二十一話 魔石いっぱいだ!

 リーシェッド領北東部。新たにラグナ領が決められるまで、彼らはリーシェッド個人の訓練エリアを貸してもらって一時的な集落を築いていた。総勢千二百人の魔物達がいると、簡単な建造物ならあっという間に出来てしまい、すでに一つの村のようになっていた。

 そんな様子を見に来ていたリーシェッドとセイラは、ラグナの家で睨み合っていた。


「おかしいだろ!!」

「おかしくないわよ!!」


 女同士の争いは恐ろしい。ラグナはどちらの味方をするでもなくただ遠巻きに事の収まりを待っていた。


「あれだけ死ぬほど! いや死んで苦労したのに魔石二個ってなんだ! しかもこーんな小ぶりなお前のおっぱいみたいな魔石!」

「Aランクの仕事あといくつあると思ってるのよ! そんなホイホイ上げてたら魔石無くなっちゃうでしょうが! それにあなたの胸よりはあるんじゃないのかしら!?」

「あぁ言ったな! それ言っちゃったなこの野郎! もぎ取ってやろうかそのあるかないかわからんおっぱい!!」

「やってみなさいよ! むしろへこんでるあなたの胸に付けたらちょうど男の子くらいにはなるでしょうね!!」


 悲惨であった。この場に魔王なんていなかった。

 見るに耐えなくて外へ出ようとしたラグナが扉を開けると、そこに景色はなかった。いや、正確には岩のような物が敷き詰められていたのだ。


「邪魔をする」

「お、タルタロスか」

「小さな家だ」

「お前がでかいんだよ」


 大柄なラグナの二倍はあるタルタロスは中腰のまま家の中へ入る。中でキャイキャイと喚き散らす同僚たちを掴みあげると、何事もなく窓から放り投げて床に腰を下ろした。


「ほら、土産だ。少ないが外の馬車に、食料も積んできた」

「あ、ありがとな。それよりいいのか? リーシェッドとセイラは……」

「いつもの事だ」


 ほんの少しタルタロスを見直したラグナであった。

 タルタロスが現れたことで一時休戦して玄関から入ってきた魔王達は、元の席に腰掛けて喧嘩の詳細を説明した。その合間にもお茶をどっちが早く飲めるかを競い合ったり謎の戦いを繰り広げながら。

 根の深そうな内容ではあったが、タルタロスはあっさりとこれを解決に導く。


「リーシェッド、俺の魔石をやろう」

「本当か!?」

「俺の領土の問題、良い形で収まりが着いた。ここの民とも和解が、出来そうなんだ。感謝している」

「ま、まぁ我の功績は多大なものだからなぁ! して、どれくらいくれるんだ?」

「三割、持っていけ」

「そんなにっ!?」


 タルタロスの言う三割。これは現在リーシェッドが所持している数の二倍相当になる。もともとタルタロス領が所持している魔石は全ての国の中でダントツに多い。火山のマグマから生まれる魔石は入手が難しくはあれど、一定の場所に無尽蔵に湧いてしまうのだ。しかもタルタロスはそれほど魔法を使うことが無いから貯まる一方。市販するものでもないから持て余していた。

 跳ねて喜ぶリーシェッドを尻目に、セイラは心配そうにタルタロスを見上げる。


「そんなに甘やかさなくても……」

「今回だけだ。無駄に死なせて、しまったからな」

「あぁ、まぁそうね」


 突然空気が沈んだことで、ラグナは予てからの疑問をこの場で聞いてみることにした。


「なぁ、会議でもなんか言ってたけど、リーシェッドが死ぬ事が何か問題なのか? アイツ不死者なんだろ?」

「問題と言えば問題かな」

「どういうことだ?」


 セイラは、未だ浮かれるリーシェッドが外で待つシャーロットに自慢しに行ったのを確認すると、コッソリとラグナに教えた。


「あの子はネクロマンサーとか言ってるみたいだけど、それは職のようなものなのよ。今の種族としての名称はリビングデッドの異常種【デッドポーター】。ミッドフォールが名付けた世界であの子だけの種族名よ」

「デッド……ポーター」

「不死者なのに死ぬ事が出来る特殊個体。しかも、蘇る度に全ての戦闘力が底上げされるが掛かったアンデットよ」

「おいおい、急に強くなったと思えばそんな馬鹿みたいな能力だったのかよ。誰も勝ち目ねぇじゃねえか」

「今は殺さずに勝つ方法なんていくらでもあるわよ。でも、問題は勝つとか負けるとかじゃないの」


 セイラは少し面倒くさそうに、外ではしゃぐリーシェッドに耳をすませる。


「あの子の力は底無し。大きくなり過ぎるとコントロールも難しくなるし、そこにいるだけで周りに影響を及ぼしてしまうわ。加えてネクロマンサーの死の魔力を纏っているのだもの。あなたとの戦いでほとんど魔法を使わなかったのは、周りの人を手違いで殺してしまう危険があったからよ。毎回、魔法制御には必死だって言ってたし、この場所もそれを訓練する場所なの」

「…………」

「あの子が死に続けて、魔力を抑え込めなくなったら本当に孤独になってしまう。ただの子供だったあの子が魔王になるなんてどれだけ死んだのか想像も出来ないわね。そんな辛い目にあって辿り着いた場所が誰もいない一人の世界なんて、悲し過ぎると思わない?」


 ラグナは気付いてしまった。リーシェッドが自分達のプライドより命を選んだ理由。こんなに無邪気なのに、何か大きな物を背負っているような貫禄。そして、自分のした過ち。

 話し過ぎたわと立ち上がったセイラは扉に向かって歩き出す。背中越しに、優しい声でラグナへと言葉を残した。


「でも、リーシェッドの相手が出来る魔王が増えてよかったわ。私達だけじゃ手一杯だものね、あんなじゃじゃ馬ちゃん」


 振り返って見せた笑顔は、まるで手を焼く姉のような愛情で溢れていた。

 外へ出たセイラは少しリーシェッドと戯れてから、そのまま帰ってしまった。完全に落ち込んでしまったラグナへ、タルタロスは肩を叩いて慰める。


「そう重く、考えるな」

「タルタロス……」

「まだ想像の範囲、それに、俺達がいる限り、一人にはならんだろう」

「はぁ、あのチビッ子は知れば知るほど気が滅入るぜ。自分の世界がちっぽけに感じちまう」

「そういうものだ、しかし、肉でもやれば、笑ってくれる」

「……お前変なところ図太くなったな」


 扉を壊す勢いで開けたリーシェッドは、小さな体でタルタロスの腕を引いて、無理矢理立たせる。


「なぁタルタロス! 早く魔石くれ! ついでにグランドダイアーで乗せていってほしいのだ!」

「わかったわかった、そう急かすな」


 リーシェッドの言われるがまま、角笛でグランドダイアーを呼んだタルタロスは空へと飛び去ってしまった。まだ頭の中を整理しきれていないラグナは、広大なリーシェッドの訓練所を見渡して頭を掻いた。


「もうちっと、強くなるか」


 自分達を救ってくれた恩人と対等であるために、修行を考えるリザードマンであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る