばさんと違って若いんだから」多江さんから温かい気遣いの言葉を貰う。

 何故、僕はこんなにも深く落ち込んでいるのだろうか。はっきりとした理由はわからないが、一つ言えることは、多江さんには彼女の一人もできたことがない、情けない姿を見られたくなかった。


「拓真君。少しこっちを向いてくれる?」多江さんは未だ頭をうつむかせて、地面を見つめていた僕の背中を優しく叩いた。

「……何でしょうか?」

 絶望感に打ちひしがれている表情を、見せる訳にはいかなかった為、僕は地面を見つめたまま応えた。――その瞬間、僕の両頬が何やら柔らかいもので挟まれて、顔を強制的に浮上させられる。

「ばにを、ずぶんべずが」


 両頬が圧迫されていたので、言葉が形をなしていないまま、口からぶぶぶと汚く飛び出た。その原因を作った柔らかいものの正体は、多江さんの細長く艶やかな両手のひらだった。

多江さんから澄んだ瞳で見つめられる。――いかん。何を意識しているんだ僕は。

柔らかい手から逃れようと顔をゆっくりと動かす。しかし、そんな僕の姿を楽しむかのように、多江さんが目を細め顔を近づけ来ると、グミのように、弾力のありそうな唇をゆっくりと動かして囁くように言った。


「私、いいこと思いついちゃった」

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